人妻との昼下がり

人妻との昼下がり

by 藤葉

若林源三さん目線。

集合場所のカフェに早めに戻った俺は、ふと足を止めた。

昼下がりのオープンカフェの片隅で、小さな文庫本を読んでいる美人が目に入ったからだ。

やつと会うのはほぼ100%サッカーがらみで、しかも俺とあいつは同じポジションを争うライバル同士ときてるから、こんな風に寛いだやつの姿を目にすることは皆無に等しい。

大抵あいつは全身にライバル心をみなぎらせて俺を睨みつけてくるからな。

不謹慎ながら、それはそれでそそるな、と思ったこともある。

ヨーロッパ生活も随分長くなって、こちらの美人にも大分免疫ができた。

金髪、赤毛にブルネット。白人特有のそばかすの浮いた白い肌も悪くは無いが。

東洋人独特の艶のある黒髪と、きめの細かそうな肌っていうのは、こうもそそるもんなんだな。

これは俺の中の東洋人の血がそうさせるのか?

いや、どうもそうじゃないらしい、通りすがりの男も女も、昼下がりの日差しを浴びて際立つように見える東洋美人に視線を投げていく。

カフェのギャルソンまで、これ見よがしに色目を使っているが、美人は本に没頭して気付かない。

ふと美人が凝った首をほぐすように頭を上げ、俺をみつけた。

知った顔を見つけてわずかに笑みを浮かべる。

あいつが俺に向かって笑顔を見せた!なんだか非常に得した気分だ。

俺は止めていた足を動かして、大股にやつに近づき、奴のすぐ隣の椅子を引いた。

一度周囲を威嚇するように見回してゆっくりと腰を下ろす。

突如美人のそばに現れた規格外のごつい東洋人に、まずはギャルソンがさりげなく目をそらした。

周囲でちら見していたやつらも、なんとなく納得した様子の視線を投げてくる。

『彼氏を待ってたんだ』って感じか。

変な話だが、俺たちお似合いに見えるってことだよな。

「早かったんだな」

俺は誤解とはいえ、美人を独り占めした気分でほくほくとそういった。

フランス合宿が明日から始まる。日本からの参加メンバーは昨晩到着したばかりの疲れも見せず、朝から街に繰り出し、美術館に買い物にと、それぞれ分かれて楽しんだ後、シャンゼリゼのオープンカフェに集合予定だと聞いている。俺は今朝ドイツを発って今ここパリについたところだ。

「うん、俺、買い物には興味ないし、美術館なんかも、人ごみって疲れるんだよな。だからしばらく前に一人で戻ってきてお茶してた」

今日は平日だが、ルーブルなんかになると、世界中からの観光客で、常にごった返してるからな。

しかし、あらためてみると、こいつは本当に綺麗な顔をしている。

こんだけ近くでみても肌は驚くほどなめらかだし、睫毛も長いんだな。

きゅっとひねったような小作りな鼻といい、形のいい唇はなんとピンク色だ!

「若林?」

無言で凝視する俺をさすがに不信に思ったらしい若島津が俺を見つめ返していった。

俺は長い睫毛に縁取られたその真っ黒な瞳に吸い込まれそうになりながら、なんとかこらえて咳払いした。

「あ、ああ、しかしお前、一人でいると何かとわずらわしいんじゃないか?」

「なにが?」

「声かけられるだろう?」今だってこれだけ周囲の注目集めといて、自覚ないのか?

「ああ!東洋人って珍しいのか?今時そんなこともないよな?

さっきもおじいさんがコーヒーおごってくれたんだけど、俺フランス語まったく駄目だし、そのおじいさんは英語をぜんぜん話さなくてさ、まったくコミュニケーションとれないまま。

でも別れ際キスされて。やっぱ慣れないな、挨拶代わりとはいえ」

若島津は面白そうにいうが、ロシアじゃあるまいし、ヨーロッパのこの辺りでは男同士で挨拶にキスはしない。

その爺さん、本当に英語が分からなかったのか、分からないふりだったのか知らないが、多少なりともこいつと意思の疎通ができていたら、命があぶなかったかもな。

相変わらずの寒がりで、この秋口にでも早々と薄手のコートなんか羽織ってるから、この顔のせいで、こっちの人間にとっては遠目には性別の判別も難しいかもしれないが、コーヒーを一緒に飲んだのなら、さすがに男だとわかったはずだ。それでなおキスして帰ったというなら、その爺さん、絶対そっちの趣味があるぞ。

「お前…」

あぶなっかしい。

「ん?」

「あのな、若島津…」

やつの椅子の背もたれを掴み、少しやつの方に向き直ると、ほんの目の前で若島津が俺を見上げていて、それがまたこいつは俺の胸にすっぽりと納まる感じなんだよな。

俺は、痛いほどスケベ爺さんの心情を理解しながら、若島津を両腕で抱きしめて、そのピンクの唇を思う存分むさぼりたい衝動と戦った。

「お前、午後はどうするんだ?」

すると、若島津はふいっと視線を下ろした。

「日向さん達と一緒に出かける予定。岬が色々案内してくれるって」

むむ、それとなく馬鹿な噂は耳にしたことがある、日向と若島津は怪しいとかなんとか、岬と日向がどうとかで、若島津を入れて三角関係だとかっていうのも。

こいつのこんなふさいだ顔をみると、そんなくだらない面白半分の噂の中にもなにかしら真実があるのかと疑いたくなる…。

いやいや、俺にはそういう存在はいないが、幼馴染っていうのか?こいつと日向は小学校からずーっと一緒なんだ、ただの友達とはまたちょっと感覚が違うのかもしれない。

とはいえ日向の奴、こいつにこんな顔させとくのは、許せん。

現に今だって、一人でこんなところに、こんな美人をほったらかしておいて、素性も知れない爺さんにキスを奪わせておくとは。

俺は急激に保護欲を掻き立てられて、いても立ってもいられなくなった。

「俺と回らないか?」

「お前と?」

「日向や東邦のやつらとはいつも一緒だろ?たまには別行動してもいいんじゃないか?俺もこっちは長いし、パリのこの辺なら、少しは案内できるぜ。GK同士、たまにはゆっくり腹を割って話もしたいしな」

若島津は俺のそんな申し出をぽかんとした顔で聞き、またふいっと笑顔を見せた。

「そうだな、たまには、そんなのもいいかもな」

おうっ、めちゃくちゃ可愛い。こいつ俺にはめったにこういう顔見せないんだよな。

日向の野郎といる時だけは笑ってるが、と、思うと奇妙に嫉妬めいた感情がわいてくる。

「ああ、そうしよう」

「でも、日向さんに聞いてみないと…」

「お前なあ、そんなことくらい一人で決めろよ」

「でも」

「なにからんでんだよ」

ドスの聞いた声が降りてきて、ふと顔を上げると日向が俺たちを見下ろしていた。

「日向さん、お帰り」

若島津は、日向の殺気にまったく気付いた様子もなく、のんきにそういった。

日向は当然のように、俺と反対側の若島津の隣の椅子にどかっと腰を下ろす。

その目は俺を睨みつけたままだ。

若島津は日向が腰を下ろした途端、「なにを見てきたんですか?」などと、どうでもいいことを言いながら、日向のシャツについた糸くずを摘み取ったり、襟元のしわを伸ばしたりし始めた。

若島津は完全な無意識なんだろうが、若島津の指が微かに日向に触れるたびに日向の殺気がみるみる消えていく。

俺は目の前の光景をどうとらえていいものか判断もつかないまま、なんとはなしに苦々しい思いで日向と視線を合わせた。と、日向の髪についた落ち葉かなにかを取ろうと(コイツはいったいどれだけゴミをつけて歩いてるんだ?)手を伸ばした若島津がふと体を硬直させ、その白い指で日向の後ろ髪をすき、顔を近づけて日向の首筋辺りの匂いを嗅いだ。

「日向さん、どこに行ってきたんですか?」

若島津は背筋が凍るような声音でそう問いかけておきながら、なんらかの弁明のため口を開いた日向を制するようにすっと立ち上がった。

「俺、今日は若林と行動しますから。夕食までに戻らなくても心配しないでください!行こう、若林!」

「ま、待て、若島津」

若島津は後ろも見ずに、歩き出し、俺は訳がわからないまでも、どことはなしに胸のすく思いで早足に若島津の後を追った。

硬い表情をしたままの若島津の腕を掴み、ちらっと振り返って、日向も立ち上がって俺たちの方へと歩き出したのを目にした俺は、通りすがりのタクシーを止めた。

この後、どうなる!?

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