勝手に浜松旅行記

勝手に浜松旅行記(1/2)


 浜松へ定期的に通い、レッツやちまた公民館を通じて色々な人と知り合ううちに、「浜松って面白いことをやっている人が多いな!!!」との印象が強まっていった。そこで今回はちまた公民館を飛び出して、2か所の拠点を取材させてもらった。さまざまな人がいれば、さまざまな「居場所」がある。時にはノマド的に渡り歩くのも良いかもしれない。旅の提案も兼ねて、紹介したい。


〇みかわや|コトバコ


 交差点にたたずむ建物は、築50年ぐらいだろうか。外壁は少しくすんでいて、歩道に突き出たひさしは、所々さびている。よく晴れたクリスマスイブの午後、私は浜松市中区尾張町にある「みかわや|コトバコ」に来ていた。食堂、製本、八百屋などが一緒くたになっている場で、運営者の大端さんは、クリエイティブサポートレッツの呼びかけで発足した「浜松ちまた会議」のメンバーでもある。以前シンポジウムでお話を聞いてからずっと気になっていたので、思い切って取材をお願いしてみた。

 どうやら今日は野菜の販売日らしい。建物の外に、キャベツやねぎが入ったケースがいくつも置かれている。ちょうど買い物を終えた女性が「良いお年を。お互い元気でいようね」と男性店員に手を振っている。もう今年もそんな時期かとしみじみしていると、こちらに気づいた店員さんが「大端さんなら、向かいの盆栽屋さんにいるよ」と教えてくれた。


 盆栽屋さん…?言われた通り交差点を渡って白い建物に入ると、ちょうど大端さんが若い男性客と話し始めたところだった。この「頭山」の店内には盆栽のほか、サボテンやCDが置かれたギャラリースペースがある。大端さんは接客の合間を縫って、この店は今年、別の人と二人で始めたのだと説明してくれた。盆栽が好きなんですかと訊いたら、「それもあるけど、とにかく空き家を使いたい気持ちがあって。向かいのみかわやから、『あの建物は日あたりが良いなあ』と2年ほど目をつけていたんです」と返ってきた。


  そう。大端さんの活動は、空き家を中心に回っている。住宅情報誌の編集を手掛けていたころ、古い建物が活用されないまま新築が増えていく業界の在り方に疑問を抱いたのが始まりだそうだ。参加したリノベーションスクールで現在の「みかわや|コトバコ」の物件を知り、なんと用途も決めずにオーナーさんから借り受けたらしい。


この物件はもともと日用品店で、大量の商品や道具がそのままになっていた。片付けの手伝いに駆けつけ、その後「テナント」となったのが、製本業、野菜販売、サッカー選手対象の英会話教室、発酵食の食堂といった業種の人たちだった。「この組み合わせになったのはたまたまなんです」と大端さんは言う。「ここは得体の知れないスペースです。製本作業している目の前で、野菜が売られている。ちゃんと区分けもされていない、ファジーな空間。でも分かりにくいからこそ、気になる人はいるのかも。もちろん、あまりにも得体が知れないので中に入れない、という人もいると思いますが」。今はワインとカヌレの店、プログラミング教室、レモンサワー店、焼き菓子店、コーヒー屋、設計事務所の方々なども加わっている。「テナント」の人たちはそれぞれの曜日にやってくるが、他にもサッカーW杯の観戦会が開かれたり、交差点でお祭りが敢行されたりと、さまざまな企画が生まれている。お祭りでは隣のラーメン屋が野菜炒め、精肉店が鶏の唐揚げを出品するなど、交差点周辺の人たちを巻き込む形でおこなわれた。


ただ、大端さんはコミュニティづくりや地域おこしがしたいわけではないらしい。「僕は空き家を使いたいだけで、それさえできれば何でも良い。ガワを用意する人間なんです。みかわやでもあくまで建物の管理人なので、コンテンツに口出しはしません。自分たちで好きにやってね、というスタンスです」。建造物への愛が強いんですね、と相槌を打つと、大端さんは「いや…」と首を傾げた。「愛というより、今の建築の流れが気に食わないんだと思います。社会は縮小しているのに、郊外にはどんどん分譲が建つ。空き家は古くて危ないというイメージが根強い。でも、すでにあるものは使えたほうが良いじゃないですか。だからずっと実験を重ねている感じです」。みかわやも実験の一環だ。「もちろん、僕が街の空き家すべてを活用できるわけではありません。だから他の方たちに『この辺は面白いエリアだな』と認知してもらって、空き家を使う人を増やすしかない。まちづくりは手法であって、目的そのものではありません」。


大端さんは「空き家の活用」という明確な目的を持っている。みかわやの「テナント」の人たちも、それぞれの目的のために、良い意味で互いを利用しあっているのかもしれない。でも決して互いを排除せず、ファジーであり続ける。このごちゃまぜ感、何だかちまた公民館に似ている。ちまた公民館が「属性のごちゃまぜ状態」なら、みかわやは「業種やコンテンツのごちゃまぜ状態」と言えるかもしれない。外から見ただけではよく分からない建物の中では、実はめちゃくちゃ面白いことが起きていたりするのだと思った。

〇プスプスby ZING


 12月23日。私はちまた公民館で、1冊のZINE(ジン)が完成する工程を見届けていた。その時間、わずか2時間半。少し拍子抜けするぐらい、あっという間に出来上がってしまった。ざっくり言うとZINEとは「個人や団体が自由にまとめた冊子」で、主に自発的につくられたものを指すらしい。


この日はレッツのスタッフで、ZINEの制作・研究グループ「ZING」を手掛けてる吉田朝麻さん主催のワークショップが開かれていた。吉田さんは、レッツのメンバーたちと数々の名曲を生み出してきたミュージシャンでもあるマルチプレイヤーだ。


この日は8人が参加し、1人につき見開き1ページを担当した。旅行先で撮った写真を貼り付ける人、マイブームと自己効力感について論じる人、浜松のグルメとそれにまつわる思い出を紹介する人。みんな黙々と作業していた。できあがったページは吉田さんが手際よく貼り合わせ、印刷し、ホチキス留めし、瞬く間に小冊子の出来上がりだ。「こんなに早く出来るんですね」と驚く参加者に、吉田さんは「勢いが大事なんですよ!」と笑っていた。


実は私もひそかにZINEを作ってみたいと思っていたのだが、「イラストレーターを使えなきゃだめかな」「そもそも何を書こう」「でも才能ないしな」などとウダウダしてしまい、そのままになっている。でもそうか、今この瞬間に湧き出たものを形にしちゃえば良いんだな。何だか勇気をもらった。


ワークショップで各地を回っている吉田さんだが、11月下旬に「プスプス」という拠点を浜松市中心部に設けたらしく、翌日に訪ねてみた。もともとは倉庫だったスペースを広々と使っていて、リソグラフ印刷、シルクスクリーン、缶バッジづくりができる印刷工房となっている。ZINEを自由に読めるスペースもあり、ソファでは4歳の息子さんがユーチューブを見たり、ペットボトルに色を塗ったりしてくつろいでいる。吉田さんは刷り上がったばかりのZINEを半分に折りながら、拠点づくりの経緯を話し始めてくれた。


ZINEを知ったのは2012年。関西から浜松に出てきて、スズキでバイクのデザインを担当していたころだった。あるイラストレーターとの出会いでZINEに興味を持つが「作品を集めるよりも、作る人を増やすほうが面白そう」と思い、「ZING」を発足。ワークショップや展覧会を主催するようになった。


 その後会社を辞め、アーティストだった父親の展覧会を手伝いに、半年間アメリカへ渡る。「人に勧められて、ポートランドにあるIndependent Publishing Resource Center(IPRC)へ行ったんですよ。そこで、自分がやろうとしていたことは間違っていなかったんだと確信しました」。センターには製本機やパソコン、活版印刷、シルクスクリーンが置かれ、作家が編集、出力、製本ができる拠点となっていた。中にはフェミニズム運動と連動する作品や、かなりアナーキーなものまであり、その奥深さに魅せられた。


 帰国後は浜松市の助成金を活用し、2014年3月までZINGの店舗を設けた。その後もイベントに出展したり、ワークショップに出向いたりしてきたが、やはり「街中で色々な人が来られる拠点をつくりたい」との思いが膨らみ、現在のプスプスをオープンさせた。


 「表現活動の敷居を下げるのが僕の命題なんです」と吉田さんは言う。たしかに表現活動やアートって、上手くないとやってはいけない、と思いがちだ。「日本の音楽や美術の教育って、どうしても専門性や権威にすがりがちですよね。僕の場合、デザインは大学で学んだけど、大好きな音楽はほぼ独学。でも誰に何を言われようと、音楽をやめる理由がありません。こう思えるものって、誰にでもあるんじゃないかと思っています」。


 ZINEのワークショップ参加者は、子どもから高齢者まで様々だ。ふらっと立ち寄って加わった人もいれば、「何か作ってみたかったけど、どうすれば良いか分からなかった」と言う人もいる。ちまた公民館のワークショップでも、ある参加者から「無心で好きなことをしたためられて、なんだかすっきりした」と言われた。「表現活動やアウトプットって、排泄だと思うんですよ」と吉田さんは笑う。「でも大事なのは排泄物そのものではなく、排泄行為のほう。表現者の生きがいは、排泄までどうこぎ着けるか、にあると思います。一度出ちゃったものをどうするか、次へのバネにできるかどうかが大切なんです」。これはアーティストに限らず、すべての人に当てはまるんじゃないか、と吉田さんは考える。ZINGのワークショップに参加する、いわゆる一般の人たちは、さまざまな表現や言葉を持っている。吉田さんはそれらを見るのが楽しくて仕方ないそうだ。


 ZINGは徹底して「あなたの思いは、形に残す価値があるものなんですよ」とのメッセージを発し続けている。そうやって「お墨付き」を得た参加者は、内に秘めていた思いや、その瞬間に思いついたものをしたためる。表現することは、生きることなのかもしれない。そして、人は「自由な表現が許された」と思えた瞬間、そこを居場所と感じられるのかもしれない、と思った。