ガチャガチャのロマン


<ガチャガチャのロマン>


7年勤めた会社を辞めた日は、とにかく蒸し暑かった。パソコンやスマートフォンなどを本社で返却し、記念に社屋の写真を撮り、近くのカフェでケーキを2個食べた。思ったよりあっけなく終わったなと拍子抜けしていたところ、駅でガチャガチャを見つけたので試しに引いてみた。手触りがモチッとした、肌色のパグ犬が出てきた。

かわいいけど、特別パグ犬が好きで引いたわけではない。ガチャガチャを引いた場所や一緒にいた人、どんな心境だったか、その時の温度や匂い、そういったものを思い出す記念品が増えるのが好きなのだ。ちょっと大げさだけど、人生のこのタイミングでこんなものと巡り合った、というのが良い。開けるときのワクワク感は言わずもがなだ。

ちまた公民館には、「世界一怪しい」と自称するガチャガチャがある。高さ50センチほどの赤い箱の中には、透明な球体のケースがたくさん詰められている。球にはアクセサリーや小物、私の語彙力では分類しきれないアートな「何か」など、レッツのメンバーやスタッフさんが手作りしたものが入っているらしい。でも何が入っているかを詳しく知る人は、実は一人もいないんだとか。余計怪しい。

実際にガチャガチャを回してみたら、側面が赤や青に塗られた小さな木片が出てきた。説明書きの紙には「2011~14年頃、木片に水性ペンで丁寧に色を塗り続けたU君の創作物。ひとつひとつが思い出です」とある。約10年前に作られたものを、プレオープン前のちまた公民館で引いてしまった。シュールなご縁である。私にとっても、ちょっと特別な思い出になった。

窓越しに置かれた赤い箱は通行人の目に留まりやすいらしく、子どもが釘付けになったり、大人が一瞬動きを止めたりする。このガチャガチャがきっかけで心が温まる場面に出くわしたので、ここに記録したい。

 9月上旬、ちまた公民館でぼんやりと風にあたっていると、下校途中らしい小学生の女の子が「こんにちは!」と飛び込んできた。突如吹き込んだ若いパワーに圧倒される。一緒にいた男の子は中に入るのが恥ずかしいのか、入口の近くで「〇〇ちゃん、何してるんだよぅ~」とモゾモゾしている。女の子が「ここはね、勉強したり、おしゃべりしたり、本を読んだりする場所だよ!」と男の子に教えてあげる。ちまた公民館のコンセプトをあまりにも熟知していて、思わず吹き出してしまう。どこで知ったんだろう。彼女は薄紫色のランドセルをじっくりと披露した後、「じゃあ!」と元気よく外へ飛び出していった。

しばらくまたぼんやりと風にあたっていると、向こうから横断歩道を渡ってくる親子連れが見えた。なんと先ほどの女の子が、お母さんと弟を連れて再訪してくれたのだ。お母さんは「すみません、娘がご迷惑おかけしていませんでしたか…」とお辞儀する。「いえいえ~来てくれてうれしいです」と大人同士で話していると、女の子がひょいっと百円玉を掲げて、「弟にガチャガチャを買ってあげるんだよ!」と高らかに宣言した。弟くんは横で「今日、僕の6歳の誕生日なの~」とニコニコしている。誕生日プレゼントにガチャガチャをあげるらしい。何てかわいいんだ。

 姉弟は「どこにコイン入れるの~」「どこを回すの~」と少しわちゃわちゃした後、球体のケースがコロンと出てくるのを見てひとしきり盛り上がった。ここでは開封せず、家に持ち帰るらしい。弟くんはカチャカチャとケースを振りながら、お母さんとお姉ちゃんと手をつないで帰っていった。

 レッツに戻り、代表の久保田さんにこの話をしたら「ヤダー!変なやつに当たってなければ良いけど!」と笑っていた。中には何が入っていて、姉弟はどんな反応をしたのだろう。今度また訪ねてきてくれたら聞いてみたい。

 今やガチャガチャはちまた公民館の「目玉商品」になりつつある。はじめは室内の窓越しに置かれていたが、反響があったため扉の外へ移された。「公民館の中まで入るのはちょっと…」という人は、一度試しにガチャガチャを引いてみてほしい。100円で出会えるこの世界一怪しい贈り物の面白さを、一人でも多くの人と共有したい。