稲田栄一: 日本語教育学を専攻した中国人大学院生のキャリア観変容と職業選択

― 大学院修了後、日本語教師以外の道に進んだのは何故か ―

Inada Eiichi: Changing Career Path: Views on Choosing an Alternative to Japanese Language Teaching of a ChineseGraduate of Japanese Language Education

要旨

本発表は、日本国内の大学院で日本語教育学を専攻した中国人留学生1名の進路決定プロセスを報告するものである。質的分析手法である複線径路等至性アプローチ(TEA)を援用し、協力者が大学院を修了するまでの人生径路とキャリア選択に至った要因を明らかにする。

協力者は、大学院生活が進む中で「日本語教師になりたい気持ち」と「日本語教師になることへの不安」を共に抱え、強い葛藤を経験しながら日本語教師以外の道に進むという決定に至った。この選択に至った要因として、以下の2点が挙げられる。1点目は、協力者自身が日本語教師として、職場・学習者からの要求に応えることが困難であると判断したことが挙げられる。日本語教師として経験不足であるという認識や母語話者教師ではないことに起因する自信のなさから、日本語教育現場に身を投じるという決断ができなかったのである。2点目は、日本語教育現場の就労環境の問題が挙げられる。日中両国における日本語教師の低待遇問題や研修制度の未整備といった現実は、安定した生活を求める協力者にとって魅力的に映ることはなかった。これらの結果、大学院修了後に日本語教師以外の道に進むという選択に至ったと考えられる。

TEAにより可視化された進路決定プロセスをSuperのキャリア理論的アプローチにより考察する。母語話者教師とは異なるキャリアのあり方を示すことで、母語話者教師偏重の日本国内の日本語教育現場に一石を投じたい。