subterfuge

Subterfuge

By Xanthe 翻訳 藤 葉

警告!この小説には男性同士の恋愛感情およびBDSM的内容が含まれます。こうした内容を不快に思われる方は至急このページから立ち去ってください。

Disclaimer: X-Files characters belong to Chris Carter, Ten-Thirteen Productions and FOX Broadcasting. No copyright infringement is intended and no profit is being made from their use.

TITLE: Subterfuge

AUTHOR: Xanthe

RATING: NC17. Mulder/Skinner

SUMMARY: Mulder and Skinner go undercover in the gay S/M underworld in order to solve a case and find out some surprising things about themselves.

SPOILER: Some general references. Nothing specific.

Disclaimer: They belong to CC not me. I'm sure he'd never do something this silly with them. I don't profit by it at all. Uh-Uh. No way.

Holmes suggested that this belonged to the genre of "BDSM Romantic Comedy" (yeah, THAT well-known genre!). Thanks to Holmes for the advice, practical help and encouragement (and the title).

Subterfuge

By Xanthe

顎を流れる血も嘔吐の臭いほどには気にならなかった-これには全くむかつかされる。

僕は吐しゃ物が部屋の片隅に積みあがっていない別の房へ移してくれるか、せめて汚物を片付けてくれることを求めて、しばらくの間むなしくドアを叩いていたが、代わりに黙れと怒鳴られただけだった。

それもしかたのないことだと思う。この状況下では。

彼らは忙しく、僕は乱闘に巻き込まれた金曜日の夜の酔っ払いの一人にすぎない。

ただ、僕は違うんだ、酔っ払いに関しては認めるけど、乱闘に関しては-あれは本当に僕のせいじゃないんだ。

それを証明するために説明するのはちょっと難しいけどさ。

今度に始まったことじゃないが、僕はまずは申請してから、順を追って捜査を開始すればよかったと思った。

また尻が先よ、モルダー。

スカリーは怒り狂うだろうな-それも僕がラッキーならの話だ。

そんなことを僕が心配してるなんてこと、彼女は気にもしやしないけどさ。

それでも僕はレニーが心配だった。

そして僕はここを早く出なくちゃならない-吐しゃ物に、血、それに僕の顎の痛み方を別にしても、事は起こっているんだし、レニーはずっといい情報提供者だった。

もしも僕の身元が割れていたなら彼はなんらかのバックアップを必要としているかもしれない。

僕が銃もIDも持たずにあのクラブにいったのは身元を隠すためだったのだが、そのせいで僕がFBIだと言っているのにここの皆は誰も信じてくれない。

とはいえデスクの巡査は(しぶしぶと)僕の上司に確認の電話をすることに同意してくれた。

「名前は?」 彼は気乗りしない様子で尋ねた。

「フォックス・モルダー」

「違う。お前の上司の名前だ。お前の名前はもう聞いた」 彼はため息をついた。

「ああ。スキナーです。スキナー副長官」

今度は僕がため息をつく番だ。

これってまさに、物事を違う風にやっていればよかったと心から願う、人生のあの瞬間だった。

午前3時かその近く。

もしスキナーが実際家にいるとしたら、寝ている(不死身の男も眠るのか?)だろうし、僕を迎えにくるためにこんなところに引っ張り出されたら嬉しくないだろう。

スカリーが僕の上司だと嘘をつきたい誘惑にそそられたが、事態をもっと悪くしなくてさえもう十分な深みにはまり込んでいる。

-そしていずれかの時点でスキナーはすべてを知ることになるのだ、いずれにしても。

そして嘔吐地獄の穴に戻され、二人の酔っ払いの間に身を落ち着けた僕だったが、革に身を包んだ過剰に体格のいいホモに微笑みかけられて恐ろしくなり始めた。

彼は酔っていない。

僕は彼がむしろ酔っ払ってくれていればいいのにと思った。

特に彼がそばにきて、僕の隣に座り、僕の膝に手を置いて僕の目をじっと覗き込んできた時には。

「クリプトンで見かけたよな?」 彼は尋ねた。

「そうとも限らないですよ」

僕は身元を隠しておきたい気持ちと自らの貞操を守るために彼を殴り倒したい気持ちとに引き裂かれていた。

-とはいえ彼はかなりの大柄で僕は完全にくたくただった。

頭が痛いし、顎の傷からはまた出血し始めているし、部屋は時々、薬をやったエスター・ウィリアムズみたいにぐるんぐるんと回っていた。

「そうさ。お前はあそこにいた。俺はお前に気づいてたぜ。お前はレニーといたよな」

彼の手は僕の脚を這い上がり所有権を主張するように僕の腿にのった。

「で、レニーはサブでお前もサブ、ってことはお前ら坊主二人が付き合ってるってことはありえねえ」

彼はいやらしい流し目で僕を見、彼のもう一方の太い腕が僕の肩に巻きついた。

もう嫌だ。

僕はもう、一晩の内には十分過ぎるほどにこんな目にあったって!

「サブだって?まさか。僕は違う」

僕は酷薄そうに見えるよう姿勢を正したが、もっともらしく見せるには頭痛が酷すぎた。

僕だって誰にも劣らずガツンとやってやることはできる-なんてったって僕は特別な訓練を受けたFBI捜査官なんだ、ただ今のところベストの状態ではないってだけで。

僕はドム(タチ)らしい服装はしていなかった、でもサドマゾホモのアンダーワールドに初めて足を踏み入れるにあたっては曖昧な感じにしておいたほうが僕には合っていると思ったんだ。

僕の認識は甘かったのかもしれない。

そして準備不足だった。

ああ、認めるよ-僕はいくつか間違いもおかした。

「そうさ。お前はサブだ」

彼はにやっと笑い、僕の髪を掴んで僕の頭を後ろに引っ張った。

僕が甲高い悲鳴を挙げたのは認める、でも依然として部屋は憂慮すべき程ぐるぐるしていて、そうでなければ僕は反撃していたはずだ。

「俺はこの世界に30年いるんだぜ、坊主。お前はサブだ、たとえお前がまだそのことを知らなかったとしてもな」

「離せ」ここってすっごく怖いよ!

「どうしてだ?強い男に触られると感じすぎるか?」

僕の腿の上の手は上に上ってきて僕の股の辺りをまさぐった。

そんなことは嘘っぱちだと保証できる。

僕はこんなことで感じたりなんかしない、ただすごくすごく自分自身が哀れになっただけだ、そして僕はこの房を生きて出られたなら、次の任務では、三部組の完璧な形式で302を申請し、5人の屈強な捜査官をバックアップに受け入れ、トイレに行ったことまでこと細かくスキナーに報告すると約束する。

救援が到着したとき、僕はミスターがっちり男によって今にも股間を弄られようとするところだった。

前に彼のことを僕の真夜中の灯台だ、なんて呼んだことがあったけど、信じてほしい、今回彼はまさに灯台そのものだった。

がっちり親父ナンバー2はドアのところにその巨大な姿を現し、がっちり親父ナンバー1から僕を救ってくれたんだ。

「モルダー」

彼はそこに立ち、無表情に僕ら二人をしばらく見つめた。

「電話をもらってな」

彼は呟き、視線をミスターがっちり男に固定した、通常彼が期限通りに報告書を提出しない捜査官用にとっておいてあるあの冷たい一瞥(いちべつ)だ。

ミスターがっちり男も彼を睨みつけ、僕は二頭の牡鹿かなにかの間の古代の発情期の儀式のようなものに巻き込まれたような気分になった。

ついにミスターがっちり男は引き下がり(現実を直視しようよ、彼に勝ち目なんかない)、にやりと笑って僕の髪を離し、僕の股間から手を離した。

「お前のご主人様が自分の所有物を取り戻しにきたみたいだな」 彼はくすくす笑った。

「お前を家に連れ帰った後で、あんまり酷いお仕置きが待ってないことを祈ろうじゃないか。ご主人様はかなりご機嫌斜めなようだぜ。もしかしたら彼はお前が今晩他の男を引っ掛けに出歩くことを許してなかったんじゃないか」

この事態は本当に恥ずかしい限りだった。

僕は立ち上がりよろめきながら脱出のためドアに向かった。

嘔吐の悪臭は耐え切れなくなっていたし、僕は本当に気分が悪かった-それはもう言い訳にしかならないけどさ。

「嘘をつきやがったな、可愛い子ちゃんよ!」 ミスターがっちり男は僕の後ろから声をかけた。

「自分はもう誰かのものだって言っとくべきだったんだ」

僕はスキナーの口元がわずかに引き締まり、彼の睨みが強くなったのに気づいた。

振り返り、僕はミスターがっちり男が瞬時に少し強くなさそうになったのを目にした。

「面倒を起こすつもりはねえ」

彼はうめいて降伏の印にスキナーに向かって両手を挙げた。

「ふざけてただけだ。こいつは自分がもう誰かのものになってるってことを言わなかった。俺は知らなかったんだ」

僕は感心した。

スキナーはほとんど言葉も発せずにこの男を騙したことになる。

部屋は依然としてぐるぐるしていて、僕は通りすがりにスキナーにぶつかってしまった。

彼はびくともしなかったけど、彼の無表情な恐ろしい睨みは、今度は僕に据えられ、僕は直ちにミスターがっちり男があれほど恐れた理由をわが身で知ることになった。僕はすばやく廊下によろめき出た。

「彼はあなたの部下ですか?」

僕らが出口に向かうとデスクの巡査は僕の方向を頭で示した。

「ああ」

スキナーは考え込むような、微かにイラついた視線を僕に据え、それからため息をついた。

「そうだ」

この時僕がどんなにちっぽけに感じたと思う?そりゃあかなりのちっぽけさだ、正直言って地面からもそう離れてないくらい。

スキナーは僕を彼の車のところにつれていって一言も口を開かずに車に乗り込み、僕はこそこそと彼の隣に乗り込んだ。

彼は夜のこの時間では車の往来も絶えた道路に車を出し、咳払いした。

僕は続きを待った。

「これについてはさぞかし立派な説明があるのだろうな、モルダー」彼は中立的に言った。

「オフィスに戻って今すぐ私に説明したいかね、もしくは明日幾分でも休んでから後で…」彼は僕の血に汚れた服を不快そうに考慮し、「着替えるか?」

「今すぐに説明します」僕はレニーのことを考えてきっぱりと返答した。

「連行の際、先に救急救命室に連れていってもらったのか?モルダー。お前の顔についてだが」彼は道路から目をはなさずに言った。

「スティーブンス巡査は僕のデートの局面に影響を及ぼすほど長期に渡るダメージを与えるまでは酷くはないと思ったようです」僕は彼の態度をやわらげようとにっと笑い、失敗した。

「ということで、彼らは僕をERには連れて行きませんでした。ご心配なく-血は数回洗い流しましたし、見た目ほど酷くはありません。僕ら、オフィスに戻ったほうがいいです-説明する必要のあることが山ほどあるので」

彼は『遅くてもないよりはましか』とでも言いたげな言外の気持ちを滲ませてちらりと僕に視線を投げたが、なにも言わなかった。

そして僕自身が説明するまでは彼は口を開かないだろうと僕は知っていた。

これこそが不可解なウォルターS.スキナーその人だ-こっぴどく叱られると覚悟していると、彼はまるで母親のように病院に連れて行こうとしたり、かと思うとこちらが予想もしてないときに何かについてみっちり油を絞られたりする。

僕らは残りの行程無言のままだった。

僕は今度のことについてのすべてを頭の中で整理しておく必要があったし、彼は今始めたら怒りにかられて事故を起こすことになると考えているのは明らかだった。

彼のオフィスの明かりはついていて、彼の上着は椅子にかかっていた。

僕は彼がまだスーツのズボン、ワイシャツ、ネクタイを身につけていることに気づいた、ということは、僕は彼を起こしたわけじゃないんだ。

午前3時に彼はいったい何をしてたっていうんだ?そしてこの僕は自分こそワーカホリックだと思ってたんだからな!

「座れ」

彼は椅子を指し示し、僕は再び出血し始めた顎の傷にハンカチを押し当てた。

布は既に血でぐっしょりでたいした役には立たなかったけど。

スキナーはちょっとの間姿を消し、カップ一杯の水と救急箱を手に現れた。

彼は僕の前のデスクに腰をかけ、綿のボールを水につけ、僕の顎を手にとって傷を洗い始めた。

「私は302の申請を受けていないし、ゲイのナイトクラブに関する事件をお前に与えた覚えもない、そして今晩お前がアンダーカバーとしてどこかで捜査をするという記録もどこにもない」 彼は手を休めず言った。

「私は今回のことがお前自身の私的付き合いに関するものではないと推測している、というか、少なくともそうではないことを願っている-就業時間後に私の部下たちが巻き込まれた酔っ払いの喧嘩のためにいちいち保釈に呼び出されたくはないからな。さらにお前が銃もIDも携帯せず、いかなるバックアップもなしにこのクラブに行ったという事実については、単にお前のちょっとしたモルダー的不注意によるものでもないのだと推測している。これら全ての行動についてさぞかし立派な理由があるのだろう。私がこれを終えたら直ちにその概要を完全に説明してもらおう」

彼は低く落ち着いた調子で話し、それほど気分を害している風には見えなかった。血を洗い流し、その下の傷を調べる間、彼の指は実際優しかった。

「お前の言うとおりだ。見た目ほど酷くはない」

彼は僕にいい、傷の上に何かを塗りつけ、救急箱をばたんと閉じてデスクをまわって腰を下ろした。彼は椅子に背を預けて待つ姿勢になった。

「例のゲイの男性の儀式的カルト連続殺人についてなんです」僕は始めた。

彼は顔をしかめた。

「モルダー-カルト殺人などない」彼は言った。

「いいえ、あります」

「お前が言っているのは切り刻まれてポトマック川に捨てられていた男たちのことか?」彼は尋ねた。

「私の記憶では何も『儀式的』だったなどと示すものはなかったと思うが。そして、いずれにせよ、我々にはこの事件のための専任のチームがある。私が自ら選任したチームがな」

「ええ、知っています」僕は顔を少々赤らめるだけの慎みを持ちながらも、続けた。

「でもロバート捜査官が2日前に写真を数枚みせてくれたのですが、犠牲者の切り刻まれ方について-引っかかるものがあって。昨日までそれが何かわからなかったのですが。そんなとき僕はレニーに電話したんです」

「レニー?」彼は顔をしかめた。

「レニーはワシントンでのSM関係のたまり場に詳しくて。彼は僕がXファイルに取り組む以前、僕の情報提供者でした。彼はいい奴です」

「それは、純粋に職業的見地から、と受け取っていいのかな?」 そう言って片眉を吊り上げる。

彼、ジョークを言ったのか?確実にいままでなかったことだ-この瞬間をテープか何かにとっておくべきかも。

「ええ。レニーは僕のタイプじゃありません」

僕がニヤリと笑うと彼の焦げ茶色の両目に訳知りの楽しむような痕跡が走ったが、それはすぐに全て厳格な表情の影に消えてしまった。

「お前が興味を引かれたというのは何なのだ?」

彼は前に身を乗り出し、心からこの件に関する僕の洞察を聞こうという姿勢を見せた。彼がどれほど寛容になれるかには僕はいつも驚かされる。法律の文言や正当な手順に従うことへの飽き飽きするほどの執念にも関わらず、僕が彼に対してしっかりとした証拠を提示さえできれば彼は盲目的に僕を信じてくれた。寄生虫男が不快を伴って思い起こされた。

「傷は無作為なものではありません-特有のものです。特有のシンボルです。そのシンボルが極めて不明瞭なために気づかれなかったのです、それに死体には他にも非常に多くの切り傷がありましたから。これです」

僕はペンと紙をとり、彼のためにそのシンボルを書いて見せた。

「なんだね、これは?」彼は眉をしかめ、紙を取り上げた。

「これは牡牛座をあらわす占星術のシンボルです-雄牛です。レニーに確認したのですが-殺害された全ての男性はいずれかの時点でここワシントンのSMシーンにいたそうです。彼らは皆殺害の数週間まえに姿を消しています。もしくは、少なくとも我々が彼らの遺体を発見する数週間前に」

「それでは殺人者はニューエイジ的な精神世界のシンボルの知識があるということか。で、お前がこのナイトクラブにいかなければならなかった理由はなんだ?」彼は尋ねた。いい質問だ。

「ああ、理由なんかありません。ただ街の刺激的な一面を歩いてみたかっただけです」僕は軽薄に答えた。

彼は顔をしかめた。僕は内心ため息をついた-さっきの彼のちょっとしたジョークは明らかに例外的なものだったらしい。

「殺された全ての男たちはミトラのサークルの一部だったんです」

「ミトラ?」

絶対になすがままにはしない、すなわち彼は何事も調べられないまま見過ごすことはないのだ。

「これは古代のカルト宗教の名前です-もっぱら男だけの環境において雄牛の神を崇拝した、古代ローマ戦士たちの間で特に人気のあるカルトでした、おそらくは、いくつかのかなり明白な理由のためです」

彼は『古典的歴史の講義は省いて事実に沿ったところを述べろ』という視線を投げてきた。

「わかりましたよ、ミトラは少数派のサディストのグループが彼らの秘密組織のために選択した名前でもあります。彼らは恐ろしい輩ですが、これまでのところ知られた限りでは、法を踏み外したことはありません。彼らはまた非常にえり抜きの存在で-仲間に入るにはハイレベルのプレイヤーである必要があり、夕べクリプトンにいた男たちのほとんどは、その栄誉に預かるためには右腕を-ジョークをはさむことを許してもらえるなら-左腕を切って差し出してもかまわないというほどの気持ちでいます」

僕はクライチェックのことを考えて、にっと笑った。まさに奴がしっくりくるたぐいの場所だ。スキナーは一瞬問いかけるように僕をじっと見た後、ほとんど完全に笑顔を浮かべそうになったのだが、危ういところで自分を抑えた。

「クリプトンは、いわゆるSMクラブの中でも傑出しています。あの店はある種の客層をひきつけます。レニーが言うには、ミトラのトップたちの何人かは時々自分たちの隠れ家に引っ張り込むのに適当な奴隷を探してクリプトンに漁りにくるのだそうです。僕の調べでは、もっとも可愛くてもっとも従順であることが資格になるとか。僕は彼らのことを調べられるかと思ったんです。レニーに奴らを指摘してもらえば、奴らについてなにか調査できると、それで…」

「ちょっと待て」

うっ、なんだよ。ついにきた。怒り心頭に達してる。いったいいつ気分が切り替わったんだ?

「お前はこのナイトクラブに一人で行ったと言うのだな、誰にも告げず、私やこの事件を捜査している人間ともこうした推察を一切分かち合うことなく?それによって、お前自身の命を危険にさらす状況に置いたのだぞ、あそこでああいった場所にたむろしている男たちが持つような性癖を持つ連続殺人鬼に出くわしたかもしれないとお前は知っていながら。それでもお前はまだなんのバックアップも必要ないと判断したのかね?」

「僕はおとりになろうとしたわけじゃありません!」僕は反論した。「僕は連れて行かれようとか思ったわけじゃありません!」

「モルダー、私が保釈のために到着したときの留置場のあの男の態度から判断して、お前はおとり以外の何者でもなかった、お前が意識的にそれを理解していようがいまいがな。

私は個人的なことを言っているのではないぞ、だがもし『ミトラ』が今晩新人を漁りに来ていたなら、奴らはお前を興味深い捧げものとみなしただろう。

お前がそのことをわからないというなら、それは自分自身をごまかしているのだし、私はお前をもっと頭のいい人間だと思っている。

まあ、この事件に関するお前の見方は興味深い、お前をチームに任命しようと思う、だがまずこれだけははっきりさせておきたい」

彼は一瞬言葉を切り、厳格で、命の危険さえ覚えるような視線を僕に据えた。

「これ以上の一匹狼的戦術はなしだ。お前がまったくもっていったい何をしようと考えたのかは知らんが、二度とするな。

今回の悪ふざけは向こう見ずな上に馬鹿げている。お前のFBIの手順に対する敬意の完全なまでの欠如にはまったくうんざりさせられる、モルダー。

私もこれまでXファイルの捜査手法に関してはある程度まで譲歩してきたが、この件の捜査にあたる間は私の言うとおりにするのだ。

今回については二言はないぞ。ああ、まったく、常に二言はないのだ。とにかく今回お前は私に直接報告しろ。分かったか?」

はいはい、はっきり分かりましたよ。

「はい、副長官」僕は呟いた。

くそっ。僕はチームワークってやつが大嫌いなんだ-いつだって余計なことを言って皆を怒らせるはめになる。

今回だって、一歩先んじることで仲間の捜査官たちののろまな思考工程を聞かずに済ませられるかもと思ったんだ。

皆より優れてるなんて言いたいわけじゃない、でも時々僕の頭は先に行き過ぎて、僕自身走らなきゃならなくなるんだ。

それはどうしようもないことで、それは皆をまじでムカつかせることになる。

スキナーは今まではそれを理解してくれたが、ここからは手綱を引き締めることにしたってわけだ。

この状況下では彼を責められないとは思うけど。

「これまでのところ、お前が午前3時に留置場でなにをしていたのかについては何も説明がないな」彼は指摘した。

僕としてはむしろ彼が忘れてくれていればと思っていたんだけど。

「なんでもないことなんです。ちょっとした誤解があって。小競り合いになって、警察が呼ばれた」僕は肩を竦めた。

なかなかいい説明だ、モルダー、でもスキナーは『全ての石を引っくり返す』タイプの人間で-だからこそ彼は局でここまで出世したんだろうけど。

「全ての出来事を報告書にまとめねばならない以上、完全に説明してもらいたいものだ」彼は言って、いらいらとデスクをペンで叩いた。

僕は顔を赤らめつつ、深く息を吸い、まっさかさまに飛び込んだ。

「僕は…そのー…ある男にしつこく言い寄られて。レニーの説明では、場合によってはトップを連れて行ったほうがいいと…望まない言い寄りから守ってもらうために-クリプトンってところはそういう場所なんです。言ったでしょう、あそこは飛びぬけておかしな所なんだって。それでしばらく経ってから、僕ら…、僕らは…」これって言いづらいよ!

「僕らは決めたんです。僕がレニーのトップの振りをしようって。そうすれば僕らはこういう男を排除できるから」僕は言葉を止めた。

沈黙が続いた。スキナーは待っている。僕はもうどこにも逃げ場がないのだと思い至った。

「いいですよ。そいつは信じなかったんです。実際、誰も信じなかった。明らかに、僕は非常に説得力のあるトップじゃありませんでした」

さあ言ってやった。彼の眉の片方が顔から飛び出すほどに吊上がり、『まさかだろう?』という表情を作った。

「緊張した状況でした。僕はなにかまぜこぜのシグナルを発して『からかってる』と非難されたようです。みんな酔っていましたし、手が出たと思ったら、パンチが出て、警察が呼ばれて、後はご存知のとおりです」

彼は大笑いしたかったのだと思う。本当にそうしたかったのだと思う。実際可能であるなら、彼は部屋中を転げまわって狂乱状態で大笑いしたことだろう、だが彼は見事なセルフコントロールを作動させ、ただ長い間そこに座っていた、平然と僕の頭に視線を注ぎながら。僕は彼の内なる戦いを感じとった。彼は勝利した。

「そうか」彼の声の調子は少し低くつまり気味だった。

「いまのところそれで全て説明されたと思う。お前は帰宅して少し休め」僕が口を開くと彼は冷たい視線を僕に据えた。

「これは命令だ、モルダー」

「でもレニーはどうしたら?」僕はすばやく言った。

「彼は逮捕されませんでしたし、僕らにちょっかいをかけていた男も同様です。レニーがどうなったかわからない、でも僕らがある意味注意を引いていたのは確かで。もし誰かが僕をFBIだと気付いていたら、またはもしあの男がまだ僕に腹を立てていたら、レニーは面倒なことになっているかもしれない」

「レニーの住所は知っているのか?」彼は僕に尋ねた。

「はい」

「では一緒に行って彼が無事に家に帰りついたか確認しよう。その後、私はお前が安全に家に帰ることを確認したい」

「はい、副長官」僕は彼が皮肉を込めて言ったのかはわからない、でも反論するのは賢明ではないだろう。

* * *

ということで、僕は一時間ほど後、レニーの家のドアを気が狂ったようにノックしており、スキナーは僕の背後に厳かに立っていた。返事はない、僕が銃を抜こうとしたとき、ついにレニーがドアを開け、眠そうに僕を見つめた。

「やあ!モルダー!君大丈夫かい?」彼は僕の顎の切り傷を見つめた。「心配してたんだよ」

「僕は大丈夫だ、レニー。僕はただ君の無事を確認しにきたんだ」

彼は僕を入れるために横に動き、スキナーの姿を目に止め、-そして彼は僕のボスの大柄な体に寸分もらさず嘗め回すような視線を這わせながら、いまにも腰砕けになりそうな様子をみせた。僕はこれほどあからさまな情欲を見たことがなかった-それも自分の上司に向けられたものはなおさら。僕は仰天した。

「その大きな人は誰?」彼は遠慮がちに、わずかにはにかみ笑いを浮かべて僕に尋ねた。

「スキナー副長官。FBI。僕のボス」僕は彼に言った。

「君ってラッキーだね」彼は唇をすぼめた。

スキナーは咳払いした。「君がレニーかね?」彼は尋ねた。

「仰せのとおりです」レニーは大胆にもそんな浮ついたことをいい、僕はスキナーがこれをどうとるだろうかと思ったが、彼は単にレニーに向けて笑顔に近いような顔を見せ、レニーは蕩けた。

「レニー、今晩の君の協力については礼を言いたい。モルダー捜査官から全て聞かせてもらった。この事件に関して、君からの情報提供は我々にとって価値あるものになると思う。我々のところにきてアドバイスしてもらうための時間を取り決めるため、明日私に電話をくれないだろうか?君の時間をとらせることについて、何らかの弁済は…できると思うが」スキナーは言って、レニーに彼の番号が載った名刺を手渡した。レニーはそれを天国への招待状でもあるかのように受け取った。彼は可愛い-金髪の巻き毛に青い目、ちょっと細めでそれほど背も高くない。どうして僕がトップだっていうことに皆が納得しなかったのかまったく分からない。でも彼と役割を交代したら余計に成功しなかったろう。

「ああっ、電話します!」レニーは勢い込んでいった。

その時、寝室から物音がして、男がよろめき出てきてぼやけた目で周囲を見回した。

「レニー-どこへ行った?」男が呼んだ。そこで彼は僕を見、体を真直ぐに伸ばして、視線に殺意を込めた。「お前!」

乱闘を始めた男だ、僕を追い掛け回し、嫌だと言っているのに聞かなかった。

「レニーよくもこんな男と!」僕は非難するように呟いた。レニーは肩を竦めにっこりした。

「うーん、君がいなくなったらさ…」彼は微塵も恥じたようすを見せず呟いた。

男は威嚇的に僕らのほうに迫ってきた。「お前にはまだたっぷり借りがあるからな」彼は恐ろしい様子で僕にそういった。

僕は自分でなんとかできる、でも今晩奴には既に一戦落としていて、頭痛はするし、顎は痛むし、もう一回乱闘するなんてほんとそんな気分じゃなかった。僕はただちょっとだけ後ろに下がり、気付いたときにはスキナーにぶつかっていた。

「面倒は起こしたくない。レニーとその…ベッドに戻ってくれないか、そうすれば我々は帰らせてもらう」スキナーは平穏に言った。レニーの喧嘩っ早い恋人はスキナーに危険をはらんだ視線を投げ、肯いて、引き下がった。

「来いよ、レニー」彼はレニーを引っ張って寝室の方へと戻っていき、レニーは最後に未練がましく僕のボスを眺め回して、去った。

スキナーとドム男たちってどうなっているんだ、僕は無言でアパートを去りながら自分自身に問いかけた。体格なのか?つまりさ、僕だって身長は彼と変わりないのに僕が奴らを睨み付けても誰も引き下がらなかった。あの厳格な、笑わない表情なのか?僕はそれを練習したほうがいいかもしれない。または禿げ頭か?権威のある雰囲気?それがなんであれ、今晩のこれまでのところ、彼は二人の経験豊富なトップに圧倒勝ちしたんだ、つまり彼の力のほどはとっても説得力があるってこと。僕はぼんやりした嫉妬の痛みを感じた。僕にもその才能があればいいのに-毎日の生活に便利だし、あれほど色んな奴らにやり込められるのを止めさせられるかもしれない。ああ、僕の言っている意味わかるだろ-肺がん男に、陰謀組織の爺たち全部に、くそったれのクライチェックさえにもだ。

* * *

翌日の午後の会議にレニーは彼の可愛い魅力全開であらわれた。ジーンズにカウボーイブーツ、ブルーのデニムシャツ-これは彼の『荒野にいます』バージョンだ。彼は馬の頭と尻尾の区別もつきゃしないんだろうけど、ことレニーに関しては、いい印象を与える上でリアリティに邪魔をさせたりなんかしない。そうした努力は本人が意図する対象であるところのスキナーには、もちろん、無駄だったけど。僕のボスはいつもどおりキビキビと話を進めた。彼は僕の最新の捜査の概要を捜査チームに簡単に説明し、ロバートは恨みがましい視線を僕に突き刺した。僕が思うに、スキナーはロバートが僕にあの数枚の写真をみせたことについて、既に彼に雷を落としたのだろう。しかしながらチームのみんなは僕が到達した結論に興味を持った。

「このあとはどうするんです?」ロバートが尋ねた。「モルダーはクラブにまた潜入するんですか?」彼は物問いたげに僕をそれからスキナーを最後にレニーを眺め、レニーにウインクされた。ロバートは顔を赤らめた。

「クリプトンという場所はミトラのサークルの主要人物を特定するのにもっとも適した道筋のように思える、したがって、答えはイエスだ、クラブへ再び潜入するのは当然ということになるだろうな。今回は適切なバックアップを伴ってだが」スキナーは冷たい視線を僕に投げ、レニーは僕に向かってニヤニヤしながら足で軽く押してきた。僕は彼が全てのことを性的な文脈にこじつけようとするのをやめてくれることを願った、そして特に、上司に懸想するゲイサブ仲間という役割を僕に担わせようとするのをやめてほしいと願った。そんなのは本当のことじゃないし、気を惑わされる。

「昨晩の大失敗を繰り返さないための最良の方法について、レニーのアドバイスを受ける必要があるだろう」スキナーは言った。レニーは輝くような笑みを浮かべた。

「あのー、-僕はクリプトンについてモルダーになんとか警告しようとしたんです」彼が言うと、僕は内心ため息をついた。言えよ、レニー、僕をライオンの檻に投げ入れろ。「クリプトンは、ああいった場所のなかでもはるかに飛びぬけているんです。あそこはより所有権を主張したいタイプが行くところ。ある種のスタンスがあって、-ドムはほかの男のサブを奪おうとするっていう-それも楽しみの一部なんです。マッチョ的な態度っていうか。クリプトンへいくトップは、ちょっと男性ホルモン過剰なところがあるから」レニーはにっこりした。「彼らは自分たちがどれほどパワフルかを見せ付けたいの。そしてあそこに行くサブたちは所有されたり、自分をかけて男たちが争ったりすることに心底夢中なんです。物事にはちゃんと解決法があるんです、僕が言ったみたいなね。僕はこの次には、モルダーはサブとして行くこと、そしてトップを連れて行くことを提案します。そして二人とも適切な衣装を着ていくこと!」彼は僕に生意気そうな顔で笑いかけ、僕はカラーと鎖を完全に身につけ、リードにつながれて引っ張りまわされている僕自身の幻を目にした。信じてほしい-そんなの絶対僕には向かないって。

「そうか。それは理にかなっているだろう-それによって我々としても二人の人間をクラブ内に配置できる。残りは外に待機させよう」スキナーは頷いた。「ケンドール捜査官、君にモルダー捜査官に付き添って中に入ってもらおうと思うが…」

「お言葉を返すようですけど、サー」レニーは、まるで言葉と愛を交わすように「サー」を舌の上で転がした。「そしてケンドール捜査官に対して何も含むところはないんですけど、とっても強くて、タフで、なんていうことは承知しています」レニーは口ひげを生やし、痩せて筋っぽいケンドールに微笑みかけた。今度は彼が顔を赤らめる番だ。「でも僕が考えるに、皆さんはクリプトンに潜入するっていうことについて軽く見すぎていると思います。それこそモルダーが夕べ犯した間違いです。そしてさらにミトラのサークルに受け入れられようというなら-それが皆さんの狙いですよね?」彼はスキナーを尋ねるように見た。スキナーは頷いた。「だったら、その役を本当にやってのけられる人が必要です。じゃなかったら、モルダーは大変な面倒に足を踏み入れることになります」

「そりゃあ今度に始まったことじゃないけどな」ロバートが呟き、何人かが噴出した。スキナーは彼らを一睨みで黙らせた。

「結構だ。この捜査のデリケートできまりの悪い性質については私もよく承知している」彼は部屋全体に向かって言った。「しかし君たちが個人的にこれをどれほど不快もしくは気詰まりと感じようとも、5人の人間が殺されているのだ、そして我々にはやるべき仕事がある。だから諸君、せせら笑いはやめにしてほしい、頼む」彼は一同を見回し、全員が厳粛に頷いた。「君らの中でこの捜査の特殊な性質を受け入れがたく思うものがいれば、今直ちにそう言ってもらおう」彼は無表情に参列する捜査官たちを見渡し、もちろん誰も何も言わなかった。「よろしい、では。レニー、君の提案とはなんだね?」彼は尋ねた。

「僕はこのミッションにおけるモルダー捜査官のトップにはあなたがなるべきだと思います、副長官」彼は言った。「僕はこの中で、唯一本当にこの役をやってのけられるのはあなただけだと思います」

恐ろしい沈黙が部屋に満ちた。誰もが突然自分のネクタイを確認したいという衝動に駆られたようだった。僕は違うけど。まったくもって楽しい展開になってきた、僕はスキナーに向かってあけっぴろげの笑顔を向け、彼はなんであれ慎重に気付いた様子を見せなかった、そしてもちろん彼の先ほどのちょっとしたスピーチの後では、レニーは彼をまさにど真ん中に投げ込んだことになる。彼は一瞬事態を考慮し、それから頷いた。

「よろしい」彼は同意した。彼には実際選択の余地もなかったけど。アドバイスを求めるためにレニーを呼んでおいて、そのアドバイスを受けないなんてね。

「やったー」レニーは両手を打ち合わせた。「僕、お二人のために完璧な衣装を持ってます。ああ、それから僕も連れて行ってもらわなきゃ。僕はミトラのメンバーを教えることができるし、あなたの栄誉を増やすことにもなります」彼はスキナーに向かってにっこりし、スキナーは尋ねるように眉を吊り上げた。「あなたのハーレムに男の子二人!」レニーは小生意気に笑った。「そして僕ら二人とも飛びっきり可愛いんですから、自分でいうものなんだけど!」

「レニー…」僕はスキナーがレニーの言葉を注意深く考慮しているのを見て取った。「これは潜入捜査で-現実の生活とは別物なのだ。捜査には危険がつきものだし、もし奴らが我々をFBIだと感づいたなら君の情報提供者としての身元が割れてしまう可能性もあるのだ。加えて、我々は野放しの連続殺人犯を相手にしている。私は、君がこんなことに本心から関わりあいたいなどと思うとは考えんよ。さあ、このクラブについて君の協力には感謝している、しかし君の命を危険にさらすようなことはしなくていい。どうかそのことを慎重に考えてくれたまえ」

「うーん、厳密に言って、モルダーと僕は連続殺人鬼からの危険には何も関係ないでしょう?つまり、あなたは危険だけど、僕らは違う」レニーは僅かに混乱した様子を見せた。

「どういう意味だい?」僕は室内の他の捜査官たちに視線を投げつつ尋ねた。誰もが煙に巻かれたような表情でレニーを見ている。

「ええっと、その連続殺人鬼って…、つまり-僕が聞かされた人たちの名前だけど」レニーは僕をそれから他の全員を見た。「僕、何か誤解してるのかな?」彼はスキナーのデスクの上のファイルを指差し、立ち上がって写真を二枚ほど引き抜いた。「僕はこの人たちの二人を知ってるし、他の人も名前は知ってる。ショーン・フリン、ジョージ・レッドマン、フィル…」彼の目に涙が浮かび、声を詰まらせた。「フィル」彼は呟いた。「彼らは全員トップだよ-殺されたこの人たちは皆トップだ。皆この人たちをサブだと思ってたの?」

彼は部屋中を見回し、僕らの呆然とした沈黙を見て取った。「どんなに固定概念にはまり易いかって思うと驚くね、ね?攻撃的でサディスティックな男たちが可哀相な無防備の男の子たちを縛り上げたり叩いたりする-その一人が行き過ぎて殺しちゃうなんて簡単だよね。そういうこと?」レニーは頭が空っぽで愚かな人間のため、即席の演題に立ったかのようだった、それは大変な偉業だ。「ええと、すみませんが、皆さん、でも人生ってそんなに単純じゃありませんよ。僕はこと殺人に関しては素人かもしれない、でもSMプレイの中でいきすぎちゃうなんて全く考えられない。僕がこれまで知りえたトップは全員、とっても安全だった-どこかにはそりゃ頭のおかしい奴も何人かいるとは思うけど、僕はそういうのに会ったことない。そして僕が起こって欲しくないと思ったことは今まで何一つ起こったことはない」僕は彼が椅子に乗っかってこう叫びだすだろうと確信した、「僕はサブでそのことを誇りに思ってる!」ってね。でも彼が最高潮に達するすんでのところでスキナーが幸運にも割って入った。

「それは非常に興味深い話だ、レニー。こうしたことを全て指摘してもらい感謝している。この特定の…なんというか…サブカルチャーのルールに関する理解の欠如により、我々の認識は影響を受けている可能性があると思われる。クリプトンに潜入する前に、夕べの大失態の再発を避けることができるよう、彼らについて我々が確実に完全な理解を得られるようにしてもらえればと思う」

ああ、僕に当てこすりいうためのこじつけだ;こんな羽目になるとは思いもしなかった。

僕らはなんとも気まずい二時間をかけ、スキナーがなんともエレガントに命名した「このサブカルチャーのルール」をくまなく教わった。僕が理解した限りでは、それは、レニーと僕は、言われたことだけをやったり息をすることにも許可を求めたりしながら、にやにや、ちゃらちゃらしたりし、その間スキナーは威嚇するような顔で周囲を見回しながらうろつきまわり、命令をがみがみ言うってことだ-彼にとってはいつもと大して変わりない。

最終的に僕らはそれぞれの使命を持って散会し、クリプトンへの再びの訪問のため再度午後11時に集合する旨を言い渡された。スキナーは計画について事細かに説明した-僕は、驚きはしないが、彼の細かなところまでいたる細心の計画にいつもの通り感銘を受けた。彼の捜査手法は本当に僕とは正反対なんだ。僕は通常行き当たりばったりが好みで、捜査の進行につれて事をでっち上げる、成り行き任せってやつ、でも彼は予期せぬ驚きは好まない、もちろん彼は彼の部下である捜査官たちの安全を考えなきゃならないし、それは僕が心配する必要のないような局面を彼の仕事に追加することになるわけだが。

僕らは全員無線を身につけ、バックアップチームはクラブの外に停めたバンの中に配置される、つまり僕らにとっていかなる深刻な被害の発生もほとんどありえないってことになる。この時点では、僕にとって全てのことはまだジョークにすぎなかった。もちろん深刻な事象があるってことは承知している、でも考えてもみてよ、状況は馬鹿げていて非常に面白いことこの上ない。僕はスキナーだってそう考えているに違いないと確信している。僕は本番が楽しみなくらいだ。潜入捜査はエキサイティングな反面、スリルもある、そして少しの間別の人間の振りをするって楽しいことだ-僕の中には挫折した俳優でもいるのかも。何人かの男が殺されたって事は承知している、でも僕はこの事件をXファイルほどには真剣に捕らえていなかったのかもしれない。全ては馬鹿げて見え、この事件は僕にとって少なくともミュータントやエイリアンから休暇をもらったようなもので-とはいえ、率直に言って、レニーに教授されたルールに基づけばXファイルとそう大差ないとも言えたけど。

* * *

11時、レニーはトランク一杯の衣装を持って現れた。スキナーは、レニーが彼のためにと選んだ革のぴっちりしたズボンと鎖かたびら状のヴェストを一目見るなり首を振った。

「レニー、君の判断に疑念を挟むつもりはないが」彼は平然とそう言った。疑念はないの?僕はある!だってレニーが自分の空想の中でも一番のお気に入りの衣装をスキナーに着せたくてウズウズしてるのは明らかだ。レニーは今回のこと全てを楽しみすぎている。「しかし、私がミトラクラブについて聞いたところによれば、彼らはこれほどあからさまではないのではないのかね?彼らはえり抜きなのだろう?エリートというのかな?」彼は僕に視線を投げ、僕は頷いた。「だとすれば、私は本物のプレイヤーらしく見える必要がある-単に土曜の夜にちょっとした刺激を求めるような輩ではなく。そうだね?」

大変よくできました、スキナー。とはいえ、革のズボンと鎖かたびらについては残念だけど、-写真に撮って、次回彼が僕のXファイルでの所作に疑念をさしはさむ時に脅迫目的で利用できたのに。

「そうかな」レニーはむっつりと言った。

「そういった前提で君は何を提案するかね-君のこうした人物への専門的知識からは?」スキナーの外交的手腕には時々息を呑まされる。レニーは簡単に陥落した。

「なにか控えめなもの」レニーは考え込んだ。「でも完全にドムでなきゃ。黒―これは絶対」

彼はトランクの中を再びかき回した。こんなの信じられない-スキナーはエレガントな二枚目俳優みたいな衣装でまかり通るっていうのに、僕は絶対薄っぺらで恥ずかしい格好をするはめになるんだ。僕は正しかった-スキナーはたちまち黒のチノパン、黒のタートルネック、黒のスウェードのベストに自前の黒いぴかぴかの靴という姿でめかしこんだ。ご主人様らしくするため彼が唯一譲歩したのは手錠と犬用のリードで、レニーは手錠を彼のベルトからぶら下げさせ、リードをバックルに取り付けた。

「万一の場合に備えてね」レニーは言った。万一の場合って、何のためだよ?僕らが迷子の犬でも見つけた場合か?それでも彼は依然としてエレガントで、でも威嚇的だった-まさにそのものだ。

僕はテカテカのビニールのパンツに、むかつくほどちくちくするメッシュのベストを着させられた。ベストはちなみにシースルーだ-これ言ったっけ?ああ、そして僕の恥辱の総仕上げとして、レニーが僕の首にはめた首輪のことも付け加えておくべきだよね。レニーは彼自身のために黒革のチェストハーネスとぴっちりした革の短パンを選んだ。そう。短パン。といっても、彼は履き慣れているからね-僕はひたすら彼がそれを僕に薦めないでくれたことに感謝した。ということで、適切な服装を身につけ、僕らは出発した。

「やっぱりあなたは乗馬用の鞭を持ってくるべきだったと思う」僕らがクラブに到着するとレニーはスキナーにぶつぶつ言った。自らをサブ(従属する者)と称する人間にしては、彼はごり押しのコツってものを知っている。僕はこの「サブカルチャー」に関する見識を修正しつつあった。明らかにトップは全権を握っているわけではなくて、明らかに巧みな操作っていうものがまかり通っている。レニーは過去2時間に渡り、スキナーに乗馬用の鞭を携帯させようとした上、いまだにその考えを諦めていないのだ。僕がスキナーの立場だったら、今頃はもう黙れと一喝しているところだけど、スキナーは一度説明した彼の決定を断固として譲らず、再び議論することを拒否して、あらゆる機会を捉えてレニーがむなしくも陰険に文句を言うのをそのままにさせていた。実際のところ、彼は無駄なあがきをむしろ楽しんでいるのだと思う、しかし仮に彼が僕のボスをエロティックな不機嫌の発露に引き込もうとしていたにしても、それは時間の無駄というものだった。スキナーは徹頭徹尾彼に対して礼儀正しかった。

クラブは夕べよりもさらに盛況だったが、僕の扱われ方には大きな違いがあったと言わざるを得ない。僕は依然として絶え間なくいやらしい目で嘗め回されたが、スキナーの存在は、誰にも実際に手出しをさせないことを保障しているみたいだった。それでいて彼は彼の実生活での振る舞いとなんら変わるところがないのだ、これって驚くべきことだ。彼は僕ら全員に飲み物を買った、とはいえコーラ以上に強いものは飲ませてくれなかったけど。それはレニーにすら同様で、レニーはこれにはちょっとふくれて見せた。これってレニーが魅力を感じる男たちと一緒にいるときの標準的技法なんだと思う-彼は男たちを刺激してご主人様っぽく振舞わせたいのだ。スキナーに関してはかなり手こずるだろう-彼は依然としてレニーに言葉を荒らげることすらしない。

しばらくの間は、これといって何も起こらなかった。レニーはちょっと愛敬を振りまき、ある男が彼を気に入ってダンスに誘った。レニーはスキナーを見上げ、スキナーは静かにこういった:「いかん」この言葉はレニーを発作的な喜びの境地へと送り、それはスキナーが低い声で混雑したダンスフロアでレニーの姿を見失ったりしたくない-この時点で我々が別れ別れになるのは懸命ではないと説明するまで続いた。レニーはふくれた。またもや。

「この場所って…怖くないですか?」また別の男が異常に近くを通り過ぎて僕の尻を撫で回していった時、僕はスキナーに尋ねた。

「いいや」彼はそう答え、ほんの微かな笑みをその顔に浮かべた。「お前のような格好をしていたら、そう感じるかもしれんが」

「そりゃどうも」僕は自分がふくれているのに気付いて、すばやく止めた。これって伝染するに違いない。スキナーは周囲で行われている全てを目にしながら、少しのショックや不快感も表さなかった。まるで以前に全て目にしたことがあるみたいに。もしかしたらあるのかもしれない。ベトナム、そしてFBIの凶悪犯罪部門での長いキャリアの後では、彼を驚かせることなんか何もないのかもしれない。『サイドショー』の開始がアナウンスされると僕はさすがにちょっと緊張した。檻がひとつ床に降ろされ、中にはほとんど全裸の若い男が入っていた。頭から足の先までゴムに身を包んだ別の男が檻の扉を開け、乗馬用鞭を打ち鳴らした。サブは檻から這い出て、男の光るブーツを舐めた。彼は引きずり立たされ、柱に縛られた。

「くそっ、こんなの見てられない」僕は呟いた。

レニーは頭を振り、僕に笑顔を見せた。「もう、リラックスして、ハニー!こんなの単なる見世物だよ。本物は二階でやってるんだから」彼は言った。

「本物とはなんだね?」スキナーは尋ねた。

「わかってるくせに」レニーはウインクした。「そろそろ始まってる頃だな」彼は時計をちらりと眺めた。「案内して欲しい?」

「ああ」スキナーは頷き、気付くと僕は彼らについて階段を上がっていた。

ダンスフロアの騒音から逃れられたのはほっとしたが、ここには僕を不安にさせるような別の物音がしていた。何かを人間の体に打ち下ろすような音、例えて言うならね、ただちょっと呻き声がするだけでそれほどの悲鳴は聞こえなかったけど。レニーは僕らをある部屋へと案内し、そこには一人の男がベンチに縛り付けられ、口には猿轡を嵌められていた-これで悲鳴が聞こえなかったわけがわかった。彼は革紐で音高く叩かれていたが、別段苦悩は感じてないようだった。同意のもとでやっていることなのだろう。

スキナーは眉をひそめた。「誰かミトラのメンバーがいるかね?」彼はレニーに尋ねた。

レニーは周囲を見回した。「まだいない。でも目を光らせておきます」

スキナーと僕は無言で鞭打ちを見ていた。正直言って二人とも言葉を失っていたのだ。僕はこの光景で興奮することはなかったし、スキナーは変わらず無表情だった-いずれにしても彼が何を考えているのかなんて僕にわかったためしはないけど。ふと何かに気付いて彼が周囲を見回した。

「レニーはどこだ?」彼は僕に尋ねた。

「ああ、くそっ」

レニーは姿を消していた。僕らは柱廊へと戻り、ダンスフロアを見下ろした。レニーが先ほどの男と一緒にくるくる回っているのが見えた。

「レニーって、あまり従順とは言えませんよね?」僕はスキナーに皮肉を言った。

「まあ、私は慣れているがな」彼は意味ありげにさりげなくそう返し、僕はほとんど窒息しそうになった。

「あそこに降りていって、肩に抱え上げて連れ戻したいんじゃないですか?」

「そうでもない」そういって肩を竦めてから、彼は僕らを見ている男に気付いた。彼の目は僕の肩をかすめていき、僕は彼が身体を硬くしたのを見て取った。「お前は囮がどうとか言っていたな?」彼は尋ねた。僕は頷いた。「よし、その時が来たようだ、モルダー。お前が下に降りていってレニーを救出しろ、それで何が起こるか見てみよう」

彼が何を予見しているのかわからなかったが、僕は頷き、このやり取りに奇妙に活気付けられ、胸がどきどきした。ついに-アクション!だ。

僕は見られているのを意識しながら歩き出し、ちょうど階段の一番下に達した時、片頬に傷の走るタフな見かけの男が僕の前に立ちふさがった。

「お前に話がある」彼は言った。

「僕に?」僕は後ろ下がりし始めたが、別の男が階段をふさいでいることに気付いただけだった。僕は逃げ場を失った。

「ああ」警告もなしに、背後の男が僕の首筋を舐めた、あまりの気色悪さに僕はろくに考えもせず振り向きざま男に殴りかかった。僕の拳が届く前に僕の両腕はスカーフェイスに掴まれ、僕は手すりに投げ出された。

「見たところ、もう面倒な目に遭っているみたいだな」スカーフェイスは呟き、僕の傷ついた顎に指を走らせた。「もう面倒はごめんだろ」

「どうかしたか?」僕はスキナーの声を聞いてほっとした。

「なんでもねえ。すっこんでろ!」スカーフェイスが威嚇した。

「私はそうは思わんな」スキナーは僕を手すりから引き離した。「大丈夫か?」彼はそう尋ね、僕は頷いた。

「邪魔すんな」スカーフェイスは顔をスキナーにくっ付きそうなほど近づけ、彼の個人的領域を侵した。「俺たちはこのセクシーリップを気に入ったんだよ」

セクシーリップ?うえっ。

「そうか、だがお前らはこれを連れて行くことはできんぞ」スキナーはきっぱりと言った。

「なんでだよ」スカーフェイスは威嚇的に尋ね、そうすることで明らかにスキナーが引き下がると思っていた。

「なぜならこれは私の所有物だからだ」スキナーはその点をさらにはっきりさせるため僕の肩に手を置いた。わかってる、これって変だし、ちょっと気色悪いことだけど-これら全てのやり取りに僕は背筋がぞくぞくした。僕は『なぜならこれは私の所有物だからだ』の瞬間を続く十秒の内に数回再現し、その度にぞくぞく感を味わった。どうしてなのかはわからない。

「ああそうなのか?」スカーフェイスはニヤリと笑った。「ってんなら、所有権変更の交渉をする時がやってきたってことじゃねえのか?」彼は僕の腕をとろうと手を伸ばしたが、スキナーは彼が僕に触れる前に彼の手首を掴んだ。

「いいや。交渉はしない」彼は断固としていった。

「面倒を起こしたいのか?」スカーフェイスが訊いた。

「いいや。しかし必要とあらば、やぶさかではない」スキナーはマッチョさで男の上をいき、少しの間その場を手詰まり感が支配した。スカーフェイスはこれを考慮し、ついに彼は頷いて僕らを通すためしぶしぶと脇に退いた。僕がほっとして大きく息をつき通り過ぎようとした時、突然僕はスカーフェイスの仲間に腕を掴まれ、その瞬間スカーフェイスはスキナーの腹部に向かって拳をぶん回した。スキナーはこの事態を予測していたらしく、サイドステップで巧妙に男をかわすと彼自身の拳を彼の対戦者の腹部に打ち込み、効果的に男の股間を膝蹴りした。これらのやり取りの全てはほとんど完全な沈黙のうちに行われ、あまりにすばやく終わってしまったので僕がそれと気付く間もないほどだった。スカーフェイスはスキナーの足元に呻きながら倒れこみ、僕は共犯の男に肘鉄を食わせスカーフェイスの身体を跨いで僕のボスに追いついた。

「任務完了」彼は呟いて、柱廊を見上げた。僕は二人の男が無言で僕らを見ているのに気付いた。

「ねえ-あなたは実際楽しんでませんか」レニーを捕まえるためダンスフロアに向かって進みながら僕はそうコメントした。

「当然だろう?」彼はほとんど満面の笑みを浮かべかけた。「私がデスクの前から抜け出したのは数ヶ月ぶりだ。私は普段変装して潜入捜査などする機会はないからな。もちろん楽しんでいるとも。セクシーリップ」そしてその言葉とともに、彼はダンスフロアに突進し哀れなレニーを取り戻した。僕はその場に立ち尽くしたまま、言葉もなかった。

「いいかね、レニー」スキナーは僕らの気まぐれな友人を先導しつつ思いやり深く言った。「モルダーと私の視界の範囲内にじっとしていてくれると有難いのだがね。今晩ここではある事態が進行しつつあり、それは荒っぽいことになるかもしれん。我々と一緒にいれば、君の面倒を見ることができる」

「いつでも面倒見てくれていいんだけど」レニーは誘惑するように甘えた声を出した。

スキナーは一瞬甘やかすように微笑み、その笑顔が消えた瞬間、すばやく手を伸ばしレニーのハーネスを両手で掴んでレニーを床から持ち上げた。

「私の言うとおりにするのだ、レニー」彼は唸った。「そうすれば全てうまくいく」

「は、はい、わかりました」スキナーがレニーを床の上に戻すと、レニーは畏敬の念と情欲に両目を見開き、僕は完全に度肝を抜かれた。

「わかりました。あなたは完全に楽しみすぎです」バーに向かって一緒に歩き出しながら僕はボスに呟いた。

「全くそんなことはない」彼はキビキビした低音で答えた。「レニーは糸の切れた凧だ-だが私がツボを押さえて扱いさえすれば、彼は何でも私の言うとおりにする。そうしておくことで我々は彼の安全を確保できる。この捜査の過程で一般市民を危険に晒したくはないからな」

「そんなのあなたの言い訳でしょ」僕は、なんだかむかむかして呟いた。この時点の僕の感情を説明しろなんて言うなよ-僕自身何にも分かりはしないんだから。

僕らが再びバーのところに立つと、背の高いブロンドの男が近づいてきた。僕はまた言い寄られるのかと緊張したが、この男は僕を完全に無視して、その代わりに僕のボスの足元に芝居がかった様子で身を投げ出した。一瞬、ほんとに一瞬だけだけど、スキナーもひるんだ、と僕は思う。彼はレニーに視線をやり、レニーは金髪男を足でつついた。

「いいよ。あんたは彼の注意は引いた。いったいなんのつもり?」レニーは訊いた。

ブロンディは顔をあげて微笑み、一揃いの真っ白な歯列を光らせた。「ご主人様、私はここに新しい所有者を求めてやってきました。私を受け入れてくれませんか?お願いです」彼は懇願した。

僕は口に含んだコーラを噴出し、スキナーは不機嫌そうな視線を僕に突き刺したが、それは瞬時に意地の悪い半笑いに変わった。僕は一瞬仰天したが、僕らはまだ見張られていて、彼は明らかに彼の役割をできるだけうまくこなそうとしているのだと気付いた。彼は悠長に構えて、まるでその申し出を真剣に考慮でもするように、ブロンディを上から下まで眺めた。

「私になにを提供できる?」彼は尋ねた。

ブロンディは張り切って前ににじり寄り、両手を僕のボスのベルトへと伸ばした。「実践してお目にかけます」彼は言った。

スキナーはその手を打ち払った。「いや、言葉で言うのだ。お前はいつも許しもなく触れようとするのか?お前の前の所有者はお前をちゃんと仕込まなかったようだな」彼はブロンディの頭越しにレニーに視線を投げた。レニーは彼に向かって人目に付かないよう成功の合図に親指を立ててみせた。僕には装着した無線機越しにバンの中にいるロバートとケンドールが死ぬほど笑い転げているのが聞こえた。

「お許しください、ご主人様」ブロンディは恥じ入った振りをして頭を下げた。

「ぶち壊しだね」僕はコメントし、引き下がるべきだと頭を振ってみせ、膝で軽く突いた。ブロンディは魅力的にスキナーを見やり、スキナーは僕に顔をしかめて見せてから足元の男に注意を戻した。

「私は現在所有しているサブたちで満足している-新しいサブを受け入れる時間も意向もない」彼はそういった。「しかしながら、もし状況が変わるようなことがあれば…」彼は僕に意味ありげな視線を向け、ブロンディは微笑んで頷くと立ち上がり、僕の方向にせせら笑うようなうぬぼれの強い笑いを見せ、僕を押しのけてダンスフロアへと戻っていった。

「すごくよかった!」レニーは愉快そうに両手を打ち鳴らした。「感心しました。あなたって本当にこの方面の素質がありますよ!」

「死ぬほどうれしいほめ言葉ですね」僕は依然として自分でもわからない理由から不機嫌になって、ひねくれたコメントをした。

スキナーは僕をちらりと見て、僕の腕を掴みバーの静かなコーナーに引っ張っていった。「モルダー捜査官、なにか私が気付かなかった問題でもあるのかね?」彼は低い声でささやいた。「このミトラというグループについてもっとなにかを探り出そうとするなら、我々はこの役割において真に説得力を持たせねばならんのだ。もしお前がこれを手に負えないというなら、交代を要求してもいいのだぞ?」

「いいえ。大丈夫です。ただこの場所はなんか落ち着かなくて」僕は返答した。「肉の塊みたいに見られるのに疲れてきたみたいです」

「これは見せかけにすぎん、モルダー」スキナーは僕に言い、その黒っぽい瞳の奥の理解に僕は驚かされた。「お前はこれまでにもいくつもの潜入捜査をやってきただろう-これもなんの変わりもない。なにか違いがあるのか?」彼は問いかけるように僕を見た。僕は頭を振った。

「いいえ。すみません。もちろん違いはありません」

「よろしい。私が思うに、我々が探している男たちはじきに我々に接近してくるだろう。我々は十分に注意をひいたようだ」彼は柱廊から僕らを見ている二人の男にむかって頭を振ってみせ、僕は彼の状況評価に同意せざるを得なかった。レニーが僕らに語ったことを総合すれば、何らかの方法で奴らの興味を惹きつけない限り、ミトラグループに潜入するためできることはない。誰も自分から奴らに近づくことはできない-全ての行動を起こすのは奴らなのだ。

まさにその時、別のサイドショーの開始がアナウンスされ、スーパーマンの映画のテーマ音楽が鳴り響いた。筋肉隆々の異常に股間の立派な男が、身体にぴったりしたスーパーマンの衣装に身を包んで張り出し舞台に登場した。

「スーパーマンは惑星クリプトンに戻ってきた」声がアナウンスした。あまりの安っぽさに僕は大笑いしてしまった。すぐに『スーパーマン』は踊っている奴隷少年たちのご機嫌を取り始め、僕はこの見世物のばかばかしさに夢中になりすぎて、つかの間集中力を低下させ、スキナーが僕を肘で軽くつついて「用意はいいか、モルダー?」と囁くとびくっとした。

僕は周囲を見回し、身なりのいい男が僕らに近づいてくるのを目にした。彼はこの場にいるほかの誰とも似通ったところがなかった-革もなく、鎖もない-彼は黒い服すら着ていなかった。その代わりに彼はシンプルなグレーのスーツを着ており、彼の背後には今晩中柱廊から僕らのことを見ていた二人の男が控えていた。

「OKです」僕は頷いた。

身なりのいい男は僕たちのところにきて微笑んだ。

「自己紹介させてください。私はアーロン・サウンダースです」彼は教養のある英国アクセントで言った。彼は片手を差し出し、スキナーはその手を取った。

「ウォルター・スキナーです」彼は軽く会釈した。僕らは偽名の使用について話し合ったが、使用しないことに決定した。とはいえ、幾つかの偽のIDをシステム上に配置してあり、何者かが僕らについて調べても、僕らがFBI捜査官であることが分からないようにしてある。

「お話したいことがありましてね」サウンダースは彼に言った。

スキナーは頷いた。「ええ。そのようですな」彼は呟いた。

サウンダースは僕らを比較的静かな二階の部屋へと案内し、僕らの背後でドアが閉められた。銃なしではかなり心細い気がしていたので僕は無線をつけていてよかったと思った。

サウンダースはスキナーに向かって肘掛け椅子を指し示した。なんであれ僕に気付いた様子は見せず、椅子も差し出されなかった-これらの人たちに対し僕には何の身分もないことは明らかだった。僕がどうしようかとちょっと周囲を見回すとスキナーは短いイラついた仕草で床を示した。役割に沿って、僕は彼の脇にしゃがみ込み、サウンダースをもっと詳細に観察する機会を得た。彼は特に背が高い男ではなかったが、がっしりしていて、必要に応じ充分に自分の面倒を見られることを示していた。彼は長い鉤鼻を持ち、鋭く鷹のようなという意味ではいい男だった。

「我々は今晩ここでのあなたの身の処し方に興味を惹かれました」サウンダースは言った。「我々はあなたが興味をお持ちになるかもしれないことを提案できます」

「本当ですか?」スキナーは礼儀正しく片眉を上げた。

「あなたはミトラの契りのことをお聞き及びですかな?」サウンダースは尋ねた。

「もちろんです」スキナーは頷いた。

「我々はまず夕べそのサブに目を留めました-彼は自ら注意を引いていた」サウンダースはちらりとも僕を見ず、彼が僕のことを話しているのだと気づくまでにちょっと時間がかかった。「思わせぶりな態度をとって-このような場所では少し危険ですぞ」

「ええ。これにもいい教訓になったと考えております」スキナーはそうコメントし、彼の目が僕の顎の傷をちらりと見た。

「我々は好奇心をそそられました-彼は興味深い、しかしもう一人の可愛いサブはなんですかな?」サウンダースは片を竦めた。「あの手合いは、まったく尻が軽くて。下のダンスフロアをみれば一目でわかりますが」彼はにやりと笑った。「しかしながら、彼があなたを伴って今晩再びここに戻ってきた-そのことに我々はいっそう興味をひかれたのです」

「それはどうしてですかな?」スキナーは尋ねた。

「ミトラは、単にマッチョを誇示するための退屈な集会などではありません。我々には特別なルールがあります-そして我々は自身を『実生活』でのドムであるとみなしております。我々のサブも同様。彼らは言葉通りのあらゆる真の意味で我々に属しているのです-サブが苦痛からの逃げ口上にするセーフワードなどという退屈なルールは我々の社会には則しません。サブがあなたのものであるなら、彼はあなたが望むことをするために存在する-あなたが彼を手元にとどめておくに充分なほど強くある限り」

「それは少し危険ではありませんかな?」スキナーは尋ねた。

「危険こそ究極のスリルです、そうでしょう?」サウンダースはそう返した。「あなたはどの程度のプレイヤーなのです?ミスタースキナー。あなたにはそれを証明するものがなにもない-我々はこうした場所でこれまでにあなたを見たこともなければ聞いたこともない。そしてこの…生き物については…」彼は僕の方に軽蔑的な視線を投げかけた。「彼は一人でうろつくのを許されるべきではありませんぞ」

「許してなどおりません」スキナーは答えた。「手綱の範囲内のことです。信じていただきたい」彼の声の調子はとてもクールかつハードで僕は感心させられた。

「自分のサブをコントロールできない男など我々の組織に入る資格はない」サウンダースは眉をひそめた。

「フォックス?」スキナーは僕の髪に手を巻きつけ、丁度夕べの僕の同房者がやったように僕の頭を後ろに引いた-彼がどこからこのアイディアを得たかは一目瞭然だ。「その人に我々の小さなゲームのことについて話しなさい」

ああ、ありがと!ここでの仕事を全部一人でやるのにうんざりしたのに決まってる。僕はすばやく考えた。

「僕の名前はフォックスです」僕は呟いた。「時々僕のご主人様は僕を狩るのを好みます。彼はバーとかクラブなんかに僕を先に行かせて、後を追ってくるんです。彼は僕が他の男と一緒にいるのを見つけると、とっても冷酷になります。僕は痕跡を残しておくのが好きで-時には捕まるのも好きです。夕べは騒ぎを起こしすぎたと思います。僕のご主人様は警察署に僕の保釈に来なければなりませんでした。ご主人様にはそれはあまり嬉しくないことでした」

とんでもない表現ではあるものの、これは一部真実だ。だからこそこの芝居の全てをこんなにも奇妙に感じるのかもしれない。

「なんとも面白い」サウンダースは明らかにこのアイディアを気に入ったようだ。僕もこの世界の素質があるのかもね。僕はレニーがここにいて褒めてくれればいいのにと思いかけたほどだ。

スキナーは僕の髪から手を離して、再び撫で付けた。僕は撫でて欲しくて、猫か何かのように彼に擦り寄っているのに気付いた。できるだけ本当らしくして潜入捜査を見破られないようにするためだ、ということにすることもできる。でも意識的にやったことではないと白状せざるを得ない。たぶん僕は何らかの浸透作用により『このサブカルチャーのルール』を吸収し始めているのかもしれない。

「彼は面白い子ですな-上等なしろものだ、ミスタースキナー」サウンダースは物思いにふけった。褒められて嬉しい限りだ。「彼のような子はそうはいない。我々の他のメンバーの多くも彼にはきっと興味を持つでしょう」

「彼を共有する気はない」スキナーは警告的に言った。「彼は私のものだ」まただ、奇妙な揺らめく炎が僕の中に灯った。それは僕を落ち着かなくさせた。

「そしてそれには交渉の余地がないと?」サウンダースは尋ねた。

「ああ。絶対にない」スキナーは断固として言った。サウンダースの目が輝いた。彼はこの情報に満足したようだった。

「そしてそのサブは?彼の意見は?彼は彼の現状で幸せなのですかな?」サウンダースはそう尋ねて僕を見た。僕が口を開きかけると、スキナーは膝で僕の肩を突き黙らせた。

「私が幸せだといえば、彼は幸せなのだ」彼は答えた。

サウンダースは片方の眉を吊り上げた。「それを確信なさっていると?」彼は尋ねた。

「ええ」スキナーは頷いた。

「そしてもし他の男が彼に興味を持ったら-あなたは彼のために戦う用意がおありか?」

「ええ」スキナーは再び頷いた。

「そういうことであれば、あなたは我々の組織をある種の挑戦として楽しんでいただけるかもしれません」サウンダースは微笑んだ。彼はスキナーに名刺を手渡した。「詳細をアレンジするため明日にでも電話をいただけますか-あなたが挑戦に耐えられるとお思いであれば、ということですが。あなたは勝負を落とすかもしれませんぞ、ミスタースキナー、とはいえ…そのような場合、この際立ったサブがそれでもあなたのもとに留まるとは思えませんがな。あなたは非常に興味深いプレイヤーとなる素質をお持ちだと私は思います、ミスタースキナー。連絡を楽しみにしておりますよ」

それを機に、サウンダースは立ち上がり、部屋を出て行った。彼の二人の腰巾着も後に続いた。

「バーやクラブを狩って回るだと?」スキナーは僕らだけになると片眉を上げてからかった。

「とっさに考えたんですよ!あなたが僕に押し付けるから」

「まあ、いいアイディアだった-サウンダースは本当に信じていた」

「よかった。ということは僕らもう帰れるんですか?」僕は顔をしかめた。

「なんだ、この私は、てっきりお前は楽しんでいるのだと思っていた」

それは確かに彼の言葉だ。とはいえ、彼は部屋を出て行きながら言ったので、何か他のことを言った可能性もある。僕は今晩、彼のまったく新しい心乱される側面を見続けている。または僕自身の心乱される側面を見ているのかな?彼は単に、できるかぎり彼の役割を上手に演じているだけのようにみえる-緊張感を持って、僕らが必要とする情報を得るためにあらゆる正しい動きをして。一方の僕は、彼と一緒のこのロールプレイシナリオ全編で自制を失ったリアクションを取り続けている。僕はふくれた、それになんだ?-嫉妬?したり-不機嫌になったり、くよくよ考え込んだり、なんだか非常に奇妙な気持ち色々を僕の中に感じた。僕はこうした全てについてマジに心配になって、レニーに八つ当たりしたんだ。

「帰るぞ」僕はレニーを掴んで革を身にまとった友達と激しく動き続けていた彼をダンスフロアから引きずり出した。

「じゃ、全部済んだの?」彼は僕のやり方に驚いた様子で尋ねた。

「ああ。罠は仕掛けた」

「誰に対する罠だい?奴ら、それとも君?」彼はふくれて言い、何らかの理由でそれは僕には余計に癇に障った。

「いいから動けよ、レニー。スキナーが僕らを待ってる」

「僕らのご主人様を待たせたくないもんね。どんなお仕置きされるか分かったもんじゃない」レニーははすっぱな口調で言い始めた。

途端に僕の中で何かがキレた。僕は手を伸ばしてレニーの腕を掴んだ。

「いいから黙れ!その軽口をやめるんだ。君がスキナーにどんな妄想を抱こうが知ったことじゃないが、そんなのは全部嘘っぱちだ。彼はゲイじゃない、彼はドムじゃない、彼は正真正銘こんな同性愛みたいなことに興味なんかありはしないし、彼の召使坊やとか奴隷坊やとか君の頭の中に作り上げたなんにでもなる見込みは全くないんだ。分かったか?レニー」

レニーは僕を凝視していた。

「僕はただふざけてただけだよ、モルダー」彼は静かにいった。「僕は現実とセックスゲームの違いなんて分かってる。僕には君こそそれを混同しているように思えるよ」

「何を当てこすってるんだよ?」僕は怒ってレニーに顔を向けた。

「ああ、モルダー、君は馬鹿じゃないだろ」レニーはそういって頭を振った。「僕は君がスキナーと一緒にいるところを見てたんだ-彼の気を引こうと君は最大限のことをやってた。君は悪い子をやったり、優等生をやったり、またはその両方みたいな振る舞いをしてみせて、あの人を押して押しまくってた。君に我慢してるなんて、彼は聖人みたいな辛抱強さを持っているのに違いないよ。彼は時々君を彼の膝の上に投げ出して、お尻を叩いてやりたいっていう誘惑にかられてるに決まってる」レニーはにやりとした。

「僕が、自分の上司になんらかの異常な妄想を抱いてるっていうのか?」僕は怒り狂って言った。

「誰が異常だって言った?あんな歩く男性ホルモンの塊みたいな強くてたくましい男性になんらかの妄想を抱かない方が異常だと思うよ。彼はトップの魂を持ってる、たとえ彼がこれ見よがしにしなくてさえね-彼がこっちの方面に興味がないってこと、それ自体が彼をあれほど魅力的にしてるともいえるよ。最上のトップは、強引で厳格で、でも同時にサブをキチンと守るし思いやりもある。神様のようなスキナーは、そういう素質をまんま発散してる。潜入捜査の演技をしてなくてさえね。どうしてそれに反応せずにいられる?」

「それは僕がくそったれのゲイじゃないからだ!僕はストレートだ!」僕は爆発して、レニーを壁に押し付け、彼の腕をきつく握り締めた。

「あることってまったく原始的なんだ。ボスザル的なことはみんなね。君は精神分析とかに詳しいんだろ?モルダー。君はわかってるはずだよ」レニーは震えていた。「お願い、モルダー。痛いよ」彼は泣き言を言い出した。

「なにが嫌なんだよ?君は痛いのが好きなんだろ?」僕は意地悪に言って、彼の後頭部を壁にぶつけた。

「こんなのは嫌だ。君にされるのは嫌だ。こんなの君らしくないよ、モルダー」

「君は僕の事なんかなにも知りはしないんだ。僕のことを誤解してる」僕は唸って、彼の手首にもっと強く指を食い込ませた。突然二つの手が僕の肩にどすんと落ち、僕をレニーから力ずくで引き剥がした。

「諸君。帰る時間だ」スキナーは礼儀正しく言い、僕らのそれぞれの肩に手を置いて、僕らを出口の方へと先導した。

彼が何かを耳にしたか、またはバンの中にいる奴らがこのやり取りをどう捕らえたかは分からなかったが、この時点では僕には大して気にならなかった。僕の一番希望することはここを飛び出し、逃亡して、全速力で走ってXファイルを見つけ、スカリーを捕まえて、僕とこのシナリオとの間にたっぷり距離を置くことだった。そのいずれも実現不可能だったので、僕はその代わりに不機嫌に沈み込み、僕に話しかける人間誰にでも突っかかるだけだった。彼らはメッセージを受け取り、フーバービルへと戻る車中は張り詰めた沈黙が支配した。

スキナーは少しでも事態を鎮めるため、道中でレニーを降ろしたが、僕には逃げ場がなかった。僕らは報告会をしなければならなかったし-それはどうにも抜け出すわけには行かなかった。それで僕は今回の全ての動揺を頭の中になんとか押し込み、殺人者を捕まえるために僕らが何をすべきかに集中した。

「着替えて、30分後に私のオフィスに集合ということでいいか?」スキナーは僕らがビルに入ると僕に向かって静かにそう提案した。僕は簡潔に頷き、地下のオフィスへと姿を隠し、一人になったことにほっとした。

スカリーは僕にメッセージを残していた:

あなたと他の男子達は楽しい外出を満喫したんでしょうね。家に一人座ってノートパソコンで報告書を書いている可哀想な私のことも考えて頂戴-次回は女子も参加できる事件にしてよね!

このメッセージには元気付けられてもいいはずだったけど、そうはならなかった。現在のところなんであっても無理だろうと思う。僕はそのメモを丸めて、激しく壁に投げつけた。気を惹こうとする行動だって?ボクが?僕はレニーが僕に言ったことの言外の意味に抵抗し、むかつくベストを頭から引き抜き、快い普通のシャツに袖を通した。実際の生活が僕の周りに戻ってきた;慣れ親しんで、心地よくて、安全な。

「僕は現実とセックスゲームの違いなんて分かってる。僕には君こそそれを混同しているように思えるよ」レニーの言葉が僕の頭の中でエンドレスにエコーしていた。実生活でのドム、サウンダースはミトラのサークルをそう呼んだ-実生活でのサブを引き連れて。「お前はサブだ、たとえお前がまだそのことを知らなかったとしてもな」留置所の男は言った。こんなことを頭の中で聞きたくないし、僕の中にこんな感情が渦巻くのをやめにしたい。僕は知りもしないうちにスキナーが僕に飛び掛ってくるよう、彼との関係を操作していたんだろうか?ここ何年も僕はなんらかの変態的な性的興奮を得るため彼を押し捲ってきたんだろうか?

* * *

「モルダー。もう一時間になるぞ。電話にもでないで」

スキナーがドアのところに立って、ちょっと心配そうに僕を見ていた。僕は電話が鳴ってきたことにすら気付いていなかった。

「どうしたんだ、モルダー?」彼は尋ねて、部屋に入ってきた。「今晩はずっとピリピリしていたな。今回の殺人者を捕らえるための助けとなるような戦略でも企んでいたのか?」

「だったらいいんですけど」僕はため息をついた。少なくとも彼は僕の行動に対する単純な動機をくれた。彼と知り合って以来の僕の振る舞いについて、彼は気付いていたのかな?意地悪以上の何かを読み取ったりしたのだろうか?僕はスポットライトの下に置かれたみたいに自意識過剰になり、今や自分のあらゆる動きを分析していた。これって行動を抑制される。

「そうでないなら、なんなのだ?」彼の心配は心に染みた。「お前はあんなクラブよりもっと酷い場所を見てきただろう?」彼は尋ね、僕のデスクの端に腰を落ち着けた。

「え?あのー、あなたもあの場所が異常だって認めますよね」

「確かに」彼は肩を竦めた。僕は、突然彼は僕とレニーの会話のテープを小耳に挟んだのでないかと思って、赤面せずにはいられなかった。

僕は彼がいつものシャツとネクタイに着替えているのに気付き、レニーがどうして彼に惹かれるのかがわかった。僕は、僕の目がやっと開いたように感じた。まるで彼を知って以来ずっと僕の頭の中にあった何かとずっと戦っていたみたいだ。-もしかしたらそれはいつも僕の中にあって、でも僕はそれをずっと長い間否定していたのかもしれない。レニーのライフスタイルにはまったく魅力を感じないけど、スキナーの所有物になるという考えは、-僕の髪を掴んだ彼の手、彼の足元に跪いて-どうしてそれは突然全て正しいことだと思えるようになったのだろう?この認識は、スキナーが興味を持たないに決まっている以上、レニーが正しくても何の意味もないのだという知識にほぼ一瞬にして取って代わられた。僕が頭の中で考えていることを彼が知ったら、吐き気を催すほど不快になるだろう。僕と同様に。僕は自分を嫌悪した。

「ずっと考えていたんですけど」僕は元気よく言って、僕の内省を振り捨てた。「僕らはミトラの奴らを見つけ出さなくてはなりません。それにはグループに入り込んで…」

「そう急ぐな、モルダー。それはあまりに危険が大きいと私は思っている。我々はサウンダースについて幾つかの事実を突き止めた、それを今捜査チームが詳しく調べているところだ。私としては、お前か私をライオンの檻に投げ込むよりは、昔ながらのやり方で出かけていって何軒かドアをノックしてみるほうがいいと思うのだ」

「それでは何も見つかりませんよ」僕は彼に言った、それは正しいと確信できる。「ミトラの奴らは一人残らずシロでしょう-交通違反キップがいいところです。そして奴らはみんな尋問に答えることなく、完全に口をつぐんでしまいます。奴らは店じまいして、高飛びしてしまうでしょう。そして今回のような事件が数ヶ月の後、どこか別の場所で全部再び初めから繰り返されることになる。でもその時には僕らの手がかりは全て失われてしまっている」

「お前は随分確信があるようだな」スキナーは顔をしかめた。

「ええ。単なる勘ですけど。僕の勘は大抵外れません」僕は彼に告げた。

彼はため息をつき、眼鏡を外して、疲れた様子で目を擦った。僕は彼がおそらくは過去24時間に僕と同様ほとんど寝ていないのだということに思い当たった。「まあ-私は今晩それを決定できるような状態にない」彼は僕にそう告げた。「チームに捜査を続けさせ、明日考えてみよう。お前も家に帰って少し休め。仮に我々がこの芝居を続けるはめになるとしたら、正気を保っておく必要があるだろうからな。我らのサウンダース氏は抜け目のないやつだという気がしている」

彼は僕に頷いて部屋を出て行き、彼のいわゆる「この芝居」を続けることを提案するなんて、僕は頭がおかしいのか、間抜けなのか、その両方なのかと思いつつ、ただ彼をじっと見送った。僕の精神の健康に深刻な影響を及ぼした芝居、僕がこれまで存在するとも思っていなかった僕の中の暗闇を露呈することになった芝居。僕はそれから大至急逃げ出すべきだったのに、その代わりに僕は自身をそのど真ん中に投げ込もうとしている。僕は自分自身を疑うとともに、終始自分の動機を再考せずにはいられなかった-彼は正しい、僕には休息が必要だ。

* * *

翌日の午後までには、夕べのことは何も起こらなかったのだと僕は自分自身に納得させるに至った。僕には時々こんな芸当ができるんだ。それは砂に頭を突っ込むダチョウ戦法-現実逃避-というもので、最大級の窮状にのみ取っておいてある。ったく、僕のことはよくわかってるだろ-通常僕は、そもそもそれがどうしてそこに置いてあるのかも知らない内に、『ほじくり返して、むしり開けて、びりびりにしてしまう』タイプの男だ、でも今回ばかりは違った。僕は気まずい記憶をできるだけ素早く深く埋めてしまいたかった。この事件を終わらせて、長く長く身を隠してしまいたかった。

スキナーは既に出勤していて、いつもどおりにデスクに座ってチームの打ち合わせを取り仕切っていた、落胆したことに、レニーがまた呼ばれていた。今日の彼はめかし込んでいなかった-その代わりに履き古したジーンズに色あせたスウェットシャツを着ていて-最も目に付いたのは-誰にも色目を使っていなかったことだ。彼は青ざめ、疲れているように見えた。彼は、僕が部屋に入っていくと警戒するような視線を投げ、僕は強いて笑みを浮かべようとし、彼は勇敢にも微笑み返そうとはしたが、大して心は篭っていなかった;レニーは絶対に根に持つタイプじゃないんだ。僕は全てのことに後悔の念を覚え、謝りたいと思ったが、今はそのときではなかった。

スキナーは、遅刻について攻めるような視線を僕に向けたが、そのことについてレニーの昨日みたいな、にやにやしながらの突つきがないことをほとんど寂しく思った。

「レニー、我々への力添えのため再び時間を空けてもらい感謝している」スキナーは微笑み、レニーは承諾の印に大人しく小さく頷いた。スキナーとレニーは二人とも昨晩僕と一緒にクラブに行った男たちとは完全に別の種族になってしまったと言えた。スキナーは事務的で、レニーは内向的、そして僕はといえば、まあ、変化なし、思うに-それが問題なのかもしれない。僕は確実にいい子になることにした。

「お前の古代ミトラカルトについての報告書を読んだ、モルダー」スキナーは僕をちらりとみた。「そして気になる部分を見つけた。お前の最初の短い説明では、このカルトが雄牛の血を浴びるという行為を含む入会の儀式を行っていたことに触れていなかったな」

「でも、それはローマ時代に行われていたことです」僕は異議を唱えた。「サウンダース一味が同じ事をすると考える理由はありません。ワシントン周辺には、それほど多くの雄牛がうろつき回ってはいませんからね」僕は生意気に指摘した。

「ああ、いないな」スキナーは随分長い間僕を凝視した。「しかしながら、儀式的な事柄は気にかかる」

「あなたはサウンダースのオファーに応じないつもりなんですね?」これが非難しているように聞こえなければいいと願った。彼の決定に反対しているみたいに、でも真実はそれが僕のしていることだった。

「私はもう少し情報を集めるまで、お前を、ことによれば、私自身を奴らの手に渡すようなまねをするつもりはない」

「内部に入らなければ、これ以上の情報なんて得られません」僕は反論した。

「これは一般討論会ではないのだ、モルダー」彼は簡潔に言い切った。「我々が対処しつつある、こうした種類の組織について、そしてもしこの潜入捜査をこれ以上深くまで進めた時、私たちが、もっと特定すれば、お前が、どんな扱いを受けることになるかについて、レニーから説明を受けた。お前の安全を保証できるとは思えんのだ」

「レニーが言ったように、危険なのはあなただけです」僕は指摘し、すぐにそうしなければよかったと思った。まるでこの人を臆病者だと非難しているみたいで、僕は彼に関して彼の勇気を疑う余地なんかまったく無いということを心から言えるっていうのに。彼にも欠点はあるかもしれないが、臆病者、だけはその中にない。張り詰めた雰囲気が部屋の中に満ち、スキナーは再びその冷たい視線を僕に向けた。

「モルダー、これは私の決定だ」彼は断固として言った。「この冒険を遂行する中での私自身の危険を見極めることはできんが、お前の危険は明白だ。サウンダースは、奴らは同意に基づき行為を行うことはないと話していた。それがどういうことを意味するか、きちんと考えたか?」

彼の言う通りだ-このことをちゃんと考えてなかった。ただ事件を解決したくて、いつもどおりに飛躍して、後から考える。

「それでは、どうやって捜査を進めるんですか?」僕は詰問した。

「サウンダースと話したのだが、それで…」

「奴にもう電話したんですか?」僕はなじるように遮った。

「ああ、モルダー。私は既に彼に電話した」スキナーは強い調子で返した。

視界の端にレニーが静かに僕を見ているのが見え、なぜかはわからないまま、僕自身と彼に腹が立った。

「私は彼に、お前を入れなくても取引するか尋ねた」

「そして彼はノーと言った」僕は、充分正確に予測した。衝撃はあったものの、驚きはなかった、彼は一人でライオンの檻に入ろうとしたのだ。この状況に対する苛立ちが一瞬スキナーの顔を横切った。

「その通りだ」

「ねえ、これってたいしたことじゃないですよ。僕ら二人とも潜入する、バン一杯のバックアップを連れていく、無線もつける。何か面倒が起こりそうな兆候があったら、あなたは退却の命令を出す。問題があるとは思えません」

「レニー」スキナーは彼の手で意思表示し、レニーは僕に視線を突き刺した。

「ミトラのサークルがどこで集まってるか誰も知らない。サークル内で何をしているのか話す人もいない、でも僕が一つだけ知ってることは-奴らはお金持ちで頭がいいってこと。無線なんか一瞬とかからずに切っちゃうと思う。バックアップを連れていったとしても、奴らはそれを見抜いて、調べだして、奴らの基地に近づく前に正体がばれちゃうよ。潜入するとしたら、単独で潜入するしかない」レニーは警告した。「そして正直いって、モルダー、僕は、それはお勧めしない。君だって絶対、絶対に奴らの奴隷坊やになりたいなんて思わないはずだよ。信じて-僕ですらなりたくないんだ、これって相当なことだよ。奴らってギリギリの危ない奴らだと思う、奴らは好きにやればいいけど、僕は自分のリスクはもう少し計算されたものであって欲しい」

「私も同感だ」スキナーは険しい顔で言った。「そして私の決定にもう変更はない、モルダー」彼は僕が反論しようと口を開くと僕を睨み付けた。僕は再び口を閉じた。

「スキナーさんは正しいよ、モルダー」レニーは静かに言った。「他の方法を試しなよ。この殺人者を絞り込むのには他の道があるに違いないよ」

「そんなの思いつかないけどね」僕は肩を竦めた。

「我々はそれを見つけ出さねばならん」スキナーは、部屋全体に向かって言った。「レニー再び来てもらい感謝している」彼は手をさし伸ばし、レニーは静かにその手を握った。彼は無言の尊敬を込めてスキナーを見つめていて、昨日の涎を垂らさんばかりの誇大な賞賛は微塵もなかった。僕がレニーの手首のあざに気付いたのはそのときだった。昨晩僕がつけたあざだ、僕は自分自身に、そしてレニーに腹を立て、そして非合理にもスキナーにまで腹を立てた。レニーは部屋を出て行き、僕はこの事態をそのままにはしておけないと分かっていた、それで僕は一言断って、彼を追って部屋を出た。

「レニー!」僕は彼を呼び戻した-彼は素早く階段を降りて姿を消そうとしていた。彼は振り返り、その場に身を守るようにして立ち尽くした。心配そうに見える。

「面倒は起こしたくないんだ、モルダー」彼は神経質に言った。

「僕はただ謝りたかったんだ。昨晩のことについて。あの場所はとにかくぞっとしてさ。何が憑りついたかって感じなんだ。許してくれるかい?」僕は手を差し出したが、彼はそれを無視した。

「ああ、モルダー、もし先に進んだら、君は自分の墓を掘ることになる。僕はそれを手伝うようなこと、なにもしたくないんだ」彼は言った。

「いったいどういう意味だい?」

「この件を追及しないで、モルダー」彼は僕に静かに言った。「もしそうしたら、君は君自身について知りたくも無いことを見つけ出すことになる」

「君は僕を誤解してるよ、レニー」僕は頭を振った。

「違うよ、モルダー。君こそが君を誤解してる」レニーはほとんど後悔しているような調子で囁き、ついに伸ばしっぱなしだった僕の手を握った。「幸運を祈るよ、相棒。君にはそれが必要だろうから」彼は悲しげに微笑み、去っていった。僕が何をしようとしていると彼が思っているのか検討もつかなかった。僕はスキナーの命令に逆らうつもりはないんだから、彼がそういう意味で言ったのではないことは確かだ。

僕は当惑して階段を下りていく彼を見ていた。

僕にはそれを考える暇はなかった、なぜならまさにその時ケンドールがロバートをぴったり後に従えて廊下に飛び出してきて、僕を押しのけて行ったからだ。

「どうしたんですか?」僕は振り返り、スキナーが彼らの後を追って足早に歩いてくるのを見つけた。僕は廊下を進んでいく彼に追いつくため小走りになった。

「また殺人だ。浮流死体だ」彼は険しい顔で呟いた。

* * *

今回の連続殺人の死体を僕が実際に目にしたのはこれが初めてだった。そしてこれは信じてほしい、それはきれいな眺めじゃなかった。人間って水の中に長くいちゃいけないものなんだ-死体はそれほど膨張したり変色してはいなかったが、それでも胸が悪くなるような見ものだった。彼は全身あざだらけで、その肉には他の犠牲者と同じシンボルが刻まれていた。彼は性器も切り取られていて、それにも吐き気がした。不快な光景はだいぶ目にしてきたものの、生きている男なら、残忍で完全な去勢の証拠に対面して、怯まずにはいられないと思う。僕はスカリーに検視をさせるようスキナーに頼んだ。というのは、正直にいって、死体を扱わせて彼女の右に出る人間を今までみたことがないからだし、同意したところをみると彼もその点については僕の意見に同意していることはあきらかだ。また、もちろん、それによって彼女が作業している間、僕が死体安置所をうろついて、彼女の見識を聞くためのいい言い訳をもらえることにもなる。

「死因は?」僕はうろうろとスカリーの近くを歩き回り、青ざめた死体をじっと見つめた。彼の茶色の目は大きく見開いた状態で固定されていた。彼が最後に見た光景はどんなものだったんだろう。

「出血多量ね」彼女は僕をまっすぐに見た。

「出血多量?」僕は死体を見下ろした。浅い切り傷と性器の欠損を別にすれば、目に付く傷はひとつも無い。

「彼は死ぬ前に性器を切り取られたの」彼女は僕にそっけなく伝えた。「彼は出血のため死に至った。かなり時間がかかった可能性があるわ。悲しくも哀れな輩ってことね」

「くそっ」

僕は、死体の損壊は、殺人者が執り行う気の狂った儀式の一部として死後に行われたと推測していたのだ。しかし、スカリーの検視結果は、全ての肉体的な傷-あざとか切りつけられた跡とか全部、この男性が生きている間につけられたことを示している。これには気分が悪くなった-死につつある男に最大限の苦痛を与えるよう計画する、あまりに計算づくの悪のように思える。殺人者は、彼の頭に銃弾を撃ち込むとか、首を絞めるとかして、彼の惨めな状態から救い出すこともできたのに。こんな風に死ぬにまかせるなんて、寒気がする。これまでこの捜査全体をある意味ジョークみたいに思っていたけど、今やそれは変わった。今僕はとにかく殺人者を捕まえて、長く長くぶち込んでやりたいと思った。

僕はアパートに戻って暖かいシャワーを浴び、死体安置所の匂いと寒気を洗い流したが、シャワーから出たとき僕は訪問者がいることに気付いた。アーロン・サウンダースは僕の椅子の一つに座り、僕のカップでコーヒーを飲み、僕の蔵書の一冊を読んでいた。

「面白い」僕が恐る恐る入っていくと、彼は本を差し上げてみせた。

「どうやってここに入ったんです?」

「たいした手間もなくね」彼は満足げな笑いを浮かべていった。

「みたいですね」ここ何年も僕のアパートは数え切れないくらい不法侵入されている。

「君は心理学の本をたくさん持っているのだな、フォックス」彼は本を降ろした。

「僕は大学院で心理学を専攻しているんです」僕は彼に言った、彼が既に真実を探り出しているとしたら、嘘をつく意味があるのだろうかと思いながら。でも僕はバレてはいないだろうと思った。彼は依然として僕のことを誰かの足元に属するモノのように見ている。僕をFBIだと知ったのなら、絶対に別のアプローチをしてくるだろう。

「ということは、君は学生か?」彼は僕を鋭く見た。

「ええ」

「そうか-可愛らしさと同じくらい賢いというわけだ。こうした全ての払いはどうしている?」彼はアパートを見回した。

「僕には…パトロンがいます」僕は微笑んだ。

「ああ、かの喜ばしいほどに面倒見のよいミスタースキナーだな」彼は僕を見つめたまま、そのことをしばし考えた。

「望みはなんです?サウンダースさん」僕はぶっきらぼうに言った。

「私は君のマスターと今朝ほど話をしたのだがね」

「ええ。それで?」僕は肩を竦め、コーヒーカップを取り上げてキッチンに戻しにいきながら、残りをがぶりと飲み干した。

「君のマスターが君についてどんな計画をもっているか、興味がないのかね?」彼は尋ねた、そこに掛けたまま、僕を部屋に引き戻そうと操っている。

「ありません。彼はなんでもしたいとおりにできます。彼が全権を握っているんですから」僕は簡潔に答えた。

「大変よろしい。とはいえ、君をコントロールするのはそう容易くないという気がしているがね。誤解しないでくれたまえ-私は自立心のあるサブは好きなのだ。君が君のマスターをそれほど高く買っているということはすなわち彼は君の扱いに非常に長けているのだろう」

「ええ、彼の腕は今が絶好調ですね」僕はにっと笑い、サウンダースが読んでいた本を本棚の正しい場所に片付けた。

「君が私たちのサークルに参加する機会を彼が取り下げたことを知っているかね?」

僕は彼が次にどんな手を打ってくる気なのかを思い巡らせつつ、身体を硬くした。

「ああ、知らなかったのだな」彼は僕の発するシグナルを読み違えて呟いた。

「ええ」

「かわいそうな、不機嫌坊や。お前はお払い箱となったのだよ」サウンダースは僕に向かって満足げに喉を鳴らした。

僕は騙された振りを続けることに決めた。「なるほど、僕は昨夜のあなたの申し出に興味があったんですけどね」僕はソファにちょんと腰掛け、誘惑的に見えるよう最大限の努力をした。

「そうだろうとも。お前のマスターは、しかしながら、留保したのだ。彼は非常に興味深い男だ。我々は彼について少し調べてみた」

「へえー、そうなんですか?」僕らが仕込んでおいたニセのIDは充分に手の込んだもので、彼は調査にそれほど時間を割けなかった、しかし例えそうだとしても、この男だったら真実を見つけ出しかねない。

「ああ。良質なワインと骨董品を好む裕福なビジネスマン。陳腐なほどありきたりだ」

「彼はありきたりとは程遠いよ。彼はユニークです」

「だからこそ我々としてもサークルに加入してもらいたいのだ。しかしながら-我々が興味があるのは、まず第一に彼であることは認めざるをえないものの、君にも興味はある。君らをセットで手に入れることが望ましいが、君らを二人とも逃すのは惜しい」

「何をいいたいんです?」

彼は指で僕を招いた。「ここへ来なさい」

僕は一瞬ためらい、でも言いつけに従い、彼が示した場所である彼の足元に跪いた。彼は長い間僕を見下ろしていた。彼の指は僕の顔を辿り、鼻筋をおりて、唇の上に長く留まった。僕は僕の日常が取り巻いている僕のアパートの中で、別の人間、別のなにかの振りをして、こんなことをしているのを奇妙に感じた、でも僕は彼が何を企んでいるのかを知りたかったし、こんな軽い愛撫を我慢するのはたいした痛手ではなかった。

「君はセクシーだ。ふしだらな子だな」彼はにやりと笑い、指を少し僕の口の中に押し込んだ。僕は噛み付いてやりたい誘惑に駆られたが、その代わり調子を合わせて、からかうような目つきで彼を見ながら彼の指を吸った。彼は微笑み、それから様子が急に変わって僕を後ろに打ち払った。彼は僕の髪を掴み、僕の頭を後ろに引き、僕の首を露出させた。

「お前を満足させ続けられるのはミスタースキナーだけではないぞ、フォックス」彼は囁き、彼の指が僕の喉を引っ掻いた。僕は息をしようともがいた。「我々の仲間に入れ。お前を最高に幸福にしてやろう。これはお前がする最後の選択となる。その後お前は、いままでありえなかったような形で所有されることになるのだ。抵抗することはできす、いやを言うこともできない。我々はお前をきつく罰し、褒美もたっぷり与えよう。心配はいらない-お前が足を踏み入れる危険はお前の欲望が欲するものだけだ。その欲望は我々が面倒を見てやる。毎日な。どうだね?」

「とっても…いいね」僕は心の中ではくそったれの悪趣味の変態め!と叫びつつ、なんとかかすれ声を出した。

「私もそう思っていた」彼は僕の髪を放し、僕の上体を起こし、愛情を込めて僕を撫でた。「私と一緒に来るのだ、フォックス。私と一緒に今」

「今?」いくつもの考えが僕の頭の中を駆け巡った。何とか時間を稼ごうとした。

「今だ。それを逃せばもうチャンスはない」彼は僕に感じよく微笑んだ。「お前に時間を与えれば、君は君のマスターに電話し、彼はお前をやめさせようとするだろう。だからこれは一度きりのオファーだ。今私と一緒に来るか、さもなければ私から再びお前に話をすることは二度とない」

僕はこのことをよく考えてみた。そして彼の言葉を信じた。もし僕が断ったら、ねずみがそうする傾向があるようにたちまち下水管の中に消えてしまうだろう。スキナーがそうするべきではないと言っていたことは承知しているし、レニーのアドバイスも覚えている、僕がスキナーの命令を無視することを確信しているみたいだったレニーの様子も。こんなことに足を突っ込むなんて馬鹿げてるって分かってる、危険なことも、酷く痛めつけられるはめになる可能性も承知している。そんなことは全部分かっているけど、たとえそうでも、僕は自分が頷いていることに気付いていた。どうして行っちゃいけないのか理由がわからないんだ。考えられるのは哀れにも殺された男だけ、性器を切り取られた傷口から失血死した。僕はサウンダースがこの事件全体に何らかの関わりがあることが分かっていた-僕はそれを確信していた。決して彼が殺人者だということに確信があるわけではないが、答えがミトラの絆のなかにある-それについては確信していた。立ち上がり、彼の後についてアパートを出ながら、僕は一点の疑いもなく、最悪の状態に陥ったことを、そしてサウンダースもしくは彼の友達の一人が僕を殺さなかったとしても、スキナーが確実に僕を殺すだろうと承知していた。

だから、サウンダースの後に続いて彼の車に向かう僕は生きる屍だった。彼のリムジンは、もちろん、運転手つきで、窓には厚くスモークが張られていた。彼は恭しくドアを開け、僕がクリプトンでそうだったのとは比べ物にならないくらいの生け贄となる場所へと向かおうとしているのだと知りながら、僕は贅沢な車の深みに滑り込んだ。彼が夕べ語った言葉が甦ってきた;交渉はなく、セーフワードもない。僕はもう自分の決定を後悔しつつあった。

「心配はいらない」彼は僕の心配を察して僕に微笑みかけ、手を伸ばし、愛情を込めて僕の膝に触れた。「我々は我々のサブをとても愛しているのだよ、フォックス。お前はよく面倒をみてもらえるだろう。これから起こることは、お前が夢にも思わなかったほどすばらしいことだ」

というより僕の最悪の悪夢っぽいけど、僕はひそかに思い、これが初めてではないが、改めて僕には自殺願望があるのだろうかと思った。

* * *

ドライブは二時間ほどかかったが、スモークガラスを通してはどこを通っているのか見ることはできなかった。サウンダースは僕とちょっとした会話をした後は、僕を完全に無視してブリーフケースを取り出し、道中ずっと何かの仕事の書類を片付けていた。僕はまるでパパの大きな車でお出かけして、大事なパパがお仕事をしているのを見ている子供のような気分だった。サウンダースはおそらく四十代後半か五十代前半で、シャツの下には固く引き締まった肉体をみてとることができた-スキナーと同じ容姿だ。その考えは僕を落ち着かなくさせ、僕はネクタイを緩め、シャツの襟の一番上のボタンを外した。

「お前は堅苦しい格好をしているな。着いたらもっと楽なものに着替えさせよう」サウンダースは微笑んだ。それが安心させようとしてのことだったとしたら、それは逆効果だった。僕は次の30分ほど、『もっと楽なもの』が裸、とか革の紐に縛られることだったり、それと同じくらい恥辱的なものだったらどうしようと考えて過ごした。こんな馬鹿げたことに足を突っ込むなんて信じられない、何度か今にも彼に向かって車を停めろと叫びだしそうになったが、そうするにはもう手遅れだと感じていた。

僕らはついに到着し、ドアが開けられた。僕は日光を期待して瞬きしたが、その代わりに僕はなんらかの坑道の内部ように見えるところにいるのに気付いた。

「ようこそ、蝙蝠の洞窟へ」僕は落ち着かない気分で呟いた。「ねえ」僕はサウンダースを振り返った。「僕、気が変わったみたいなんですけど」

「馬鹿げたことを」彼は僕に微笑みかけた。「来なさい、フォックス。いまや全ては決まってしまったことだ」彼は僕の肩に腕を回し、暗く、かび臭い廊下の方へと先導した。「それに、彼が現れる前にお前が既にいなくなっているのをみて、お前のマスターはどう思うだろう?」

「なんですって?」僕が彼の腕の中で身をよじり、彼を凝視すると、彼は声をたてて笑った。

「そう、もちろん私は、君のアパートで待てとのメッセージを彼に残してきた。彼が電話をよこしたら迎えの車を送るつもりだ。なぜそう驚くのだ?」彼は僕の顎を押して僕の開いた口を閉じさせた。「これはお前のいつものやり方ではないか、そうだろう?お前は狩られるのが好きで、彼は狩るのが好きだと。お前が逃げ出せば、彼はお前を見つけて罰を与える-お前が私に夕べそう語ったのだ。お前が我々の主たる興味の対象だと本気で考えた訳ではあるまい。お前のようなサブは簡単に見つけることができる、可愛くて、楽しませてくれるものだがな、お前は。我々が真に捕らえたい魚はミスタースキナーであり、お前は彼を我々のところにおびき寄せるためのまさにうってつけの餌というわけだ。お前に感謝するよ、フォックス」彼は再び声を上げて笑い、僕の心は沈んだ。

僕はいつも以上の馬鹿を演じたわけだ。僕に待ち受けている危険がなんであれ、それはもしスキナーが僕を追ってきた場合に彼を待ち受ける危険とは比べ物にならない。彼は来ないかも-彼は馬鹿じゃない、彼はこれが罠だと気付いているに違いない…でもそう考えてさえ、僕は彼が僕を追ってくるだろうと知っていた。彼はただそういう人なんだ。ポトマック川で見つけた男のことを考え、それから僕のせいで死に、切り刻まれ、川岸に打ち上げられるスキナーのことを考えた、僕はあまりに胸が悪くなって、今この場で吐いてしまいそうだった。僕は例え自分がどんな目に遭っても、どんなことを耐え忍ばなければならなくなっても、彼をここから安全に連れ出そうと自分自身に誓った。この思いにしがみつくため、これから数日、僕は頑張り続けなければならない。

サウンダースは僕を彼がいかにもチャーミングに言及した所謂『奴隷小屋』へと連れて行った。この場所全体は一続きの洞窟から掘り出されたかのようにみえたが、一旦メイン構造の繋がりに到達すると、廊下は目映いほどに照明がともり、蝙蝠の洞窟よりは温かい雰囲気だった。奴隷小屋は大きな部屋で、備え付けの寝台と何人かの半裸の若い男がいた。サウンダースは一人を手招きし、愛情を込めて彼にキスした。その男は熱を込めて見つめ返した。

「ニック、これはフォックスだ。身体をきれいにして、適切な身じまいをしてやってくれ、それから夕食後、彼を書斎へと連れて来なさい。我々は後で彼を使ってちょっと楽しみたいのでな」

楽しむ?嫌な感じの言葉だ。

「フォックス-ニックは私の個人的な奴隷だ。彼がお前の面倒をよくみてくれるだろう」サウンダースは僕に微笑みかけ、僕の髪をくしゃっとかき回して、去っていった。

ニックは僕に石鹸とタオルを手渡し、シャワーとトイレがある隣接する部屋を教えた。

「君は彼の個人的な奴隷なのか?」僕が尋ねると、ニックは自慢げな満面の笑みを見せた。彼は背が高く、黒っぽい髪で、シャープで鋭角的な容姿とどきっとするような緑色の瞳をしていた。

「ああ。君にはご主人様がいるの?それとも共有財産になるつもり?」

彼はそう尋ねたが、それは僕の人生で訊かれた中でももっとも現実離れした質問だった。

「うーん、いいや、僕にはご主人様がいる」

「だったら君はここで寝ることはない、と思うよ。僕だっていつもここにいるわけじゃない-アーロンが出かけてる時だけだ。彼がここにいる時は、僕は彼のベッドの足元で寝ることを許されてるから」彼は奇妙な夢見るような笑みを見せた。まるでこれが奴隷坊やの野望の極みみたいに。実際そうなのかもしれないが-そんなの僕の知ったことじゃない。

僕は奴隷小屋にいる男たちが全員ぴっちりして色あせたジーンズだけを身につけていて、それ以外は何も着ていないことに気付いた。彼らは裸足に上半身裸で、僕が身体を洗った後に、ニックが出してくれたのもそのまんまの衣装だった。

「みんなこんな格好をしてるのかい?」僕はニックに尋ねた。

「ほとんど全員だな」彼はにやっと笑った。「ご主人様が特別な衣装を用意してる子達とゾーンにいる子達を別にすれば」

「ゾーン?」僕はジーンズを引き上げながら、下着は衣装の一部に含まれないようだ、と気付いたが、驚かなかった。こんな格好をするのは嫌だ。自分が頭の悪いすれっからしみたいに感じる。裸の胸の前に腕を回して歩きたい気分だった-それにこのジーンズってこんなにぴったりしている必要あるのかな?

「お仕置きゾーンだ。そこで何をされるかなんて知りたくないと思うよ」彼は訳知り顔で笑った。

「教えてくれ」僕は急いで彼の腕を掴んだ。僕には、スキナーが現れる前にこの場所についてできるだけ知っておく必要がある。

「ゾーンのことをいつか行きたい場所だなんて考えるのすら止めたほうがいい」ニックは顔をしかめた。「僕らが初めてここに来たときには、僕らのほとんどは、なんていうか、わかるだろ、-面白そうだって思うんだよな。信じてくれ、あそこはそんなところじゃない。いい子にしていれば、ご主人様達は君に申し分なく鞭打ちをしてくれて、君はそれを楽しめる。悪い子だと、彼らは君をゾーンに連れて行って、死にそうなくらい拷問するんだ。ほとんどの人間は二度と逆らおうなんて思わなくなる。ゾーンには何もエロティックなことなんてないんだ。あるのは恐れだけ-純粋で単純なね-僕らに言うことを聞かせるための。さあ、君は言われたとおりのことをして、彼らによく仕えて、彼らが君に対してやりたいことをさせておけば、問題ない。よう-そんなに大変なことじゃないよ」彼は、僕の目の中に心配を見て取り、にやりと笑った。「僕らは実際お仕えするのが好きなんだから。だからこそ、ここにいるんだろ、違うか?」

「うん」僕は無理に笑顔を作ることもできなかった。僕は今晩が明ける前にレイプされる可能性が本当にリアルにあるのだという事実に直面していた。スキナーは正しかった-僕はここに来るべきじゃなかった。彼は正しかった。僕は間違っていた。それほど簡単なことだ。

ニックは僕に食べ物を出してくれたが、僕はあまりに怯え上がってほとんど手をつけられなかった。それから僕は書斎にエスコートされたが、そこは豪奢な肘掛け椅子がいくつも置かれた巨大な部屋だった。そこにいる男たちは皆、まじめで普通の格好をしていた。実際その場の洞窟的な様子と、部屋の真ん中の、手錠がこれ見よがしにぶら下がった巨大な柱を無視すれば、例の陰謀組織とかその他の権力キチガイの変人たちのミーティングの場にいると想像することもできる。くそっ、こんな組織っていったいいくつあるんだろう?

男たちは全員、椅子に腰掛け、コーヒーカップを手に新聞や本をパラパラみていた。

部屋には巨大で古めかしい樫のテーブルがあり、ここには他のサブは一人もいなかった。僕が入っていっても誰の注意もひかなかった。退出するようにと言われたニックに置いていかれた僕は、しばらくなすすべもなくその場に立っていた。数分後、サウンダースがついに救いの手を差し伸ばして、僕を手招きし、僕が跪くことを期待されているのだと気付くまで期待を込めて待っていた。今のところ僕はゾーンとか、鞭打ち柱とかと知り合いになりたいとは思っていないので、僕はなんでも期待されていることをするつもりだ。サウンダースは部屋を見回して、咳払いした。

「諸君。我々は新メンバーを採用した。これはフォックスだ」

人々は僕の方にちらりと視線を向け、何人かはまるで牛の競りか何かに来てるみたいにもっとよく見ようと近寄ってきた。僕は彼らが僕の唇をめくって歯を調べるだろうと完全に予測していたが、彼らはほとんどただ見るだけで満足しているようだった。

「非常に可愛い。誰の所有物だね」誰かが尋ねた。

「そう」サウンダースは口元に残忍な笑みを浮かべて後ろにもたれかかった。「現時点では、彼は厳密には、共用奴隷であり-誰にでも利用可能であると言えましょうかな。とはいえ、彼の真のマスターがじきに彼を連れ戻しにやってくることを期待しているのだが、そうだね、フォックス?」彼はある種のマッサージのまがい物のような感じで僕の首を揉んだ。

「ええ」僕は、スキナーが僕を追ってくるとするなら、FBIが購入可能な最も洗練された最新式の武器で一分の隙も無く完全武装した捜査チーム全員を引き連れてきてくれることを願った。まったく、この状況では核兵器だって望みすぎとは言えないんじゃないかな?

「諸君はこのフォックスに…不思議な魅力を感じることと思います」サウンダースは彼の歯切れのいい英国アクセントで呟いた。こうした秘密組織には絶対イギリス人がいるんだね?例の陰謀組織にもいるし。モーリーとかいう銘柄を吸うニコチン中毒がいないことを祈るのみだ。

しかし、それから僕はまさに面倒なことになったことを知ることになったんだ。

「彼をこっちに寄越せ」部屋の反対側から命令の声が飛んだ。サウンダースは僕をちょっと押しやり、別の男が前かがみになって、僕の腕を掴み、部屋の向こうへ押した。僕は男に殴りかかりそうになったが、その瞬間鞭打ち柱が視界に入り、気が変わった。僕はぴかぴかの乗馬用ブーツの横に膝を付かされ、見上げると、一日の狩猟から帰ってきたばかり、というような不機嫌そうな顔つきの男と顔を突き合わせることになった。僕は夕べの「狐狩り」の話を思い出し、身体を震わせた。彼は短く刈り込んだ黒い髪と明らかに何回か骨折しているボクサーの鼻をしていて、最も脅威を覚えたことには、その手に乗馬用の鞭を持っていた。僕はあがくのをやめて、突然非常におとなしくなった。

「お前の名前はフォックスというのか?」彼は乗馬用の鞭の先を僕の顎の下に入れて、彼の方を向かせた。「それは面白い」

「僕のママもそう思ったようです」僕は肩を竦めた。僕には乗馬用鞭が動いたのも見えなかったが、それが僕の剥き出しの肩に打ち下ろされた時にはめちゃくちゃはっきりと分かった。

「許可も無く口をきくな」彼が吐き捨てるように言ったとき、僕は立ち上がって彼に飛び掛っており、彼が僕を払いのけようともう一振りした鞭の痛みもほとんど感じなかった。誰かが僕の肩を掴み、気付いた時には僕は持ち上げられて巨大な樫のテーブルの上に投げ落とされていた。僕は抵抗しようともがきまわったが、奴らの人数は多すぎて、僕はすぐに、喘ぎ、むなしく身をよじる残骸となった。

「まさに、その名の通りだな、フォックス」サウンダースの声がした。「確かに自立心のあるサブが好きだとは言ったが、これは少々行き過ぎだ。ご主人様の一人に殴りかかるなど、深刻な罰の対象となるのだぞ」

「彼は僕のご主人様じゃない」僕は唸った。「お前ら悪党の誰一人だって、そうじゃない。僕を放せ」

誰かが僕の髪を掴み、僕の頭をテーブルに打ち付けた。

「行儀良くするのだ、フォックス」サウンダースは言った。「お前は我々に対し常に‘サー’をつけねばならん。さもなければご主人様だ。お前を打ち砕くのは楽しそうだ。さあ、マット、この子は入ったばかりだ、それほど厳しくする必要はないと思うが」彼は乗馬鞭男に頷いてみせ、僕の両腕は突然前に回された。誰かが僕の脚を押さえ込むのを感じ、次の瞬間、空気を切る音とともに僕の背中を燃える炎が走った。思わず悲鳴と悪態が口をついて出たが、それはなんの助けにもならず、乗馬鞭の雨が更に僕の上に数回落とされた。それはとんでもなく痛かった、彼は手を緩めることなく、僕の肩になお数回鞭を振り下ろした。僕はそれでも屈服しなかった-僕はなおももがこうとし、奴らは僕を押さえ込むのに苦労した。

「すばらしい」マットは呟いた。「この坊主の動きを見ろ。この尻を見ろ」僕は彼の手が僕の尻を愛撫するのを感じ、僕は完全に震え上がって、声を限りに叫び声をあげた。

「マット、彼が欲しいなら、あらゆる意味で彼を手に入れるのだ」サウンダースは微笑んだ。「この子には非常に気を惹かれる。君が言うとおり、その尻も」サウンダースは愛情を込めて僕の頭を撫でた。「マットはお前を気に入ったそうだよ、フォックス、そしてお前のマスターがいない以上、彼の注目からお前を守ってくれる者は誰もいない。お前には大人しく、服従することを提案する」

彼がマットに頷いてみせると、僕は狂乱状態になってあまりに激しくもがいたので、しまいにはなんとか自由になって、床に滑り降り、ドアに向かって走り出した。マットは僕のウエストを掴んでテーブルの上に叩きつけるように戻し、僕の上にのしかかって、僕のジーンズに両手をかけるとそれを引き裂いて脱がせようとした。今や誰も止めに入らなかった-これにもこの場所の暗黙のルールがあるのだろう。これは魅力的なマットと僕自身の間のことで、彼らは皆このショーを楽しんでいる。ただサウンダースだけは別で、彼はドアの方向へ姿を消した。

どうやっても、僕をレイプしようとしている悪党の手間を省いてやるつもりはなかった。片手で、僕はなんとかジーンズを閉じておき、他方では彼を蹴り離そうとした。彼は僕を押さえておくのに苦労して乗馬用鞭を手放したようだった。それこそ僕の望むところだ。僕は僕の肩に触れる彼のいやらしい手と僕をテーブルに押さえつける彼の体重を感じた、その時、突然部屋に奇妙な沈黙が訪れ、続いて怒りの押し殺した声と憤怒の唸り声が聞こえた。マットは僕を突き飛ばし、僕は彼の顔面に誰かの拳がめり込む、胸のすくような音を耳にした。大きな手が僕の首根っこを掴み、一振りで僕をその筋肉質の腕の下に抱え込んで、僕をそれ以上の攻撃から守ってくれた。

「いったいここで何をやっているのだ?」スキナーが怒鳴った。

これも仕組まれたことだったんだ。

「おめでとう、ミスタースキナー、タイムリーな到着だった」サウンダースは滑らかに言って、血を流しているマットを助け起こした。

「ふざけたまねをするなよ、サウンダース」スキナーは僕の人生で彼を知る限り、かつて見たこともないほどの怒りようで、彼が僕の首にまわした腕で僕はほとんど窒息しかけていた。「お前には夕べ言ったはずだ-これは私のものだ。誰にも触れさせはせん」

「まさにそのようだ。そして覚えておいでかな、彼のために戦う用意がおありかと私は尋ねた。ああ、承知している、あなたはクリプトンでちょっとしたショーを見せてくれたが、私にはあれが演技ではないことを確かめる必要があったのです」サウンダースは微笑んだ。「さもなければ、私は時間を無駄に使うつもりはありませんからね。なかには自分の奴隷が他の男と一緒にいるのを見て喜ぶ輩がおります-そういう状況に興奮するのですな。そのような輩にはミトラに入る資格はありません。我々は全く独自なスタイルの組織なのです。我々はただあなたがそれに適しているのかを確かめたかったのです。とはいえ、あなたの奴隷があなたに示した愛情、もしくはこの子があなた専用であることを守るため挑んだ戦いは予期しないものでした。それこそ最も心を打った」

サウンダースは再び例のぞっとするような笑みを浮かべ、僕の顔に触れようと指を一本伸ばした。スキナーはそれを叩き払い、再び鋭く息を吐いたが、これはサウンダースの笑みを余計に大きくしただけだった。

「ようこそミトラへ、ミスタースキナー。我々はあなたの加入に歓喜しております」サウンダースは握手の手を伸ばしたが、スキナーはそれを無視した。「一旦落ち着けば、きっと我々との時間を楽しんでいただけることと確信しております」サウンダースは無礼に気付いていないかのように言った。「ところで、あなたのお部屋に案内させていただきましょうか」

スキナーは廊下を進む間も僕の首根っこを掴んだままだった。彼はサウンダースが僕らの部屋のドアを開けて、朝食は午前10時だと告げ、明朝食堂までの案内に奴隷を一人寄越させる、と言い終わるまで僕を放さなかった。スキナーは僕を部屋に押し込み、ドアをばたんと閉めて、片足でドアを強烈に蹴りつけた。僕はこれまで、彼がこれほど自制心を失っているところを見たことが無く、正直いって、怖かった。僕らは二人とも鍵がかちゃっと廻される音を耳にし、閉じ込められたことを知った。

「ろくでなしの悪党どもめが!」スキナーは荒れ狂った。彼はしばらくそこに立ち尽くし、激しく息をつき、自制心を取り戻そうともがいた。このような状況で何を言えばいいのか分からなかったが、僕はとにかくなにか気の聞いたことを言おうと口を開いた。彼は僕を睨みつけた。

「モルダー、次にお前の口から出てくる言葉が‘命令に従わずすみませんでした、サー’でない限り、その口を閉じておくことを勧めるぞ」彼は唸った。僕が再び口を閉じると彼はあきれた表情をし、頭を振った。「まったくお前だけは信じられん、モルダー。まったくもって信じられん」

僕らは二人とも部屋を見回し、居心地のいい家具類と続きのバスルームへと続くドア、ダブルベッドなどを目にした。大事なことを言い忘れていたが、僕らの目は同時に、ドアが開け放たれたキャビネット一杯の鞭や鎖やその他用途は推測の域を出ない、奇妙でミステリアスな装具を見た。

「私がこれを使うのに誘惑が必要だとでもいうようだな」スキナーは吐き捨てて、キャビネットに向かい、ドアをばたんと閉めて中のものを隠した。「いいだろう、モルダー」彼は大きく息を吸い、片手を頭の上に走らせ、大げさに息を吐き出した。「状況を詳しく教えろ」彼はベッドの端に腰を下ろし、期待を込めて僕を見た。

「あのー、僕がアパートに戻るとそこには既にサウンダースがいたんです」僕は始めた。彼は鋭く顔を上げた。

「お前は攫われてきたのか?」彼は望みを込めて尋ねた。それはすごく誘惑的だった。つまり、本当に、本当に誘惑的だった、けど、僕は強くてそれに反抗した。

「ええと、正確には、違います」

彼はため息をついた。「違うか。私も馬鹿だな。続けろ」

「彼は、彼らは僕に興味があると言ったんです。彼らは、あなたを必要としてないって」

「それは嬉しくて舞い上がっても仕方ないな。そしてお前はやつの言うことを信じたのだな?」

「はい。すみません。罠だとは気付かなかったんです」

「それでなんだ?やつはここへ来いと言い、お前はただそれに同意したのか?」

「そうみたいです、はい」僕は声に不機嫌な感じを保っておこうとしながら呟いた。「あの時は全部筋が通っていると思ったんです。それに僕は死体安置所から戻ったばかりで、-スカリーが、あの男がどうやって死んだのかを話してくれて。僕はここで何が起こっているのか見つけ出したかったんです。僕の後にあなたを引っ張り込もうなんてつもりはなかった。僕は、あのう、ここまでの道のりにバックアップは?」

「ない」スキナーは頭を振った。「スカリーは電話でお前を捕まえようとした。返答がなかったので、彼女はお前のアパートに行き、サウンダースの残したメモを見つけた。私は奴に電話をかけ、奴は迎えの車を寄越した。運転手は私がつけた尾行をまき、道の途中で別の車に乗り換えさせた。我々は完全に孤立無援だ、モルダー。ったく、お前の服はいったいどうしたのだ?」僕の服、というか、もっと正確には、僕の服の欠如に彼はついに気付いたのだ。

「ああ、そうですね」僕は顔をしかめた。「これは街の奴隷坊や達の最高の装いなんですよ」

「すばらしい。その傷も奴隷坊やの最新アクセサリーなのか、もしくはここにきてほんの数時間で、お前は既に誰かを怒らせることに成功したということか?」

「これはマットです」僕は僕の肩が、なんというか酷い蚯蚓腫れに覆われているのに気付いた。「あなたがカーペットの上にぶちのめした男です。そういえばあの時はありがとうございました」

「ああ、まあ、人がレイプされようとしているのをただ立って見ているというのは、私の一番の趣味ではないからな。特に私の責任下にある捜査官ならなおさらだ」彼は呟いた。僕は僕の先ほどの危機に際しての彼のリアクションを思い出して彼が微かに顔を赤らめたのに気付き、一体全体どういうことなのだろうと不思議に思った。たぶん彼は全てのことについて恥ずかしい思いをしているのかもしれない。僕は彼が激怒のため文字通りつばを飛ばしていたのを、そして奴らから僕を守るため僕の首に回された彼の腕の感触を覚えていた。それは気恥ずかしいながらも、心地よい記憶だった。僕は目を閉じてその記憶を締め出したいと思ったが、そうはならず、かえってあらゆる細かな詳細を僕に思い出させるはめになった-まさに文字通り、彼が僕の尻を救ってくれた瞬間には心に留める暇もなかったような事柄を。彼の吐息の音、彼の目の中の支離滅裂な強い怒り、彼の額にうっすら浮かんだ汗、そして彼の匂い…。くそっ。

彼は立ち上がり、部屋を見て回った。すると僕は突然もっと服を着ていればよかったと思った。僕はまた、初めて、僕の肩がとても痛むことにも気付いた。

「まあ、ここにいる以上、何が行われているか調べ上げるべきだろうと思う」彼はため息とともに言った。「この役割を続けることを心に留めておくことを提案する」

「わかりました」僕は呟き、バスルームをチェックし始めたが、そこには二人で入るのに充分なほどの巨大な湯船があり、シャワーもついていた。たっぷりのコンドームと潤滑剤が戸棚にしまってあったが、それには驚かなかった。またタオルの横には救急キットがあったが、キャビネットの中身を考えれば、あってしかるべきものだと思えた。僕は肩に軟膏でも塗りたいところだったが、自分では手が届かず、彼に頼むなんて決して、決してありえないことだった。僕は彼に触れて欲しくない-僕がどんな反応をするかは神のみぞ知る、だ。自分の感情とか自分の望むことがわからないってことが-それこそ、この事態の中では恐ろしいことだ。そんな疑念を僕の頭に植え付けたかどで、レニーを殺してやりたいくらいだ。僕は寝室に戻り、部屋にあるたった一つの肘掛け椅子に座った。

「モルダー」スキナーはネクタイを外し、シャツのボタンを外し始めた。僕は室内のなにか他のものに熱中できるものを探そうとしたが、彼が服を脱ぐ様子以上に熱中できるものなど何もなかった。僕はなんとか道理付けようとした、ねえ、僕らは男同士だ、男ってものはいつだって他の男が自分の身体を見ているのなんか気にせず服を脱ぐもんだ。僕は彼の身体を見たかった。僕はそれによって自分が興奮するか見てみたかったんだ。彼は僕の興味になんか完全に無関心で淡々とボタンを外し、服を脱ぎ続けた。「私としては、お前が自制心を保って、面倒に近寄らずにいてくれればありがたい。五分毎にお前を救出することはできんし、お前を一日24時間監視することもできない。私が背を向けた途端になにか馬鹿なことをするのはやめてくれ。わたしは、あー、本当になにをするかわからんのだ、もし奴らが…。ああ、くそっ。私の言う意味がわかるだろう。奴らを刺激することだけはやめてくれ、モルダー」彼はシャツを脱ぎ、きちんと箪笥に片付けた。「そして頼むからここでのお前の立場を頭に置いておいてくれ。レニーが我々に教えてくれた、全てのルールと礼儀作法を思い出し、その役になりきってくれ。私も同様に最善を尽くすつもりだ。そうすれば我々には最低限、生きてここを出るチャンスが出てくるかもしれない。そうでなければどうなるかを心に留めておくのだ」

「ええ-あなたはポトマック川に沈み、僕は奴隷小屋で共用財産になる」僕は呟いた。

「その通り」彼はベッドの端に腰かけ、靴紐を解き、靴を脱ぐと、次に靴下を脱いでそれをきちんと丸め靴の中に滑り込ませた。彼はベルトに手を伸ばした…。くそっ!

「あなたにまだ言ってないことがあるんです」僕は、何とか自分の気を散らそうと闇雲に口を開いた。

「なんだ?」彼はズボンのファスナーを降ろしながら見上げた。僕は、なんとか視線を彼の顔に固定しようとした。

「僕は単にあなたをここにおびき寄せるための囮だったんです。奴らは、本当は僕になんか興味はなかったんです。サウンダースが言う限りにおいてはそういうことです。ということは、つまり…」

「ポトマック川が手招きしている、か?ああ、私もそれとなくそのことには気付いていた」彼は肩を竦め、ズボンを脱いで、これもきちんと箪笥に掛けた。

「まったく、すみません」僕はついに彼の長い、日に焼けた脚と、中にしまってあるものを隠すのに大した役割を果たしていないシンプルな黒い木綿のブリーフから僕の注意を引き剥がすものを見つけて、惨めに言った。自責の念は僕の人生を通してずっと誠実な友だった-それは常にほとんどどんなことからも僕の気を逸らしてくれた。「僕は本当に奴があなたをおびき寄せようとしているなんて考えもしなかったんです。僕は自分でできると考えたんです…」

「モルダー」彼は疲れた声音で遮った。「私はもうずっと前に、お前は実際何も考えないのだという結論に達している。私はそれをお前のまれに見る能力のマイナス部分だとして受け入れてきた。事実、お前の本能、直感、それに真に即興的な性質は、通常、首尾一貫した計画の欠如を補って余りあるものだ、しかし今回の場合は、私の信念も限界のところにきていると言わざるをえない。しかしながら、我々は現在、我々の全技量を傾けて取り組むべき困難な状況にある。我々には捕らえるべき殺人者がおり、我々はただ生きているためだけのためにも知恵を絞らねばならん。私はお前に約束しよう、我々が戻った暁には、私の言葉の使い方に注意しろ、もし戻れたら、ではない、戻った暁には、だ」彼は厳しい笑顔を僕に向けた、「我々は、私の命令に対するお前の常習的な蔑視についてたっぷりと話し合うことにしよう。それまでの間は、我々はチームで、それぞれやるべき仕事がある、ということで、少し睡眠をとることを提案する。お前は椅子を使っていい」彼は僕に毛布を投げ、僕は頷いた。僕が今日引き起こした顛末を思えば、彼がベッドを取るのは全く理にかなっている、とはいえ、椅子が僕のひりついた肩に擦れるという事実は言うまでもないことで、居心地のいい体勢を見つけるのは不可能だった。

僕は毛布を被り、彼が裸足でバスルームに向かうのを見つめ、彼が用を足し、歯を磨き、身体を洗う音を聞いていた。彼がベッドルームに戻ってきて明かりを消すと、僕は目を閉じている振りをしたが、僕はまつげ越しに彼を見つめ、彼の皮膚の下の筋肉の動き、彼の全体の大きさ、彼の背中に見えるいくつもの小さな傷、彼が眼鏡を外してベッドサイドテーブルに置く様子に注目した。僕は目をしっかりと閉じ、膝を胸に引き上げて、何とか居心地良くしようとし、僕の感情を解き明かそうとして、失敗した。

彼はあっという間に眠りに落ちた。これは驚きだ-たぶん彼がベトナムで覚えた技なんだろうな。彼は絶対、いついかなる状況下でも、ジャングルでの一日を過ごした後、泥の中で、耳まで浸かるような雨が降りしきる中でさえも、睡眠をとる方法についての話で、僕をうんざりさせられるはずだと思う。それから僕は、彼がそんな話で僕をうんざりさせてくれればいいのに、と思った、だってそれはうんざりするどころか、非常に心を引き付けられるはずだからだ、だって彼はベトナムのことをほとんど語ったことがなく、僕は彼のことをもっと知りたいのだ。それから僕は僕の肩がどれほど痛むか、そしてマットの奴を捕まえた暁には奴にどんなことをしてやりたいかの全貌について考えをめぐらせた。その考えは、奴がもし僕を捕まえたら、奴が僕にしたいだろう吐き気のするような事柄の全貌へと僕を導き、その時点で、僕は眠ろうと努力することさえ諦めた。

僕は爪先立ちで部屋を横切って“気味の悪い”キャビネットに近づき、中を覗き込んだ。これは羊を数えるよりずっといいぞ-代わりに奇妙なセックスグッズを数えるんだ。様々な鞭、手錠、鎖にアヌス栓は簡単に識別できる、でも幾つかのアイテムは僕には不可解だった。僕はバックルがいくつもついた長い革製のものと、両端にカフのついた巨大な鋼鉄製の棒をみつけた。それからいくつかの小さな、留め具のような装具。僕はそれらの用途が想像できて身を竦ませた。スキナーが寝返りを打って、ため息をついた、僕は不可解なアイテムの用途がいったいなんなのかを調べてみるため、それらを手にバスルームへと引っ込んだ。まったく、全盛期には僕も随分ポルノを見たもんだけど、なんであれ、こんなのに似通ったものは何一つ出てこなかった-言っとくけど僕のコレクションにゲイのボンデージSMポルノなんか間違いなくないからね!

革製のものは僕の手首にぴったりフィットした、でも僕はこれが本来は手首なんかにつけるものじゃないことはうすうす感じ取っていた-そんなのすごいエロティックな使い方じゃないもんな。そして棒は僕の理解を超えていた。小さな金属製の装具は明らかに乳首に使うためにデザインされていたが、それを僕の身体のその部分に試してみることはしなかった-僕はそこまでイッてない。とはいえ、それを僕の小指につけたとき死ぬほど痛かったことだけは証言できるので、それを乳首につけたらどうなるか、と考えただけでぞっとした。そして僕がたんにセックスショップで遊びまわっている子供とはわけが違うということは指摘しておきたい。僕はまた今日の出来事、事件の詳細、そして今日早くの(あれって本当に今日のこと?一生分も昔のことのように思える)オフィスでのスキナーとの会話の中で頭に引っかかった何かについて振り返ったが、その訳もそれが何であるかも見つけられなかった。僕が何かを言って、彼が何かコメントして、何か…。

僕はこのことについて、何とか突き止めようと考え込み、漠然とあの革製のモノを被れば役に立ちそうだと心に決め、僕の頭にストラップを巻きつけようとした、その時ドアがノックされて、開き、スキナーが僕を眺めた。

「ここの明かりが随分長い間、点いたままだったのでな。お前は大丈夫だろうかと思ったのだ」彼は呟き、ヘッドギアを二度見した。

「眠れなくて。考え事をしていたんです」僕は呟いた。

「それで、お前はボールギャグ(口に含むボールのついた猿轡)を頭につければよく考えられると思ったわけだな?」彼は尋ねた。

「ああ、これってそういうものなんですか?うん、もちろんそうですよね」僕は素早く頭から外した。「うぶだって言ってくれていいですよ、でも僕にはこれの用途が見当も付かなかったんです。あなたはどうしてそんなに詳しいんですか?」僕マジで今の質問口に出した?

「私はしばらく風紀課で仕事をしていたからな」彼は素早く言った。素早すぎた?「お前の考え事とはなんだ?この件について何かみつけたか?」彼はバスルームの中に入ってきて、流しにもたれかかり、僕をじっと見つめた。

「よく分かりません。被害者の殺害方法に関係があることなんですが。失った血液についてかも。それとあなたが言った何か…でもそれをはっきりと突き止められなくて。まったく-僕が頭を整理できれば答えはそこにあるのに」

「お前は疲れているのだ」彼は優しく言った。「なあ、モルダー、私はお前に少し眠るべきだと言ったが、それは心から言ったことだ。分かっているだろうが、お前はこの件について過敏になっている-いや、私自身もだな-だが、とりあえず今晩のところは安全だ、だから我々は最大限それを利用すべきだと思う。奴らが明日、我々のためにどんなことを企んでいるかわかったものではないからな」

「そうですね。あなたの言うとおりです。ただあの肘掛け椅子は肩に擦れて痛くて、それで…」

「くそっ。すまなかった。考えてやるべきだったな。来なさい」彼は救急箱のところへ行って、何かのジェルを取り出すと、僕を湯船の縁に座らせて、ジェルをいくらか僕の肩に塗りつけ、僕は冷たい液体が僕の熱をもった皮膚に触れたことで飛び上がった。「くそったれの変態どもめが」彼は一人ごちた。

僕は自分がどう考え、どう感じるべきかを知ることができればと思った。僕は彼の片方の手が僕の肩に乗り、もう片方の手で優しくジェルを僕の背中に塗りこむのを感じていた、それは痛くて、冷たさと熱さとヒリヒリした感じが全部一緒になった感覚だった。そして彼にいつまでもやっていて欲しかった。彼の手、彼の優しく触れる指の感触が好きだった。僕は彼が前かがみになって僕の首の後ろにキスしたらどんな感じだろうと想像し、その結果髪がそそけ立ち、鳥肌が立った。

「でかいベッドだ」彼は、きまり悪い様子を微塵も見せずに言った。「一緒に寝れば、我々二人ともしっかり睡眠がとれるかもしれない。心配はいらない-お前の貞操は安全だと約束する」彼は笑顔になった。

彼はめったに笑わないし、僕は眼鏡をかけていない彼をみるのにも慣れていなかった。僕は、熱心に彼を見つめたが、彼は気付かなかった。その代わり、彼はただ僕を先導してベッドルームに戻ってベッドに潜り込み、僕が彼の隣に入るのを待って、明かりを消した。

僕は身体を固くして数分じっと横になり、僕の心臓が激しく鼓動を打つのを止めてくれるのを待った。彼が僕の隣で完全にリラックスしているのを感じた、片腕をだらんとベッドに投げ出し、彼の身体はのびのびと伸びている。たぶん彼がベトナムで学んだもうひとつの技なのかも;いかなる性的なシグナルも、接近によるきまり悪さもこれっぽっちも発することなく、男の隣で眠る方法。それから、一方で、もちろん彼の頭の中には、僕みたいに奇妙でいやらしい考えが暴れまわったりしてないのだ。彼はたぶん事件の詳細について考えているか、野球のリーグ成績のことなんかを頭の中でおさらいしてるんだ。ついに彼のいびきを耳にして、僕はリラックスし始めた。

僕はちょっとだけ身を乗り出して彼の匂いを嗅がずにはいられなかった-ああ、分かってる、でも僕はここでは頭がおかしくなっているんだ。僕はあの書斎で彼からどんな匂いがしたか思い出したかった、彼の身体から立ち上る怒りを。僕は彼の肩に頭を乗せて、もう一度彼の両腕を僕の周りに感じたいと思った。僕の背中に押し付けられた彼の胸の固さを感じたかった。くそっ。僕は巨大な胸の女性を思い描いてなんとか気を逸らそうとした、いつもはそれで充分役に立つのだが、今回は駄目だった。いったいいつから僕は男を欲するようになんかなったんだろう?少なくとも、意識的に。無意識的には?こうした考えが僕の頭の中をぐるぐる回り、僕はついに眠りに落ちた。

* * *

僕は茹るような暑さと身体のこわばりに目を覚ました。このジーンズは、これを身に着けて寝るにはタイトすぎる、しかし強烈に、かつ不安になるほどに僕を惹きつけ始めている男性の隣で、裸で眠るという代替案を思うと、ジーンズを履いたままというのが僕にとっては遥かにいい選択だった。スキナーから放射される熱(この人は溶鉱炉だ)に加えて僕の痛む肩からの熱は、僕にとって我慢の限界を超えていた。僕はシーツの下から抜け出し、椅子から毛布を掴み取って、ベッドの足元に落ち着いた。ご主人様のベッドの足元で眠ることについてのニックの言葉が甦ってきたのはその時だった。不健全だ、モルダー。不健全だぞ!それでも僕は動かなかった。ただ役になりきってるだけだ、ボスの命令どおりに。それはどのみち僕の言い訳だったが、僕はもうこれ以上そんなことに抗うのはうんざりだった。スキナーは正しい;僕らはただ生きてここを脱出することに集中する必要があるのであって、僕が見逃すべきでないものを見逃したからって、または、彼の隣で僕が一晩中勃起したまま眠っていたことに、仮に彼が気付いたとしたって、誰が気にする?僕はただ、僕らがオフィスに戻った時、そんなことについて僕が気まずい思いができるほど、僕ら二人ともが長生きできることを願った。僕の性的嗜好について心配する時間はそれからでもたっぷり持てるだろう。

僕らがベッドに入ったのは一時過ぎだったが、それでもやはり、僕らは二人とも7時には目を覚ました。

「快適な夜だったか?」彼は僕が眠るために選んだ場所に驚いたようだった。

「ええ、まあ…ちょっと暑くて」僕は呟いた。

「ああ、まいった。すまなかったな。シャロンは、夏場の半分は私をソファで寝かせたものだった。彼女は、私は大方の女性が死ぬほど欲しがるような高い新陳代謝を持っているといって、私を発電機に繋いで暖房費を節約することについて何か調べたりしていたほどだ。寒い冬の夜には彼女も不満はなかったようだったがな」彼は笑顔になった。

これって奇妙だ。こんな部屋に一晩中彼と一緒に閉じ込められて、僕ら二人とも半分裸で、あの時みたいに彼を陥れるために使われた殺人罪の脅しもなしに、多分これまでで初めて彼が何か個人的なことを話している。僕はこれまで本当の意味で彼のことを完全な一人の人間としてみたことはなかったのだと思った。僕はシャロンのことを考えた。僕は二人が離婚したことを知っていて、理由はなんだったのだろうと思った。彼が、彼のもっとも癪に障る特別捜査官を床に放り出して、意識がなくなるまでセックスしてやりたいと思っているバイセクシャルのトップであることに突然気付いた、なんていうことが離婚の理由にほんのちょっぴりでも関係しているなんて言っているわけじゃない。ありえない。そうさ、たとえほんの僅かだって。

僕は彼が起き上がって、バスルームに入るまで彼を見ないでおき、彼がシャワーを浴びる音に聞き耳を立てないでおくこと、そして彼の隣で一緒にシャワーを浴びたらどんなだろうなどと思い描かないでいることをうまくやり遂げた。それから彼が腰にタオルを巻いただけで、濡れた胸毛を光らせながらベッドルームをうろつきまわり始めると、彼を見ないで置くという荒行をまた最初からやり直した。彼が身体を拭くためにタオルを外すと、僕は機敏に動かなければならなかったけど。

全裸の彼を見ずにいるというのは僕の我慢の限度を超えることだった。だから僕は自分の身体を洗うため、そして凍えるような冷たい水にわが身をさらし、同時にいくらかでも自分の手で精気を抜き取ろうと目論んで、バスルームへと姿を消した-自分自身に課す拷問の強烈な形だ。僕はマゾなのかもしれない、実際のところ。

午前10時を待つのは、死刑執行を待つのに似ていた。僕らは-彼はベッドの端に、僕は椅子に-腰を下ろし、時を数えて待った。彼は咳払いして僕を見た。

「私の言ったことを覚えているな、モルダー」彼は低く優しい声で言った。僕らは、この一時間の間に既に二度もこのことをおさらいしていた。

「はい、確実に」僕は肩を竦め、その途端僕の両肩の痛みが蘇って顔をしかめた。

「いいや、本当にはわかっていない。お前のことはよく知っている。私の言うとおりにするのだぞ、常に視線を下げて、とにかく頼むから誰のことも刺激するな」彼は廊下に足音が聞こえると立ち上がったが、足音が通り過ぎると座りなおした。

「ちゃんとその通りにできます」僕は再び肩を竦め、これから数日の間は肩を竦めないこと、と心に留めた。

「いいだろう。これは単なる芝居にすぎない。それを覚えておけ。我々は一つの役割を演じるのだ。それは現実のことではない。奴らがお前に何を言おうと問題ではない。お前はただ常に視線を下げ、言われたことをするのだ。今回だけは」彼は僕に警告するような視線を向けた。

「そうします、そうしますって!」僕はカッとなった。

彼は目をぐるぐる回した。「ほら見たことか。お前はここですら怒りを抑えておくことができない、なんの挑発もなしにだ。外に出れば挑発がたっぷり待ち構えているのだぞ、モルダー。いいか、とにかく自制しろ。奴らにとってお前が何者であるかを心に留めておくのだ」

「奴らにとっては、僕はくそったれのアメーバにすぎませんよね」僕はいらいらして言った。「そんなの忘れはしませんよ、それに僕が忘れたとしたら、奴らは即刻僕に思い知らせるはずです」

「またはこの私がな」彼はため息をつき、それから僕を睨み付けた。「私がお前に対してしたり、言うかもしれないことについて、先に謝罪しておくぞ、モルダー。しかしお前が事態を台無しにしそうだと見て取れば、私は奴らが期待するまさにその通りに振舞うつもりだ。我々の命はこの筋書きにかかっており、お前がそのことを忘れようとも、私が忘れることは絶対にない」

「それは心強いですね」僕は呟いた。

「ああ。本当にそう思っているのだろうな?」彼は声を立てて笑った-それから彼の顔は再び真顔に戻った。「これは単なる見世物だ、モルダー。我々はただ演じているにすぎない」彼は言った。

だとしたら、どうして彼はこんなに上手なんだ?ドアのキーが回され、僕らが外に出ることを許されたとき、僕はそう自問していた。

ダイニングホールは、書斎と同様、また別の大きな洞窟に過ぎなかったが、そこにもまた荒削りな上品さのような雰囲気があった。そこにはまた巨大な樫のテーブルがあり、何人かのトップが既に席についていた。僕はこの場所を所有しているのは誰だろう、そしてこの場所自体いったいどこにあるのだろうと不思議に思ったが、その沈思をさらに深める前に、僕はご主人様にかしずいている奴隷たちの様子に気を取られた。最高においしそうな食べ物が一杯に載ったサイドテーブルがあり、ジーンズ姿の数人の若い男たちが注文を待ってその周りにたむろしていた。僕は腹ペコで、僕はここで食べることを許されるのか、または食事のため奴隷小屋へ戻らなければならないのだろうか、と思い巡らした。

サウンダースが立ち上がり、スキナーを手招き、彼に空いている椅子を指し示した。

「どうぞ、ミスタースキナー。ぜひご一緒ください」彼は、例のぞっとするような笑顔をみせた。ニックが料理を一杯に盛りつけた皿を手に現れ、サウンダースの前に置き、それから彼のグラスにオレンジジュースを注いだ。「ニック-フォックスにやり方を教えてやりなさい」サウンダースは手を振って僕を追い払い、彼の注目をスキナーに戻した。彼らが話していることは僕には聞こえなかった-よく眠れたかとか、部屋の居心地の良さかなんかについての何か上品な話題だと思う。今のところはまだ何も重要な話はない。

「彼が君のご主人様?」ニックはかなりの興味を持ってスキナーを見つめている。

「うん」僕もまた同様にスキナーを見つめている自分に気付いた。

彼は昨日と同じ服を着ていたけど、いつもと同じようにクールでこざっぱりして見えた。彼の後頭部を取り巻く申し訳ばかりの髪は、シャワーの後でまだ濡れていた。彼はリラックスしているように見えたが、実際はそうではないと僕は知っていた。彼の筋肉は今にも飛びかかろうとする猫のように、油断なく張り詰めていた。彼はピリピリしていた。

「アーロンが、君がどんな風にマットに抵抗したか僕に話してくれた」ニックは囁いた。「今ならその理由がわかるよ。あんなご主人様のためなら、自分の貞操を守っておきたいと思ってもなんの不思議もない」

「あー。うん」ということは、少なくとも僕が完全なる変態というわけではないってことだ。つまり、このサブっていう人種はみんな、スキナーに惹き付けられるのであって、ということは、彼はフェロモンを発散しているのに違いない。

「逃げ出して、ここに来たことで、彼からお仕置きされた?」彼は僕の肩のみみず腫れを見た。

「うーん、いいや。まだ今のところは」僕は、僕が現時点で生きている二層の人生と格闘していた-僕の頭の中の一層を数に入れれば三層だ。「これはマットにやられたんだ。僕のご主人様は僕を取り戻せたことが、ただ嬉しかったみたいだ。ただ後でお仕置きするとは脅されたけどね」これって真実以外のなにものでもないよ!

「アーロンは、出かけてる間、僕が恋しかったって言ったよ」ニックは微笑んだ。「昨日彼が君を連れて戻った時には、僕の代わりに君を連れてきたのかと思って心配した。君ってまさに彼が好きそうなタイプのサブだから、それに僕は彼が僕に飽きるんじゃないかってずっと考え続けてる。彼って本当にいいご主人様なんだ、とっても強いし」可哀想なニック。彼は本当にのぼせ上がっているんだ。「君に君自身のご主人様がいてよかったと思うよ、あんなパワフルな、丁度アーロンみたいにね」ニックは僕にそう語った。「さあ、君のご主人様の好きな食べ物はなんだい?」

「食べ物?」僕は馬鹿みたいに繰り返し、テーブルの食べ物をみた。

「ああ-彼は朝食にいつも何を食べるの?」ニックは僕を見つめて答えを待った。スキナーの食べ物の好みなんて僕が知るわけ無いだろう?僕は念のため全種類を持っていこうと結論した、安全のためにね。僕は皿一杯に食べ物を盛り上げ、彼のところに持っていって、彼の前に皿を置いた。彼は僕を無視して、サウンダースとの会話を続け、その一部が僕の耳にも入った。

「私は意志に反して閉じ込められることを快くは思いませんぞ」彼は言った。彼の声の調子は理性的だったが、断固としていた。

「単なる予防措置です。我々はあなたのことをまだよく知らない。しかしあなたは我々のゲストだ。すぐに錠前や鍵などなしでやっていけるようになると確信しております」サウンダースはそう返し、口元をナプキンで押さえた。僕はサイドテーブルに引き返し、オレンジジュースのジョッキをみつけ、それを手にテーブルに戻って、僕の‘ご主人様’のグラスに注いだ。

「我々の滞在はどのくらいになると予想しておられるのですかな?」スキナーは尋ねた。

「なんとも言えませんな」サウンダースは曖昧に答えた。「それはあなた次第です。我々は大抵の場合、最初はかなり長い滞在になることを選択しますな。我々があなたについてよく知りえた時、あなたが我々との折り合いをつけることに同意なさった時、あなたはここを去ることを許されるでしょう。あなたは入会し、会費についても同意していただかねばなりません。あなたが無期限にここに留まることが不可能であることは明らかだ、しかしながらその考えは魅力的ですが-あなたのビジネスはあなた無しでは回っていきませんからな。入会式が済めば、あなたは好きなときに出入り可能となります-そして我々がここで提供する施設やチャレンジを活用いただけることになる」

「チャレンジですと?」スキナーは鋭く尋ねた。

「ええ」サウンダースは微笑んだ。「そのうちお分かりになりますよ」

「どうやらその‘入会式’とやらについても、これ以上私に話すつもりはないということですかな?」スキナーは質問した。

サウンダースは笑顔で頭を振った。「その時が来ればお話しします、ミスタースキナー。その時が来れば」

「いいでしょう」スキナーはその言葉をかなり不愉快そうに発し、まったくよくはないことを仄めかした。「しかしそういうことであれば、服を着替えたい。今着ているものを無期限には着ておられませんからな」

「もちろんです」サウンダースはうなずいた。「それについては手配済みです。あなたが戻るまでにはあなたの部屋に衣服が用意されるでしょう。それから洗濯サービスも同様に提供されます。部屋に用意した籠に服を入れておいてくださればよろしい、翌日には洗濯済みのものが戻されます」

僕が、予備の部品みたいな気分で、なすすべもなくスキナーの肘のところに立っていると、僕の胃袋が突然大きな音を立てた。サウンダースは僕に向かって声を立てて笑った。

「お前のマスターがすぐにお前に食事を許してくれるといいな、フォックス」彼は意地悪に笑った。「お前はちょっと食べて太る必要がありそうだ」

「まあね、昨夜はそれこそ食欲なんてなかったですけど」僕はそう返し、そうしなければよかったと思った。僕は口を開く許可を受けていないし、彼は僕に質問もしていない。僕は自分が間違いをおかしたことに気付き、他のサブ達の心配そうな視線が僕に集中したことで、それが正しいことを確認した。部屋の雰囲気を見て取ったスキナーの顎が引き締まり、彼は僕に顔をしかめて見せた。

「跪け」彼は吐き捨てるように言い、僕は素早く従った。それから彼は平然と、でも特に強烈ではなく、逆手で僕の顎の辺りを殴った。「もう黙っていろ」彼は言った。これは全員が承認するものだったようで、みんなは今までやっていたことに戻った。僕はこんな場所大嫌いだ。本当にちっぽけなことでここにいる変人たちは腹を立てるし、僕は静かにしていたり、従順でいたりすることがそんなに得意じゃない。

「この子は大変元気がいいですな?」サウンダースはそうコメントし、メロンを切って、その欠けらを彼の脇に跪いているニックに食べさせた。

「ふん」スキナーは鼻を鳴らした。

「あなたは彼を充分に躾出来ているとお考えですか?」サウンダースと目が合い、僕は激しく赤面した。

スキナーはゆっくりとオレンジジュースを飲み、この質問を真剣に検討しているようだった。「わかりません」彼は考えに耽った。「フォックス、お前はどう思う?」彼は僕をじっと見つめ、その目は全く真剣そのものだった。

「あのう…ええと…僕の行動を考えると、僕のご主人様は、時々僕に優しすぎるのかもしれないと思います」僕は答えた。

「ああ」スキナーは唸るようにいった。「しかし、サウンダースさん、お分かりでしょう…」彼は僕らをもてなすホストを振り返った。「私はこれのこういうところを気に入っているのです。これを壊してしまいたくはありません。このままの方がよっぽど楽しめますからな」

「そういうこともあろうかと思います。だがしかし、ここでは、我々はそれほど寛容ではないということを警告しておきますぞ」彼のこの言葉を聞いて、僕は胃の辺りに虚脱感が漂うのを感じ、‘それほど寛容’ではないということが意味するところを僕の焼け付く両肩が思い知らせていた。

「心配いりません。これにも責任の所在は分かっています」スキナーは言った。「そして私がこれの手綱を引いておくのに全く問題はありません。これは私には常に従順です。完璧に。そうだな?フォックス」

「はい、ご主人様」僕は呟いた。役割を演じることについての長い話し合いにも関わらず、彼がこの役割を楽しんでいないと信じるのは難しかった。

僕は、サウンダースがニックにトーストを食べさせるのを羨ましそうに、見ていた。僕は飢え死にしそうだった。それから僕はマットが入ってきたのを見て体を硬くした。彼は僕と視線を合わせると、にやりと僕に笑いかけ、それは、そう遠くない未来に欲しいものを手に入れると完全に思い込んでいるものの笑いだった。そして彼が欲しいものを想像するのに大した手間はいらなかった。

彼は哀れな子供をリードに繋いでおり、その少年(彼は二十歳以上にはとても見えない)は全身みみず腫れとあざだらけで、完璧に惨めに見えた。マットが昨夜かいた恥のはけ口にされたのだと思うと、僕は一抹の罪悪感を覚えた。その子は足早に朝食を取りに行き、戻ってくるとマットの横に跪き、頭を垂れた。

「腹が減っているか?」マットが横目で少年をみると、彼は頷き、唇を舐めた。マットはにやりと笑った。「そら」彼はいくらかの食べ物を更に乗せ、それを床において、椅子にふんぞり返って眺めた。「食え」彼は命令した。少年は手を伸ばしたが、マットは足でそれを止めた。「手を使うな。口を使え」少年は頷き、頭を皿の上におろして犬のように食べた。マットは再びにやりと笑い、僕と目を合わせた。彼の顔に浮かんだ表情は悪意に満ち、残酷で、わいせつだった。彼の目が僕の身体を這い回り、その目の中の欲望は隠しようもなかった。僕は自分が反応して、筋肉が強ばるのを感じた。僕は彼の朝飯をその馬鹿げた、打ちつぶされた顔に全部ぶちまけてやりたかったが、スキナーはこのやり取りをみており、僕の気分を感じ取って、僕の気を逸らした。

「朝食だ、フォックス」彼は呟き、僕にパンを一切れ渡してくれた、彼の手が僕の手首に軽く触れ、彼は僕に警告するような視線を投げた。

「ありがとうございます」

「手を使っていい」彼は言ったが、彼の言葉は、僕ではなく、あからさまに彼がテーブル越しに睨み付けているマットに向けられていた。

「はい」

僕がテーブルについて、普通の人間みたいに食事をすることが認められないとしても、これなら少なくとも幾分かの尊厳を保つことができる。スキナーは、僕が彼と同様充分に朝食を食べられるよう注意してくれ-指を使って見苦しく食べるという屈辱を減らすため、一口大のベーコンやソーセージを渡してくれた。僕はこの機会を利用して部屋中をよく観察した。およそ15人のトップと、同じ数のサブがいたが、それがここにいる人間の総数なのか、または単に朝食に現れた最初の人たちなのかは、わからなかった。

朝食後、サウンダースは、僕らを連れてこの奇妙に広がった地下の施設を案内して回った。実際には、彼はスキナーを案内しているのであって、僕はただ後ろについて歩いているだけだ。僕は手の平に爪を食い込ませつつ口をきいては駄目だ、質問をしては駄目だ、と自分に言い聞かせていた。これは難しかった-僕は生まれつき好奇心が強いのだ、そしてスキナーが僕の頭に浮かんだ質問をほとんど尋ねてくれたものの、二度ほど彼が質問しない時があり、僕は口を開きたくてむずむずし、ついには口を開いてしまった。僕がわれを忘れたのはたった一度だったので、スキナーは何とか間に合って僕の裸足の足を踏みつけ、僕を止めた。踏みにじられたつま先がどれほど気を逸らせるものか、それは驚くほどだ。

施設には広大なリラクゼーションエリアはもちろん、水泳用プール、ジム、サウナもあった。書斎とダイニングホールに加え、他にも幾つかの会議室があったが、その一つには大きなビリヤード台があり、数人の奴隷少年たちがそこにたむろって、目的もなくビリヤードをしていた。彼らはサウンダースが部屋に入っていくと気をつけの姿勢をとり、僕はその内の二人ほどが、推測するように、そして観賞するようにスキナーを見ているのに気付いた。僕はまた、彼が彼らのことを観賞の目つきでみているのではないかと彼を見つめたことを認めるが、彼はそんなことはしなかった。彼は彼らにちらりと目をやることすらしなかった。まあ、彼がそんなことする理由もないよね?僕だってトップ全員に色目を使ったりするなんてこと、まったくないもんな。

最後にサウンダースは僕らを床に砂を敷き詰めた、だだっ広くて剥き出しのがらんとした洞窟に連れて行った。

「ここは何のための場所ですかな?」スキナーは尋ねたが、僕も同様に不思議に思った。

「ああ、すぐに分かります。今晩遅くに」サウンダースはそう返答してから、洞窟を抜け僕らをもっとずっと小さな部屋へと連れて行った。その部屋の一方の端には巨大な石の祭壇があり、その上には一人の男と牡牛との戦いを描いた壁画が掛かっていた。牡牛の負けは明白だった。部屋の両側には木製のベンチがいくつか置かれ、教会のような雰囲気を醸し出していた。

「礼拝所ですか?」スキナーは尋ね、半ば信じがたいという様子で片方の眉を上げた。

「そうとも言えますな。あなたが特定の…チャレンジに合格したならば、その時あなたはこの場所で我々兄弟の一員となるのです」そう答えるサウンダースの顔は大真面目だった。

僕は一刻も早くこの場から逃げ出したかった。僕らは頭のおかしい宗教カルトの縄張りの中にいて、それは精神錯乱の秘密サディストクラブの縄張りの中にいるよりも、ひどい。しかもその二つを合わせたとなれば、それは息も出来ないほどの面倒の深みにはまり込んで、棺おけの寸法を測ってもらうのを待つばかりということだ。その棺おけはスキナーのものである可能性が濃厚で、僕の場合は処女性が問題になるわけだけど。賭けてもいいが、ここには、喜んで僕に力ずくで入り込み、調教してやろうという輩が何人もいる。今のところは、スキナーがそういう輩と僕との間に立ちはだかる砦の全てといえたが、僕が彼に生きていて欲しいと願う理由はそれだけじゃない。他にもトラック何台分もの他の理由があるが-特に挙げるなら、もし男性に僕の尻の処女を奪われるとするなら、それは彼であることを望むという事実だ。それは僕がゆっくり考えたくない事であり、僕らが通り抜けてきた巨大な洞窟の方へ、サウンダースが僕らを連れ戻し始めた時には僕はほっとした。

僕は、僕らが“礼拝堂”を離れる前に突き当たりに別のドアがあることに気付いていた-そのドアの向こうは、サウンダースは僕らを案内しなかった。スキナーは問いかけるような表情でそれを指摘したが、サウンダースはただ頭を振っただけだった。

「あの中は見ない方がいい」彼は静かに言った。「信じていただきたい」くそっ、まるで青髭の館じゃないか。あそこには縛り上げられた死体の山でもあるのだろうか、ちょん切られた頭が先を尖らせた杭にでも刺さっているのだろうか、と僕は想像した。もしそうでも僕は驚かない。

僕らはジムに戻り、サウンダースはそこでスキナーに汗を流したらどうかと提案した。

「奴隷達は、一日の特定の時間施設の使用が許される」彼は僕に視線を投げた。「例えば、夕食前の休養時間の間だ。それも奴隷達のマスターが許しを与えればの話だが」

「新鮮な空気についてはどうなのです?」スキナーは尋ねた。「マットは乗馬の支度をしていたと思ったが。あれは単なる衣装ではないのでしょう?」

「もちろん、違います」サウンダースは頭を振った。「後ほど、あなたが入会した後、戸外の施設も含め、全ての施設の使用を認められることになります。それまでの間は、どうか私が案内した場所に留まっておいていただきたい、ミスタースキナー。脅しや、アリーナの外で他のトップに対しむやみな示威行動に耽るのは私の好みではないが、私の指示を無視した場合のペナルティは厳しいものであるということは、充分に認識しておいていただきたい」彼の“アリーナ”という言葉が何を意味するのかをゆっくり考える暇はなかった、なぜなら突然彼の凝視が僕に向けられたからだ。「あなたのサブにもまた、こうしたペナルティについて認識させるべきですぞ。事実、彼のなんというか…気難しい性質は、…おそらくは、もう一箇所、ある場所をご案内したほうがいいかもしれませんな」彼は再び身振りで僕らについてくるようにと指示した。

彼は僕らを暗く、ぼんやりと明かりの灯った通路へと連れて行き、施錠されたゲートつきの地下牢に行き着くまで明らかに低いほうへどんどん下っていった。彼は鍵を取り出し、ドアを開けて、内部を僕らに見せた。

「ここはゾーンです」彼が呟くと、僕はスキナーと視線を交わした。僕は昨夜、ゾーンのことを彼に話しておいたのだ。「今のところ、ここに入れられているのは一人だけだと記憶しています」

サウンダースはもう一つのドアを開け、僕は足を一歩踏み入れて、恐怖にたじろぎすぐに立ち止まった。僕は後ろ下がりし、僕の後ろから僕の目にしたものをまだ見ることなく、独房の中に入ってこようとしたスキナーの胸にどんとぶつかってしまった。

「なんなのだ、フォックス?」彼の手が僕の腕を探って、僕を脇に押したその時、彼が深く息を吸い込んだのを感じた。中には男が一人いた、彼は裸に剥かれ、何らかの直立したラックに手錠で繋がれていた。彼の身体は頭から爪先まで、そして前も後ろも鞭の跡で覆われ、そして彼の性器には何か奇妙な装置が着けられて、錘のように下がっていた。それは余りに痛そうで僕は吐きたくなった。彼の口は強引に開かれ、金属の塊が押し込まれて固定されていた。それはあまりにきつかったので彼の唇の周りはひび割れていた。僕らが入っていくと彼の目は見開かれ、何か新しい拷問でも与えられるのかとたじろぎながら、無言の絶望と嘆願を込めて僕らを見た。僕は身体が震えだすのを感じ、彼の尻にも何かが突っ込まれているのを目にして、のどを絞められたような悲鳴を押し殺した。それがなんなのか知りたくもなかった;もう何も見たくなかった。吐いてしまいたかった。僕は考えることも、息をすることもできず、酷い過呼吸状態に陥っていることに気付いた。僕の腕を掴むスキナーの手の力が強くなり、僕を彼の身体にあまりに強く押し付けたので、僕は彼の身体を走った震えを感じることができたほどだった。僕の背中に触れる彼の胸は堅く心強かった。それから突然、不意に、彼はその両腕を僕の胸に回し、僕をきつく抱きしめた。僕らは自分たちの状況の真の恐怖を目の当たりにすることを避けるため、一瞬、目を閉じ、お互いから得られる慰めを得て、その場に立ち尽くした。その一瞬が過ぎると、スキナーは無言で僕を独房の外に引き出し、サウンダースに僕らを中に入れたままドアに鍵をかけさせまいと、素早く僕をゾーンの外に押し出した。

「どのくらい…?」スキナーは僕らが再びジムに戻ると、サウンダースに訊いた。

「どのくらいあのような状態で置かれているか、ですか?二日です」サウンダースは肩を竦めた。「彼は六時間毎に排尿、排便、食事に水分補給のため三十分間戒めを解かれます。再び縛り付けられると、再び鞭打ちを与えられます。彼は自由や食べ物を楽しみにしなくなることを学習するのです-それが更なる痛みと、ある種の…装置を再び装着されることによる不快感をも意味することになると知ることで」

「そしてあとどれくらい?」スキナーは尋ねた。

「それは場合によります。彼は非常に従順というわけではなかったので」サウンダースは僕を眺めた。「彼のマスターは今のところ彼に対し余り満足しておりません。ですから、最低でももう一日。それから我々は彼がどれほど熱意を持って彼のマスターに仕えるか確認することになるでしょう。彼が我々を納得させられれば、彼を通常の奉仕に戻すことを検討します」

「妥協を許さない罰のようですな」スキナーはコメントした。

「我々は妥協を許しません」サウンダースは肩を竦めた。「前にも話したとおり、ミスタースキナー、ここには限度などというものはありません。セーフワードもない。サブというものは、我々と同様、危険が好きなのです。彼らは我々に寛大であることなど望みません。彼らは究極的かつ、非常に残酷な制裁というものが存在することを知りたがっているのです」

「行き過ぎたとしたらどうなります?誰かが死んでしまったとしたら?」スキナーがこの質問をしたとき僕は息をひそめたが、サウンダースは何も疑念を感じたようすはなかった。

「そうはなりません」サウンダースは応えた。「そして我々のサブで死んだものは一人もおりません。死なせたりしては、目的を無にすることになりましょう。我々はサブ達を従順にさせたい、しかしそれはあくまで友好的に、です-死体をファックしても何も楽しいことはありませんからな、ミスタースキナー」

「大雑把に言えばそういうことですな、ミスターサウンダース」スキナーは滑らかに返答した。

サウンダースはこれ見よがしに喉の奥で笑い声をたて、彼の視線が再び僕の上を這いまわった。

「ところで、ゾーンという魔法の言葉は彼の態度に驚くべき効果を発揮するかもしれませんぞ」彼は呟いた。僕は思わず支離滅裂な窒息するような音を喉から漏らしてしまった。

「私はそれには同意しません」スキナーは断固として言い、僕とサウンダースの間に身体を入れた。

「彼が特定のルールを破れば、あなたに選択の余地はない」サウンダースは期待ともとれるような気配をその声に滲ませ、そう僕らに告げた。「我々は、ある一定のところまでは、あなたの彼に対する権限を認めます、そしてあなたが彼をきちんと支配下に置いておく限り、あなたが適当と思われる方法で、いかようにでも彼を罰することに、なんら問題はありません、場合によっては、あなたが適切にそうなさると私は信じております。彼には確実にそれが必要です。しかしながら、彼がグループにおいての重大なルール違反を犯した場合には、事態はあなたの手を離れます。それはもちろん、あなた自身がそういったルール違反を犯した場合も同様です」

「了解しました」スキナーは頷き、大きく息を吐いた。「そうだな、フォックス?」僕は僕の首を掴んだ彼の手が荒々しく僕の肉にくい込んだのを感じて驚いた。

「はい、ご主人様」僕は呟いた。僕を大人しく、従順にしておけるものがあるとしたら、それはゾーンをおいて他になかった。サウンダースがスキナーにトレーニング用の着替えのある場所を案内した時、僕はかなり抑圧された感じを味わっていた。

「この機会にジムを利用されたらいい」サウンダースはそう述べた。「先ほど私が言及した‘チャレンジ’に成功するためには、体調を万全にしておく必要があります」

僕らは二人とも、サウンダースが僕らのところから離れてプールの方向へ行くのを見ていた。僕はスキナーが動くところさえ見ていなかったので、壁に投げ出された時にはとても驚いた。彼の両手が僕の肩に食い込み、彼は僕の目を覗き込んだ。

「奴らを怒らせるようなことは何もするな」彼は切羽詰った様子で僕に警告した。「二言はないぞ、モルダー。それでお前を留まらせられるのなら、お前の尻を鞭で引っぱたきもする。奴ら変態の手をお前に触れさせないためならなんでもしよう」彼の指は手荒く、痛かった、でもこの時の僕はそんなの構わなかった。僕らが目撃したものを見た後で、彼が自制を失ったとしても僕は驚かない。彼はなすすべもなく立って、奴らが僕を痛めつけるのを見なければならなくなることを恐れているのだ。そして僕らの立場が逆だったら僕も同じように感じるだろう。この取り決めでの彼の役割は僕と同じくらいきつい。ひょっとしたら、僕よりきついのかもしれない。僕は震えながら、ただ頷いた。

「大丈夫です。僕は馬鹿じゃありません」僕は、彼の目を見つめ、なんとか彼に自制を取り戻してもらおうとそう言った。彼はまさにキレる寸前だった。「大丈夫です」僕は自分の手を彼の手に重ね、優しく僕の肩から外した。彼は一度深く息をついて頷き、それから僕を放して、まるでそこに無い髪を撫で付けるかのように彼の禿頭に開いた手のひらを這わせた。

「大丈夫。そう。大丈夫だ」彼は自分に言い聞かせるように呟き、ボタンが二つほどちぎれ飛ぶほどの荒々しさでシャツのボタンを外した。彼はそれをきちんと掛け-きちんとする、というのは彼にとってなにか反射的な行動なのだな、と僕は思った。彼はとにかく乱雑さを嫌い、現時点では自身の正気を保っておくためにこの整頓の儀式を利用しているように見えた。「大丈夫だ」彼はサブを後ろに従えた別のトップが更衣室に入ってきた時もまだ呟き続けていた。僕はそのサブが彼のご主人様の着替えを手伝う様子をうらやましく見ていたが、そこで何らかの直感が働き、スキナーが座っている場所に行き、彼の前に跪いて彼がスニーカーを履くのを手伝い、靴紐を結んだ。彼は僕がこれをしている間、僕の肩に手を乗せ、僕に優しく触れた。それは先ほどの彼の荒々しさと、自制を失ったことへの謝罪で、僕は、作業の手を止めて僕の全身を撫でて欲しい、と思い、彼の怒りが僕にではなく奴らに向けられたものであることを知っている、と彼を安心させたかった。それからその瞬間は過ぎ、彼は立ち上がり、僕は彼についてジムの中に入っていった。

彼が運動しているところを見るのは、想像を遥かに超えて僕を夢中にさせた。エイリアンバウンティハンターを追跡したり、クライチェックと殴りあったりすることなんか忘れよう-こっちの方が断然いい。彼はここで得た負のエネルギーの全てを何かにぶつけて爆発させていた。ローイングマシン、胸筋トレーニングデッキ、クロストレーナー、ランニングマシン、アブクランチャー、それら全てが彼の感情にかかる負担を取り除いていた。僕はただタオルを手に彼の横に立っているだけだった。彼はとにかく物凄いペースで続けているため、数分毎に汗を拭く必要があったのだ。彼は険しい表情のまま無言で丸々二時間、何百回も繰り返して、やっと幾分かの怒りを発散したようだった。それから彼は僕からタオルを掴み取ると、泳ぎに行くと僕に告げた。

「プールサイドにじっとしていろ-常にお前を視界に入れておきたいからな」彼はそう指示し、僕は頷いた。大喜びで仰せに従うばかりだ。

泳いでいる彼をみるのもまた良かった。僕はバタフライで進む彼が、その禿頭で水を割り進んで、水を支配下に置く光景に夢中になるあまり、マットが僕の背後に身体を押し付け、片腕を僕の胸に回し、もう片方を僕のジーンズの前に潜り込ませるまで気付かなかった。

「動くなよ、小僧」彼は囁いた。僕は身体をこわばらせ、彼を押しのける寸前までいったが、その時、ゾーンと、スキナーが更衣室の壁に僕を押さえつけた時の彼の顔に浮かんだ表情を思い出した。僕は意識してリラックスしようとした。スキナーは丁度ターンしたところで、次のラップを力強く泳ぎ進める彼は僕らに背中を向けていた。もしマットが何かしようとしても、スキナーが次のターンをするまでの40秒足らずほどしかない。

「そのうちお前をファックしてやる」マットは僕の耳に囁いた。「お前のマスターは脚の間に大したものを持っているとは思えん。お前は本当の男がお前を奪ってくれるのを喘いで待ってるのさ。お前はそういう奴だろ、フォックス?」

「僕に触るな」僕は噛み締めた歯の間から言った。彼の手は僕のペニスの辺りで、それを撫でていた。僕は目を閉じ、かんしゃくを抑えることに意識を集中させようとした。

「俺はお前を勝ち取ってやる」彼は囁いた。「お前に本当の男がどういうものか感じさせてやる。お前を這わせてファックしてやる。それからお前から俺に触ってくれと欲しがるようになるまで、俺を拒絶しなくなるまで、きつくぶっ叩いてやる。欲しがるんだ、小僧。欲しがれ。俺の鞭がお前の肉を骨からそぎ取るのを止めるのはそれだけだ。俺が優しい気分だったら、聞いてやるかもしれないぜ、だが俺はめったに優しい気分にならないがな」彼は小刻みに小さく笑い声をたてた。僕は目を開き、スキナーがターンして何が起こっているか目にしているはずだと思いつつ、プールにスキナーを探したが、プールには人があふれていて、僕は彼を見失ってしまっていた。僕はパニック感がこみ上げてきて、この男を殴り倒したくてうずうずしてくるのを必死で抑えたが、それも殴った場合の罰は、昨夜受けた肩への数回の鞭打ちなんかよりよっぽど酷いものになると知っていたからだ。

「なあ」僕の頬に当たるマットの息が熱かった。「俺は大人しくさせる必要のあるやつが好きなんだ。俺は腹の中で火を燃やしているようなサブを奪って、そいつに誰がボスかを教えてやるのが好きなんだ。時々お前って奴は全く訓練されてないような振る舞いをするな、小僧。お前は誰か強い人間に支配されるのを待っているんだ。スキナーはそういう男じゃない。奴はお前を充分に痛めつけない-お前は奴を充分に恐れていない。お前は俺のことならたっぷり恐れるようになるぜ」彼は僕の耳を舐め、僕は身体を震わせた。

「下品な言葉で僕を興奮させようなんて、考えてるなら、諦めたほうがいい」僕は、僕を興奮させようとする彼の猛烈な努力にも関わらずぐったりしたままの僕のペニスに視線を固定して囁いた。「マット、あんたは僕のどこから手をつけていいかも分かってないんだ」

「サーだ」彼は残忍に強く握り締め、僕はかろうじてかんしゃくを抑え、無言で痛みに呻きながら、息を詰まらせた。その瞬間、スキナーがプールから浮上して、犬のように身体を震わせ、プールサイドにいたサブ達を水しぶきでぐしょ濡れにした。誰も文句を言わなかった。マットは僕のジーンズから手を抜いて姿勢を正し、僕のボスがやってくると威圧的でない笑顔をスキナーに向けた。

「俺はお前たちを見ていた。お前ら二人には何かしっくりこないものがある」マットは僕に呟いた。「奴はお前に罰を与えたがっているが、それを抑えている-俺はちゃんと見ていたんだ。そしてお前は奴に仕えたがっているのに、お前もそれを抑えている、そしてお前は明らかに制御されていない。もしお前が俺のものなら、そうはいかない。俺はしっかりお前を制御しておくからな」彼はスキナーを押しのけて、頭から水に飛び込み、大きな水しぶきを起こして僕らみんなを再びびしょ濡れにした。

スキナーは僕らの会話の終わりの部分を全て耳にしており、身体を拭き始めた彼の顔は厳しかった。僕は彼に歩み寄って彼の手からタオルを取った。僕が彼の身体を拭き始めると彼は身体を硬くした。

「ショーの時間です。奴は僕らのことを何か感づいているのかもしれない」僕は、彼の身体に僕の手を這わせるためにこれを言い訳に使っているのでなければいいと思いながら、彼の耳に囁いた。彼は頷き、リラックスして、僕に彼の身体を擦って乾かすのを許した。僕の行為は、彼の全裸の身体をむさぼるように見ていた何人かのサブから、うっとりするような凝視を集めた。泳いでいる人間の誰一人、水着をつけていない。思うに、ここは水着なんかを着るような場所じゃないだけということなんだろうけど、僕は過剰に猥褻な好奇心を持って僕のボスの感銘的に逞しい男根をじっと見つめないよう何とか努力した。僕は男性に魅力を感じたことなんて今まで一度もなかった。少なくとも僕はそう思っていた。こんな風に惹かれるなんて。これって特定のルールを持つこの場所と、情欲とセックスの雰囲気のせいなのかな?または僕らがこの危険で命の危険がある状況に、一緒に投げ込まれているから?それってあり得るかもしれない。人間はこういう環境下では非常に早く結束するものだから。彼の、正義が下されるのを見たい、難しい事件を解決したい、法や命令を守って殺人者を裁きの場に引き出したいという欲求に入り混じって、彼は僕に対して、彼の部下の一人に対するいつもの保護本能を越えた何かを感じているのだろうか?

僕はリラクゼーションエリアに彼を引っ張っていき、彼にマッサージテーブルの一つに横になるよう身振りした。他に三人の男がマッサージを受けていて、僕は、ニックがオイルに指を浸して、サウンダースの肉厚のふくらはぎにその手を擦り付けているのを見た。マッサージにうっとりと集中しているニックの目は半分閉じ、唇の間から舌が突き出していた。サウンダースの滑らかにギラギラと光る肌と、彼の筋肉のリラックスした状態から判断して、ニックはかなり長い間マッサージを行っているらしい。ニックがマッサージを終え、従順にテーブルの脇に跪いた。

「ご主人様、他になにかお望みですか?」彼は柔らかで愛情を込めた声で聞いた。サウンダースは気だるげな目を開いた。

「いいや。ありがとう、ニック。とてもよかった」ニックは喜びに吐息をつき、サウンダースは微笑み、寝返りを打った。「来なさい」彼はニックを引き寄せ、奴隷のジーンズの前を開き、中に手を滑り込ませてニックの膨らんだペニスを見つけた。彼はゆったりとそれを弄び、彼の目は喘いでいるニックの顔に固定されていた。ニックは恍惚の表情できつく目を閉じていた。ニックは震えながら、今にも達しそうになったが、その時サウンダースが愛撫の手を止めた。ニックの目がパッと開き、その両目に荒涼、渇望、必要を含む落胆の色が刻まれた。

「仕上げは自分でしろ。私は見ている」

サウンダースは両手を首の下において仰向けになった。今やニックはにっこりと笑っている、いたずらで、茶目っ気のある笑顔で。彼はジーンズを押し下げ、自分の勃起したペニスを見せて楽しんでいた-彼のご主人様だけにでなく、僕ら全員に。そして部屋にいる誰もが、もちろん見ていた。ニックの様子から目を離すのは不可能だった。彼は勃起したペニスに手を巻きつけ、自分を絞り上げている、そうしながらからかうように腰をひねり、汗が彼の黒髪を濡らし、舌が唇を湿らせた。サウンダースの顔には所有者の誇りを示すような満面の笑みが浮かび、その目は時折部屋中を見回して、彼のサブに食い入るように見入っている僕らの関心を楽しんでいる。見るだけで、触れることのできないサブ-僕らは僕らに欠けているものを知った、つまりそれはサウンダースが楽しみを得て、自分の方だけを向かせ、他の男から守ってやるもの、それが僕らに分かったということだ。それがサウンダースを興奮させるのだと言えるだろう、そして部屋にいる他のトップが、たった今ニックに指一本でも触れようものなら、サウンダースはその素手で相手を殺すだろうということに、僕は賭けてもいい。ついにニックは背をのけぞらせ、猫科の猛獣のように野生的に達し、ため息の集合が部屋を駆け巡った後、サブ達は彼らのマッサージに戻った。

スキナーはマッサージテーブルにうつ伏せで横になっていたので、ニックの小さな振る舞いがそもそも彼を欲情させたのかどうかは全くうかがい知れなかったが、僕は確かに物凄く興奮した。とりわけ、僕が情欲を掻き立てられたのは、マスターと奴隷の間で交わされた表情だった。彼らの間のリズム、二人の人間が欲望や欲求について完全に同調していて、お互いが互いの欲するものを相手に正確に与えることができる、手と手袋みたいにぴったりとフィットしてるんだ。目下のところ、僕は彼らが羨ましかった。

ニックの振る舞いが僕の頭を廻り、マットの言葉がまだ僕の耳の中で響いていた。僕はオイルを少しとり、両手にそれを伸ばしてから、その手を慎重にスキナーの背中に置いた。彼はとてもリラックスしているとは言いがたかったが、そのことで彼を攻めることはできないと思う。はっきり言って、僕はこれまでマッサージの技術で名を挙げたことなどなかった、とは言うものの、自分の命がそれにかかっているなんて状況もこれまでなかった、そしてマットが言ったことを聞いた後では、僕は何かに長けていることが自分に求められているのだということを感じ取っていた。そしてもちろん僕は彼の裸の体中に僕の両手を這わせたくない、なんて思いもしないんだから。僕は僕の中の葛藤を放棄した。

僕は全身全霊をこのマッサージに込めた;僕は彼にリラックスして欲しかった、僕は僕の両手がおおっぴらに撫でることができる全ての硬く、筋肉質で、蜂蜜色の肉体を余すところ無く味わいたかった。僕はこの見せ掛けの芝居の元で彼を崇拝したかった。彼は僕のそんな気持ちを知ることはない、彼はただ僕が僕ら二人の尻を救うためベストを尽くしていると思ってるだけだ、でもそれは真実じゃない。僕の手は彼の肉をしっかり握り、愛撫し、日常生活ではできないやり方で彼の肉体と愛を交わした。僕はこれまでこんな風に男性の身体に触れたことはなかったし、僕はそれに慣れていなかったけど、そんなことは問題じゃなかった。技術が不足する分、僕は彼の肉体に対する紛れもない陶酔と、僕を追ってくることで彼の命を無理やり危険にさらしたことに、ほんの少しでも埋め合わせをしたい願う欲望とで補った。

僕はマッサージに専念している間、周囲のことも失念していた-僕の全存在は、彼に、そして彼の首筋の緊張を取り除いて、僕の手の下で彼の身体をリラックスさせることに向けられていた。僕は彼の背中から始め、それから彼の腕に移り、一本ずつ手にとっては滑らかに擦り、力が抜けるまで振り、回転させ、最後にそれぞれの指を僕の指の間でマッサージしていった、とてもゆっくりと。僕は自分の両手でマッサージするのを楽しみ、彼もそれを気に入ってくれた;彼の表情を見るだけで僕にはそれが分かった。彼の目は閉じていたかもしれないけど、それでも僕は彼が気に入っているか、いないかを感じ取ることができた。僕は彼の身体に、役割に、没入し、僕の時間は止まった。僕が彼の指を僕の唇のところまで持ち上げ、一本一本にキスした時も僕の頭は何も働いていなかった。そして彼は僕のキスに対して目を開けたり、抵抗したり、身体を硬直させることさえしなかった。それから僕は彼の腕へと動き、彼の体中を小さなキスで覆っている間、彼はただそこに横たわり、マスターたるものが当然受けるべきものとして受け入れた。僕は彼の背筋に沿って、それから彼の尻にさえ、そして彼の脚全体から、彼の足の裏にいたるまでキスをおろしていった。そして僕がこうしている間、彼は僕の魂の全てを手にしていた。それは僕の人生で最もエロティックな瞬間であり、もし後で彼に尋ねられたって、僕は演じている役割のせいに、身元を明かされることへの心配のせいに、ゾーンへの恐れのせいに出来る。そしてもちろん、彼だって同じようにすることが出来る。もしかしたら、僕と違って、彼にとっては、それは嘘じゃないのかもしれないけど。もしかしたら。

僕は前も後ろも彼の体の全面をマッサージし、最後にもう一度指をオイルに浸して、彼の頭皮をマッサージした。僕は、たとえこんなことがあるとしたって、男性の禿頭にこんな風に触れたことは一度もなかった。剥き出しの頭蓋には他のなによりももっと性的なものがあって、僕の指はこの瞬間エクスタシーに燃えていた。僕は彼の頭を優しく撫でて、まるで地形図のように思いもよらなかったでこぼこを見つける間、僕の指から電気が漏れ出すのをほとんど感じることができるほどだった。彼は眼鏡を更衣室に置いてきており、仰向けに横になった彼の顔は、僕の奉仕の下、穏やかで、落ち着いていた。僕は指を優しく彼の頬に這わせ、彼の首の脇まで撫で下ろしながら、彼を見つめ、裸の彼のこれほど近くにいることに夢中になった。僕がこんなに慣れ親しんでいる誰かを、こんななじみのない方法で見つめ、日常の自分たちを、職務を脱ぎ捨て;オフィスや、報告書や、捜査手順に、302申請、越えてはならない一線についての終わりの無い抗議を離れて。これこそは、僕が越えたいと願う一線だった。今や僕にはそれがわかった。僕は確信していた。前かがみになって、僕は彼の額に唇を押し付け、彼に優しくキスした、この新たに発見した愛情への確信を持って。

そしてそれは終わった。僕の指は動きを止め、僕はぼけっと座った状態で、初めて部屋に満ちた静けさに気付いた。顔を上げ、僕は僕らが見られているのに気付いた。僕の愛を込めたマッサージはニックの自慰と同じほどの注目を集めていた。サウンダースはうつ伏せに横たわり、魅入られたように僕を見つめていた。部屋に入ってきていたマットは、壁にもたれかかり、その顔は嫉妬にゆがんでいた。ニックは理解の表情で僕に微笑みかけていた。サブ同士、尊敬するご主人様への献身的愛情は理解し、分かち合うものなのだ。スキナーも雰囲気に気付いたらしく、ぱちっと目を開き、周囲を見回した。

「美しかった、フォックス。ありがとう」サウンダースは呟いた。「お前のマスターがなぜ時に、望まれる水準を満たさないお前の振る舞いを大目に見るのかに合点がいった。あなたは羨むべき男ですな、ミスタースキナー」彼はスキナーに向けて笑顔を見せ、向けられた本人は、咳払いして何か意味も無いことを唸った。「もちろん、この良質のディスプレイへのあなたの正当な評価を見せてくださるのでしょうな」サウンダースはそう付け加えた。

「もちろんです」スキナーは言った。彼は僕の目を見つめ、サウンダースがニックにどんな風に報いたかを思い出して、僕らは二人とも一瞬動けなくなった。僕はスキナーに公衆の面前で僕のペニスを擦って欲しくなんかなかった-考えただけで冷や汗が滲む-しかし彼はその代わりにもっと心に触れることをした。彼は上体を起こし、両足をマッサージテーブルから下ろして、僕の顔をその両手に挟んだ。それから彼は僕の額、鼻、そして最後に、そっと、僕の唇にキスした。それは性的なキスじゃなかった-僕の口に軽く触れただけの、この後の人生それを抱えて生きていけなくなるようなものじゃない、それでもやはり、僕の全身を稲妻が走り、僕の脚は震えだした。サウンダースはこの様子に満足したように見え、部屋にいる他の人間たちも同様に受け取ったようだった、そしてもう一度通常の奉仕が再開された。

マットは個人的に、この場全体の調子が許しがたいほど感傷的になったと考えたようだった。彼はサブを手招きし、彼をマッサージテーブルに投げ出すと、最も手荒で乱暴な方法でサブの中に押し入ったが、その目はその間中ずっと憎悪の表情を浮かべて僕に固定されていた。彼が頭の中で誰を思い浮かべてファックしているのかを想像するのは難しくなかった。スキナーは立ち上がり、腰の周りにタオルを巻きつけ、僕の先に立って歩き出した。僕は彼の後ろについていきながら、マットが彼の獲物を突き刺している物音から離れられることにほっとしていた。

僕らが戻った時、更衣室には他に三人のトップがいた。スキナーはブリーフとズボンを引き上げ、シャツに手を伸ばしたが、僕の方が早かった。

「ご主人様、僕にさせてください」僕は呟き、彼のためにシャツを広げて掲げ持った。それから僕はゆっくりボタンをかけ、彼のズボンのファスナーを上げて、彼のベルトを締めた。彼は微かに顔を紅潮させながらもこれに応じ、僕は再び跪いて彼が靴を履くのを助けた。すると僕が彼の靴紐を結んでいる間、彼の手は、ほとんど所在無さげに僕の髪を弄んでいた。ついに彼の支度が終わると、僕らは一言も話さずに廊下を歩いた。

僕は彼に仕え、彼を崇拝するという妄想に没入しすぎていたので、僕らの部屋の聖域に戻り、僕らの背後でドアを閉め、彼が僕を振り返ってこう言った時には腹にパンチを一発もらったような気がした;

「モルダー、この場所から脱出せねばならん。それもすぐに」

この狂気から逃げ出したくないなんていうわけじゃない、でも彼の言葉は僕らが一緒にくぐり抜けてきた経験への否定のように思えた。おそらくその気持ちは僕の顔に現れていたらしく、彼はうろうろと歩き回るのを止め、少しの間僕をじっと見つめた。

「お前は危険にさらされている」彼は唸った。「マットからも、サウンダースからも、他の奴ら全員からもだ。それに我々は、我々が入れなかったあの部屋に奴が隠しているものをなんであれ、見つけ出さねばならん。その流れのどこかで、殺人者を捕まえるのだ」

「そんなのわかってます」僕は彼にぴしゃっと言い返した。「犯人をここへ探しにくるというのはそもそも僕のアイディアですよ?」

「ああ、そして私が明確に与えたあらゆる命令に背くという、くそいまいましいアイディアもお前のものだ」彼は吐き捨てるようにいい、拳を握り締めた。

「ええ、まあ、あなたが理にかなった命令を出してくれるようにさえなれば、僕は間違いなくその命令に従うようになりますよ」僕はわめいた。

「お前がどんな命令にであろうと従うものか、それが息をし続けろという命令であったとしてもだ。それは、偶然にも、私がお前に何とか続けさせようとしていることだ」彼は怒鳴り返した。

「僕が生き続けるのにあなたの助けなんかいりませんよ;三十年以上も一人でなんとかやってきたんだ」僕は、性的緊張、性的興奮、身に感じる危険のため僕の声質が変わっているのを感じた。

「一人でだと?そうか!その通りだ!お前は、スカリーや私がお前の命に何も関わってないとでもいうのだな!」彼はそう投げて返した。

「あなたであろうと、スカリーであろうと、他の誰の事だって、僕は必要じゃない。僕はあなたが現れるまでちゃんとうまくやっていたんだ」

「鼻の折れた悪党にレイプされかけることをお前は‘うまくやっていた’というのか?」彼の口調は低く獰猛だった。

「ああ、僕はこれまでに何度もひどい目に合わされている。奴にも、あなたにも、FBIにも、秘密組織の爺たちにもね。それがあなたにどんな影響があるっていうんです?」

「私にどんな影響があるか言ってやろう!」彼は大股で僕に接近し、僕を壁に叩き付けた。「お前という奴は-常に私の注意を引こうとしている;それが私に対する影響だ。お前はいつもちょいと突いては、面白半分に人の気を引き、撫でて欲しがる猫のようにわめく。まるで思わせぶりなことをいってじらすかのようにな。最初私はそれを無視した。なぜならお前が誰も彼もの気を引こうとしているのは火を見るよりも明らかだったからだ。しかしお前は私をそのままにはさせておかなかった、違うか?お前は常にこれ見よがしに、私に何かさせようと挑戦してきた、何か、お前を捕まえさせようと、そして…」

「そして?」僕は冷たく尋ねた。荒い呼吸をつき、彼の暗く、怒りに満ちた目を見つめながら、その目の中にフラストレーションを、何かたがの外れたものを、-なにか性的なものを見て取った。現実が再びどっと流れ込み、彼は僕を放して、どさっと肘掛け椅子に身体を落とし、深く息をついた。

「なんでもない。私の言ったことは全て忘れろ。この場所が私の神経をどうかしたのだ、それだけだ。我々は精神的に奴らに巻き込まれすぎている。なにも本心から言ったことではない。無視してくれ」

「いやだ。あなたが本心から思っていることを知りたい」僕は彼の目の前まで行ってその場に立ちはだかった。彼は顔を上げ、彼の目が眼鏡の奥で光った。

「いいだろう。全て本心から言ったことだ。お前は私の注目を欲しがり、いまやお前はそれを手に入れた、モルダー。ついに。やっとのことでな。質問だが、それはお前の手に負えるのか?」彼は椅子の中で姿勢を正し、手を伸ばして僕を掴み、その大きな手を一つ僕のウエストに置いて僕を引き寄せ、どうやったのか僕を力ずくで跪かせた。それから彼は片手を僕の髪に巻きつけ、僕の頭を後ろに引いて、僕の喉元にキスした。強く。「これがお前の望むことか、モルダー?」彼は呟き、僕をもっと手にいれるため僕の頭を後ろに引いて、僕の耳たぶ、首を噛んだ。僕は、‘違う’と言おうとしながら、その場にしばらく脱力していた。彼は間違っていると言いたかった、彼の手を打ち払い、侮辱された捜査官のように振舞って、でも僕の身体は僕を裏切った。

「はい」僕は囁いた。

「知っている」彼のもう片方の手が僕の身体を荒っぽくまさぐり、僕の乳首を見つけて彼の固い指がそれを愛撫した。「私はずっと知っていた」彼は言った。

「どうして?僕は知らなかった。レニーのことがあるまで」

「ああ。あのテープは聞いた」僕の頭を無理やり反らせたまま、彼は唸った。「お前は知らなかったのだろう-行動は無意識のものだった。お前があれほどレニーに腹を立てたのも不思議はない。その類の認識はショックだろうからな」

「本当にそうでした。どうしてわかったんですか?どのくらい前から知っていたんですか?」彼が僕のバランスを崩させようと僕を後ろに押すので、僕は両手を激しくばたつかせながら尋ねた。

「何年もだ。私がお前にじっと大人しくして、例の盗聴テープの仕事をしていろと言った後で、お前がプエルトリコの天文台に逃走した時からな。最初私は、お前のことを反抗的な間抜けだと考えたが、あれはお前がお前のあらゆる探求に対処するやり方だった。しばらくはお前が誰の目を引こうとしているのか見当が付かなかった-それが私だとは想像もできなかった。お前が年がら年中、お前の尻のことばかり話し始めるまでは」

「僕の尻?」彼の指が所有権を主張しながら、僕の胸に燃える道筋をつけておりていった。

「ああ。私たちが会話をする時にはいつでも、お前は話のどこかでなんとかお前の尻についてのコメントを潜り込ませた。尻をけるだの、尻を引くだの、尻を吊るすだの、ありとあらゆる場所に尻だ。私の注目をお前の尻に向けようとしているのか、さもなければお前がお前自身の尻に不健康な執着を持っているかだ。それで、ああ、私はそれこそがお前の望むことなのだろうと推測し、お前の尻に注目し始めた」

「あなたはストレートだと思ってた」僕は囁いた。

「お前も自分のことをそう思っていただろうが」彼は僕の首を吸い、吸血鬼のように血を吸い上げた。

「僕は自分がなんなのか、もうわかりません」僕は彼の歯の下で溺死しそうだった。

「いいや、お前はわかっている、フォックス」彼は身体を引き、僕にむかってにっと笑った。野蛮な笑みだ。「お前は、お前がずっとそうだったものだ。お前がずっとそうありたいと願ったものだ」

「それはなんですか?」僕は尋ねた。

「私のものだ」彼は答えた。

僕は脱力したまましばらくその場にいた。彼をじっと見つめ、それが、僕がずっと長い間否定してきた真実だと僕の魂の中で知りながら、それに抗いたかった、必死で理解しようとした、そしてそのどちらにも失敗した。それは僕の人生の事実であり、それはいつでも僕と一緒にあった。僕はただそれをこれまで知らなかっただけだ。

「ということは、何?本当の生活はごまかしにすぎなくて、ついに、ここで、僕らは本当の僕らになったってこと?」僕の頭はこの概念をなんとか掴もうとして、諦めた。僕の全身を動き回る彼の手や唇も事態を助けるすべにはならなかった。

「私のことをここにいる悪趣味な悪党ども一緒にするなよ」彼は唸った。「私は奴らとは全く違う。だが奴らの言い分にも正しいことがある-お前はいいサブになるには反抗的すぎる。さあ、フォックス、お前はここであることをはじめたが、それを私に最後までやって欲しいのか?」

彼は立ち上がり、力ずくで僕をベッドの上に押しやり、大きな片手を僕の胸において、僕に圧し掛かりながら僕を押さえつけた。「いまならまだ止められる。こんなことは何も起こらなかった振りをすることができる。これは本当にお前の望んでいることか?」彼の目はかつてなかったほど暗く、奇妙なエネルギーのようなもので燃え立っていた。まるで彼の最後の意志の欠けらを捕まえようとしているみたいだった。そして僕は、もし僕が「いいえ」と言えば、彼は極みから引き下がり、自分の身を納めるだろうと知っていた。彼の言葉どおり、彼が再びこのことに言及することはないだろう。

「はい」僕は彼の頭を引き下げ、彼に強くキスした。

彼は再び唸り声を上げて、僕の身体に跨り、僕の両腕をベッドに押さえつけた。「お前はこれまで男とやったことはない」彼は言った。それは質問ではなかった。彼はただ知っていた。

「ありません」

「俺は手荒いぞ」彼はその点を強調するように、再び僕の両手を乱暴に降ろした。「こんな状態の時には-私は荒っぽくなる。そんな私をお前の手に負えるのか?」

「はい」僕は頷き、僕の両手を動かして彼の首に巻きつけようとしたが、彼の握力は万力のようだった。

「動くな」彼は警告した。僕は目の前の彼が同じスキナーだとは信じられなかった。彼は変身してしまったように見え、性的欲望に身体を震わせ、僕には信じられないほどその欲望に我を忘れていた。それは恐ろしかった。「お前に対しては、私は長い間自分を押さえてこなければならなかった。お前をただ私のデスクに投げ出して、お前が気付いてすらいないお前の望むものを教えてやるわけにはいかないことは理解していたからな」彼は鋭く息を吐いた。「私は私自身を抑制しなければならなかった。しかし自制を失ったときの私は違う。それはお前の予測を超えるものかもしれん。それでもお前は私を信頼できるか?」

僕はジーンズの中で僕のペニスが固くなるのを感じた。僕をこんな風に押さえつける彼には、今まで感じたことがないほど性欲を掻き立てられた。そして彼のペニスは僕の腹部に固く触れていて、それが僕にくい込んでいるのを感じることができた。

「ええ、あなたを信頼します。命をかけてあなたを信頼します。いいから僕をファックして」僕は懇願した。

「駄目だ」彼は欲望に呼吸を浅くしながら言った。

「なに?」僕は彼の腕の中で再びもがいたが、彼の力はとても強くて、彼は僕をベッドの上にドサッと戻し、僕の手首をきつく絞り上げた。

「私がこんな状態の時は駄目だ。お前が初めてだとなればなおさらだ。私は大きすぎるし、ゆっくりことを進めるにはあまりに押さえが効かなくなっている。お前を傷つけてしまう」

「だったら、僕を傷つけて!」僕は欲求不満に呻いた。「とにかく僕をたっぷりファックしてくれ!」

彼は僕をじっと見下ろし、荒い呼吸のまま、自分自身と格闘していた。それから彼はついに陥落し、激しい興奮状態に陥った。彼は僕の頭をつかんで僕の唇にキスし、噛み付いた。彼の頭が下方へと移動し、彼の歯が僕の乳首を見つけて強く噛み付き、僕がうめいて彼の獰猛な愛撫の下で身をよじると、彼の片手が僕を押さえつけた。肋骨の辺りの皮膚に与えられたひと噛みはたまらなく痛かった。彼の口は僕の肩へと登り、彼はまた前よりも強く噛んで僕は悲鳴をあげた。彼は僕を押さえつけ、彼の指は乱暴だった。

「動くな。もがくな。私をもっと煽ることになる」彼は鋭くいい、寝返りを打って彼の下から逃げようとする僕の手を彼の手が叩き払った。「服従するのだ、フォックス。服従しろ」彼からはなにか生々しくて原始的な匂いがした、彼の汗の香りは僕を圧倒し、僕をくらくらさせた。彼は僕のジーンズを掴み、引きあけて脱がし、床に投げ捨てた。彼の指は僕の膨れたペニスの上を走り、僕はうめいて彼の手の中にぐいぐい押し付けた。「イクな」彼は僕を絞り上げ、掻き、僕を喜びに喘がせながら鋭く言った。「イクなよ、誓っていうが、さもないとお前の反抗的な尻をあのキャビネットの中の鞭で引っぱたいてやるぞ」

彼の話し方、彼が僕に触れるやり方は、僕を単なる一塊の震えるゼリー菓子にしてしまった。僕はこれほどまでに興奮したことはなかった。彼の強さとその動物的性質に、僕の頭はおかしくなりそうだった。なのに彼は僕に、イクな、なんていうのか?

「あなたは頭がおかしくなったんだ」僕は唸って、再び腰を振り始めたが、彼に僕のペニスをきつくぴしゃりとやられて苦痛の声をあげた。

「いつ達していいかは私がいう」彼は僕のウエストを掴むと僕を身体ごとベッドから放り出した。「コンドームと潤滑剤を取って来い。早くしろ!」彼が吠え、僕がバスルームに駆け込み、再び飛び出してくるまで4秒とかからなかった。彼はシャツを脱ぎ、ズボンのボタンを外していた。

「僕がします」

彼のズボンの前を開ける僕の手は震えていた。彼は自分のモノを大きいと言ったが、僕は彼が興奮したときどれほど大きくなるのかを自分の目で確認したかった。プールにいた時、彼はとても小さいとはいえなかった、でも勃起状態の彼のサイズを見て僕の呼吸は止まった。

「まだ私にファックして欲しいと確かに言えるか?」彼は僕をきつく引き寄せ、彼の勃起が僕の腿に痛いほど食い込み、僕自身のモノをかすめた。彼の太さと長さをこれほど近くで感じて息をつくこともできないまま、僕は頷いた。

「あなたのしたい通りにしてください。ファックして、痛くしても僕はかまわない。あなたは前に経験があるのでしょう?男と?」僕は尋ねた、彼を再び見つけたくて、僕の穏やかで、自制心の効いた、理性的なボスを見つけたくて、彼の目を覗き込んだ、でも彼はそこにはいなかった。僕が解き放った性的な激情は手に負えない高みに達していた。たとえ今僕が彼を拒絶したとしても、彼が引き返せるとは思えなかった。彼は野生的でたがが外れた別人だったが、彼がそれを警告しなかったと文句は言えない。

「ああ。私はやったことがある。男とな。お前の知っての通り」彼は僕の背筋に沿って指を走らせ、爪で僕を引っ掻いた。「私がこうなるのは、男を相手にするときだけだ。育ちが良すぎるせいだと思うが」彼は吠えるような笑い声をたてた。「私はずっと女性を尊重しろと教えられてきた。私は女性に対しては自制することができる、しかし男となれば、事は変わる。私は手荒にもなれば、理性を失うこともできる。お前は強くて若い、お前は受け止められる。はっ、お前がこれを望んだのだ。お前が望んだ。お前が私を求めたのだ」彼は、ある種の誇りを込めて言い、僕は僕の脚に押し付けられた彼の勃起がさらに硬くなったのを感じた。

彼の唇が僕の唇に再び激しくぶつかり、僕を干上がるまで吸い上げ、僕の唇を出血させた。それから彼は僕を掴んでもっと引き寄せ、僕を彼の腕の中で虜にし、僕の頭を彼の首に押し付けて僕の喉の横に噛み付き、発情期の牡鹿のように腰を押し付けた。僕は彼の腕の中でなすすべも無く身体の力を抜いて、僕が望んだとおりに、彼が望むとおりのやり方で僕の身体を彼に欲しいままにさせた。彼は身体を引くと、僕をうつ伏せにベッドの上に投げ、彼の手が叩きつけるように僕の首の後ろに当てられて、僕をじっとさせた。それから彼の唇を背中に感じ、僕の肩甲骨を咬まれるのを感じた。さっきみたいに強く咬まれて、僕は唇から悲鳴を搾り出し、もがいた。

「じっとしていろといったはずだ」彼は鋭く言った。「動けば私は何をしでかすかわからんぞ」

僕は猫に押さえつけられたねずみを思い浮かべた。片方の前足でただねずみをそこに押さえつけ、ねずみが大人しくしているうちは、気を抜いてなにもせず、ねずみが逃げようとした途端うって変わって残忍になる。それはまさに現時点の彼と一緒で、僕はそこにひたすらじっと横になっていることにベストを尽くし、彼の猛攻撃の残忍さを受け入れた。僕のペニスは彼の強さに興奮して硬くなり、彼の舌が僕の尻を見つけた。

「ああ、これが有名な尻か」彼は呟き、僕のそこを舐め、彼の舌が僕の尻の谷間に入り込み、僕はため息をついた。僕は彼が僕の上で身体を動かして片手を僕の腿の上端に置き、もう一方の手を僕の脊柱に置いたのを感じた。

「動くなよ。動けばお前を二つにへし折るぞ」彼は一瞬動きを止め、それから僕は彼の歯が僕の片方の尻たぶを咬んだのを感じた。彼が僕を押さえつけたまま、何度も、何度も、何度も噛み付いて、僕に所有の証を刻印していく間、僕は叫び続けた。それから、やっと、彼は彼の歯を緩めて、彼がつけた咬み跡を舐め始め、僕はただその場に伏せたまますすり泣いていた。「フォックス…?」彼の手が僕の髪を梳った。「お前はまだ私について来ているか?」

「うん」僕の返事は僕がかみ締めた枕によってくぐもっていた。

「お前の言うとおりだ、フォックス。お前の尻は私の注目に値する。お前が親切にもそれを指摘してくれたことに感謝しよう」彼は、低いバスで笑い声をたて、そのとどろきは僕が今まで聞いたこともないものだった。それから彼は僕の睾丸を手に持ち、それを擦り、舐めた。

「そこには噛み付かないでくださいよ、そんなことしたら僕は死んでしまう」僕が呟くと、彼は再び笑い声をたて、僕を犬かウサギでもあるように愛撫した。

「私のモノがお前の尻に突っ込まれるまで待つのだな。その時は本当に死ぬかもしれんぞ」

彼の大きな両手は、僕のペニスや尻の内側を含め、僕の身体のあらゆる場所を同時に触れているかのようだった。僕は再び甘いオーガズムの解放を求めて腰を動かし始めたが、彼は僕にそれを許してくれなかった。

「お願い」僕は哀れをそそる様子で呻いた。

「黙っていろ」彼は、なんらかの回避できない力、なんらかの自然力であるみたいに、あらゆる場所に存在し、僕の意識を遠のかせ、僕の息をのませた。「膝をつけ」彼は僕を持ち上げ、そのまま押えた。僕はベッドに膝を付いた状態で、僕の背中は彼の胸に押し付けられ、彼の腕が僕をきつく抱きしめると彼のペニスが僕に押し付けられるのを感じた。それは濡れて、つるつるしていて、僕は彼がすでにコンドームと、潤滑剤をつけているのに気付いた。潤滑剤にぬめって冷たい彼の指が僕の中に入ってきて、寸分の違いもなく僕の前立腺を探り当て、僕を大きく喘がせた。

「こんなものより、もっと良くなる」彼は唸り、しつこく擦って、彼の指で僕を開かせようとした。「私のために身体を開くのだ。お前が受け入れなければならんのは二本の指どころではないのだぞ」彼の声はシルクのように、冷たく官能的で、僕は彼の言うとおりにし、尻を後ろに動かして、彼の手全体を飲み込もうと、僕の中にもっと彼を感じようとした。数分の目くるめくような時が過ぎ、彼の指が引き抜かれて、僕は失望のフラストレーションに呻いた。

「お前は誰のものだ?」彼は僕にそう尋ね、彼のペニスが僕の尻たぶの間に、からかうように、そして強くこすり付けられた。

「あなたです」僕は彼の指が僕のペニスに巻きつき往復運動を始めると、うめき声をあげた。

「もっと大きな声で」彼の声が、僕の耳に、僕の頭の中に響いた。

「あなただ。くそったれ。あなただ、あなただ、あなただ!」僕は、解放を求め、オーガズムを求めて叫んだ。

「達してはならん」彼は唸って、僕のコックから手を離し、僕は失望に汗を噴出し、苦悩に呻きながら身を捩った。彼の指が僕の腿に置かれ、僕をきつく押さえつけ、僕を前方に押した。片手が僕のウエストにまわり、そして、警告もなしに、彼は突然僕の中に強く押し入ってきた。こんな感じ、僕はいままでまったく味わったことがなかった。最初、彼が、僕が最初の一突きを逃げられないよう僕をその手で抱えたまま、僕の尻の括約筋を割いて彼の腿が僕にぶつかるまで侵入した時には、とんでもなく痛かった。それから彼は滑らかに腰を前に揺らし、僕を激しく突き、同時に僕のコックをもう一度掴んだ。

「くそっ…」僕は呻いた。彼は静かで、現時点での僕はめちゃくちゃになった感覚以外のなにものでもなかった。僕は僕の尻の中の彼の硬さを感じ、彼の呼吸の音を聞くことができた。彼の頭は僕の頭の隣にあり、彼の吐息は僕の首元で飢えたように暖かかった。僕は沈黙し、じっと動かず、この新しい衝撃に慣れ始め、僕の内部の彼の硬さ、大きさに親しみ始めた。それはあたかも彼を僕の中に受け入れたまま、僕らが一つに溶接されてしまったかのようだった。彼は、自身は僕の中に置いたまま、動かずに待っていた。僕らは一つになり、僕らが立てる音は僕らの呼吸音だけ、吸って吐く胸の上下だけが、僕らの唯一の動きだった。

それは嵐の前の静けさだった。なぜならそれから彼は突然唸り声をあげ、前後に腰を動かし始めたからだ。それは絶妙で、例えようもない感覚だったし-すごく痛かった、でもものすごく気持ちよかった。彼の前後の動きに伴う燃えるような痛みとともに、彼は僕の神経終末が情報の混乱に陥るまで僕のコックを擦り上げた。ある情報は僕が人生で最高の時にあると告げ、別の情報は尻が燃えるように痛いと告げ、さらには、僕が快楽のために死に掛けていると告げるものもあった。彼は荒々しく滑らかに腰を引き、それから何度も何度も付き、その度に僕のコックを強く掻いた。

「最低の、ろくでなし」僕は呻き、なんとか息をすることを思い出そうとして頭を後ろにそらし、顔の上を汗が流れ落ちるのを感じた。

「ああ」彼は笑い声を立てた。「ああ。そしてお前はそんな私のものだ。それを忘れるな」そして彼は完全に理性を失い、強く、早く、何度も何度も、僕が叫びだすまで、僕を突き刺した。僕はもう膝をついていられず、彼の大きな両手が彼の望む場所に僕を抱えておき、僕を前につんのめることから守っている力に身を任せた。彼の片腕は僕のウエストにまわり、僕を彼の胸にしっかりととどめ、もう一方の手は彼の腰の動きに合わせて僕のコックを擦っており、僕はなすすべもなく、刺し貫かれていた。僕は僕の尻の筋肉が、彼に抵抗しようと収縮するのを感じたが、彼を止めることはできなかった。彼はあまりに強く、あまりに早くて、もう手遅れだった。

「私を受け入れるのだ、ばかものが」彼はより強く、より荒々しく押し入り、自由に受け渡そうとしない僕の身体から彼が望むものを手に入れていった。そして僕は、僕の身体がその執拗な硬さを受け入れるため、開いていくのに気付いた。

彼の口が僕の首を這い回り、僕の皮膚を小刻みに咬んでいった。僕は自分が今にも爆発するのを感じ、彼もそれを感じ取った。

「イッっていい」彼は囁いた。「さあ。今だ」

それが合図のように僕は達し、かつて経験したことがないほど次から次へと発射した。それから僕は力尽き、僕のコックの衝撃は去った。

彼は手を離し、その手を僕の腹部に平らに置き、僕を彼の屹立したペニスの上に更に引き寄せ、僕の尻に彼の腿を捏ねいれた。「私はまだ達していない。まだ準備が整っていない。お前はあとどれだけこれに耐えられる。私を受け入れて置くことに耐えられるか?」彼は僕の耳元で吐息をついた。

「わからない」僕はすすり泣いた。「痛い」

「ああ」彼は、僕の前立腺をめがけるように角度をつけて腰振り、僕を喘がせた。「そして、気持ちよくもある、そうではないか?」彼は再び腰を引き、そして突き入れた。「どうだ?」彼は尋ねた。

「はい。気持ちよくもあります」僕は喘いだ。

「私のものだ」彼は僕の腰を掴んで、僕を彼にきつく引き寄せたので、彼のコックはさらに深くまで僕の中に突き入れられた。彼は余りに硬く、余りに大きくて、僕はもうわけが分からなくなっていた。存在するのはただ、僕と僕を抱き上げている彼の腕と、僕の内部で僕を奪い、僕を満たし、僕を所有する彼のコックだけだった。それから彼は狂乱状態に達し、僕の体重がまるでないみたいに僕を揺すり始め、腰を押し引きし、僕の中に深く滑り込んだかと思うと、引き出し、また押し入れるといった具合で、それが余りに早すぎて僕は息をつく暇もなかった。僕は彼が身震いし、そして彼が絶頂に支配されながら吠え、僕を再び彼の胸に強く抱きしめるのを感じた。彼の汗は僕の汗と混じりあい、彼のざらざらした頬が僕の頬に擦り付けられた。それは混じり気のない性的解放の原始的な吠え声だった。征服、所有、勝利、喜びの声だった。

僕らは長い間その場にうずくまっていた。彼は僕の身体をきつく抱えたまま、僕の首にキスし、僕に鼻を擦りつけ、彼の腕は僕の身体にきつく巻きついていた。

それから彼は僕をぼとっと落とした。彼は一言も発しないまま、僕の、痛めつけられ満足しきった身体からその身を引き抜き、バスルームへ姿を消した。僕は空っぽで、疲れ果て、完全に、そして絶対的にファックされ尽した、僕の尻の最奥から魂の底までファックされ尽した。こんな感情は初めてだった、こんなに生々しく、粗野で、完全なまでに情け容赦のないものを経験したことはなかった。僕は何かに対してこれほどまでに完璧に屈服し、かつ、逆説的だけど、こんなに安全を感じたことはなかった。それはただ正しいことだと感じながら、去っていった彼のことはしっくりしなかった。僕は彼にキスして、安心させて欲しかった。彼にとって、僕が単に、彼が処理すべき怒りや性的欲求不満や生理的欲求なんかをぶつけるための身体だけの存在だなんて感じたくなかった。彼がまるで僕の香りをそぎ落としたいみたいに身体を洗っている音が聞こえた。彼は長い間姿を隠したままで、彼が寝室に戻ってきた時、彼の顔はこわばり、感情を閉ざしていて、僕から彼自身を隠すように長いローブを身に着けていた。彼は僕から遠く離れた椅子のところへ行って腰を下ろし、僕を見ることさえしなかった。僕はまるで自分が嫌悪すべきものであるかのように感じた。

「サー?」僕は耐えられなかった。僕は喪失感と孤独を感じた。数分前、狂ったように繋がっていた間、僕は誰かのもので、何かの一部になったみたいに感じていたのに。彼は僕が近づいて彼に触れると身じろぎした。

「やめろ」彼は鋭く言った。

「どうして?くそっ、たった今あんなことをやったあとでどうして?」僕は、傷つき、尋ねた。

彼は頭を振った。「すまない。あんなことをすべきではなかった。私は自分を嫌悪する、あんな、…あんなふうに自制を失った自分を」

「でも僕があなたを求めたんだ」僕は両手で彼の顔を取り、唇にキスした。「僕は本当にあなたが欲しかったんだよ、ウォルター」

「フォックス」彼はファーストネームで呼び合う僕らに笑みを浮かべようとした。「お前を傷つけたか?すまなかった。手加減できないとわかっていながら。くそっ、私は‘ノー’と言うべきだった。こんな関係に足を踏み入れるべきではなかったのだ」

「僕がやってと言ったんだ。あれって…とんでも無く良かった」僕は重々しく息を吐き出した。

「しかし私はお前を傷つけた」彼は惨めな様子で言った。「お前を傷つけたいなどと思ったこともないのだ。私が自制を失わなければ、もっと優しくできたかもしれない。お前はもっと行為を楽しめただろう」

「ウォルター、信じて、あれ以上に楽しむことなんてできなかったよ」僕は頭を振った。「僕はあなたの自制を失わせたかったのかもしれない。僕はあんな風に奪われて、所有されたかった、あんなやり方でね。荒っぽく、手加減なしで。剥き出しの欲望と、完全な自暴自棄。すごく刺激的だった」僕は肩をすくめ、顔をしかめた。咬み傷はいまや僕の痛みの限界域で、みみず腫れと場所争いをしていた。

「まったく」彼は両腕を僕にまわし、僕の髪にキスして、そこに顔を埋めた。「まったく、これで事態はなお悪くなった」

「どうして?」僕は、彼を立たせてベッドへと連れ戻しながら尋ねた。僕は彼を押し倒して、彼に抱きつき、彼と正面から顔を合わせてその目を覗き込んだ。

「なぜなら今や私は、本当の意味で奴らがお前に触れることに我慢できなくなったからだ。こうなる前ですら、考えたくないことだったのに、いまお前は私のものになった、真の意味で私のものになったのだ。演技ではなく。これからはなお一層気を引き締めて、自らを律せねばならない」

「まあ、セルフコントロールにかけては、あなたは得意じゃないですか。僕と違って」僕は笑った。

彼はにやりと笑った。「ああ。お前の得意とはいえないな。私が幾分でもお前に叩き込んでやらない限りはな」彼は僕を腕の中にきつく抱き込み、彼の筋肉が僕の肉に強く押し付けられた。

「僕はあなたのものです、マスター」僕はからかった。「あなたが僕にしたいと思うことはなんだってしてください」

「私がそうしないなどと思うなよ」彼は唸り、僕に優しくキスした。「私がそんなことをしないなどとは思わないことだ、フォックス」

彼は眠りに落ちた。僕は話したかったけど、彼はただ僕に腕を巻きつけ、大きな太ももを僕の脚の上に投げかけ、あっという間に眠ってしまった。彼は重たかった、でも僕は彼を押しのけたいとは思わなかった-僕は彼のこんな近くにいることに慣れ始めたところだ。僕はリラックスし、彼の匂いを嗅ぎ、彼が僕を抱えて、僕の耳に「私のものだ」と囁き、僕を所有したあの時を再体験していた。僕はずっと自由に生きてきた。僕は縛り付けられるのが大嫌いだ。これまで誰かのものになることを欲するようになるなんて思いもしなかった。こんなのおかしいし、そんなの本当じゃないと信じたいところだけど、彼は僕の身体に反論できない証拠を残し、僕の記憶に焼き付けた。

僕はこの奇妙な事態の変化を論理的に説明しようとしたが、それは難しかった。この事態には、論理的なところなどなにもないのだ。僕はフォックス・モルダー、FBI一の鼻つまみで、僕の隣で寝ている男性の悩みの種だ。彼のもとに配属された瞬間から彼の手を焼かせてきた。僕の捜査の手段は余りに異端で、僕が選ぶ事件は彼を失望させてきたし、彼は僕の報告書を承認するのを嫌がった。僕は彼をあまりにぎりぎりまで、そしてあまりに頻繁に追い詰めてきたが、僕の中の心理学者は、それが注目を求めての叫びだと、彼に無理やり僕をコントロールさせようと、僕の相手をさせようと-肉体的に僕と近づきにさせようとしたやり方なのだと見て取ることができた。彼がさっきあれほど怒ったのも不思議はない。五年の間自らを律し、五年の間、僕が偏執性妄想に取り付かれる度、冷静に、僕を抑止してきたのだ。五年の間僕の身を守り、僕の尻拭いをし、彼の気を引こうと踊りまわる僕を見てきたのだ。そして五年の間、この僕はその彼の自制を失わせようと望み、そのことに気付きもしなかった。彼に何かを、何でも、させるため刺激して、僕が何者なのかを僕に思い知らせ、僕が欲するものを僕に与えさせようと望み続けてきた。彼が僕のことを思わせぶりなことをいってじらしていると考えたとしても、何の不思議もない。

今回のことがこんな状況下で陥った事故だとは思わない、これは僕が無意識にスキナーに向け、助けを求めた叫びだった。陰謀組織のせいで水道水に混入された薬剤によって僕が幻覚状態に陥ったとき、僕が殴りかかったのは、スカリーでもなく、ローンガンマンの誰かでもなく、僕のそばを通り過ぎる度にイライラさせ、「変人」と陰口をたたくFBIのスーツをきたむかつく奴らの誰かですらなく、彼だった。そう、彼だった。僕はあの時も、その後の何度もの機会にも彼に救って欲しかったんだ。僕の頭がおかしくなったと思い、化け物を見て、銃を抜いたときも、-彼はそこにいた。彼こそが、僕をすくって欲しいと願い、僕を再び正気に戻して欲しいと願う人だった。そしてもちろん僕だって彼の身を守りたいと思ってきた、それについて彼から感謝してもらったことはないけどね、感謝の念を持たないろくでなしだよ。

僕はレッテルを貼られるのは我慢できない。それがどんなレッテルだって好きじゃない、でも僕は特にホモとか、ゲイとか、バイなんてレッテルにさえ手を焼いてるんだ。ああ、全く、ゲイのレッテルよりも考えたくないものがあるとしたら、それはサブのレッテルだ…僕の魂のいたるところに押された「ウォルター・セルゲイ・スキナーの所有物」というスタンプ。それからうまく逃れる逃げ道などないことも分かっている。僕はただそれを理解したんだ。今僕の目は開き、それを二度と閉じようとは思わないし、彼も同じように思ってくれていることを心から願った。こうした全ての混乱のいずれかの時点で、僕は眠りに落ちた。

* * *

僕が目を覚ましたとき、彼は既にシャワーと着替えを済ませていて、彼はサウンダースが提供した服を着ていた。それは彼が日常生活では絶対に着ない服だった-黒のズボンに黒の木綿のシャツ、襟が開いていて、ネクタイはなし。彼は違って見えた;呆然とするほど魅力的で、悪魔のように威圧的で、彼の足元にいる下位の存在から無条件に敬愛の念を喚起する。

「起きたのか」彼は僕に視線を投げた。「考えていたのだが」

「僕もです」僕は呟いたが、彼が考えていたのは何か完全に別のことだということが判明した。

「この場所がいかに狂っていようが、我々が探す殺人者が誰であるかを明らかにするようなことは、今のところなにもない。この施設内で犯罪が行われた証拠は何も手に入れていない-ゾーンにいた男についての暴行罪を検挙できないとは思わんが。それでも、牡牛との戦いを描いた壁画、死体に刻まれた牡牛のシンボルの存在、そして明白なカルト信者とこの共同体の儀式的事物をみれば、我々の探す殺人者がここのどこかにいることは充分にあきらかだと私には思える。おそらくは、サウンダースが殺人を指示したのだろう。ここには他にも大勢容疑者がいるのはほぼ確実だ、例えばマットだな。奴は殺人の実行に対してサウンダースに共謀し、彼の命令を実行した。我々は、どう低く見積もっても、ミトラサークルのメンバー全員が、これらの犯罪隠匿の助長および幇助の点で有罪であるという可能性に直面せねばならない。我々は奴らについてもっと探り出さねばならん。我々の操作チームが我々を尾行できなかったとしても、彼らは確実に我々を探し出すべく努力をしているはずだ。彼らはサウンダースを知っている、ということは、彼らはそのことのみにおいても、いくつかいい手がかりを得ることができるだろう」

彼は、ポイントを上げながら指を空中に突き刺していた、彼の意識は完全に彼の話に集中していた。

「我々はただじっとして、この件について探れるだけ探り、救援を待つだけでいいのかもしれん。我々は監視されており、我々がいるべきでない場所で見つかった場合のペナルティは…想像を絶する、とにかく我々としては目と耳を働かせ、手遅れになるほど待たなくていいことを願うより他に選択の余地があるとは思わない。何か質問は?」彼は期待を込めて僕を見つめた。

「ひとつだけ。次はいつセックスする?」僕はそう尋ねた、なぜなら僕の頭にあるのは正直言ってそれだけだったからだ。

彼は一瞬動きを止め、僕を冷たく見つめた。

「ここへ来なさい」彼はついに言った。僕は彼の声の調子に身体を震わせ、足早に彼の言いつけに従い、ろくに考えもせずに彼の足元に裸で跪いた。

「お前が対処できる好きなだけセックスしてやろう」彼は唸り、僕の目を見つめながら僕の肩をその手でこねた。「ただそれによって、お前自身を生かしておくために必要なお前の判断力や能力の妨げになるようでは困る。ここではお前にもお前の仕事をしてもらわねばならんのだ、モルダー。お前がこの事件を解決するために努力すべきときに、性的妄想に浸っているなどは、最も私の癪に障ることだ。お前の性生活を、繰り返すぞ、お前の仕事の妨げにするな。わかったか?」

「それは簡単なことじゃないな」僕が呟くと、僕の首根っこを掴む彼の指に力が入った。彼の目は火を噴きそうにいらついていた。

「なあ、私は五年もの間自己を律する鍛錬をしてきたのだ、だからお前にも五分間くらいはできるだろうと考えている」彼は言った。「仕事-遊び。二つは別物だ。そこをごちゃ混ぜにしたら、お前を大いに後悔させてやるぞ。すでに手袋は投げられたのだぞ、フォックス」彼はそう付け加えた。「私は我々の仕事上の関係のためプロとして振舞わねばならなかった。まったくもって-私が自制を失い、お前が望むように、いや、お前が渇望するようにお前を扱えばどうなるか、ずっとわかっていた。そうすることで私はセクハラの訴えで局を放り出されることになるだろうとな。しかし、今や、事態は変わった。私の我慢にも限度があるということだ。ああ、ふくれるな-そんなことをしても私には効かん。立て、身体を洗って、身支度しろ。我々にはやるべき仕事がある」

「じゃあ-もうセックスはなし?」僕は尋ね、彼は唸り、ふざけて僕をバスルームの方向に叩き払った。案の定だ。僕がなにか好きなものを見つけると、誰かがそれを自分の基準で、小出しにしか僕にくれなくなるってこと。典型的だよ。

シャワーは汗と血とセックスの匂いを洗い流したが、粗野で荒々しい交接の記憶までは洗い流せなかった。何ものもそれを僕の頭から消すことはできない。僕は胸元と肋骨に咬み跡を見つけ、それを指でなぞり、どうやってその跡がついたかを思い出した。僕の指は注意深く僕の尻についた咬み跡を探り、それはあまりに深かったので僕はそれを見なくても歯型と輪郭の詳細を思い描くことができた。そして僕は抱え込まれ、彼の歯で跡をつけられた感覚を思い出して勃起してくるのを感じた。いやだなー、またかよ。僕は水温を生ぬるくなるまで下げたが(凍るような冷たさには直面できなかった)、僕の勃起を静めるにはいたらず、僕は再び自分で抜かなければならなかった。一日の内に三度目だ。彼はセックスに仕事の邪魔をさせるなとか何とかいってたっけ?僕は彼ほどの意志の力を持てるか自信がない。

もう遅い時間だ-僕らは昼食を逃したらしいが、夕食はメインホールで出される。サウンダースは僕らが入っていくと僕らに視線を投げ、驚いて二度見し、僕らをより熱を込めて眺めた。僕は彼の目が賞賛するように、ほとんどみだらに、僕の体の咬み跡や僕の傷ついた唇をなぞっていくのを見て取ることができた。彼が僕を見る様子に僕自身ばかげた誇りさえ感じた。僕はスキナーが僕に刻印したという事実、僕らの激しい性的狂乱の目に見える証拠が僕の身に残ったこと、彼が奴ら全員に見えるように、僕らの関係を明確かつシンプルに見せ付けたという事実を気に入った。一方で、スキナーもサウンダースが見ていることに気付き、背筋を伸ばし、無意識に両腕を動かし、僕の肩を掴んだ。

「さあ、給仕しろ」彼はにやりと笑い、僕は食事を取りにいくためニックや他の奴隷たちに加わろうと走り出した。僕らはこうした役割に大分なじんできた、僕ら二人ともだ。マットは僕らが行動を差し控えていると言ったのは正しかった、でももうそんなことはない。

彼の食事を運び、彼のグラスがちゃんと満たされているかに目を配り、従順に彼の椅子の隣に跪いて、食べさせてもらうのを待った。これはもし僕らが家に帰り着いた場合にまで続けたい関係というわけではなかったが(信じてくれ、絶対違う!)、もし僕らが実際に‘関係’を持ったとして、だけどさ、もうそんなに屈辱的には感じなかった。

「アルコールを控えられているようでよかった、ミスタースキナー」サウンダースは滑らかにコメントした。「後ほどのためにも頭をはっきりさせておく必要がありますからな」

「なぜです。この後何があるのです?」スキナーは尋ねた。

「午後11時。アリーナで-床に砂を敷き詰めた大きな部屋を覚えておいででしょう?」サウンダースは言った。「フォックスを連れてきてください。今日のマッサージルームでの彼の小さな振る舞いを見た後で、彼はかなりの興味を引いておりましてね」

「前にも言ったが、誰もこれに触れさせはしません」彼は僕の頭に手を置き、優しく僕の髪を梳いた。

「それなら、あなたはそのことを確実にしなければなりません、そうでしょう?」サウンダースは僕の方へと視線を投げ、もう一度、僕の体に付いた咬み跡を-特に僕の乳首の上についたやつをなぞるように見た。

夕食後、書斎でコーヒーが出された。

「気をつけろよ」トップの後について歩きながら、ニックは僕に囁いた。「ご主人様たちは、夕食後、僕らを使って楽しむのが好きなんだ。そんな風に使われたくないと思うなら、失敗しないように気をつけるんだ」

「ありがとう」僕は、警告に感謝して頷いた。スキナーは豪華な肘掛け椅子に腰を下ろし、僕はすかさず彼の傍の床に座り、今晩中動かないと決心した。誰にも僕に手出しをする理由を与えるもんか。

「グレイ、今晩の担当は君だったと思うが」サウンダースは、鞭打ち柱に向かって頷いてみせ、薄くなった黒髪で痩せて筋っぽいグレイは微笑み、キャビネットの隣に位置を占めた。彼はキャビネットを開き、限りない鞭の数々をあらわにした。

「何かお仕置きの予定があるかな?」サウンダースは尋ねた。

「ああ。ブラッドが着替えの手伝いにとろとろしてな」マットは、巨大な樫のテーブルに脚を挙げて座っている。サウンダースはつかの間マットに冷たい視線を向け、僕は彼らの間の緊張を感じ取った。それがなんなのかを指摘するのは難しかったが、僕は、サウンダースがマットを嫌悪していることに気付いており、それはスキナーがマットを嫌っているのと同じ理由ではないかと思っていた。サウンダースは洗練され、文化的であることを見せつけている。彼が残酷かつ無慈悲であることにも疑いはなかったが、これまでのところ、彼が残忍な行動にふけっているところは目にしていない-マットと違って。僕はサウンダースがかなり違ったタイプのサディスト学校出身だという感じを持っていた。それは価値判断などではない、僕はどちらの悪党も大嫌いだ。事実、その上品な上っ面の分、ある意味サウンダースの方にもっと恐怖を感じる。少なくともマットの残忍性は、見た目に明らかで、あからさまだ;奴との位置関係はわかりやすい。

「大変よろしい」サウンダースは頷いた。「ニック-行って、ブラッドを探してきなさい。お仕置きのため、彼をここに連れてくるのだ」

ニックは走り去り、数分後、彼は哀れなブラッドと一緒に戻ってきた。僕は、ブラッドが震え、恐れを表しているのを目にして驚いた。僕にはこの場の動機付けがはっきりしない;ここの人間って、こういうことを楽しむものなんじゃないのか?これって‘やらせ’ってこと?ブラッドはみせかけの恐れを楽しんでいるのか、それとも心から怖がっているのか?ブラッドはサウンダースの前に跪き、頭をたれた。

「不満があがっている」サウンダースはそういって、コーヒーをかき混ぜた。「今日のお前の仕え方についてな。お前に何か言い分があるか?」

「いいえ、ご主人様」ブラッドは顔を上げ、その目に本物の恐れを浮かべてマットの方を見た。

「大変よろしい。十回、でいいだろう。罪はそう大したものではない」サウンダースは手を振り、ブラッドはほっとした様子をみせた。彼の目にちらりと期待の光が浮かんだので、僕は彼が全く心配なんかしていないのだと思った。グレイは彼を手招きして、仕草で服を脱ぐように伝え、それから彼の手首のそれぞれに手錠をはめて、彼を柱に縛りつけた。

僕はスキナーの膝の脇に顔を埋め、見るのを拒否した。ブラッドがこれを楽しんでいるのか、いないのかは分からないが、僕が確実に楽しめないのは分かっていた。ああ、僕を腰抜けと呼んでくれていい、でも僕はこんなことが死ぬほど怖いんだ。クリプトンでこんな感じのたわごとを目にするのはそれほど悪くなかったけど、ここでの脅威は絶対的で本物だった。そして僕はこの脅威がどれほど先まで、どれほど酷くまでいく可能性があるのか想像もできないのだ。スキナーは僕の頭に片手を置き、僕の髪を平らにし、僕の頭と首をしっかりと、そして優しく愛撫してくれた。僕の目の端で、僕はサウンダースが興味をそそられたような、楽しむような表情を浮かべて僕を見ているのに気付いていた。ブラッドは一鞭毎に悲鳴をあげ、僕はその一撃一撃に合わせて身体がひるむのを感じた。スキナーの手は僕の頭から決して離れなかった。

ついに、全てが終わり、ブラッドは柱から降ろされることを許された。僕は彼の背中と尻の鞭の跡を頭がボーっとするような恐怖を持って見つめていたが、彼がこのイベント全体によって興奮していたことにも気付かないわけにはいかなかった。

「お前は、誰かがお前を使いたいと望まないかぎり、奴隷小屋に戻っていい、ブラッド」サウンダースは問いかけるように部屋を見回し、一人のトップが前に進み出ると、ブラッドに身振りして、彼を部屋の反対側に行かせた。僕は見ないようにした。僕はその代わり、サウンダースにコーヒーのお代わりを運んできたニックに気を取られた。彼が部屋を横切っていくとマットが片足をのばしてニックを躓かせた。ニックはつんのめって飛び、コーヒーがサウンダースの靴にかかってしまった。彼は小さく叫び、不機嫌に周囲を見回した。マットは椅子にそっくり返り、邪悪な笑みを浮かべている。

「おべんちゃら小僧がへまをしでかしたようだな」彼はそうコメントした。ニックの顔が苦悩にゆがんだ。彼はトレイから布を掴み、サウンダースの靴からコーヒーを拭き取った。

「すみません、ご主人様」彼は呟き、僕は彼の目に本物の涙が浮かんでいるのを見て驚いた。サウンダースとニックの間の力関係は理解しにくいものだったが、それは罰よりも奉仕に基づくものだと思っていた。僕はサウンダースが自らの力を彼の奴隷に振るうことを楽しんでいるのを、そして二人の関係が恐れやセクシャルな役割演技よりも、愛から派生しているのを、そしてもちろんニックが従属することを大いに楽しんでいるのを感じ取っていた。彼は心底からサウンダースに奉仕したいと望み、どんな理由であれ自分のご主人様を自分に対して怒らせたいなどとは望んでいない。

ニックの体にはなんの跡もついていない-サウンダースがニックに罰を与える必要性はほとんどないのだろう。サウンダースはこのハプニングに一役買っているのが何者であるのかを承知していて、再び冷たい視線をマットに投げたが、プレイ中には僕の知らない何らかのルールがあるに違いなく、ニックに罰を与えたいと思っていないのは明らかなのにも関わらず、彼がいずれにしても罰を与えることになるのだということを僕は知っていた。

「ニック」サウンダースは優しく言った。「キャビネットに行って、道具を持ってきて欲しい。どれでもお前の好きなものでいい」

ニックは頷き、息も絶え絶えに唾を飲み込み、そしてマットが満面に浮かべた笑みは誰も見逃しようがなかった。僕が彼をじっと見つめているのに気付くと、その笑いはいやらしい流し目に変わった。立ち上がってここを出て行くとか、大声を上げて、ここにいる奴らにお前らはなんて忌々しい精神病質者なんだと言ってやりたい衝動に抵抗するのは大変だった。僕が背筋を伸ばし、今にもこの馬鹿げた組織に特有の不条理を指摘しかけた時、スキナーの指が警告するように僕の首に食い込んだ。僕が彼に視線を向けると彼はほとんど感知できない程度に首を振った。彼も一連の出来事をみてたんじゃないの?立ち上がって;「おい、一杯のコーヒーがこぼれた。大したことじゃないだろ!」って言ってやりたいと思わないの?きっと彼はそう思っているんだ。彼の指が僕の気を逸らせようと、僕を落ち着かせようと、しきりに僕の首を擦った。

ニックが革ひもを選び、サウンダースの椅子のところに戻ってくるのを、部屋全体が興味深く見守っていた。彼はジーンズのボタンを開けて脱ぎ、もう一度跪くと、革ひもを口にくわえてサウンダースに差し出し、サウンダースはそれを受け取り自分の膝を示した。ニックが彼のご主人様の膝の上に自分の身を配置すると、そのあまりに馬鹿げた眺めに思わず笑みを浮かべずにはいられなかった!まったく、大声で笑いたかったが、僕のにやにやはすぐに消えた。

お仕置きするつもりもない人間にしては、サウンダースが充分に鋭い一撃を繰り出しているのは明らかで、ニックは、あっという間に涙を浮かべ、押し殺したようなすすり泣きをもらし続けた。ひょっとしたら僕が間違っているのかもしれない、もしかしたら彼らは二人とも楽しんでいるのかも。もしかしたら、ちょっとした気分転換を作り出したり、大量のお仕置きの理由を考え付いたりする点で、マットはこの共同体の貴重なメンバーなのかもしれない。ひょっとしたら僕はこのこと全体の要点が分かっていないのかも-彼らはみんな多分あの悪党に感謝してるんだ。ああ、まったく、僕の知ったことか。僕はそんなルールなんて理解できないし、僕らは奴らに翻弄されるままなすすべもない感じを味わっている。僕はただ家に帰りたかった。僕か彼のアパートでスキナーと二人きりになって、彼の両手を僕の体に感じ、もう一度僕を愛して欲しかった。この新しい関係をもっと命の危険をおぼえない場所で探求したかった。

鞭打ちは永遠に続くように思え、僕は顔を背けたかったが、なぜか恐ろしいながらも魅了されたようになって、僕は目を離すことができなくなった。いまやニックの尻は赤黒いみみず腫れに覆われ、この鞭打ちの最中にスキナーが突然立ち上がって咳払いするまで僕は自分ががたがた震えていることにも気付かなかった。

「失礼する」彼は呟いた。彼は僕の肩を掴んで僕の震えを止め、僕に付いてくるように身振りし、僕は喜んでそれに従った。

サウンダースは鞭打ちの途中で手を止め、僕らを見た。「あと一時間あります、ミスタースキナー」彼は言った。「午後11時にアリーナにいていただくこと、それは任意ではありませんぞ」

「そうなのでしょうな。私もそれは察していました」スキナーは頷いた。「必ず行きます、しかしそれまでは、あなた方に異議がなければ、私は休息したい」

「もちろんです」サウンダースは呟いたが、彼の目には何か訳知り顔に楽しんでいるような光が浮かんでいた。彼は僕らがこの夕べの活動に興奮して、僕たちバージョンの活動を上演するために僕らの部屋に戻るつもりだと考えているのだと、僕は気付いた。そんなのは事実とまったくかけ離れている。僕の新しく芽生えた飽くことを知らない欲望すら、今晩目にしたイベントの前に力を失ってしまっていた。

「ありがとうございます」僕らが安全な僕らの部屋にたどり着くと、僕はスキナーに囁いた。

「いいのだ。私もああいったものは好きじゃない」彼は黙り込み、沈んだ様子で、一つため息をつくとベッドに腰を下ろした。僕は彼の隣に行って座り、僕らはむっつりと床を見つめた。それから彼は僕の顔を彼に向け無限の優しさを込めて柔らかくキスした。「私は奴らとは違う」彼は、息詰まるような声で呟いた。

「ねえ、大丈夫です」僕は彼が心底惨めさを味わっているのを感じ取った。「僕だって奴らとは違いますよ、あなたが気付いていないといけないからいいますけど。ニックやブラッドや他のどんな‘奴隷たち’とも違う」

「ああ、ありがたいことだ」彼は笑顔を見せた。「ああいつも媚びへつらわれたらたまらない。それに私はずっと‘イエスマン’というやつが嫌いだった。私は、自分の意思を持った人間が好きで、興味を引かれてきた、それに現実を認めようじゃないか、お前という奴はどうしようもないほど自分の意思というやつを持っている」

「ええ、そうです。それについては誰にも議論の余地はありません」僕は、二人でずっとこの部屋にとどまり、二度とあんな狂気に対面せずにすめばいいのにと思ったが、そうはいかないことも承知していた。「あなたは-アリーナで何が起こるか心配ですか?」僕は彼に尋ねた。

「いいや。気にかかるといえば、そうかもしれんが。しかしアインシュタインほどの脳みそがなくても、今晩私を待ち受けていることの想像はつく」

「そうですね。ねえ、頼むからFBI恒例の護身術の再教育講習に定期的に参加しているって言ってください」

「ああ」彼は笑った。「とはいえ、率直に言って、今晩については防御よりも攻撃的戦略の方が役に立ちそうだ」

「奴らは汚い戦い方をしてくると思いますか?」

「賭けてもいい。だがそれは問題ではない」彼は肩を竦めた。「私も汚い戦い方はできる」

「それを疑うつもりは微塵もありません。あなたは僕の情報提供者-Xと取っ組み合いをして、勝ったって、スカリーが話してくれました。さすがだと思いましたよ。僕は以前彼に殴りかかって、やらなきゃ良かったと思いました。彼はまさに意地悪な悪党なんですから」

「あの時、私が必要とした情報には…それを得なければならない動機があった」彼は優しく微笑んで、僕の顔に触れた。「だがその動機も今晩のものほど切羽詰ったものではない。心配するな、フォックス。奴らの指の一本すら、お前に触れさせはしない」

僕は頭を振った。「僕だって戦えます」

「この悪党どもに対しては無理だ」彼はうんざりして言った。「どうやってこんなことに足を突っ込むはめになったかをまた蒸し返したいのか?」

僕は、もう一度謝罪もしくは異議の言葉を連ねようと口を開き、彼を見上げたが、彼はただにっと笑顔を浮かべて僕を見下ろしていた。彼は僕を捕まえ、ベッドに引き倒した。僕は彼の胸に頭を乗せ、彼は僕の背中を撫で、僕らは黙ったまま、その後の三十分その場に横になって、平和と、一緒にいることの心地よさをかみしめていた。ついに僕は彼が僕の肩越しに腕時計を眺めるのを感じ、彼は僕の体を離して起き上がった。

「もう一度、ライオンの檻に入るか」彼は、猫のような伸びをしながら呟いた。

「僕のヒーロー」僕はずるがしこく笑って、彼の唇に強くキスした。「あなたが何を賭けて戦うのか、よくよく覚えておいてくださいね」呼吸のため唇を離した時、僕は彼に告げた。

「忘れるものか。信用していい。まったくもって、もっと酷い状況だってありえたのだからな」彼の唇は皮肉っぽい楽しみにゆがんだ。

「どうやったらそんなことがありえます?」僕はこれ以上に酷い状況をなんとか考えようとした。

「そうだな、もし我々が、あー、この午後新しい理解に達していなかったとしたら、私は強奪品を楽しむ望みもなしに、こんな戦いをするはめになっていた」彼は、完全に無表情のまま、僕の目をまっすぐに見た。

「強奪品?」僕はふくれた。

彼は指を一本僕の唇に置き、にやりと笑った。「お前はレニーに似てきたぞ!」そう言った途端、彼はドアに向かって走り、激怒した彼の所有物が退却する彼の背中に向かって投げた枕からうまく逃げた。

* * *

アリーナは本物の炎をともした松明で照らされており、その灯りは凶暴な古代ローマの戦いの場のような輝きを放っていた。全てのサブがここにいて、かなりの人ごみを形成していた。僕が数えた限りでは30人で、トップの数の二倍だ。彼らは輪になって立っており、ちらちらする松明で不気味に照らされていた。その輪の一番奥に不吉な木製の柱が深く砂に埋まっていた。サウンダースはのんびりと僕らの方へ歩いてきて、彼特有の人を見下したような、ぞっとする笑顔を僕に向けた。

「フォックス-ニックのところに行きなさい」彼は命令した。僕はためらい、チラッとスキナーを見た-サウンダースはその仕草を見逃さず、その顔にはちらりの不快の色が走った。スキナーは頷いて見せた。僕はニックが部屋の一番奥にいるのをみつけ、彼の隣にいって立った。

「大丈夫かい?」僕はつぶやいた。

「なにが?」彼は困惑して僕に視線を向け、僕は彼の尻の方向になんとなく僕の頭を向けた。「ああ、あのこと。うん、僕が一番元気だった頃はずっと酷いことがあったよ」彼はにっと笑った。「君だって絶対そうだろ?君のご主人様っておふざけは許さない感じだから」

「彼は僕を叩いたりしない」僕はそっと言った。

「えっ、一度も?」ニックは驚いたようだった。

「うん」芝居なんかくそくらえだ。僕は少しでもこの場所に正気を注入したかった。

「だったら、いつか彼に頼んだほうがいいよ」ニックは笑顔を見せた。「鞭の痛みって強烈に気持ちよくもなるんだ。頭がどうかしちゃうくらい」

「君の言うことを信じるよ。さっきの君はそんなに気持ちのいい時を過ごしているようには見えなかったけどね」僕はコメントした。

「確かに」ニックはため息をついた。「でも君が知らないのに、どうやったら違いを説明できる?フォックス」彼は心底当惑した様子で僕をじっと見た。「アーロンがしたいと思うことは何でも僕にすることができる、彼が望む時にはいつでもだ。彼はその権利を獲得したんだ。彼がそうしたいと望むなら、僕は世界最悪の鞭打ちにだって自分の身を差し出すつもりだ。彼に対する僕の奉仕を象徴するのはそういうことだ-僕がそれを楽しむ必要なんてないし、そんなの問題じゃない。前に、初期の頃、彼はすごくきつく、すごく長時間僕を鞭打ちしたことがあって、僕は死ぬかと思った、でもそれって僕に、僕が誰のものなのかをわからせるための彼のやり方だっていうだけのことなんだ。僕はその頃あまり従順じゃなかった-僕は彼に思わせぶりな態度をとって、彼を嫉妬させようとしていたんだ。僕は二度とそんなことをしようとは思わない、それは信じて欲しい。でも」彼は言葉を切り、夢見るような表情を浮かべた。「二人きりの時、彼が快楽を高めるために鞭を振るう時がある。彼は僕の意識がどんな風に働くか、僕をどうやってその気にさせるかを熟知しているんだ。そんな時は、この世に比べるものなんかまるでない、フォックス」

「マットのことはどうなんだい?」僕は、この魅惑的だが、僕には理解しがたい会話から気をそらすものを探して、そう尋ねた。僕は僕の敵を探してアリーナを見回した。「今晩、奴は君をはめた。奴についてはどう感じるの?」

ニックは、あきらかにどう回答すべきかを決めかねてためらった。「マットは僕らで楽しむのが好きなんだ」彼は落ち着いた口調で、最後にそう答えた。

「奴は最悪の悪党だよ」僕は、彼の中立性に共謀する理由はみつけられず、そう返した。

「彼はかなり厳しいよね」ニックは同意した。「でもここには彼のことが好きでたまらないサブも一人か二人はいる。粗野な喜びとか、痛みのぎりぎりの限界とかが好きな人間もいるんだ」

「アーロンはどうなんだい?」僕は尋ねた。「彼はマットのことをどう思ってる?」

ニックは再びためらい、考え込むように唇を噛んだ。

「マットはこれまで二回アーロンにチャレンジしてる」彼は僕に言った。「僕が欲しいわけじゃなくて、アーロンの強さを脅威に感じてるからだけど」

「で、誰が勝ったの?」僕はこの話題を奇妙というしかないと感じながら尋ねた。

「アーロンだよ、もちろん」ニックはちょっと得意そうに肩を竦めた。「どんなチャレンジでも今まで彼を打ち負かした人間はいない。それにマットはどっちみち大したファイターじゃないしね。随分威張りちらすタイプだけど、ちゃんとした戦略家じゃないんだ。彼が勝てない唯一の男がアーロンだっていうことにも彼はむかついてる」

サウンダースがアリーナの中央に進み出ると、僕らはこの奇妙な会話から気をそらされた。彼は両手を上げて、室内に沈黙をもたらした。

「新規のプレイヤーがおります」サウンダースはスキナーを前に手招いた。「ご存知の通り、ミスタースキナーと彼の奴隷、フォックスです」ニックに軽く突つかれて一歩前へ出ると、僕は参列者から凝視されているのに気付いた。「ミスタースキナーのために、ルールをおさらいしよう」彼は振り返り、狡猾そうな笑顔で僕のボスを見た。「ルールなどない!」彼は高らかに笑い、笑いの波が部屋中を駆け巡ったが、その笑い声には不気味な、何かを期待する飢えのようなものがあった。

僕に向けられた-捕食動物のような、そして好色な幾つかの視線に僕は困惑した。ちらちらする炎は、その場の雰囲気にさらなる脅威を与えていて、僕は集団性の狂気がアリーナに満ちているのを感じた。普通の行動ルールは適用されない;僕はいまや、熱く湿ったジャングルの中に打ち捨てられた下水管の中にねずみと一緒にいた、まるで生け贄になった気分だ。

「アリーナは一時間開かれる」サウンダースはショーに出ている人間のように腕を振りながら言った。「各戦いは一人または別の戦闘員が降参するまで続けられる。望むものは誰でもチャレンジさせる」

彼は僕に向かってにやりと笑い、僕は周囲を見回して、影の中にマットの姿を見つけ、息を止めたが、彼は動かなかった。

「私がチャレンジする」

痩せて筋張った男がアリーナの中に歩いてきて、僕は止めていた息を吐き出した。挑戦者はスキナーより少なくとも5インチは背が低く、彼ほどの体格もない。彼に勝ち目はない。

「誰にチャレンジするのかね?」サウンダースは尋ねた。

「スキナーだ」驚いた、驚いた。

「誰でもチャレンジできるの?」僕はニックに尋ねた。「つまり、スキナーだけが戦わなくちゃならないわけじゃないよね?」

「違うよ」ニックは囁いた。「でも正直いって、フォックス、君は自分でかなり注目を集めて、興味を引いてしまったからね。スキナーにはかなりのチャレンジが集まるんじゃないかな。それにもちろん今晩は始まりに過ぎない。明日の晩もアリーナでのセッションが予定されているし」

「何人くらい…」僕はそういい始めたが、僕を前にくるよう手招きするサウンダースによって遮られた。もう一人のサブもまたアリーナに入った。僕はサウンダースが立っているところまで歩いていった。

「行って、お前のマスターの準備を手伝いなさい」彼はそう命令し、僕はもう一人のサブが彼のご主人様のシャツを脱がせ、なにかオイルのようなものを彼にすり込んでいるのに気付いた。

「このオイルは何のためですか?」僕は、もう一人のサブのリードに従って同じことをしながら、スキナーに尋ねた。

「私が思うに、我々を滑りやすくするためだろう-取っ組み合いにくくするために。加えて、我々の体をぎらぎらさせて置くことによって、さらに不必要なメロドラマ的要素を事の進行に付け加えることになるのではないか、と疑っている」彼は渋い顔で唸るように言った。「まったくもって、やたらに男性ホルモンの臭いがしないか?」僕らの準備の様子は、僕らのあらゆる動きをむさぼるようにしている飢えた沢山の目によって見つめられていた。

「ルールのたわごとについてはどう思います?」僕は、たっぷりとオイルを取り、彼がテカテカ光だすまで彼の体にすり込みながら、囁いた。くやしいけど、光っている彼はカッコいい。

「構わない。ベトナムにもルールなどなかった」彼は肩を竦めて答えた。「私は誰にも劣らずベルトの下を打つことができる」

彼は唸り始め、僕は彼の目の暗さと、彼の息の荒さに驚いたが、すぐに彼は自分で自分の気持ちを高めているのだと気付いた。この後、簡単に落ち着いてくれればいいけど、と僕は思った。これが終わった時、僕らの部屋で、こんな気が荒くて、凶暴で、アドレナリンにどっぷり浸った雄牛をなだめるなんて、ぞっとしない考えだ。雄牛…ふむ、このカルトの儀式的連想を与える共通性としては、ふさわしい。それにもちろん、今晩彼がうまくやるだろうという事実に関して、僕がなんの疑いも持っていないということに気付いたかもね。これが終わったら、僕らは一緒に僕らの部屋に戻る;それ以外の結末を予期することを僕は拒否する。スキナーは眼鏡を外し、僕に手渡した。

「眼鏡が無くても見えるんですか?」僕は尋ねた。

「眼鏡を顔に叩き込まれる可能性を思えば、無しの方が良く見える」

「いえてますね」僕は、眼鏡をポケットに滑り込ませた。「靴を履くことは許されないようです」僕はもう一人のサブが、威嚇するように両腕を動かしながらスキナーを睨みつけている男の靴を脱がせているのに気付いた。スキナーはため息をつき、頭を振った。彼が相手の男に向かって男らしい男を見せ付けている間、僕は跪き、彼の靴と、靴下を脱がせた。彼ら二人はお互いにガンを付け合っている。

「まったく、まさか尻も剥き出しで戦わねばならないわけではないのだろうな?」彼は尋ねた。「それはいくらこういった輩だとはいえ悪趣味すぎるだろう、そうではないか?頼むからそうだと言ってくれ、フォックス」

「そんなの、わかりません。僕がなにをやっても奴らは許さないんですから。でも、そうですね、あなたもその屈辱だけは免れるんじゃないかと思います」僕は相手のトップに視線を投げた。「彼はこれ以上服を脱がないみたいですから」

「そいつは、まったくもってありがたいことだ」彼は深く息をついた。

「あなたにとって、あいつなんか大した問題じゃないですよ。彼はあんなにチビだし」僕は、彼の自尊心を高めようと囁いた。僕は、反射的な崇拝の技術について、後で研究しようと無言の誓いを立てた。

「ああ-しかし奴は素早いかもしれん。私は、あー、それほどでもないしな」彼は顔をしかめた。

「でもあなたには驚くべきスタミナがある-でしょ?」

「ああ、そうだ。なんといっても、私は5年もの間お前に耐え忍んできたのだからな、そうだろう?」

「その調子です」僕は、ニッと笑い、オイルの残りを僕のジーンズで拭いた。「勝って、ボス」

全ての準備が終わり、僕は再びアリーナの中央に戻るよう命令された。サウンダースは僕の手首を掴み、僕が気付かないうちに僕は革の手錠をはめられ、彼はそれを柱の一番上の輪に固定した。僕は怒りと羞恥に顔が燃え上がるのを感じたが、僕に出来ることは何もなく、僕の現状が現在のスキナーよりも酷いとは言えなかった。もう一人のサブも僕の隣に繋がれ、彼は僕に微笑みかけたが-僕はその挨拶に返答する気にはなれなかった。ったく、目の前の彼ほど馬鹿っぽく見えていないことを願ったが、きっと見えているのだろう。

僕の人質仲間はまるで「僕らって、言葉にできないくらいくらいキュートだよね」とでも言いたげに、僕にむかって微笑み続けている。うえっ。僕らは、二人の縛られた半裸のベイビー達で、陳列された戦利品、勝利者は丸儲け…。ちょっと待って!勝利者は丸儲け?なんてムカつく考えだ。僕は新たな興味を持って、僕の人質仲間を眺めた。ということはつまり、スキナーが勝ったら、こいつも彼のものになるの?僕の目の黒いうちはそんなこと許さない。それでも、スキナーが僕の‘所有権’を失う可能性があるなら、彼のチャレンジャーだって何か同等の価値のものを差し出してこそ公平だとは思う。それはこの上もないほど馬鹿げていて、危険がこれほど本物で差し迫っていなければ、僕はヒステリックに笑い出したいほどだった。

僕のボスが僕を賭けて戦っている間、半裸で柱に縛り付けられて立っているなんて事態に、どうしてなり得たのか、あらためてよくよく考えてみようとした。エイリアンとか、UFOとか、陰謀とか、僕の人生のいつもの狂気はどうなっちゃたんだ?いつこの新しい狂気と交代しちゃったんだ?僕のせい?僕が狂人用の磁石みたいに狂気をひきつけているのか?おい、モルダーだぜ、あいつに頭のおかしいエイリアンの反吐でも投げつけろ。ああ、オーケイ、今度は遺伝的に変異した怪物だ。そうだ、それがおあつらえ向きだ、でもちょっと飽きてきたな。そうだ、奴の尻をつまみたがってるサドマゾの大群はどうだ?ああ-そしてその合間、奴の頭を本気で弄り回してやるために、おまけとして奴のボスとの熱烈な情事を入れてやろう。ありがとう、みんな、誰だか知らないけど-全知全能の、運命を小細工してるおどけものが、僕をだしに宇宙サイズで楽しんでいる。最高に、感謝してますよ。

「バトル開始」サウンダースは彼独特の気取った笑いをみせ、アリーナから立ち去った。僕は事態の進行をかぶりつきで見られる位置にいることに気付き、スキナーと対戦者がわずかの間慎重にお互いの周りを回り始めると息を止めた。すると対戦者はスキナーに飛び掛り、スキナーは簡単にそれを回避して、いいボディパンチを見舞った。スキナーは正しい、とはいえ-この男は素早く、彼はすぐに踊るように動き回り、細かいパンチを僕のボスに突き刺し、スキナーが応酬するまえにサッと後ろにさがった。

スキナーは胸と顔に何発かもらい、まじでキレ始めた。次に男が前進してくると、スキナーは左にフェイントをかけ、唸り声をあげながら、対戦者に組み付いた。彼は男を床に投げ、男の上に座って押さえつけると、男の顔に拳を二回叩き込んだ。スキナーの勝ちはあきらかだというような満足げな喘ぎが集団から湧き上がった。

「終了だ」対戦者は喘ぎ、身を捩ってスキナーの下から抜け出そうとして、失敗した。「終了だ!」彼は彼の指の一本でスキナーの腿を叩いた。「チャレンジ終了だ」

スキナーは意気揚々と立ち上がり、僕はほっとして、柱にぶら下がった。スキナーと僕は無言で視線を交わした-全ては4分も立たずに終わってしまった。仕事が速いですね、ボス。

ニックが僕の傍に現れ、僕の隣のサブをほどいて片側につれていき、それからまた戻ってきて僕を解放した。それからサウンダースがもう一度輪の中央に進み出てきた。

「他にチャレンジは?」彼は尋ねた。

背が高く、細身の黒人の男が、危険なヒョウのようにアリーナに入った。僕は、悪夢の全てはもうすぐ終わるに違いないと思いながら、すぐに水を持ってスキナーの傍にいったが、実際のところ事はまだ始まったばかりだった。黒人の男は、これみよがしに入手可能な奴隷たちを物色し-これはここにいる変人たちが大好きな、相手を威嚇するプロセスだと思う-それから彼はスキナーに歩み寄って指差した。

「お前だ」彼は吐き捨てるように言い、また全てが頭から繰り返されることになった。スキナーはオイルを塗られ、僕はまた別の哀れな愚か者と一緒に柱にくくりつけられ、二人の立派に成人した男が、僕ら半裸の奴隷坊や達の体を巡ってとことん戦い抜くのを眺めることになった。職場でのハードな一日と一緒だ。スキナーはこの男に、そして次の男にも勝ったが、この頃には僕は次第に心配になってきた。

「こんなのぜんぜんフェアじゃない」僕はニックに不平を言った。「彼はここにいる全員と戦わなきゃならないのかい?そんなのチャレンジじゃない、そんなの乱闘っていうんだよ」

「アーロンも言ったけど、ここにはルールなんてないんだ」ニックは肩を竦めたが、彼もまた眉をひそめていた。「正直にいうけど、フォックス、今晩みたいなチャレンジはいままでなかった。いつもは、戦いはすごく混戦状態で-アーロンは前に一度のセッションで三人と戦ったことがあるけど、それが一人のトップが戦ったチャレンジの最高だった。君は自分で注目を集めたって僕はさっき言ったけど。トップはみんな君に挑戦したいみたいだ。君が注意を引いたってことは認めるだろ。まず、あの不服従な態度、それからあの崇高なマッサージ。みんなが君を征服して、それから君の愛のこもった心遣いを受ける側になりたくてうずうずしているとしても、僕は驚かないね」

「これは僕のせいだっていうのか?」僕はぽかんと口を開けてニックを見つめた。

「まあ、君のご主人様のせいでないことだけは確かじゃない?」彼は僕に向かってにっと笑った。「心配いらないよ。彼はよく戦ってる。彼はやり続けられるよ」

「彼だってただの人間なんだ」僕はまたいくらかの水をもってスキナーに歩み寄った。彼は顎にあざを作っていたが、ありがたいことに目は傷ついていなかった。彼のわき腹に幾つかあざができ始めているのに気付いたが、ニックは多分正しいのかもしれない;彼はやり続けられる-でもあとどのくらい?僕はサウンダースが言っていたことを思い出していた-チャレンジは一時間続くとかなんとか。

「半分まできました」僕はスキナーに言った。「あと30分続けられますか?」

「繰り返すが、まるで私に選択の余地があるような言い分だな」彼は唸り、僕が彼の顔の脇の切り傷から血を洗い流すと顔をしかめた。

「激励の言葉が欲しい気分でしょう?そうですね。あなたは既にここにいる奴らの半分をのしています。あなたは誰よりも大きくて、健康で、頭はいいし、強くて、見た目もずっといいですよ」

「ああ、確かに」彼は疲れきった様子で頭を振った。

「それに、ここぞという場面ではあなたはもっとやっつけられるはずです」僕は続けた。

「ふむ-そのおだては効いたようだ」彼は笑顔を見せた。僕はオイルをもっと彼の体に叩き込み、重たいため息とともにもう一度柱に戻った。

あと二つの戦いを終えると真夜中まで5分前になった。僕は指を交差し、これで終わりになってくれることを願った。スキナーは荒い息をつき、僕はこれ以上彼が耐えられるかわからなかった。脅威の雰囲気がアリーナに立ち込めていた。

(続く)