「唐桑の海のおいしさで、全国に恩返し」
宮城・気仙沼。漁師たちの笑顔が地域の元気を伝えます。
「小漁(こりょう)」と呼ばれる小規模な沿岸漁業が盛んな宮城県気仙沼市の唐桑地区。
津波は船や漁具を飲み込んだけれど、「海は生きがい」。気持ちまでは奪われていません。
「浜の伝統と文化を守ろう」「魚のうまさはどこにも負けない」
カタール国をはじめ多くの人たちの支援を受けた陸上水槽生簀「アルフルザ」も稼働中。
漁獲量は少なくても、味が自慢の浦浜の魚を新鮮なまま全国に届けます。
「おいしい魚で感謝を返そう」。海に元気な声が戻ってきました。
地元では「緑の真珠」と呼ばれている気仙沼大島。
その大島をゆったりと抱くように、唐桑半島のギザギザの海岸線が東南に続いています。
入り江と岬が交互する海は好漁場でもあり、古くから天然の良港として利用され、気仙沼市は三陸地方屈指の港町として栄えてきました。
安波山から眺めた気仙沼湾
中心となる気仙沼漁港は、漁場整備法第五条で定められている「特定第3種漁港(利用範囲が全国的な漁港のうち水産業振興のために特に重要な漁港。略称・特三)」です。これは全国に13漁港しかありませんが、宮城県では石巻漁港、塩釜漁港も特三で、一県で3つの特三漁港があるのは宮城だけです。
また、市域には、気仙沼漁港を含めて38の漁港があり、海岸線をたどると、小舟がつながれた小さな漁港にいくつも出会います。
只越漁港。こんな小さな港な地域にはたくさんあります
東日本大震災の大津波は、気仙沼の市街地にも襲いかかり、内湾と呼ばれる湾の最奥部付近を中心に、建物の流失や倒壊などの大きな被害を受けました。
また、石油備蓄タンクから漏れ出した油に火が付き、広範囲で火災も発生しました。
そして市域東部の唐桑半島一帯の小さな漁港もまた、ことごとく津波の被害を受け、船、漁具、養殖施設、住宅も流失してしまい、海辺の暮らしは大きく傷つけられたのでした。
入り組みの激しい半島の湾では、「小漁」という小舟を操っての沿岸漁業が営まれていました。しかし近年は、漁業者の高齢化、後継者不足、船の燃料費の高騰といった課題が常にあり、沿岸漁業の衰退が懸念されていました。
そして、そこへ襲いかかった津波―。船や漁具ばかりでなく、漁師たちの心にも傷を与えました。
しかし、それでも海を暮らしの場としてきた人々は、
「漁をやめたら生きていけない」
「海の仕事は生きがいなのサ」
「地域の文化というか、伝統でもある」
さまざまな思いを抱いて、再び海へこぎ出す人も少なくありません。
そんな唐桑半島に、2014年4月、小漁を営む漁師たちを応援する一つの施設が誕生しました。
施設の名前は、陸上水槽いけす「アルフルザ」。
この施設は、アラビア半島東部の国・カタールが東日本大震災の被災地復興支援プロジェクトに資金を援助する基金「カタールフレンド基金」の助成を受けて、公益社団法人日本国際民間協力会(NICCO)の事業としてスタートし、現在は地元の団体である一般社団法人「Fish Market38°」が、施設の運営を行っています。
陸上水槽いけす「アルフルザ」
陸上水槽いけす「アルフルザ」はカタールフレンド基金(QFF)の援助を受けて建設されました
「アルフルザ」の内部
「Fish Market38°(以下FM38°)」は、漁師さんたちからとれたての鮮魚を買い取り、それを生簀で一括保管して、新鮮な状態のまま飲食店などに卸しているほか、地元食材を利用した加工品の企画製造なども行い、唐桑をPRします。
小漁の場合、漁獲漁が少量であったり、市場まで運ぶ足や時間がなかったりする場合には自家消費となるケースも多くあります。
地域の漁師さんが使っている小舟。笹の葉のような形から「サッパ船」と呼ばれます
「FM38°」は、そんな漁師さん達に販売の機会を提供しています。
登録している漁師さんから電話を受ければ、漁港まで魚を引き取りに行きます。
唐桑だけでなく、岩手県の漁師さんも登録していて、「FM38°」の車は、北へ南へと海辺を走り回っています。
カレイはきれいな砂地を好みます。カレイが多い海はきれいであることの証し
唐桑のきれいな海で育ったホタテ
三陸名産のホヤも新鮮なまま
「陸上水槽生簀ですので、ここには活魚しかいません。でも活魚のまま仕入れられるお店は多くはなく、また輸送コストの問題もあるので、多くは活け締めにして出荷します」
「FM38°」の事務局の福田佳代子さんが、施設について説明してくださいました。
「締めた魚は地元や、東京や大阪へ。活魚は主に首都圏の飲食店向けに出荷し、活魚は1回で5㎏から10㎏ぐらいです。でも、飲食店に卸すのは楽しみなんです。お店から直接反応が伺える。いい魚だったと言ってもらえると、漁師さんたちの励みにもなりますから」
出荷先からの評判はレポートにまとめて、漁師さんたちにお知らせすることもあるそうです。
カレイ数匹でもFM38は港まで買い取りにいきます
「FM38°」は、商業活動だけが目的ではありません。
漁は小規模だとしても、漁師さんたちにとって「海に出ること」は生きがい。
捕らえた魚の数は少なくても、しっかり買ってくれるところがある、ということは、
「「もう一度海に出よう」という励みにもなっているので、地域の活性化や海の文化の継承にもつながっていくことでもあると思っています」(福田さん)
山が海に迫るリアスの海。山に降った雨が大地に浸みて、豊かな栄養を海に運びます。
「唐桑の海はきれいに澄んでいます。獲れる魚も匂いが少なくて味がいい。だからこそ鮮度を保ってお届けしたい。鮮度が落ちた魚を食べて魚が嫌いになるなんて、寂しいですよね」
「宮城県の魚を全国に届けることで復興や元気を伝えることにもつながる。また、おいしい魚がおいしいまま消費者に届いて喜んでもらえたなら、それは宮城県からの感謝を伝えることにもなる」と福田さん。
海と空の青に包まれたやさしい暮らしの風景が戻りつつあります。
海は豊かで魚もおいしくて、漁師たちの明るい笑顔も帰ってきました。
次代の子どもたちには、海に生きることの誇りと楽しさを伝えたい。
そして気仙沼・唐桑の魅力も、もっと全国に発信しよう。
みんなで創るふるさとの未来。元気な声が、浦風に乗ってこだましていきます。