2025/09 wplace / SDS概論スタートアップ / 上方・江戸歌舞伎台帳
松下志朗著『九州被差別部落史研究』を読んで
-国立国会図書館のデータによれば、関連文献は1980年代をピークに激減し、2010年代にはほぼ途絶に近い状態となった。これは、2002年の特別措置法終了以降、問題が解決されたかのような風潮が広がり、学術的探求さえも停滞した「歴史の忘却」の時代を象徴している。-
松下志朗氏による『九州被差別部落史研究』は、九州地方における被差別部落の形成と支配、そしてそこに生きた人々の歴史を、膨大な史料に基づき実証的に解明した記念碑的研究である。本書の価値は、単なる過去の事実の掘り起こしに留まらず、現代日本社会が抱える同和問題の根源を理解するための不可欠な歴史的視座を提供する点にある。しかし、このテーマに対する社会的関心は近年著しく低下している。国立国会図書館のデータによれば、関連文献は1980年代をピークに激減し、2010年代にはほぼ途絶に近い状態となった。関連文献は1980年代に「同和問題」で6,507件、「部落差別」で5,713件とピークに達した後、急激に減少する。1990年代にはそれぞれ4,087件と3,644件となり、2000年代には420件と396件にまで落ち込み、2010年代にはそれぞれわずか23件と29件という、ほぼ途絶に近い状態となっている。これは、2002年の特別措置法終了以降、問題が解決されたかのような風潮が広がり、学術的探求さえも停滞した「歴史の忘却」の時代を象徴している。
本書全体を貫く松下氏の基本視座は、「地域性」と「重層性」という二つの概念に集約される。九州の被差別部落史を一枚岩の物語として語ることを退け、その形成過程が決して「皮革関係商工業者」を中心とする一元的なものではないと主張する。具体的には、「慶祝芸能者の編成」、「癩者の地域的・身分的隔離」、「皮革関係商工業者の編成」、そして非生産人口の把握といった、次元の異なる複数の社会的要因が複雑に絡み合って形成されたという重層的な歴史像を提示した。この視点は、憶測やステレオタイプを排し、史料に基づいて歴史を再構築するという誠実な研究姿勢の表れであり、差別問題と向き合う上での基本となるものである。
福岡での事例は、差別の歴史的ダイナミズムを如実に示している。近世初期、「皮革関係者は特定の役務を担う職能集団として位置づけられ、皮革上納と引き換えに諸役を免除されるなど、行政上の区分として把握されていた。」彼らは生産者であると同時に年貢を納める農民として、村落共同体にも部分的に編成されていたのである。しかし、この状況は寛文期(1660年代)、幕府による「キリシタン禁制強化」に伴う「宗門改」を転換点として劇的に変化する。
この全国的な人民調査を契機に、従来は多様な呼称であった被差別民衆が「穢多」という賤称の下に一元的に把握され、差別は制度的に構築・強化されていった。
この過程は、差別が「生まれつき」のものではなく、国家の統治政策という政治的・社会的要因によって後天的に「作られた」ものであることを雄弁に物語っている。
これらの知見は、「歴史の忘却」が進み、無知と偏見が再生産される危険に満ちた現代社会においてこそ、共有されなければならない。史料に基づき、差別の構造とその変遷を冷静に理解しようと努める地道な作業こそが、過去と向き合い、真の人権尊重を社会に根付かせるための唯一の道なのである。