ある日出会った、ちまたの人たち

ある日出会った、ちまたの人たち(1/4)


 ちまた公民館にはいろいろな人がやってくる。「常連」になった人、ふらっと偶然足を踏み入れた人、レッツのメンバーやスタッフさん。ここにいると、彼らの日常が少しだけ垣間見えた気になる。今回のコラムは、そんな出会いの記録です。起承転結や結論は特にないけど、物語(とこちらが勝手に思っているもの)の断片を、徒然なるままに書いてみました。


【Oさん 70代女性】

 「これ、きのう言ってたやつなんだけど」。カラッと晴れた日の午前10時半過ぎ。紙袋を提げた一人の高齢女性がちまた公民館へやってきた。スタッフさんとの会話を聞いていると、どうやらいらなくなった鉛筆やホチキスの針を寄付してくれたらしい。

 外へ出た彼女を追いかけ、横断歩道で信号待ちしているところを「すみません」と話しかけてみた。70代のOさん。このあたりは朝の散歩コースなんだとか。午前6時過ぎに家を出て、浜松城公園でラジオ体操に参加し、近くの本屋兼カフェに立ち寄る。その帰り道、ちまた公民館の窓にある「おうちに眠るクレヨンや絵の具があったら使わせてください」と書かれた張り紙が目に入ったらしい。「鉛筆は娘たちが小さいころに買ったもので、バザーに出そうとしたんだけど、『印字された鉛筆は売れません』って断られたの」。たしかに鉛筆は記念品らしく「みんなで築こう防災都市 浜松市消防本部」などと書かれている。ホチキスの針は、昔旦那さんが和食屋をやっていた時に大量購入したもの。「男の人って、いらないものをたくさん買うよねえ」とOさんは笑う。

 8年前に旦那さんが病気で亡くなり、数十年続いた店を畳んだ。「お店をやっていた時は毎日忙しかった。子育ての記憶があまりないくらい」とOさんは振り返る。ああ、この人の話をもう少し聞きたい!直感的にそう思い、話が一瞬途切れた隙に「立ち話も何なので、中に入ってコーヒーでも飲みませんか」と誘ってみた。Oさんは少し迷った後「じゃあ、ちょっと行ってみようかな」と応じてくれた。


 

ある日出会った、ちまたの人たち(2/4)

 

【Oさん 70代女性②】

 ちまた公民館に足を踏み入れたOさんは、少しそわそわした様子であたりを見回している。好きなところに座ってくださいと促すと、奥の丸椅子に腰かけた。スタッフの穂奈美さんがコーヒーを淹れてくれようとするが、機械が不調なのか少し苦戦している。待ちながら、先ほどの話の続きをする。

 Oさんはとにかく活発だ。ラジオ体操や古本屋めぐりの他にも、お花教室や外食へ行く。山登りにハマった時期もあったが、怪我をしてやめたらしい。「ラジオ体操で会う友達、ご飯に行く友達、お花教室の友達、山登り仲間、学生時代の親友。いろいろな友達がいるんだよ」と教えてくれた。ずっと一緒にいると疲れるので、目的別に人間関係を築くのがOさん流らしい。

「たとえばラジオ体操に一人で行ったとして、そこでどうやって友達を作るんですか」と質問してみる。Oさんは「え、どうやって?」と笑う。「そりゃ、まずは『こんにちはー』でしょ」。挨拶からどうやって発展させるんですか?「『よく会うねー』って。で、LINEグループをつくる」。

 挨拶プラスアルファが大事なんだなあ。自分は学校や職場でじっくり仲良くなった友達が多いから、Oさんの身軽さと大胆さがまぶしく思える。夫婦で経営していた和食屋での接客経験も大きいらしい。「大事なのは雑談力!上辺よ、上辺」と、Oさんは冗談めかして言う。「お互い立ち入りすぎると、傷つくことがあるでしょ。『アンタ、もっとこうしたほうが良いよ』って言われたって、何よって思ったりするじゃない。だからね、ちょっと上辺ぐらいでも良いんだよ」。親切以上おせっかい未満、ぐらいが良いんですかね?「そうそうそう」。じゃあ、友達とはどんな話をするんですか?「うーん。お花教室ではずっと雑談してる。先生も同年代で、みんなずっとしゃべってるから、お花は全然うまくならない。ハハハ」。例えばどんな雑談をするんですか?「この間だと、国葬のこととか」。えっ、政治の話って喧嘩にならないの?「ならないならない!自分と違う意見の人がいても、へえそうなんだ、としか思わない。一人でニュースを見て怒ることはあるけど、人と話している時はそんなにムキにならないよ。そう考えると、年を取るのも悪くないかもね」。

じゃあ、ふと孤独感を感じたりすることはありますか?少し思い切った質問に、Oさんは「そりゃあ…」と口ごもった。「旦那が亡くなった後、あとは私も死ぬだけだからって言ったら、娘に怒られたことがあったわ。ハハハ」。

ちなみに最近、雑誌で「ひとりグループLINE」の作り方を知り、メモ代わりに使い始めたらしい。少し見せてもらったら「リフォーム屋のおじさん、傘を無料で直してくれてありがとう」などと書かれていた。

 穂奈美さんが苦戦の末に淹れてくれたコーヒーを飲み、お菓子を食べながら、他の人も交えながら1時間ほどしゃべり、Oさんは帰っていった。私も早起きできたら、浜松城公園のラジオ体操に行ってみよう。人生の大先輩に刺激を受け張り切ってみたものの、翌朝は大寝坊をかました。


ある日出会った、ちまたの人たち(3/4)


【ガチャガチャおじさん】

 ちまた公民館がプレオープンした直後から、毎日ガチャガチャで遊んでいく男性がいる。スタッフさんにそう聞いてから、彼のことをひそかに「ガチャガチャおじさん」と呼び、会うのを楽しみにしていた。スタッフの穂奈美さんに「今日、おじさん来ますかねえ」と聞くと、「たぶん昼頃に来ると思いますよ」とのことだったので、昼ご飯を食べずに待ってみた。そしてこの日、ようやく会えたのだ!

来訪は昼の12時半ごろ。キャップをかぶったおじさんは、誰に声をかけるでもなく、入口近くのガチャガチャに慣れた手つきで百円玉を入れた。「よく来られるんですか」と話しかけてみたら(知っているくせに、しらじらしい!)、早朝から仕事があって、その帰りに寄っているのだと教えてくれた。「年金だけじゃ暮らせないからね~」とぼやきながら、ガチャガチャから出てきたプラスチックの球を手に取る。「俺、これ好きなんだよ。家にもミニカーとかがたくさんあるの」。生粋のガチャガチャ好きらしい。

この日はリボンがついているヘアゴムが出てきた。おじさんは「うーん、これは女の子用だなあ」と言い、近くにいた穂奈美さんに「はい」と手渡した。その後雑談していたら、ふと「今日はちょっと中に入ってみようかなあ。良いかなあ」とこちらの様子を少しうかがった後、ゆっくりとちまた公民館へ入っていった。何だかこのとき、妙に感動してしまった。

その後30分ぐらいだろうか、おじさんと穂奈美さんと私の3人で、しばらく雑談していた。どちらかというと、おじさんの話に二人で耳を傾けていた。「スマホの操作がよく分からない」と言うので、写真の保存方法をレクチャーしたりした。

帰り際、穂奈美さんが「さっきヘアゴムをもらったお礼です。どれか一枚選んでください」と、レッツメンバー手作りの封筒コレクションを差し出した。おじさんは「うーん」と少し悩み、お気に入りを1枚選んだあと、外に出てからもう一度ガチャガチャを引いた。今度はバッジが出てきた。「お、これ、キャップにつけるわ」。おじさんは満足げに帰っていった。

 本当は個人的な話も色々聞いたんだけど、「記事にされるのは嫌だなあ」とのことだったので、私と穂奈美さんの胸の内にしまっておく。ただ「ガチャガチャしていくおじさんがいることは書いて良いですか?」と聞いたらOKしてくれたので、書かせてもらいました。おじさん、ありがとう。

ある日出会った、ちまたの人たち(4/4)


【ひつじ日和 上原さん】

 ちまた公民館を訪ねてきたOさんから「この近くにある本屋さん、すごく良いよ」と教えてもらった。翌日公民館のスタッフさんと雑談していたら、またもや「すぐそこの本屋さん、オススメですよ」と言われた。これは何かに導かれているに違いないと思い、行ってみることにした。

言葉通り目と鼻の先にある「ひつじ日和」。外壁に小さな看板が掲げられているぐらいで、一見何の建物か分からない。小さな石畳の通路を進むと、扉の前にたどり着いた。曇りガラスになっていて、まだ中の様子は分からない。隠れ家的な飲食店にも見える。

少し勇気を出してガラッと扉を開けてみると、目の前には瓶や本が並べられたレジカウンターがある。右を向くと、壁際の棚に本がさらにずらっと並べられている。人文系、エッセイ、旅の本、サリンジャーやトルストイ、村上春樹…でも、圧迫感はない。古民家風の内装で、奥は靴を脱いで上がるスペースになっており、ここにも本棚やソファが置かれている。窓からはあたたかな光が差し込んでいる。隅っこのソファで、女性が静かに読書している。隅っこって落ち着くんだよなあ。

奥から店員さんが出てきた。ここはご夫婦でやられているお店で、この日対応してくれたのは奥様の上原真由美さん。ココアを注文し、「ちまた公民館でここの話を聞いて来たんです」きたんですと伝えると、上原さんは「そうでしたか」と温かく迎えてくれた。レッツの方たちとはどんなきっかけで知り合ったのか尋ねると、「うーん、何かあってとかではなく、自然とですね」と言う。メンバーがお散歩中に寄ったり、スタッフさんがプライベートで来たりして、少しずつ知り合っていったらしい。今は特別価格でメンバーが利用できる日を設けている。

 本屋を始めるのは旦那さんの夢で、2008年に開店した。一時は家庭の事情で休んでいたが、3年前から営業を再開した。「今はやれる範囲でやってるんです」と上原さん。旦那さんが自ら良いと思ったものを選書している。「私は本に詳しいわけではないんですよ。オススメを聞かれることもあるんですけど、並んでいるタイトルを見るだけでも良いと思っています。本を読まなくても良いんです。瞑想しにきてくれても良い。とにかく自由に、ぼーっと過ごしてほしいなと思って」と上原さんは笑う。「でも何もないのもアレだから、つなぎにコーヒーでも出しておこうかな、という感じですね」。

 気さくで穏やかな上原さんといると、不思議と自分のことを色々話してしまう。気づいたら「仕事で体調を崩して今に至るんですよ~」と話していて、人生相談に乗ってもらう形になっていた。上原さんは「わかりますよ。人生のシフトチェンジって必要ですよね」と応じ、自身も転職した経験を話してくれた。「実はこの店を、そういうシフトチェンジができる場所にしたいと思っているんです。頑張りすぎてしまっている人は、少し落ち着けるように。逆に気分が下がっている人は、少し上がってこられるように。真ん中ぐらいの位置を目指しています」。その人の心の状態によって、居場所のありようも変わるんだなと思った。

ココアを飲んでしばらくおしゃべりしていたら、いつの間にか夕方の4時半になっていた。お店は何時までですかと聞くと「実は4時までなんですけど、お客さんがいたら適当に営業時間を延ばしてますよ~」と上原さん。店員の方がリラックスしていると、こちらも肩の力が抜ける。この日はずっと読もうと思いつつ読めていなかったサリンジャーの「フラニーとズーイ」を買い、外へ出た。ちまた公民館やレッツのほかに、浜松での居場所がまたひとつ増えた気がした。