「ここから出直そう!」「また、ここで会おう!」
商売の「再開」と笑顔との「再会」。
名取市「閖上(ゆりあげ)さいかい市場」が元気です。
仙台湾から内陸へ約2㎞。仮設店舗が軒を連ねる宮城・名取の「閖上さいかい市場」。
津波から1 年後、漁師町・閖上地区にあった商店が、ここで事業を「再開」しました。
「まちの灯りは消さない」「気持ちまでは流されていないよ」「いつかは閖上へ戻ろう」
再起への強い思いと元気で、経済産業省の「がんばる商店街30 選」にも選定されました。
支援してくれた人たちや、地元の昔なじみとの「再会」も、ここにはあります。
再び咲いた笑顔は、閖上の名を未来へとつなぐ希望の光です。
宮城県名取市の海辺に、閖上(ゆりあげ)という地区があります。
週末(日曜日・祝日)に開催される朝市が有名で、東京の市場でも高値で取引される「閖上赤貝」の産地として知られています。
閖上のまちには、閖上漁港に上がった鮮魚を使ったおいしい寿司屋さんやかまぼこ屋さんをはじめ、たくさんの商店が軒を連ねていました。
ところが、東日本大震災で発生した津波は、まちを丸ごと押し流してしまいました。
名取市の津波による死者・行方不明者は名取市全体で923人(平成27年7月1日時点)に上り、その多くは閖上地区の方です。
標高6.3mの日和山は今も昔も閖上のシンボル
津波はこの山頂よりも2m以上の高さで押し寄せました
鎮魂慰霊碑です。塔の高さは海岸から700mのこの場所に到達した津波と同じ高さの8.4m
かつて家屋が並んでいた場所には、夏草の間にひまわりが咲いていました
ガレキに埋もれ、片付けられたあとは何もない更地のようになってしまったまち。
海辺の松並木もなぎ倒され、田畑は消えて、文字通りの荒野となってしまいました。
「もう、ここには住めない」
「みんなもバラバラになってしまった」
「まちが再建されることは、もう、ないのかもしれないな――」
誰もが肩を落とし、この地を去りました。
しかし、商店主たちは、あきらめませんでした。
「閖上の名前までは消したくない」
「まちはなくなっても、みんなとつながっていたい」。
一つは、もちろん自分たちの生活のため。
もう一つは、バラバラになってしまった閖上地区の人たちが、もう一度、集える場所をつくるため。
そして、いつの日か、もう一度、閖上へ帰る日のために。
「まちの灯りを、どこかにともし続けよう」――。
こうして、震災から約11カ月後の平成24年2月、海岸線から内陸へ約2㎞にある仙台空港鉄道の美田園駅近くに、仮設商店街「閖上さいかい市場」がオープンしました。
閖上さいかい市場
市場内の「路地」です
様々な仮設店舗が並んでいます
路地の向こうに見えるのは仙台空港鉄道の高架です
2階建ての棟もあり、事務所などが入居しています
はじめは24店舗、7事務所の計31事業所でスタート。現在は、鮮魚店、寿司店、米穀店、酒造店、生花店、美容院など22店舗と、不動産会社、生命保険代理店、建築会社の事務所など6つの事務所の、計28事業者が入居しています。
近くには、閖上地区の皆さんが暮らす仮設住宅もあります。
「まちの場所は変わっても、なじみの顔と近くで会える」
そのことは、商店主の皆さんにとっても、住民の皆さんにとっても、とても励みとなっています。
のれんをくぐると元気な声がお出迎え
「閖上さいかい市場」の「さいかい」には、二つの意味があります。
一つは、商売を「再開」するということ。
もう一つは、地区の人たち、さらにはボランティアなど応援や支援で名取に来てくれた全国の人たちと「再会」するということです。
「皮肉なことですが、震災があったことで、閖上という名前が全国に知られることになりました。でも、住む人がいなくなり、このままでは地名も忘れられてしまう。だから、閖上という地名を残しながら、もう一度商売し、みんなとも会いたい。そんな願いを込めました」
とおっしゃるのは、野菜やフルーツを商う「栁屋」のご主人・栁沼宏昌さん。
「栁屋」の栁沼宏昌さん
「全国からたくさんご支援をいただきました。もちろん今もです。例えば兵庫県の皆さんは、年に1回は必ず来てくれて、高校生のジャズバンド、太鼓の演奏、また歌手の方を呼んでくださったり。私たちも神戸市のイベントに出掛けて行って、牛たんやずんだ餅などを販売させていただき、神戸市から感謝状をいただいたりしました」
でも、たくさんいただいた支援に、まだお礼ができていないのがもどかしい、とも言います。
「今、できることは、元気に商売が再開できているって笑顔を見せること。それを忘れないで頑張っていきます」
閖上のまちがあった場所は、復旧工事もまだ半ば。新しいまちの姿が形になって見えてくるまで、あと2~3年はかかりそうとのこと。
なかなか未来が描けずに、眠れない日々が続いたこともあったと言います。
そんなとき、うれしいニュースが飛び込んできました。
経済産業省が地域コミュニティの担い手として商店街の活性化や地域の発展に貢献している商店街を選定した「がんばる商店街30選」に、閖上さいかい市場が宮城県から唯一選定されたのです。今年(平成27年)3月のことでした。
盆踊りや夏祭りなど地域の人たちみんなで盛り上がれるさまざまな催事を行ったり、カラオケ大会、ポイントカードの発行、閖上の特産品である赤貝の無料提供、定期的なお買い得市の開催など、元気なだけでなく、「閖上らしさ」を打ち出したさまざまなアイデア企画を商店街みんなで進めてきたこと、そして商店主たちの結束力の高さが評価されたのでした。
やがては元のまちへ。閖上へ帰る日を思いながら、今日も、皆さんは張り切っています。
「仙台空港にも近いまちです。空港と連携した観光プランなども考えたい。そして鎮魂や追悼の場所も欲しいですね。二度とあってはならない災害・・・・・・。忘れないよう、伝えていきたいです」
商店街の皆さんにもお話を伺いました。
「閖上は、海や屋敷林など自然ともマッチしたいいまちでした。もう、昔のようなまちには戻らないかもしれないし、人口も減って、商売をやっていく上では不安もあります。だけど、これからできていくまちも、以前のように、みんなが仲良く暮らせるまちに、やっぱりいいまちになってほしいです」(松本不動産企画/松本悦雄さん)
「松本不動産」の松本悦雄さん
「閖上のまちに住んでいたころは、出掛けるときでも家にカギをかけたことがなかった(笑)。またまちができていくときは、昔とは違ってもいい。新しく生まれ変わってもいい。でも、みんなが住みたいと思えるような、そして活気のあるまちをつくりたいです」(匠や/佐藤ひろ子さん)
「匠や」の佐藤ひろ子さん
地域の復興を、少し離れた場所から見守りながら、やがて開かれる新しいまちへの期待が膨らんでいます。
そして、その日の「さいかい」には、どんな笑顔が集うのでしょう。
今から楽しみです。