ぶれる境界線

ぶれる境界線


昨年秋、大好きだったはずの仕事に疲れ切ってしまい、うつ状態と診断された。このままではだめだと思いつつも力が出ず、数か月間はただソファで横たわっていた。そんな私を見かねた友人が紹介してくれたのが、浜松市で障害福祉事業を運営するNPO法人クリエイティブサポートレッツだった。


日中はレッツの福祉事業所で、夜は利用者さんが3人暮らすシェアハウスで、1週間ほど「療養」させてもらった。だが、支援の手伝いは全くしていない。というか、そもそも何もしなかった。最初はどう過ごせば良いのか戸惑ったけど、誰も何も言ってこないし、変な目で見られることもない。利用者さんが走り回るのをぼんやり眺めたり、時々おしゃべりにまぜてもらったり。人と話す気になれず、こたつで昼寝した日もある。


レッツは、家でも職場でもない、自分にとっての「サード・プレイス(第3の居場所)」になった。カフェとの違いは、何も買わなくても居させてくれることだ。誰もジロジロ見てこないけど、すこーしだけ関心を持ってくれる。ハプニングは多々あるけど、それ以上にくすっと笑える出来事がたくさんある。人見知りで、地元の居酒屋よりも商業施設のフードコートを選ぶような自分にとっては、ちょうど良い心地よさだった。


たぶんあの場所で過ごしたことで、自分と他者の間に横たわる境界線が少しずつ曖昧になっていった。あなたはあなた、私は私。属性も性格も関心も違うし、時々摩擦も起きるけど、だからといって関わりがゼロなのも寂しいじゃん?そんな雰囲気のおかげで、日々の仕事や人間関係で身にまとった「鎧」のようなものが、少し軽くなった気がした。


レッツがそんな居場所を街中へ拡張するというので、8月末、今度は取材という名目で浜松市を訪れた。商店が立ち並ぶ交差点の一角に9月中旬、「ちまた公民館」はオープンする。障害の有無に関係なく、銅版画のワークショップや映画の上映会に参加することもできるし、無料でコーヒーを飲むこともできる。自分の作業をしても、おしゃべりしても、ただ座っていても良い。疲れてすぐに退散したって、誰もとがめない。そんな場所がまた一つ増えるなんて、私は浜松市民が心底うらやましい。


 自分はというと、その後体調は少しずつ回復し、7年務めた会社を思い切って辞めた。それでも人見知りは直らないし、新しい仕事や人間関係で、鎧はきっとまた重くなっていく。そんな時は再びサード・プレイスに逃げ込んで、人と話したり話さなかったりしながら、少しずつ整えれば良い。ちまた公民館で取材するふりをしながら、ぼーっと過ごす未来が見える気がする。


文・原菜月