2019年度

電力潮流の設計による動的性能の強化

荒幡充: Power Flow Design for Enhancing dynamic Performance(修士論文)の一部より

電力系統における分散型電源(太陽光や風力による発電など)の導入は,二酸化炭素排出力の削減や送配電損失の低減、エネルギー自給率の向上に貢献することが期待される.一方で,分散型電源の導入は電力系統にいくつかの悪影響を与える恐れがある.たとえば,分散型電源による発電量は天候に応じて不確実に変動する.この変動により,系統内の周波数や電圧は変動を起こし,最悪の場合,停電につながる.こうした事態を避けるために,電力系統の動的性能を強化する方策が必要となる.

 動的性能を強化する方策の一つとして,既存の制御器のパラメータ調整が挙げられる.しかしながら,分散型電源に起因する発電量の不確実性のもとで,制御器のパラメータをリアルタイムで調整することは非現実的である.本論文では,電力系統の潮流状態(系統内の電力の流れ)を設計することで,制御器のパラメータを調整せずに,動的性能を許可する方策を提案する.一般に,潮流状態はOPF(Optimal power flow)と呼ばれる問題を解くことで,燃費が最小となるように設計される.しかしながら,OPFの解に基づく潮流状態は,分散型電源の導入に起因する周波数や電圧の変動を十分に減衰できず,不安定化(停電など)を招く恐れがある.そこで,動的性能を強化し,不安定化を避けるための新たな潮流設計方策を提案する.

本研究では,動的性能を電力モデルのH2ノルム(動的性能を測る指標となるノルム)を用いて評価し,H2ノルムが最小となるように潮流状態を設計する.設計においては,A) H2最適な潮流状態の決定と,B) H2最適な潮流状態にどのように遷移させるか,の二つの問題に着目する.問題Aでは,分散型電源の発電量変動などの外乱に対して,優れた動的性能を有する潮流状態を決定する.問題Bでは,周波数変動を抑えながらH2最適な潮流状態へ到達するための,安全な遷移のさせ方を決定する.

参考文献

線形システムのためのインスタントモデル予測制御

吉田圭佑:Instant Model Predictive Control for Linear Systems(修士論文)の一部より

 近年の急速な技術発展に伴い,システムの構造やその仕様の複雑化が進行している.PID 制御に代表される従来の古典制御では,複雑なシステムの制御性能に限界があり,また複雑な仕様を十分に満足することができない.そこで,古典制御に代わる有効な制御方法としてモデル予測制御(MPC)が注目されている.MPCは,制御対象の状態軌道を予測し,速応性や入力抑制などの指標のもと軌道を最適化する制御方法である.その制御性能の高さや制御対象の制約を陽に考慮できることからこれまで多くのシステム制御に利用されてきたが,最適化計算による高い計算負荷が要求される.そのため,一般にMPC の実現において実装される計算機は十分高性能なものを必要とし,適用されるシステムが限定的になると考えられる.

 本論文では,制御入力の計算を「準」最適なものに留めることで,MPCの計算負荷低減を目指す.「準」最適な状態とは,最適化問題の求解途中における決定変数の状態を指す.準最適化では繰り返し計算を必要とすることなく即座(instant) に制御入力が決定されることから,提案するMPCを「Instant MPC(iMPC)」と名付ける.iMPC は連続時間最適化アルゴリズムである“Primal-Dual Gradient Algorithm (PDGA)” によって実現され,動的システムとして記述される.ここで,従来のMPC は最適化問題の最適解により制御入力を決定することから,KKT 条件という陰関数で記述される“Implicit” 制御器としてみなすことができる.一方,提案するiMPC はPDGA という陽関数で記述される“Explicit” 制御器として動作することから,これらは大きく異なる概念となる.繰り返し計算を必要としないiMPC により,大幅な計算負荷の低減が期待される.さらに,消散性と呼ばれる動的システムの性質を用いることでiMPC による制御系全体の安定性保証も行う.

 本論文では,数値実験によりiMPC の有用性を示す.本論文では線形システムに対する制御理論として開発したiMPC を非線形システムに対する理論まで拡張する試みも紹介する.このために,非線形システムを線形モデルとして近似し,近似モデルのもとでのiMPC の構築や安定性理論もあたえる.

参考文献