第7回 2018.3.29 ポスドクのキャリア・パス(にの)

1990年代の大学院重点化政策によって、大学院生が増加することになりました。1985年には69,688人であった大学院の在籍者数は、2017年には250,891人となります。この増えた大学院生に対して期待されていたのは、大学や公的研究機関に勤務する研究者になることだけではなく、「高度専門職業人」として企業、官庁、国際機関などに就職して活躍することでした。それは、従来の理系、とりわけ工学系のみならず、文系に対しても求められたことでもありました。しかし、政策として増やされてきた博士課程修了者について、常勤職に就くことが想定されていたよりもはるかに困難であるいという問題が2000年前後から指摘されるようになりました。いわゆる「ポスドク問題」です。そして、2010年前後からは、35歳を過ぎても常勤職を得られないことまでもが問題視されるようになります。たとえば、1973年生まれの団塊ジュニアが35歳になったのが2008年のことです。

新たに増えた博士課程修了者はとりわけ企業に就職することが構想されていました。科学技術政策や高等教育政策の形成に関与することのある地位の高い企業トップ層、特に製造業のトップ層は、有能な博士課程修了者を採用して競争力を高めたい、そのために大学院の拡充に賛成すると言うこともあったでしょう。しかし、企業の採用の「現場」ではそれまでの企業における様々な慣行に合わないためか、博士課程修了者に活躍してもらうためのノウハウを持っていないためか、あるいは、そのときの分野の流行に左右されるためか、必ずしも博士課程修了者は歓迎されません。まして、35歳を過ぎたポスドクを採用することは難しいのかもしれないでしょう。そこで、各種政策や大学院生の進路支援において、大学や公的研究機関以外ということのみならず、R&Dを行う企業以外の進路も模索することになります。本コラム執筆者である「にの」の手元には、2010年頃に刊行されたポスドク問題についての研究書や、当事者に対する指南書が多数あります。そこでは、高校教員、技術翻訳、特許事務、人材紹介業、起業などへ進むことが紹介されています。

さて、仮にあなたが大学で新しい専門職を雇用する立場だとしましょう。予算が不安定、十分ではないであるために大学の正規事務職員や企業の正社員から転職者が来ることはあまり見込めない、どのような資質・能力が必要あるのか見極めがつかない、しかし、大学における教育、研究、社会貢献のイマドキの事情に詳しいという必要がある、場合によっては予算執行の都合からなるべく早く採用者を決定しなければならない、以上のような条件があるとすればポスドクは魅了的ではありませんか。特に予算の獲得が相対的に容易な大規模大学、研究大学においては、自大学出身で進路に困っているポスドクに声を掛けるということがあるかもしれません。そこで、ここからは仮説になるのですが、新しい専門職の一部においてはポスドクのキャリア・パスになっているといえるでしょうか。既述の研究書、指南書ではほとんど言及されていない、博士課程修了者の伝統的なキャリアとは異なる進路です。もちろん、新しい専門職のポスト数は多いわけではないのですが、進路の一つとして考えられそうです。他方、ポスドクからすると新しい専門職は好ましい仕事でしょうか。これは極めて難しい問題です。大学や公的研究機関における常勤研究職に就くための「パス」として新しい専門職を経験してみるか、研究をやめて新しい専門職として今後のキャリアを作り上げていくか、はたまた、新しい専門職の仕事には就かずにポスドクのままでいて研究業績を上げるか、新しい専門職がまさに「新しい」ために、つまり、前例があまりないために、選択の好ましさを判断するのかは相当困難であるかもしれません。新しい専門職のポストには、これまで行ってきた研究を続けることが許容される場合と、されない場合(新しい専門職の仕事に専念することが求められる)があります。以上のような研究のキャリアをどうするかという問題、そして、年齢・家族・家計支持(・貸与奨学金返済)といった問題が絡まりつつ、大学から提示された新しい専門職のポストに応募するかどうかを考えなくてはならないのでしょう。