subterfuge2

Subterfuge

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(続き)

脅威の雰囲気がアリーナに立ち込めている。スキナーはまるで血まみれの雄牛みたいだ、衰弱して、隙だらけで。どんな人間だって彼ほど上手く、彼ほど長く戦えない、でも今の彼はもう攻撃に対抗できない。対戦者も皆そこそこの腕っ節をしていて-彼は何発か強烈なボディーブローをもらっていた。僕はこの場の群集が彼の血を、彼が打ちのめされることを求めて吠えているのを感じた。僕を砂に投げ出し、服従させ、これ見よがしに大人しくなったところを、そして僕の生意気な態度、短気なところを罰するところを見たがっている。松明は燃え尽き、室内はより暗く、脅威的な雰囲気になっていた。次の対戦者がアリーナの中央に歩み出でてスキナーに挑戦した時、僕にはその姿がほとんど判別できなかった。

「最後だよ」ニックは僕を解きながらそう呟いた。「彼にそう言ってやって。最後だって」

スキナーがあまりに荒い呼吸をしているのが僕には気に入らなかったし、彼はひどい姿になっていた。

「ニックは、これが今晩最後の戦いだって言ってる」僕は彼の頭を両手に挟み、なんとか僕に集中させようとした。

「ああ」彼は、なんとか弱弱しい笑みを作った。「だが、相手が誰だか見たか?」

「誰?」僕は振り返り、ガクっと気を重くした。

「マットだ」スキナーは呟いた。

マットはオイルを塗られている最中で、その手付かずの肌には、今やおおっぴらにスキナーを装飾しているあざが一つもない。僕が見ているのに気付いた彼は、にやりと笑った。

「あいつ、今までチャレンジを待ってたんだ-無傷のあなたには勝ち目がないのをわかってるもんだから」僕は完全に頭にきて、マットのところに行って自分で相手をしてやろうとした時、サウンダースが視界に入った。スキナーが僕を制する前に、サウンダースは僕を掴み彼に向き直らせた。

「こんなのはやらせだ」僕は唸った。「スキナーは今晩全てのチャレンジを受けてる。こんなのフェアじゃない」

「だが、人生もまたしかり、そうだろう?」サウンダースは微笑み、それから彼の腕を掴んだ僕の手をするどく見下ろした。僕は無意識に手を引っ込めた。「私を怒らせると本気で後悔するぞ、フォックス」彼は危険を滲ませて言った。「私は現在所有している奴隷に充分満足してはいるが、近いうちにお前に売り込みをかけるかもしれんぞ。どう思うね?」彼は僕を鋭く見ながら顔を一方に傾けた。

「僕は属するのはスキナーだけだ」僕は冷静に彼に告げた。「それにこの‘チャレンジ’はクソだ。今すぐやめさせろ、サウンダース」

「それはできない」サウンダースは気だるげに手を振っていった。「マットは時間切れになる前にチャレンジを申し込んだのだ。スキナーはそれに応えなければならない。それはミトラが機能する上で最も基本的なことなのだ、フォックス。男がことさらに魅力のある奴隷を所有しているならば、その男はその奴隷を自分のものにしておくのに充分なほど強くあらねばならない。そのために多くの戦いが要求されることになろうとも。もちろんお前が心配している理由は分かるがね」サウンダースは例の背筋がむずむずするような視線を僕に向け、僕の肩越しにマットを眺めた。「私がお前の立場だったとしても、心配するだろうな。そもそもからして、お前はマットをあれほどまでに憤慨させるべきではなかったのだ。彼はお前に手をかけたくてうずうずしている、フォックス-マットがお前に手をかけたなら、あえて推測するが、お前は明日の朝までに実に御しやすい奴隷になっていることだろう。御しやすく-その体にたっぷりと所有の印を身につけた奴隷にね。明日の朝食の席でそういった印を見たいものだが。それもお前がまだ歩くことができればの話だ」彼は彼特有の気味の悪いユーモアセンスで高らかに笑い声をあげた。「もちろん、マットは自己顕示欲の強い男であるから、彼が勝ち名乗りをあげたらそのままこの全ての立会人の前でお前を砂に投げ出し、その場でお前を彼のものにする可能性もある。私はまさにそれを望むね。そういった場面を見るのは楽しいものだ」僕の激昂した表情を目にしてサウンダースは再びくすくすと笑い、僕に背を向けて去っていった。

僕はスキナーのところに戻った。不当さと僕らが受け入れることを強いられている、ここの奴らが僕らに差し出すあらゆる馬鹿げたゴタクに内心煮えくり返りながら。

スキナーは呼吸を取り戻し、彼はゆっくりたっぷりと飲み物を取って、少しストレッチをした。

「私はまだ終わっていないぞ、フォックス」彼は言った。「勝負を始める前から私を除外するな」

「あなたは後ろ手に片手を縛られていたってあいつを打ちのめせますよ」僕は下手でミエミエながら、僕が確信もしていない信頼を彼に見せようとした。

「いや、縛られることに関してはお前の専売特許だろう」彼はにやりと笑った。「お前がただ立って可愛く見せている間、私は愚かな変態どもに脳みそがドロドロになるまで殴られている。誰かさんが運を独り占めしているのだな」

「運命ですね」僕も笑顔を返した。「僕はあなたよりも可愛く生まれた、だから僕は奴隷坊やを選択する権利を得たわけです」僕はジョークを言おうとしたが、なんとなくマットを打ち負かした唯一のトップがサウンダースであることをこの時点で彼に告げるのはいい考えではない気がした。それは、こんな戦いの中でよりどころになるのにふさわしい心理学的見地ではないだろう。

僕はまた次の戦いのため、もう一度柱に戻って手錠で繋がれたが、今回だけはこれまでに比べて死ぬほど怯えていた。僕はスキナーがめちゃくちゃに殴られるところなんか心底見たくはなかったけど、僕だって単なる人間で、僕の心配の幾分かは自分自身に向けられたものだった。レイプなんかされたくないし、マットの乗馬鞭の味をもう一度味わいたいとも思わない。僕には、彼が今晩こなしてきた全ての戦いの後で、どうやったらスキナーがマットを打ち負かすことができるのか、考えもつかなかった。二人の男が互いの周りを回り始めると、僕は指をクロスし、僕の心臓は胸の中で激しく鼓動した。マットはスキナーと同じくらいの身長があるが、スキナーほど身体が大きくない;とはいえ、彼は筋骨逞しく、明らかによく鍛えてある。彼は明らかに手ごわい対戦者だった。

マットは前に出ると見せかけて、後ろへ下がる、その動きを何度も何度も繰り返して、怒りのフラストレーションからスキナーに唸り声を上げさせた。最終的にマットは上手く間合いを取り、スキナーの不意をついて、猛烈な一撃を僕の男の顎に見舞った。スキナーはただ頭を振っただけで、動き続けている。彼はまさに雄牛みたいだ、お構いなしに向かっていく。マットは前と同じように踊るような、突進するような様子を続けて、スキナーを更に消耗させてから、もう一発いいパンチをスキナーのわき腹に撃ち込んだ。スキナーは猛烈な勢いで飛び掛り、マットが手の届かないところに飛んで逃げる前に、なんとかマットの顔に一発パンチを撃ち込んだが、それでもそれは納得のいく一撃とは言えなかった。ポイントでは明らかにマットが優勢だ。スキナーが疲れていることは誰の目にも明らかだった。低いハミングのような音が始まった、脅威に満ち、脈打つようなリズムで一つの言葉を繰り返している:「殺せ」

その囁きは何度も何度も繰り返され、僕と一緒に柱に縛られたサブは、その両目を恐怖に見開いて僕に身体を寄せてきた。

「何が起こってるの?」彼は囁いた。僕は彼を朝食の時に見知っていた-マットが床に置いた皿から食事をさせていた子だ。

「分からない」僕は自由な方の手を伸ばして彼を宥め、僕ら二人は恐怖で放心状態のようになってその場に立ち尽くしていた。群集は卑劣に変貌した。彼らはマットの勝ちを望んでいる;彼らはスキナーが勝負を落とすことを、ついに打ち負かされることを望んでいる。彼らは彼らの仲間が勝者となって、この余所者を打ち倒し、砂の中で踏みにじることを望んでいるのだ。それから彼らは僕がレイプされ、征服され、ついには言うことを聞かされるところを見たがっている。声援に元気付けられ、マットはときの声を上げてスキナーに飛び掛り、上腹部への一撃で彼を打ちのめした。マットは更に顔面にもう一撃加えると、向こう脛を強烈に蹴りつけ、僕のボスを自分の体で地面に押さえつけた。僕はスキナーがマットの肩越しに僕の方へ視線を投げたのを目にして、それ以上見ていられなくて目を閉じた。

僕が再び目を開くと、マットは最後の、決定的なパンチをスキナーの頭に繰り出した。僕のボス、僕の恋人は砂の上に仰向けに倒れ、動かなくなった。

「やったぞ!」マットは両手を空中に差し上げて立ち上がり、その顔には勝利の歓喜が浮かんでいた。彼は僕の方を向き、僕は自分が情けない声を上げるのを実際耳にした。彼は、例のエルム街の悪夢のようなその目で僕を見ていて、僕は逃げ場が無くなったことを知った。彼は狂ってる、完全に血に飢えて、そして彼がその劣情の全てをぶつけようとしているのはこの僕なのだ。僕は無意識に、無我夢中で僕の手首に巻きついた手錠を引っ張って逃げようとしたが、どうにもならないことを知って、出来る限り彼から離れようと身をよじった。

彼はにやりと笑い、僕に寄ってきて、僕の両肩を掴み、僕の頭を引いて汗まみれで、吐き気のするようなキスをした。僕は彼を蹴り、引き下がって、身体を低くしようとしたが、彼はただ僕を再び掴んで、その手で僕の首を握りしめると僕を引っ張り戻した。

「俺はこの勝利をお前ら皆と分かち合うつもりだ!」マットは叫び、片手で僕の首根っこを掴んだまま、もう片方の腕を僕の胸に回した。「見て、楽しんでくれ!」彼は高らかに笑い、彼の自由な手が僕のジーンズの前に下りてきて、ボタンを外した。僕の肉体に触れる彼の息は熱くて、僕は今にも吐きそうだった。

その瞬間、僕は彼が力ずくで僕から引き剥がされたのを感じ、僕が身をねじった丁度その時、スキナーがマットの既に曲がった鼻筋に頭突きを食らわすのを目にした。マットは純粋な痛みの悲鳴を上げ、スキナーは更に満足のいくパンチをマットの胃に打ち込み、まっすぐに立ち上がって、僕の襲撃者の股間に彼がかき集められる限りの力を込めて蹴りを命中させた。マットは身体を丸め、苦悶のすすり泣きをもらした。スキナーは彼の前に立ちはだかり、一掴みの髪を掴んで、頭を引き上げた。

「私はチャレンジが終わったと言った覚えはないぞ」スキナーは唸った。「言ったか?」マットは、依然うめきながら頭を振った。「なら。お前の。勝利の。お祝いは。時期尚早。だ」スキナーはマットの身体に残忍なパンチを繰り出しながら、一言一言を区切って言った。「そうだろう?」彼はマットの身体をまるでねずみでもあるかのように揺すった。

「そうだ!」マットはなんとか喘いで言った。

「そしてお前が探している言葉は?」スキナーは拳を引いて、辛抱強く待った。

「チャレンジ終了だ」マットは喘いだ。「お前の勝ちだ、スキナー」

スキナーはうなづいて微笑み、血を流している男を下ろし、それからさりげなく、ふと思いついたみたいに、マットの顔に最後の残忍なパンチを打ち込んだ。

彼がマットを砂に打ち捨てても、男はピクリとも動かなかった。スキナーが身体をこわばらせて立ち上がって、周囲を睨みまわすと、僕は他のトップたちの目にしぶしぶながらも尊敬の光を見て取った。

スキナーはゆっくりとニックのところに歩いていって、片手を差し出した。「鍵をよこせ」と彼は言った。

ニックはまだドラマの瞬間に没入したまま、呆然と彼を見つめた。

「くそったれの鍵をよこせと言っているのだ!」スキナーが怒鳴ると、ニックははっと我に返って従った。スキナーは僕のところに来て、手錠を外した。

「こんなギリギリの救出なんて、いったいどういうつもりですか?」僕は小声で鋭く言った。

「がみがみ、がみがみ、うるさいやつだ」彼は頭を振った。「ママからなんらかの礼儀を教わらなかったのか?例えば、いつ‘ありがとう’を言うとか?」

僕が返事をする暇はなかった。なぜならサウンダースが絶大なる賞賛の表情で近づいてきたからだ。

「ということで、ミスタースキナー-あなたは我々の小さなサークルへの価値ある加わり物であることがあきらかになったわけですな」彼は微笑んだ。「あなた自身、今晩は随分楽しまれたことでしょう」

「楽しむ…?」スキナーはぽかんとしている。サウンダースは頷いた-彼は至って真面目だった。

「アリーナのどよめき、戦いの匂い」彼は呟いたが、彼の顔は喜びのためオルガスムに達せんばかりだった。「こんなものは他にはない、そうでしょう?」

スキナーは眼鏡をかけ、考え深げにうなずいた。

「ありませんな。こんなものはこの地球上にないと心から言えます」彼は、サウンダースのことをフライドポテトの抜けたハッピーセットみたいな間抜けだとあきらかに僕に示唆する流し目を送りながら同意した。

「そしてもちろん、あなたは見返りに値する」サウンダースはにやりと笑った。「それを楽しむためのエネルギーをいくらかでも残しておられるといいが、ミスタースキナー」彼が指を鳴らすとサブの一群が連れてこられた。皆僕の柱友達だ。「すべてあなたのものです」サウンダースは微笑んだ。「あなたは彼らを勝ち取ったのです、正攻法でね」

「全員ですか?」小さく固まったジーンズを履いた奴隷少年見本の一群に目をやった。

「そのとおり」サウンダースはにやりと笑った。

「間違っても変な気を起こさないでくださいよ」僕は声を殺してスキナーに囁いた。

「ふむ」スキナーは一瞬沈黙して、興味もあらわにサブの集団を見つめ、僕はすんでのところで今晩彼が散々受けたパンチにもう一撃加えそうになった。「別の機会に譲るしかなさそうですな」彼は最後に後悔のため息とともにそういった。「既に手元にいるサブだけで手一杯でして。これ以上の面倒はいりません」

「賢明な処置です、ボス」僕は呟いた。「OK、皆-奴隷小屋でもなんでも寝場所に戻るんだね。彼は僕のもので、彼は君たちをいらないって言ってる、だから消えろ。今すぐ!」彼らは僕の剣幕に後ずさりし、僕はスキナーがふらふらし始めているのに気付いた。「行きましょう」僕は彼の腕をとって、僕の肩に回した。

僕らはおぼつかない足取りでアリーナを出て僕らの部屋へと戻った。僕らがそこにたどり着いた途端、彼はベッドの上に昏倒した。

「馬鹿で、気の狂った、ろくでなし」僕はバスルームに姿を消し、特大のバスタブにお湯を張り始めた。「あんな風に死んだ振りなんかして。僕は心臓が止まるかと思ったんですよ」

僕は彼のそばに戻り、優しく彼の服を脱がせ始めた。彼は子供のようになすがままになっている。僕は手を進めながら彼のそこら中にキスを降らせずにはいられなかった。彼は今のところあまりに弱っていて、痛ましい状態で、例えそうしたかったとしても、抵抗できなかった。

「まあ、確かに私は公正な戦いでヤツを叩きのめしたとはいえないが」彼は呟き、僕が彼のズボンを脱がせると僕にもたれかかり、彼の頭が僕の肩にずっしりと乗った。「マットは欲張りで、特大サイズのエゴを持っている。もしヤツが私を打ち負かしたように見せかければ、ヤツはまっすぐにお前を奪いに行くだろうと思った。ただ私は確実に不意をつくため、回復を待つ必要があったのだ。私がタイミングを誤れば、ヤツが私に手をかけていただろう」

「まあ、その代わり、ヤツはほとんど僕に手をかけてましたけど」僕は呟き、彼のズボンとブリーフを脱がせて彼を裸にした。「ああ、くそっ、聞いてください。僕は恩知らずのろくでなしです。ただとんでもなく心配で。あなたがどんなに傷ついているかわからなかった。あなたがまだ息をしているかさえ、確認できなかったんですよ。まったく、作戦があるなら僕にもそういっておいてくれればよかったのに」

僕は彼を引き起こし、半分歩き、半分担ぐようにして、彼をバスルームに連れて行った。手を貸して彼を浴槽に入れ、湯気で曇った眼鏡を外した。彼はバスタブにもたれて目を閉じた。僕はジーンズを脱ぎ、彼の脇に滑り込んで、僕の脚の間に彼を寝かせるように引き上げた。彼の頭が僕の胸に乗ると僕は彼の頭蓋に口付けした。僕は石鹸を見つけ、優しく彼の胸から股間にむかって擦り下ろし、それから彼のコックに指を走らせた、だって、正直に言って、我慢できなかったんだもん。

「ああ、そのエネルギーが私に残っているとでもいうようだな」彼は呟いた。

「あなたに何かしろなんて頼んでいませんよ」僕は彼の耳をちょっと噛んだ。「ただ遊んでるだけです。あなたが弱っていて、僕のなすがままな時にまとめてやっておかないと、そうでしょう?そんなことってめったに起こらないから」

「いい指摘だ」彼は微笑んだが、彼の目は閉じたままで、彼の顔には衰弱が刻まれていた。

僕はお湯が冷め始めるまで一時間近くも彼の身体をさすり、彼に囁きかけ、彼の横顔にキスしながら彼を抱きしめていた。僕の腕の中の彼は赤ん坊みたいで、完全にリラックスし、朦朧として、ただ愛撫や世話を楽しんでいた。

ついに僕は浴槽から彼を引き上げ、タオルにくるんで、一緒に寝室に戻りベッドに横にならせた。

「疲れただけだ。私は大丈夫だ」僕が彼の上に覆いかぶさると僕の目の中の心配を見て取り、彼は囁いた。

「傷になにか塗りましょうね。どういうわけか、奴らは救急用品をたっぷりを用意しておいてくれてるから」

僕は救急キットを取って寝室に戻り、冷たいジェルを彼の身体のあざや切り傷に塗りつけた。顎の横の切り傷といくつかのあざを別にすれば、彼の顔はそう酷く傷ついてはいない。僕はそのことに-そして彼が目を傷つけかねなかった何発かのパンチから何とか逃れたという事実に感謝した。彼の両拳は擦りむけ、あざになっていて、見るからに痛そうで僕はそこに薄く包帯を巻いた。彼は僕の不器用な治療を受けた後、シーツの下に転がり込んだ。僕は彼の隣に滑り込むと、彼を抱いて僕の腿に当たる彼の尻、彼の脚にからめた踵、僕の胸にきつく押し付けられた筋肉質の彼の背中の感触を大事に思った。

「あなたにありがとうって言いましたっけ?」僕は彼の呼吸が深くなって彼の身体がくつろぐのを感じながら、僕は呟いた。

「一度でもそんな気になったことがあるのか?」彼はそう答えた。

「どういう意味です?もちろん僕は…、いったい何のことを言ってるんですか?」僕は気色ばんだ。

「そうだな、あの馬鹿げたDATテープの件では、階段で叩きのめされた。かの有名な重罪犯人を配達され、お前のため、私のアパートに保管させられたこともあった-その結果として私のアパート一帯に広まった‘ほらあの人、手錠をかけた若い男が好きなんだって’というゴシップについては言うまでもない。現時点では一体どれほどの数になるのか思い出すこともできないほどの機会に、はるか遠くまでお前を救い出しに行った。正気で考えればお前を停職処分にするしかない数え切れないほどの事例において、そうしないことに決めた。」

「ああ、そうですね、言いたいことはわかりました。そういう全ての機会に僕はあなたに感謝するのを忘れてたってこと?」

「モルダー、お前は私に感謝したことなどない」彼はそう指摘した。彼の言葉はろれつが回らず、気だるげだった。

「今、その埋め合わせをできますよ」

僕はシーツの下に姿を消し、彼のコックを見つけた。僕はこれまで一度もこれをやったことがないけど、そんなに難しいことじゃないだろ?ああ、彼が疲れてるってことは知ってる、でもフェラチオされるのに疲れすぎなんてある?僕にはそんなこと一度もなかったってことは言える。僕は正しかった-ちょっと舐めて、唇でついばんだだけで、彼は硬くなり、僕の待ち焦がれた口の中に抜き差しし始めたのだ、そして、フォックス・モルダーこと奴隷坊やには、実際なんらかの才能があったのだ、と僕は決め付けるに至った。これって楽しい!彼のコックは、風呂のお湯、塩気、それにスキナーのエッセンスの味がして、僕は彼の精液がどんな味なのか死ぬほど味わいたかった、ゲッてなるかもしれないけど。僕にはわからない。僕にはもうなにもわからない-僕の中の確実なものはすべて消えてしまった。とにかく僕の優れた口と舌のもと、彼はわりと早く達して、僕は彼を飲み込む感覚を気に入った。うーん、おいしい!うん、指を舐めたくなるほどおいしい、まさに彼そのもの。僕はひとしずくでも零してベッドを汚すなんてことを許すつもりはなく、僕は彼を舐めて綺麗にした。ふしだらモルダー、それは僕のことだ、西海岸で最速の舌を持つ。

「どうでした?」僕は、彼の背後という先ほどの体制に戻り、彼を再び近くに引き寄せて尋ねた。

「まあ、DATテープの件はなんとかなった、しかしそれを除いた残りはまだ貸しだぞ。どうも私の勘では、お前が借りを返し切るには長くかかる気がしている。お前の未来は今後しばらく年季奉公ということになりそうだな」

「うっ、しまった!」僕がにっと笑って臆面も無く彼に鼻をこすりつけると、彼は小さく吠えるような笑い声を上げた。

「なに?」僕は尋ねた。

「お前だ。この5年間、お前は遠くからお前を賛美させようと小うるさい子供のように踊りまわってきた、いつも丁度手の届かないところに跳ね飛んで-それが今やお前は私から手を離すこともできない」

「どうして手だけで止まります?」僕が彼の耳に舌を差し入れると彼は弱々しく僕を追い払った。

「モルダー、眠らせてくれ。頼む」懇願するように彼が言うので、幾分しぶしぶと、僕は言いつけに従った。ね、僕だって従順になれるんだ。時にはね。

僕は眠るつもりは無い。その代わり、彼が確実に眠るのを待って、彼を見つめ下ろした。彼は戦いに傷ついたライオンみたいだ。血だらけであざだらけだけど、屈服しない。僕はこれから自分が何をするか知っていたのだと思う。今晩ニックと会話した時から知っていたのかもしれない。ニックが明日の晩にもチャレンジがあるといった時から。こんな虐待にスキナーはあとどれだけ耐えられる?彼はじっとして、何が起こっているかを調べだし、チームが僕らを救出にくるのを待てと言った、それを承知はしているけど、僕はチームの能力には大した信頼を持てない。僕は自分だけを頼みにすることに慣れているだけなのかもしれない。

僕は起き上がり、箪笥から彼の黒いズボンと黒いシャツを借りて静かに身支度し、彼のスニーカーを履いて、ドアに忍び寄った。ハンドルを試したけど、僕らがバスルームにいる間にあきらかに誰か来たらしくて、ドアはロックされてた。僕は針金ハンガーをとってねじり、鍵穴に差し込んだ。これは僕の無為の青春時代に身につけた才能だ、どういうことか言わなくてもわかるよね。

鍵をピッキングするのに5分ほどかかった、そしてその間中ずっと、彼が目を覚ました場合に備えて僕は息をこらしていた。どういうわけか、彼がこれを承認しないだろうと僕は知っていたんだ-もしかしたら僕って超能力があるのかもね。ついにロックが降参すると、僕はベッドに戻り、彼に優しくキスした。運が良ければ、僕がいなくなったことに奴らが気付く前に助けを連れて戻ってくるだろう。僕は廊下にすべり出て、例の蝙蝠の洞窟の方向に向かったが、僕はすぐに道に迷ってしまった。最後に僕がそこにいたときには、もっと僕の頭はこの場所のレイアウトなんかより重要な事項があったもんだから、僕の記憶はよくいってもぼんやりしてたんだ。

当然のことだけど、ある時点のどこかで、僕は間違った角をまがり、奴隷小屋の外に行き着いた。僕は爪先立ちでできるだけ静かに通り過ぎ、突き当たりに向かい、また別の廊下に入った。くそ、でもどの廊下も同じに見える。

誰かの笑い声が聞こえて、僕はわき道に隠れ、トップの一人がクスクス笑っているサブにゆったりと両腕をまわして歩いてくると僕は息を止めた。彼らが通り過ぎると、僕は再びメインの廊下に出て、別の明るく照らされた通路を進んだ。廊下は今やもっと荒削りになってきて、それは僕が覚えているとおりだった。ついに僕は全く明かりの灯っていない暗い洞窟にたどり着いた。僕はそのかび臭い匂いを覚えていた-蝙蝠の洞窟だ!僕は足を進めたが、そこで足を滑らせ、岩から削りだした荒削りの階段を頭から転げ落ちた。僕はとんでもない騒音を立て、気付かれたか、と出来る限り息を潜めたが、誰も調べに来なかった。僕はなんとか車が停めてある場所を見つけ出した-ここにはおよそ10台あった、全て大きなリムジンで、きっちりと駐車してある。出口は硬い金属のシートで覆われていて、僕はガレージのドアの開閉装置を探してシートの全体に手を這わせた。ついに僕は片側にスイッチを見つけ、押した…ちっくしょう!最悪の事態になった。目映い明かりがついて、サイレンが鳴り出し、文字通り5秒以内に、僕は銃を持った男と顔を突き合わせていた。

銃を突きつけられて廊下を進みながら、僕の胃は引き絞られるようだった。警備員はあるドアの前で止まり、ノックした。ドアを開けたのはニックで、僕を一目見るなり彼の目は飛び出しそうになった。彼はドアをもっと広く開け、サウンダースを起こしに行った。その時までに、僕はあきらかに震え出していた。こんな時間に起こされて、サウンダースは間違ってもご機嫌とはいえない様子だ。彼は起き上がり、ニックが着せ掛けるローブに袖を通し、それから歩いてきて僕を見た。僕のことを彼が思わず踏みつけてしまった何かであるみたいに、彼は僕に顔をしかめて見せた。

「それで、フォックス。逃亡しようとしたのか?我々がこれほど手厚くもてなした後だというのに」

「ああ、そうだ。あんた達は、いまいましい変人の集まりだ」僕は早口に言った。僕を考えなしだと読んでくれ、-そう気も使わずに前から言われてることだし、僕は慣れてる。サウンダースは明らかに僕を殴りたい気持ちと笑い出したい気持ちとに引き裂かれていた。僕にとって幸運なことに、彼は後者を選択した。

「お前という子はいつもこうして、私を楽しませてくれる、フォックス」彼は言った。「どんなに最悪の状況でも、お前はまだ戦おうとするのだな。お前のことを中途半端でやめる腰抜けと責めることだけは誰にもできない」

「ああ、僕は喜んでやめるよ。信じてくれ」僕は彼に言った。

彼の機嫌は唐突に変わった。「お前のマスターはお前が逃げたことを知っているのか?」彼は尋ねた。

「いや。彼はまだ眠ってる」このことにスキナーを巻き込みたくないと必死に願いながら、僕は素早く応えた。

「それでは、彼と話をしなければならないな、そうだろう?」サウンダースは微笑んだ。僕のわびしい願いは暗礁に乗り上げた。

サウンダースと警備員は僕を押して廊下を進み、僕らの部屋へと戻った。サウンダースは礼儀正しくドアをノックし、返事がないので中に入った。彼が明かりをつけるとスキナーはぼんやりと起き上がった。彼は状況を見て取るとその手を目の上に走らせた。

「ああ、くそっ」彼は呟いた。

「どうやら」サウンダースは微笑んだ。「少々しつけ上の問題があるようですぞ、ミスタースキナー」

「ええ。私に任せていただきたい」スキナーはベッドから疲れきったようすで立ち上がり、ローブを身につけた。

「それは認められません」サウンダースは言った。「共同体のルールが破られたのです。我々は奴隷の逃亡を非常に重く見ます。その罰は非常に厳しいものになります」彼は期待に満ちた上機嫌の表情を僕に向け、僕は目を閉じてゾーンを思い出した。

「彼は逃亡したのではない」彼はサウンダースに慌てて言った。「これは我々のゲームの一部です。そうだな、フォックス?」

「え?うん」僕は完全に動転していた。僕に考えられるのはゾーンの中にいた哀れな男と彼の身体についていたあらゆる付属品のことだけだった。

「あなた方のゲームですと?」サウンダースは尋ねた。

「彼が逃げ。私が追う。私は彼がそうしたいと思う時いつでも逃亡することを許可しているのです-それがいつ始まるかを知らない場合、余計に楽しめますからな」スキナーは強引にそうこじつけた。

サウンダースは彼をしばらくじっと見つめ、それから頷いた。「それを受け入れましょう。しかしながら、彼はその遊びに不幸な時間を選びましたな。そして彼は今晩完全に罠にはまった、つまり失敗です。共同体のルールが破られたのですから、我々としては彼が罰を受けるところを見る必要があります」

「‘罰を受ける’とは、どのようにしてですか?」スキナーが用心して尋ねると、僕は背中で指をクロスさせた。ゾーンではありませんように、お願いだからゾーンではありませんように。

「公開鞭打ちですな」サウンダースは僕に微笑みかけた。「三十回でいいでしょう」

三十回?僕はいっそ窒息したかった。

「お望みであれば、あなたがご自身で鞭打ちを執り行うこともできます、ミスタースキナー。明朝の朝食後、書斎にて。もしくは、あなたのお好みによっては、罰を実行するための志願者に不足はありませんがね。マットなどとりわけそういったことに喜びを感じるようです。完全にあなた次第です。誰が行おうが構いません、罰が下され、他のサブがそれを目にするなら。この組織において、逃亡奴隷というものは非常に望ましくないものでしてね、ミスタースキナー」

「そうでしょうな」スキナーは呟いた。「そしてもし私がこの罰の実行を許可することを拒否したとしたら?」

「そうされたいなら、そうすることも可能です」サウンダースは肩をすくめ、「しかしあなたがそうされる場合、事態は我々の手を離れることになり、我々自身で罰の実行を見届けるため、無理やりにフォックスをゾーンに連れて行かねばならなくなります」

スキナーは僕と目を合わせ、彼は再びため息をついて、疲れきった手で額をこすった。「どうやら選択の余地はないようですな」彼は言った。

「合意に達して嬉しく思います、それでは」サウンダースは微笑んだ。「おやすみなさい、ミスタースキナー。そして、おまえもな、フォックス」彼は大げさで嫌味な遺憾の意を込めて僕を凝視して頭を振り、クスクスと笑うときびすを返して部屋を出ていき、彼の背後でドアは再びロックされた。

「なあ」スキナーは僕らだけになると慎重に口を開いた。「ほんの数時間前、私はその椅子に座り、非常にはっきりと意思を伝えたはずだと思うのだがな。お前はどんな場合でも逃げようとしてはならん、と」

「理由があるんです」僕はため息をつき、件の肘掛け椅子にわが身を投げ出した。「明日の晩、またアリーナの試合が予定されてます。僕は、あなたはもう耐えられないんじゃないかと思って。危険を冒す価値はあると思ったんです」

「そしてこのちょっとした計画のことを私に言わなかったのは…?」彼はそう投げかけてきた。

「あなたが認めてくれないと分かってたからです」

「ということは?」

「あなたは僕をとめたでしょう」

「で、もしそうなっていたら?」

「僕らはこんな面倒には陥らなかった」僕は僕の膝に頭を埋めた。

「いずれそのうちに、お前が私の命令に従うようになれば、我々は年を取るまで生きて、自分のベッドの上で死ねるかもしれんな」彼は僕のところに来て、ため息とともに僕の髪をかき回した。「おい、元気を出せ」彼は僕の脇に膝をつき、僕の体に両腕を回した。「お前は大丈夫だ」彼は僕をぎゅっと抱きしめて、僕の頭にキスした。

「大丈夫なんかじゃない。あの悪党どもは、僕のむき出しの尻に鞭を振り下ろすまで満足しないんだ。僕はとんでもないヘマをやらかしてしまったってことです」

「この件は、心底からお前を怯えさせているようだな」彼は彼の温かさと力強さで僕の体の奮えを鎮めようとしてくれたが、僕は怯えすぎていた。

「あなたは怖くないっていうんですか?」僕はピシャリと返した。

「お前は、これまでミュータントに対面し、銃で撃たれ、悪党に襲い掛かられ、襲撃されたこともある。今回のことだって何も変わりは無い」彼は宥めるようにいった。「考えすぎるな」

「そんなの無理です。僕は、ここの人間がどうしようもなく怖いんだ。奴らは、僕らがここに来た瞬間から僕のことを何も考えられなくなるほど叩きのめす理由をずっと探してるんだ。今まで生きてきて、これほど怖いと思ったことはありません」

「それでお前は、奴らが望むようにお前を痛めつけたとしたなら、奴らの勝ちだと思うのか?」彼は僕の頭を両手で挟み、僕の魂を覗き込んだ。

「僕が負けを認めないでいられるほど強くいられるかどうか、わからないんです。ええ、奴らの勝ちになると思います」僕は認めた。

「では、お前が心からそう感じていなくても、奴らがお前を無理やりに服従させることができるかもしれないと?」

「はい」

「そんなことはできはしない。奴らが何を言おうと、しようと、何も変わりなどありはしない。お前は真実を知ることになるはずだ。私にはそれが分かる」

「真実ってなんです?」僕は彼に尋ねた。まだ身体が震えていた。「僕にはもう真実ってものがわからないんです。僕らが知ることになる真実ってなんなんですか?」

「たった一つのことだ」彼の黒っぽい瞳は、純粋の漆黒の玉のようにぎらついた。「お前は、私のものだということだ」

「僕が他に知る必要のあることは?」僕は囁いた。

「なにもない。ただそれだけで、それが重要なのだ」彼は火を噴くように囁き返した。

「だったら、あなたが…」僕は口を開き、目を閉じた。あえてそれを頼むのが怖かった。

「なんだ?」彼は僕の顔の両脇に親指を走らせた。

「わかってるでしょう。あなたは、マットや他の奴らが僕に触れることを許さないって。僕が叩きのめされなければならないのだとしたら、僕が力ずくで服従させられるなら、だったら、あなたがそれをしてください」

「無理だ…、私にはできない…」彼は絞め殺されるような声でそういった。

「いいえ。どうしてもあなたにやってもらわなくては、なにがあっても」

彼は立ち上がって考えをめぐらせ続け、僕はしばらくの間、彼が部屋中を歩き回るのを見ていた。

「お願いです。僕は奴らの誰にも服従するつもりはありません。そんなことできない。お願いです」気付いたとき、僕は静かにそう口にしていた。「どうしても避けられないことなら、あなたであって欲しい」

「なぜだ?」彼は僕の所に戻ってきて、僕の正面に立ち、僕の両肩にその手を置いた。

「なぜなら僕はあなたのことを信頼していて、奴らのことは信頼してないからです。奴らに痛めつけられたくなんかないんです」

「でも私がするならいいというのか?」彼の大きな手が僕の首を揉んだ。彼は、心をかき乱され、困惑した表情を見せていた。

「ええ、あなたなら」

「私にそんなことをしろなどと言わないでくれ、フォックス」彼は惨めに言った。

「あなたでなければ駄目なんです。あなたが言ったように、僕はあなたのものなんです。それは双方向の関係でもあるでしょう?あなたには責任がある、違いますか?」

彼の視線が弾かれたように上がり、僕と目を合わせた彼は、僕がたった今言ったことが真実だと理解していた。「もちろん、そうだ」彼はやわらかく呟いた。

僕らは長い間黙ったままでいた。もしかしたら僕はこんな頼みをしたことで彼に取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない、でも少なくとも、身勝手な悪党である僕は、もうさっきほど怖くなくなっていた。僕に専門家としての心理学的鑑定なんか聞かないでくれよ。皆が僕の心理学の学位が何らかの役に立つだろうと考えてることはわかってる。ボスとして、恋人として、僕が既に彼に服従してしまっているということが、他の誰からでも耐えられないだろうこの究極の恥辱を、彼の手によるものならなんとか耐えられると思わせているのかもしれない。僕は彼を信頼していて、さらに追加すれば、彼は僕に対して越えてはならない一線を越えたり、本当の意味で、つまり僕が立ち直れないような形で僕を傷つけることは絶対にない。

「いままで、あの、こんなようなことやったことありますか?」僕は彼のこれまでの性的遍歴について何も知らないことに突然思い至って、彼に尋ねた。

「いいや。私がどんな人生を送ってきたと思っているのだ?」彼は強い調子で聞き返した。

「あー、知りません。あなたの個人的なことなんか何にも知らない、そうでしょう?僕は、あなたのことを完全にストレートの上司だと思っていた、そして気付いたら、あなたは僕をベッドに投げ出して、荒っぽいセックスをした上、あなたは男相手の時だけ自分を解き放つんだなんて告白したんですよ。いままで何人くらいの男性と経験があるんですか?」

「多くはない」彼は唸るように言った。「私はずっと長い間、結婚生活を幸せに送ってきた。時として、男を相手に思いのままに我を忘れることを思い描いたことがなかったとは言わないが、人生とは単なるセックスだけにはとどまらないものだ。大抵の場合、私は仕事に忙殺されていたしな。確実に言えることは、ゲイ社会-ましてやSMの過激派グループなどに魅力を感じたことなど一度もない。こういったものへの興味など理解できん」彼は戸棚一杯の鞭にむかって腕を振った。「こういった脅しを使わなければ得られない力など意味が無い-単なる見世物だ。お前をそばに置いておくため、お前を私のそばに縛りつけ、叩きのめさなければならないとしたら、そこにどんな力が介在するというのだ?そんなことを必要とするのは、ただ力を誇示したい輩か、臆病ものだけだ。セックスゲームとなると話は別だが-その戸棚の中にあるようなものを性欲をかきたてるための小道具として使うことで楽しむ人間もいるだろうことは理解できる、しかし、ここまでのレベルとなると別だ、ここで奴らが採用しているようなやり方は理解できん」両腕を頭の後ろに組んで彼はベッドに身体を投げ出し、僕は彼と彼が言ったことに魅了され、彼のことを長い間見つめていた。

「レニーは、あなたはトップの素質を持ってるって言ってましたよ」僕は呟いた。「僕は、今なら彼の言っている意味がわかる気がする」

「ああ、レニーのたわ言など気にするな」スキナーは僕に向かって笑顔を見せた。「力の応酬というものに何らかの官能性があることは認める-お前は私のために全てを投げ出さねばならず、私はお前を私のものにしなければならない、というような。それは認める-だがその関係では我々は対等になる。ニックとサウンダースも対等だ、そのことを彼らのどちらかでも理解しているかは定かではないがな。彼らはお互いが望むものをお互いから得ているわけだ」

「あなたは僕なんかが想像しうるよりもずっと、この事態を理解してるみたいですね」僕は彼の隣に横になり、頭を彼の腿に乗せた。彼の指が僕の顔を見つけ、優しく撫でた。

「そうだ。これは本能的なものだ。男というものは、常にこんなゲームをしているものだ-ただ通常は、地位や、女性や、金なんかを巡ってやるものだがな。お前は違う。私はすぐにそれに気付いた。お前は他の男達のようにはゲームをしない、だがお前のそういった性質がどこからくるものなのかを判別するには随分時間がかかった。お前は私と対をなすものなのだ、フォックス。私達はお互いにぴったりと重なり合う。ここの奴らはその概念を主人と奴隷という言葉に貶めているが、もっとずっと込み入ったことなのだ。奴らはそれで遊んでいるだけで。私達はそれを生きている」

「はい」僕はシンプルにそういった、なぜならそれは真実で、それがぞっとする概念であることなんかもう気にならなくなっていたからだ。5年もの否定なんて、誰にとっても充分な長さだ。

「そして、私はと言えば、まさにこんなことが起こらないよう、お前を管理下に置く必要があってこれまでお前を脅しつけてきたのだが、一度としてお前を傷つけたいと望んだことなどない」

「それは確かですか?」僕は彼に向かってにっと笑い、彼をからかった。「レニーは、あなたは聖人並みの辛抱強さを持ってるって、そしてあなたは、僕をあなたの膝の上に投げ出して、たっぷり尻を叩いてやりくてうずうずしてるに違いないって言ってましたよ」

「ああ、そうだな。まあ、そうしたかった、明らかにな」彼はにっと笑い返した。

「なんですって?」僕は、怒りに駆られて身体を起こした。

「誰でもそうしたいさ、フォックス」彼は僕を再び引っ張り倒した。「それがお前に対する普通の反応だ。そして私は、その点では過剰に最悪なお前の行動に苦しめられざるを得なかった、ということは、私は特典を与えられてもいい、ということだろうな」

「誰でも?」僕はびっくりして彼を見た。

「ああ、そうだ。内部監査課の黒っぽい髪の男を知ってるだろう?お前に関する詰問会を開くたび、毎回私が呼びつけなければならなかった男を?」

「ええ」僕はその男を思い浮かべた。そいつは一度、どうして僕がそんなに偏執狂なのかと訪ねたことがある。

「あー、お前についての我々のいつもの熱のこもった議論の最中、彼は繰り返しその手のひらをデスクの上に叩きつけ始めてな、彼の頭の中をどんな考えが巡っているか私には何の疑いもなく想像できた。それについては私も共感できる」

「くそ。誰でもだなんて…」その概念に依然驚嘆しつつ、僕はいった。

「ああ、-スカリーを例にとって見ろ。彼女は、アパートにお前の名前をつけたヘアブラシとスリッパを持っているに違いない。賭けてもいいが、例によってお前が彼女を振り切って行方をくらました後、彼女は家に帰って、カウチのクッションを膝に乗せ、狙いをつけ、そして…」

「やめて!」僕はそのイメージを連想して大笑いした。

「冗談だと思っているのか?」彼は僕を抱え込んでキスした。「夢だと思いたいのはわかるがな、フォックス。それが現実だ」

彼の両腕は心地よかった、そして彼は一晩中僕を放さなかった。僕は、朝、何が起こるかについては考えないようにした。僕の頭の小さな片隅では、書斎での僕の運命の出来事の前に、救出チームによって助け出されると思い込もうとしていたのだと思う。

* * *

僕は彼に服を脱がされて目を覚ました-僕は“逃亡用”の服装のまま眠りに落ちていたのだ。

「何時ですか?」僕はぶつぶつと言った。

「10時だ」彼は囁いた。

「朝食はどうしました?」僕は起き上がろうとしたが、僕を押さえ込む彼の腕は重たかった。

「我々は二人とも空腹だとは思わん。書斎へ行くまでには一時間ある。最大限利用しよう」

彼の様子はなんだか違っていた、でもそれがなんなのかはわからなかった。彼は僕のシャツのボタンを外し終えると、ズボンへと移った。

「そんな気分じゃないです」僕は彼にそういって彼を押しのけた。僕の中で不安な気持ちが蓋を開けつつあるのを感じていた。僕はベッドから転がり出て、バスルームへ行き用を足し、部屋へ戻ったとき、彼が奇妙に考え込んだような表情を浮かべてベッドの脇に腰を下ろしているのを見つけた。

「来なさい」彼はそう言って手招きし、僕はそれに従って近づいた。「跪け」僕は気付いた時には彼の膝の間にいて、彼は僕の頭を両手で持ち僕の目をじっと覗き込んだ。「私を信用しているか、フォックス?」彼は尋ねた。

「はい。命の全てで」僕は正直にそう彼に伝えた。

「よろしい。それでは、私のためにあることをしてもらう必要がある、お前には難しいと思うだろうことだ」

「なんですか?」僕が緊張すると、彼の指が僕を宥めた。

「私のために全てを放棄して、お前が行きたくない場所まで私についてきてもらわなければならない」

「言ってることがわかりません」僕は彼の瞳の暗さと、僕の顔を押さえる彼の手の硬さに僕は身動きできなくなった。

「お前は、私の言うとおりにする。お前は私のものだ」彼の手は僕の顔を離れ、僕のシャツへと下りた。彼は僕のシャツを肩から押しのけ、シャツは床に滑り落ちた。「私は、私の望むことをお前にすることが出来る」彼は僕の耳の後ろにキスし、僕は僕の意思に関わらず僕の体が反応するのを感じた。「そうではないのか?」彼は囁き、彼の手が僕のズボンのファスナーにかかり、ジッパーを下ろし、僕のズボンを脱がせた。「どうなのだ?」彼は強固に問いかけた。

「そうです」僕は彼にそんな風に語りかけられて、自分が溺れていくのを感じた。僕は、書斎のことを忘れ、彼以外の全てを忘れた、彼の匂い、そして彼がどんな風に僕にキスするか。僕は彼が僕を完全に裸に剥く前に勃起していた、そして彼は僕をベッドの上に身体ごと引きずりあげた。

「それならば、私の言うことを聞くのだ」彼の声を低く、荒々しくしわがれて、あまりにセクシーで僕は動けなくなった。僕は彼の勃起が僕に食い込むのを感じ、僕のコックは硬くなって準備が整った。「私はまだお前をいかせることはしない。お前は私がいいというまで達することはできない。わかったか?」

「はい」僕は僕の体の回りを万力のように締め付ける手とは裏腹に彼の唇が首の後ろに優しく押し当てられるのを感じてうめき声をあげた。

「私の言葉の通りだぞ。お前は私のためにそうしなければならない。それが重要なのだ」

「はい。わかりました」僕の呼吸はきつく速くなり、僕に関する限り、この時点では全宇宙に彼と僕だけしか存在しなくなった。

「よろしい。後で褒美をやることにしよう、フォックス。私を信じなさい」彼は彼の手の力を緩め、彼の指が僕の乳首を見つけて優しく愛撫した。「しかしその褒美は待たなければならない。後で、ずっと後でだ-そしてそれはお前が想像するなにより素晴らしいものだ」

「それってなんですか?」彼の探求の指はまだ僕の乳首を弄っていて、僕はうめいて彼の股間の勃起を僕に突き刺させようと彼に身体を寄せた。

「まだだ。後で話す」彼の唇が僕の背中を辿り、彼の両手は僕の胸元に留まって、その愛撫には熱がこもり、終わりが無く、僕の体中に火のような震えを送ってきた。僕はコックのプレッシャーに我慢できず、両手をそこにおろしていった。彼の両手が素早く動き、僕がそれを手にする前に止め、僕の体の前で僕の両手首をきつく握り締めた。

「駄目だ」彼は、断固としていった。「私に従うのだ」

「でも触りたい」僕は泣き声をあげた。

「お前は従わねばならん。どうしても無理だというなら、お前を縛り上げることもできる、だができればお前の意思で従って欲しい、なぜなら私がそう頼んでいるのだから」

「努力します」僕はあたかも全身が敏感な感覚器官の塊になってしまったように感じた。僕の皮膚は彼の唇や指の微かな接触によって奮えた。僕のあらゆる部分が、性感帯に変わってしまった。

「私の前に服従するのだ」彼は囁き、彼の指は僕をバイオリンのように奏でた、僕の弦を弾き、もっとも美しい音楽を作り上げる。

「服従します。もう服従しています」僕は彼に身体を預け、彼の指が僕の内部を抜き差しするのを感じた。「ファックして」僕が囁くと、彼の指は僕の前立腺をしつこく刺激し、僕に喜びの汗をかかせた。

「お願い、お願いです。ファックして。お願いだから」僕は両手を背後に回し、彼の硬いコックを見つけて、僕の中に引き入れようとしたが、彼はただ僕の手を掴み、僕の体の前に戻して再び僕の手首をきつく握り締めた。

「言うことをきかないのなら、本当にお前を縛り上げるぞ」彼は囁き、どういうわけかそれによりどうしても彼を僕の中に欲しいという僕の思いをよりせっぱつまったものにさせた。

「お願い、お願い、ウォルター、ご主人様、サー、なんでもいい、お願い」僕は支離滅裂に呻いた。

「いい子だ」彼は僕の首に鼻を擦りつけた。「お前はなんだ?」

「あなたのものです。あなたの奴隷、あなたがめちゃめちゃにファックするもの。いいからやって、お願い」

彼の指が抜かれ、僕は喪失感に喘ぎ、彼のどんな部分でもいい、彼を、僕の中に感じたいと思った。

「それでは、私に奉仕するのだ」彼は言い、僕を振り向かせ、僕にコンドームを渡した。

僕は堂々とした硬いコックに触れ、震えた。僕は急速にその形状に慣れ親しみつつあったけれども、それは依然として僕を呼吸困難な状態に陥れた。僕は滑らかにコンドームをそれに滑らせ、彼の自制に驚嘆した。もしたった今彼が僕のコックに触れたとしたら、僕はイッてしまうだろう。彼は僕に潤滑剤を手渡し、僕はそれを彼のディックに塗りつけた。僕は彼の顎に沿って血管が脈打っているのが見え、彼を発電機に繋ぐというシャロンの冗談を僕に納得させるほどの熱が彼から発せられていた。彼が望めば町全体にパワーを供給できるだろうと僕は確信できた。

「さあ、仰向けに横になれ」

僕が一瞬問いかけるように彼を見つめると、彼の黒っぽい目は、絶対に譲らないというように僕を見つめ返した。

「さっさとするのだ、フォックス。私に従え」

僕は言われたとおりにして、彼が僕の上に覆いかぶさるのを見つめた。

「両足を私の肩に乗せろ。お前を見つめたままファックしたい。お前の目の中の感情を見たいのだ」

僕は震えた、僕の全身が性的緊張に悲鳴を上げていた。僕は直ちに彼に従った。

彼は両手を僕の尻の下に置き、尻を撫で、それからからかうようにそこを開いた。彼は指を一本挿入し、それから抜き出して、僕にフラストレーションのうめき声を上げさせた。彼が僕に身体を寄せると僕は彼の熱を感じることができた、それから彼は素早く両手を動かし、僕の尻たぶを警告なしに開いて、そして、またもや、僕は彼が僕の尻のきつい括約筋を通って進入する痛みと喜びのあの最初の絶妙なる瞬間を経験した。それから彼は滑らかに滑り込み、巧みに彼の全てを僕の中に潜り込ませた。彼の両手が僕をウエストを掴み、僕は昨日のタイミングの合った抜き差しを、僕のコックに触れ彼の腰の動きと同期して僕のコックを刺激する彼の手を切望した、が、それは訪れなかった。その代わり、彼は彼の全身を僕の中にねじ込むようにし、僕を彼に引き寄せた。その衝撃はまさに息を飲むほどで、僕は、オーガズムの甘い解放を願ってどうしても自分のコックに触れたくなったのだが、彼はまたしても僕を押しとどめた。彼の両手が僕の両手をきつく握り締め、彼は握った僕の手を僕の脇に叩きつけるようにおろして、そこに押さえつけた。

「駄目だ」彼は言って腰を僕に押し込み、僕に泣き声をあげさせた。「お前はこれをどうしたい?」彼は尋ねた。「私の中に入れたいか?」

「そんな…。させてくれるの?」僕は現状を理解しようとしていた。

「ああ」彼は再び腰を動かした。「お前が私に従うなら。お前が私の言うとおりにするなら、お前がイカないなら」

「イキたい…、我慢できない」僕はそれ以上我慢すると考えるだけで、泣き声をこらえることができなかった。

「駄目だ。お前は止められる。私のために。お前がそうできるなら、褒美をやろう-だがお前がこれに従うならの話だ」

僕は他の男の中に挿入するってどんな感じなんだろうと思い巡らした、僕の中にある彼の感じ、そして僕は、彼が感じている感覚を知りたいと、探求したいと、感じたいと思った。

「イキません。約束する。何でもあなたの言うとおりにする」

「私に服従するか?」彼は鋭く囁いた。「完全に?完璧に?お前の全てで、お前の過去も未来も全てで?全て私のものになるか?」

「はい。僕の全てで。僕は服従する!」僕は叫んだ。それにつれて彼の身体が僕に押し入り、執拗に僕の中を突き、僕の言葉とまともな思考を奪って行く。彼の目には熱がこもり、彼はその両手で僕の体を押さえつけ、その目で僕の精神を釘付けにした。僕の体のどんな部分も動かすことができなかった、僕らの間にかけられた呪文を僕には解くことができない。

「それを忘れるな」

彼は昨日やったような純粋に性的な解放の叫びで、クライマックスの唸りを上げた。そしてその声、匂い、彼の身体の熱だけで、僕は自分のディックに触れることなく達してしまいそうになった。僕は彼に差し出されたばかりの取り決めに、僕達が交わした約束に、契約にしがみついた。彼は身体を引き抜かず、僕は僕の中で彼が柔らかくなったのを感じた。今回、彼は僕を彼の下に抱き込み、僕をきつく抱いたままでいた。これは他のどんなときよりも彼のものになった気にさせた。彼は再び僕に繰り返し繰り返しキスして、それから優しく僕らの体を離した。

「私と一緒に来なさい」彼はベッドから出て、僕を引っ張り立たせ、そして僕をバスルームに連れて行った。僕のコックはまだ解放を求めて僕の前に突き出したままで、彼はそんな僕をシャワーに押入れ、ノブをひねって水を出し、水温を凍るような冷たさに合わせた。

「ファック!」彼の身体の熱の後では、それは熱帯から南極に瞬間移動させられたように感じ、僕の勃起は一瞬でしぼみ、僕の睾丸は温かさを求めて体内に引きあがった。

「そのままでいろ」彼はにやりと笑った。「そして手を触れるなよ。お前がシャワーの間にマスをかいていることを知っているのだぞ」

「どうしてそんなことを知ってるんです?」僕は仰天して彼に尋ねた。彼は野生的に笑った。

「私は知っているのだ、フォックス」彼は言って、歯を磨きに行った。彼がシャワーに戻ってくると、彼は水温を上げ、僕の隣に入った。僕のディックはたちまち硬くなり始めた。

「やめろ」彼はぴしりと言った。「お前はまだ待たねばならん」

「いつまで?」僕は、彼に石鹸を手渡しながら尋ねた、彼が僕に提案したことが頭を離れない。

「後でだ。書斎の後で」彼は言い、その言葉で僕の勃起は一瞬で消え去ってしまった。

「私を洗い、身体を拭き、身支度をさせろ」彼は有無を言わせずに命令した。彼の目は暗く計り知れなかった。

オーガズムの後も、僕がオフィスで知っている男性は戻ってこなかった。彼は依然として遠い存在で、命令的で荒っぽい。彼がこんな状態の時には、僕は慎重に行動する必要がある、そして僕は素早く、口答えせずに彼の言いつけに従った。

僕が彼を身支度させる間、彼は僕に触れなかった。事実、ラブメイキングのセッション以来、彼は僕を愛撫していない。今や彼はすごく支配的で、僕は彼のことが怖いくらいだった。僕は跪き、彼に靴下と靴を履かせ、以前にそうしてくれたように僕の髪を梳いて欲しいと思ったが、そうはならなかった。

「お前も支度しろ」彼はうなずき、僕は従順にジーンズを履き、なすすべも無く、この怒鳴るような命令に打ちひしがれてその間に立っていた。

ドアがノックされ、僕の心臓が激しく高鳴った。

「入れ」スキナーは、僕から目を離さずにそういった。僕はその暗い凝視から逃れることが出来なくなったのに気付いた。サウンダースが脇にニックを引き連れて入ってきて、そのすぐ背後にはマットともう一人の別のトップがいた。

「時間です、ミスタースキナー」サウンダースは微笑んだが、スキナーは彼を一度も見なかった。彼の目は依然として僕に固定されていた。僕の上司、僕のご主人様は僕に近づき、僕を壁に押し付けて、僕の手首を探りその両手で僕の手首を背後で拘束した。僕は自分で立っていられるかどうかもうわからなかった。

「言うのだ」彼は僕の耳元に囁いた。「お前の口から聞きたい」

「僕はあなたのものです」ためらいながら口を開いた。

「お前の全てが、だな」彼はうなずいた。「そして私はお前にどんなことでもできるのだな?」

「あなたが望むことはなんでも、ご主人様」

「よろしい。お前は服従するのだな?」

「はい。服従します」僕は彼の手の中で身体の力が抜け、ぐったりとするのを感じた。彼の腕の圧力だけが僕を支えている。

「素晴らしい。では私と一緒に来い」彼は僕を首をつかんで部屋から引っ張り出し、僕の運命に対面させるため僕を前にして廊下を押し進んでいった。

現在自分がどんな感情を抱いているのかはっきりしなかった、僕は僕を押しやる彼の体の熱だけを感じていた。彼は一度も僕から身体を離さず、僕は水面下にいるような感覚を味わっていた。全ての音がくぐもって聞こえ、焦点が合わず、僕の視界はもやがかった色にぼやけていた。僕は書斎の入り口で立ち止まり、凝視し、現実に立ち戻った。

全員がそこにいた、僕が痛めつけられるのを見るために、僕が叫び声をあげるのをみるために、全ての人間がそこに集まっていた。トップ達は樫のテーブルの周りの肘掛け椅子に腰掛け、サブ達は本棚の前に固まって床に跪いていた。僕は泣き声をあげて後ろに倒れ掛かったが、スキナーは再び僕を前に押した。

「私がお前を痛めつけたいと思うなら、私はそうする」彼は囁いた、彼の声は硬かったが、驚くほど優しかった。「私のために、痛い思いをしてくれるか、フォックス?」彼は僕の背後に立ち、彼の両腕は僕の胸の回りに巻きついた。そして僕は再び倒れそうな感覚を覚えていた。僕をずっと手放さないで欲しい。

「はい」僕はもはや自分が何に同意しているのかすらも定かでないまま、そう返答した。

「私のために痛みの極限にまで行ってくれるか?」彼は再び囁き声で尋ねた。

「はい」僕は今や他の誰も見えなかった。僕が感じるのはただ僕に押し付けられた彼の身体の熱と硬さだけだ。

「そして私が、お前が耐えられないほどにお前を痛めつけたいと思ったら、そうもさせてくれるのだな?」彼は知りたがってる、彼の腿が僕の尻をリズミカルに愛撫している。僕は首をそらし、汗が噴出してくるのを感じた。

「はい」僕はうなずいた。「はい、ご主人様。どんなことでも」こんな風に彼に全てを与え、彼に全てを任せ、彼に全権を委ねるのはとんでもない甘い喜びがあった。

「お前がそうさせるのは、お前が私のもので、私が望む、ただそれだけのためなのだな?」彼の両手が僕の手首をとり、きつく握って、僕の腹部に押し付けた。僕は彼の腕の中でぐったりと身体の力を抜いた。

「はい」僕は完全に彼の奴隷となって彼の腕に身体を預けた。

「よろしい。跪け」彼は命令し、僕は直ちに従い、彼が僕の正面に回るのをじっと見つめた。彼は僕の目を見つめている。「ここにいるのは、私とお前だけだ、フォックス。ただ私とお前だ」

何十組もの詮索好きな目に見られていることを意識して、僕は瞬きした。

「違う!」彼が吠え、僕の視線を彼に引き戻した。「ここにいるのは私とお前だけだ。わかったか?」

僕は視線を再び彼に引き付け、常に彼を視界に置き、一瞬たりとも視線を落とさなかった。

「はい」僕はうなずいた。

「よろしい。お前は私の言いつけに逆らった」

「はい」僕は再びうなずいた。

「しかしそれが理由でお前を罰したいのではない」彼の目が僕に突き刺さった。

「違うの?」僕は髪から流れ出た汗を拭った。

「違う。私がお前を罰するのは、お前が私のものだから、私がそうすることができるからだ。お前に関するどんな理由とも関係なく私はお前を罰するのだ。お前の服従は、私は既に手にしている。お前の身体も、確かに私のものだ。私に降伏することによってお前が失うものはなにもない。叫び声をあげるがいい、許しを請うがいい、泣き叫んでもいい。その全てをお前に許そう。その全てをお前にして欲しいのだ。これは私達の間のことだ;お前の私に対する献身の、お前が望んで奉仕し私を受け入れることの印だ、そして私からお前への、お前を支配する私の力のデモンストレーションなのだ」

くそ。この言葉だけで僕は固くなってしまう。また彼は僕をバイオリンのように奏でている。まるで彼の言葉で僕を弾いているようで、それはまさに的を得ていた。僕は、今彼にそうしろといわれたら、どんなことでもやるだろうと思った。彼は僕の顎に手を置き、僕を立たせ、僕の額に優しくキスした。

「鞭を取りに行って、私のところに持って来い」

(続く)