3.4.137 墨書土器文字「小堤」(ショウテイ)の読解

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八千代市白幡前遺跡出土墨書土器に書かれた文字の意味について検討しています。

この記事は2Fゾーンの検討のつづきです。

9 2Fゾーンに出土中心を持つ文字の検討 つづき

●小堤の意味

検討1

小(ショウ)は小生(ショウセイ)の略で自分自身のことであると考えます。

堤(テイ)は提出の意味(ヒサゲ(提)で神に酒を注ぐ)で、自分の替わりにこの土器に入った飲食物を神に捧げることによって、本当の自分の命や健康を守ろうという祈願であると考えます。

(白幡前遺跡付近では提と堤の混同が多くみられます。)

参考

しょう‐せい セウ‥【小生・少生】

2 〖代名〗 自称。男子が自己をへりくだっていう時に用いる語。書簡文に用いることが多い。

※明衡往来(11C中か)上末「小生言ㇾ詩之輩両三人相随可ニ参候一」

※坊っちゃん(1906)〈夏目漱石〉九「諸先生方が小生の為に此盛大なる送別会を御開き下さったのは」 〔韓愈‐孟郊・雨中寄孟刑部幾道〕

『精選版 日本国語大辞典』 小学館

参考

ひさげ【提・提子】

〖名〗 (動詞「ひさぐ(提)」の連用形の名詞化。鉉(つる)があってさげるようになっているところからいう) 鉉と注ぎ口のついた、鍋に似てやや小形の金属製の器。湯や酒を入れて、さげたり、暖めたりするのに用いる。後には、そうした形で、酒を入れて杯などに注ぐ器具にもいう。

※宇津保(970‐999頃)蔵開中「おほいなるしろがねのひさげに、わかなのあつものひとなべ」

『精選版 日本国語大辞典』 小学館

検討2

小(ショウ)は子どもを、堤(テイ)は提出の意味(ヒサゲ(提)で神に酒を注ぐ)で、子どもの替わりにこの土器に入った飲食物を神に捧げることによって、本当の子どもの命や健康を守ろうという祈願であると考えます。

参考

しょう‐じん セウ‥【小人・少人】

〖名〗

① 幼少の人。少年。子ども。こもの。しょうにん。

※保元(1220頃か)下「少人引具し奉ていづかたへも落行」

※謡曲・烏帽子折(1480頃)「鞍馬の少人牛若殿と、見奉りて候ふなり」

『精選版 日本国語大辞典』 小学館

理由を説明できるまでの思考に至っていませんが、現時点では検討1の方が有力であると考えています。

●子の意味

子どものの命や健康、あるいは子宝に恵まれることなどを祈願したものと考えます。

●善の意味

○○が好ましくあってほしいという祈願だと考えます。

類似の祈願語はこれまでに「満」「大」「成」など多数が出土しています。

参考

よ・い【良・善・好・吉・佳・宜】

〖形ク〗 よ・し 〖形ク〗 物事の本性、状態などが好ましく、満足すべきさまであるの意。「あし」「わるし」に対していう。古くは「よろし」よりも高い評価を表わす。くだけた口語表現では終止形・連体形が「いい」の形をとる。

一 (正邪・善悪の立場から) 理にかなっている。正しい。正当である。善である。

※書紀(720)継体七年一二月(前田本訓)「賢(さかしきひと)は善(ヨキわさ)為るを最も楽とす」

※宇治拾遺(1221頃)一〇「おほやけの御政をも、よきあしきよく知りて」

二 性質、状態、機能、様子などが、比較的、相対的にすぐれていて好ましい。まさっている。

① すぐれている。立派である。上等である。条件が整っていて、好ましい。

※書紀(720)推古一四年五月(岩崎本訓)「今朕、丈六の仏を造りまつらむが為に、好(ヨキ)仏の像を求む」

※徒然草(1331頃)六〇「よきいもがしらを選びて、ことに多く食ひて、万の病をいやしけり」

② 美しい。醜くない。奇麗である。優美である。

※万葉(8C後)一四・三四一一「多胡の嶺に寄せ綱延(は)へて寄すれどもあにくやしづしその顔与吉(ヨキ)に」

※和泉式部日記(11C前)「十二月十八日、月いとよき程なるに、おはしましたり」

※みだれ髪(1901)〈与謝野晶子〉舞姫「おほつづみ抱へかねたるその頃よ美(ヨ)き衣きるをうれしと思ひし」

③ 美味である。

※霊異記(810‐824)中「門の左右に蘭(かうば)しき〓饍(ヨキクラヒモノ)を備けて諸人楽しび食ふ。〈国会図書館本訓釈 〓饍 ヨキクラヒモノ〉」

④ 健康的である。身体の調子がすぐれている。

※蜻蛉(974頃)中「よからずはとのみ思ふ身なれば、〈略〉にはかにては、おぼしき事もいはれぬものにこそあなれ」

※はやり唄(1902)〈小杉天外〉六「一日も速く癒(ヨ)くならなきゃ損なんだもの」

⑤ 賢い。さとい。聰明で立派である。博識である。教養がある。

※書紀(720)仁徳即位前(前田本訓)「豈、能才(ヨキかと)有らむとしてなれや」

※天草本伊曾保(1593)尾長鳥と、孔雀の事「サイチ yoqu(ヨク)、ゲイ タニ スグレラレタ ジンタイヲ」

⑥ 効果がある。ききめがある。「体によい食物」

※万葉(8C後)一六・三八五三「石麻呂に吾れ物申す夏痩に吉(よし)といふ物そ鰻取り喫(めせ)」

⑦ 身分が高い。家柄がすぐれている。尊貴である。卑しくない。

※書紀(720)神代下(鴨脚本訓)「門の前の井の辺の樹の下に、一の貴(ヨキ)客有り」

※源氏(1001‐14頃)常夏「よき四位・五位たちのいつき聞えて」

⑧ 家が栄えている。勢力がある。富裕である。

※伊勢物語(10C前)一六「貧しく経ても、猶、昔よかりし時の心ながら」

⑨ 上手である。巧みである。うまい。⇨よく。

※伊勢物語(10C前)七七「とよみけるを、いま見れば、よくもあらざりけり」

※徒然草(1331頃)一二六「其の時知るをよきばくちといふなり」

⑩ こころよい。快適である。楽しい。おもしろい。

※万葉(8C後)八・一四二一「春山の咲きのををりに春菜摘む妹が白紐見らくし与四(ヨシ)も」

※謡曲・西行桜(1430頃)「よきご機嫌に申して候へば、さらば見せ申せとのおんことにて候ふほどに」

⑪ ほめたたえるべきである。⇨よいかな。

⑫ 評判がすぐれている。評価が高い。

※書紀(720)欽明即位前(寛文版訓)「加(また)以て幼くして穎(すぐ)れ脱(ぬけ)て、早く嘉(ヨキ)声(な)を擅にし」

⑬ 仲がむつまじい。親しい。うとくない。

※宇津保(970‐999頃)藤原の君「父おとど、よき御なかなり」

※浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉三「急に母子の折合が好(ヨク)なって来た」

⑭ 利益がある。得である。割に合う。有利である。ためになる。

※古事記(712)上(兼永本訓)「我、汝命の為に善(ヨキ)議(はかりこと)を作(な)さむ」

※真空地帯(1952)〈野間宏〉六「妻帯はしているが、まだ子供がないのでいくらか条件がよいというのは内村だけだった」

⑮ 値が高い。高価である。「よい値がつく」

⑯ 確かである。「記憶がよい」

⑰ (数や量が) 十分である。

※人情本・花筐(1841)初「此方のはうは、衆人(みんな)お腹が満(ヨイ)とまをします」

三 めぐりあわせに恵まれる。

① めでたい。祝うべきである。吉である。縁起が悪くない。

※古事記(712)中「故、阿佐米余玖(あさめヨク)〈阿より下の五字は音を以ゐる〉汝取り持ちて、天つ神の御子に献れ」

※源平盛衰記(14C前)三六「源氏は軍の手合に、門出能(ヨシ)とて勇けり」

② 幸いである。幸福である。幸運である。

※観智院本名義抄(1241)「喜 ヨシ ヨロシ ヨロコブ」

※白羊宮(1906)〈薄田泣菫〉冬の日「いまの憂身に、そのかみの美(ヨ)き日をしのぶ」

四 あるべきさまである。ふさわしい。

① 適当である。につかわしい。相応である。

※書紀(720)仁徳二二年正月・歌謡「衣こそ 二重も予耆(ヨキ) さ夜床を 並べむ君は 恐(かしこ)きろかも」

※安愚楽鍋(1871‐72)〈仮名垣魯文〉二「七八年もすぎたら製茶養蚕がさかんになって老少婦女子(をんなこども)のよい職業(しごと)サ」

② 時機が適当である。好都合である。折が悪くない。

※宇津保(970‐999頃)藤原の君「かの仰せ言は、いとよき折に聞えさせてき」

※曾我物語(南北朝頃)一「ここに、祐経が二人の郎等大見、八幡は、これを聞き、斯やうの所こそよき便宜なれ」

③ 欠けるところがない。不足がない。十分である。

※虎明本狂言・二人袴(室町末‐近世初)「はじめじゃ程に、かみしもをばきせたらばよからふが」

④ (転じて、逆説的に) 基準を越えている。十分すぎる。⇨よい年。

五 同意できる。承認できる。

① 許される。差しつかえがない。許可できる。かまわない。よろしい。

※古事記(712)下・歌謡「独り居りとも 大君し 与斯(ヨシ)と聞こさば 独り居りとも」

※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)二「ソレ吹からに、ネ。よしかへ」

② 仕方なく応ずる。やむをえない。

※虎明本狂言・地蔵舞(室町末‐近世初)「『一夜の宿をかさせられひ』『いやそっとの間もならぬ』『それならばよう御ざる』」

③ 然るべきである。賛成である。

※竹取(9C末‐10C初)「そのおはすらん人々に申し給へと言ふ。よき事なりと承けつ」

④ (「…がよい」「…ばよい」などの形で) それが適当であると判断する意、また、それを勧める意などを表わす。

※坊っちゃん(1906)〈夏目漱石〉一「そんな大病なら、もう少し大人(おとな)しくすればよかった」

語誌

⑴上代の文献にはヨシの古形、エシが見られる。⇨善(え)い。

⑵中古には「よし・よろし・わろし(わるし)・あし」と四段階の評価があり、ヨシはヨロシよりも高い評価を表わしたといわれる。「日葡辞書」にヨシは「良い、非常によい」、ヨロシイは「良い、適当な(もの)」などと説明されており、中世も同様の傾向にあったと考えられる。

⑶連用形「よう」「よく」は副詞に転成することもある。⇨よう・よく。

『精選版 日本国語大辞典』 小学館

●□信の意味

二語構成で、後に「信」という配置であり、これだけでは合理的な意味を推察できませんでした。

参考に全国墨書土器データベース(CSVファイル)(明治大学日本古代研究所)を検索すると「信」の字が含まれる墨書土器データは全部で52件あります。

このうち「信」の前に文字(判明しているもの)がくるものは次の1件のみ存在します。

「忠信」(遺跡名 落内遺跡、住所 栃木県下野市薬師寺)

参考

ちゅう‐しん【忠信】

〖名〗 忠と信。忠実と信義。まごころを尽くし、うそ偽りのないこと。

※霊異記(810‐824)上「天皇勅して留むること、七日七夜、彼の忠信を詠ひ」 〔易経‐乾卦・文言〕

『精選版 日本国語大辞典』 小学館

●乙□の意味

これまで乙山が2Bゾーンで出土しています。

乙山(オツヤマ、メリヤマ)では次のような検討を行いました。2015.05.13記事「八千代市白幡前遺跡 墨書土器の文字検討 その3」参照

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●乙山の意味

乙(オツ)と読んで、十干の第二番目、甲に次ぐ第二位という意味があります。

また乙(メリ)と読んで、減ること、費用のかかることという意味があります。

乙とは、何れも上等ではなく、マイナス評価されることの意味です。

ですから乙山(オツヤマ、メリヤマ)は赤山(セキヤマ)と同義の言葉であると考えます。

乙山(オツヤマ、メリヤマ)という名称の(まだ産物の少ない)地域開発地が付近にあり、その発展成長を願ったという説になります。

赤山(セキヤマ)、乙山(オツヤマ、メリヤマ)と揃いましたので恐らくそれらの名称は、関係者が苦労している有様(生産性が低い有様)を表現したあだ名的通称であり、正式名称ではないと思います。

もしかしたら、赤山(セキヤマ)も乙山(オツヤマ、メリヤマ)も同じ対象を指しているのかもしれません。

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「乙□」も乙山と同様のマイナス評価地物等のプラス評価転換を願った祈願であると推察します。

●丈の意味

人面墨書土器「丈部人足召代」が2Aゾーンから出土していて、丈部(ハセツカベ)は近隣遺跡からも多数出土していることから白幡前遺跡付近一帯の指導層の姓が丈部(ハセツカベ)であったことが推察されています。

従って、丈はハセツカベと読み、丈部の略であり、その土器を所持した人物の姓であると考えます。

自分の姓を土器に書き、その土器に神に対するお供え物を盛り、そのお供え物が自分自身(身代わり)であることを神(悪神)に知ってもらい、本当の自分自身は災厄から免れようという祈願だと思います。

●得足の意味

人足、赤足が別に出土していて、人名と考えられるので、得足も人名であると考えます。

祈願の趣旨は丈と同様に考えます。

●千□の意味

千の後に別の文字という配置であり、これだけでは合理的な意味を推察できません。

参考に全国墨書土器データベース(CSVファイル)(明治大学日本古代研究所)を検索すると「千」の字が含まれる墨書土器データは全部で1229件あります。

「千□」で目立って多いと感じた例をカウントすると次のようになります。

千万 213件

千田 183件

千山 82件

田や開発地を拡げることができ、そこから収穫物が沢山採れることを祈願するという趣旨の文字のようです。

「千□」も同様の祈願語であると考えます。

八千代市白幡前遺跡2Fゾーンに出土中心をもつ墨書土器文字の実例