妻の朝帰り
by 藤葉
若島津健さん目線。
日向さんではない人と、初めて身体を繋いだ。
若林と。
若林が入ってきた時、俺の中の、なにか決定的なものが変わってしまった気がして、俺は我慢できずに嗚咽をもらした。
今晩は泣いてばかりだ。
でも小学生の時から十年間、ずっと大切にしてきた気持ちを吹っ切った日に、少しくらい泣いてもいいだろう。女々しいことだけど。
俺は男に抱かれて喜ぶ人間なのだ。
日向さんが相手だからと、日向さんだけだからと、ずっと自分に言い訳してきた。
それがまさに単なる言い訳だったことを、日向さんではない男を身体に受け入れ、触られもせずに弾けた俺のものから胸と腹に飛び散った精液が証明していた。
これでやっと、日向さんを解放できる。
日向さんと昔みたいな友達に戻れる。
自分がゲイだと自覚した初めての夜、でも、今晩は一人でいるのは心細くて、俺は、背後に腕をまわして俺の背中に胸を合わせるようにしてしっかりと抱きしめてくれる若林の髪を手で探った。
身体を少しずらして仰向けになると、力の抜けた、でもまだ充分に質量のある若林のモノがゆっくりと抜け出していった。
僅かに眉をひそめてその感覚をやり過ごすと、俺は両手で若林の顔を挟んで引き寄せ口づけた、軽く下唇をついばんだ後、舌を差し入れると、若林は俺の身体に覆いかぶさるように体勢を変えてキスを深めてきた。
考えたくない現実から逃避するように、俺はキスに没頭した、強く押し付けられた唇がヒリヒリするほど、絡ませた舌の付け根が痛くなるほど。そしてどのくらいたったのか、俺は下腹に押し付けられた若林のモノが再び硬度を回復したのを感じて、若林の身体の下で脚を大きく開いた。
唇を離して俺と目を合わせた若林は、無言で腰をずらし、俺の片膝を抱え上げて先ほど大量に放出されたものでぬるぬると潤っている俺のソコに再び頭を押し付けた。
俺は圧力に耐え切れずに目を閉じ、小さく口を開いて声を逃しながら、若林のモノを再度ゆっくりと受け入れた。
正面から根元まで受け入れたソレは熱くて、逞しくて、俺をどこまでも押し開いて行くようだった。
***
翌朝、若林と一緒に日本チームの宿泊するホテルに戻った時には、既にロビーに多くのメンバーが集まりだしていた。
目ざとく俺の姿を見つけた反町が駆け寄ってくる。
「健ちゃん!」
首元にぎゅっと抱きついてくる。
それから隣にそびえ立つ若林をいぶかしげに見上げた。
「本当に若林のところに泊まったんだ」
俺が「え?」と若林を振り返ると「レストランを出た後、連絡しておいた」と当然のように俺を見つめ返す。
どのタイミングで?とも思ったが、昨夜のことは朦朧としていて一部はっきりしない部分もある。
「とにかく部屋に荷物とりに行こう!」
反町にひっぱられて俺は若林から離れて歩き出した。
部屋は反町と同室だった。
無意識に日向さんの姿を探したが、目に付く範囲では見当たらなかった。
「昨夜、日向さん、俺たちの部屋にずっと入り浸ってたんだぜ。いつ健ちゃんが帰ってくるか、ずっとそわそわしてて。若林から、自分のホテルに泊めるって連絡が入った後、しぶしぶ自分の部屋に戻ったけど、今朝も超早朝から、若島津帰ってきたか?って叩き起こされたんだから」
エレベータの手前に来た時、反町は周囲に日本チームのメンバーがいないことを確認しつつも、声を潜めていった。
「健ちゃん、日向さんが昨日どっかに引っかかってきたことにキレたんだと思うけど、日向さんの下半身は知ってるだろ?あの人、全然そんなつもりじゃないのにそういうことになっちゃう時があるんだって。そもそも浮気って意識があったら、あんなフランス製のシャンプーの匂いぷんぷんで平然と奥さんのとこに帰ってこないって!ね?本人もものすごく反省してるみたいだからさ、ま、一発殴る前に弁明くらいは聞いてやって」
反町は、日向さんが「個人」合宿の度、新しいシュートと一緒にほぼ必ずといっていいほど現地の彼女の気配をまとって帰ってきたことを絡めて、昨日の「浮気」をなんでもないことだと言っているのだ。
俺は小さく笑って反町の後頭部を軽くはたいた。
中学入学以来の同級生で、俺と日向さんの関係を身近でずっと見てきた反町は、なぜだか俺のことを日向さんの本命だと位置づけていて、日向さんの「合宿現地妻」が明らかになる度に、俺と日向さんの間と取り持とうとしてきた。
「そろそろままごとも卒業だろ。日向さんも身近で間に合わせの男妻なんかより、ちゃんとした彼女を作る時が来たんだと思う」
そういってドアの開いたエレベータに乗り込むと、反町が真面目な顔で俺を見つめながら一緒に乗り込んできた。
「本気?」
「ああ、日向さんとは、この辺りで普通の友達に戻るよ。本当は高校卒業した時点でそうしとくべきだった。ここまでずるずる来たのが間違いだったんだ」
「日向さん、そう簡単には納得しないと思うぜ」
「自分はフランス美人と昼間っから楽しんでおいてか?」
「やっぱり、それを怒ってるんだろ?」
「怒ってない」
「怒ってる」
「とにかくもう決めたんだ」
エレベータを降りて、俺たちの部屋へと続く廊下を歩き出した時、まさに目的の部屋のドアに背中を預け、腕組みをしている人影を見つけて、俺は本能的に歩みのスピードを緩めた。
その人が俺たちの気配に気付いて振り返った。
もう10年以上、見慣れたはずのノミで削ったような全てが鋭角な作りの浅黒い顔。
洋服の下に隠れたどんな隅々までも知り尽くしているはずの身体。
どうして俺は、まだ慣れないんだろう、この人を見るたびに新鮮に胸が痛くなる。
毎日、毎日。
もう俺のものではなくなるこの人を、俺の心は虚しく求め続ける。
「若島津」
日向さん。
(どこかへ、誰か編へ、続く…)
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