SciFi杯1901結果発表
●総評
2回続けての成立となったことは大変嬉しい。また、今回の審査は2名によるものだ。ぜひ、作品の応募としてでなく、審査員としての参加もしていただけたらと思う。もちろん、自身の作品を応募しながら、他の作品を妥当と言える範囲で審査できるのかという不安もあるかもしれない。だが、まぁそこは「大数の法則」ではないが、落ち着くところに落ち着くのではないかと思う。
今回の審査結果はある意味で特徴的だと思う。審査員2名の趣味が似ていたということもあるのだろうが、おおむね似たような結果となった。それとともに特徴的な点がある。各評価項目のニュートラルを “3” としているわけだが、それで5項目となると、単純に考えれば “15” 点が中間であるとか評価項目全体でのニュートラルになる。しかし、残念ながら 15点に達っした作品がなかった。これは2名の審査員の合計の平均でもそうであるし、個々の審査員の合計でもそうであった。
権威のある賞であれば、「より なんたら の かんたら を うんたら 」と言うようなところだろう。SciFi杯はそのような権威はないので、「今回はこうなった」という結果を述べられるのみだ。
なお、SciFi杯1901のお題は "REALITY" だった。
では、審査員の雑感の後に大賞と、各作品の審査の紹介に移ろう。
◎雑感1
あくまでガジェットこそがSFをSF足らしめているという認識が強いのだなぁと感じた。一歩踏み出せば化けたかもしれないという作品もあるのだが、その認識ゆえになのか、その一歩を踏み出せていない。
それと、80年代、90年代に、いわばカルト的支持を得たSciFiやライトSFの作品について、それらを読んで/観てから書いたらどうかとも思わざるをえなかった。ガジェットこそが云々というのは時代に大きく左右される。だが、80年代、90年代にカルト的支持を得て、現在においても支持を得ている作品は時代を越えているわけであり、ガジェットこそが云々という認識への反証とも言えるだろう。もちろん、もっと遡った作品も……ではあるが。
◎雑感2
自分は設定厨よりなんだなぁ、と改めて思った。設定が多いとか細かいとかではなく、ひと捻りあると琴線に触れるようだ。
用語や設定の多くが認知されてきたせいか、気軽にフレーバーとして盛り込めるようになったとは思う。その分、取り扱いには注意が必要ではないだろうか。安易に多用してしまえば、(安定感はあるのだろうけれども、)陳腐化した世界観を読者に印象付けてしまう。かといって、独自の解釈ばかりでも読者は疲労するだろう。作品を特徴づけるには、独創性とのバランスが重要になるのだと思う。
作品にもよるが、情景描写の細かい記述が多いと感じた。映像作品であれば、焦点の外にあって、雰囲気を醸しだす効果があるだろう。しかしながら、文章として表現されると物語の流れを遮る要因になりうる。何を書いて、何を書かないかは、重要だと感じた。
短評1:
個々に書きたいことはあるが、ともかく出てくるネタがことごとく古い。しかも微妙に古い。それを狙ってやっているのなら、そこには一貫性があるとも言えるだろう。あるいは古い情報を発掘し、再構成したのであれば、それもやはり評価の対象となるだろう。しかし、狙ってやっているとか、古い情報を発掘してという意図は感じられなかった。むしろ、微妙に古いネタを新しいネタと勘違いしているという印象だった。
ネタが新らしければとかこれまでにないというようなものをSF (SciFiであれ、ライトSFであれ) の第一義とするつもりは毛頭ないが、ここまで揃うと、さすがに良い評価をつけることはかなり難しい。
短評2:
情報社会の未来の可能性のひとつを示しているのかもしれない。しかし、作品の最後で真実と呼べるなにかは曖昧なものになってしまったと感じた。“主観”と宣言されてしまったことで、批判は意味をなさなくなったのではないだろうか。
“ツイケダイト”のジャーナリズムは、タブロイド紙のそれに近いのだろう。現代の日本的な世界の見え方(?)という気もする。“アリアナ”が考えるジャーナリズムについての記述がもっとあれば、おもしろい対比ができたのかもしれない。
黒幕(?)にあっさり到達してしまった印象を受けた。4ヶ月、大変だったのは“アリアナ”であって、“ツイケダイト”ではなかった、ということではあるのだろうけれども、読者からは唐突な出来事に感じてしまう。
生体技術が高度化することで、“ファクト・チェーン”の脆弱性は高まるという気はする。実は、それ自体がフェイクである、という設定もアリなのではないだろうか。
短評1:
どこかでみた設定・考証にとどまっている。それ自体が悪いとは言い切れないが、そこからの発展があるかというと疑問に思う。ライトSF枠での応募であっても、評価がどれほど変わるかは疑問だ。
短評2:
描写は丁寧なのだが、淡々とした展開になってしまった感がある。戦闘シーンの緊迫感に物足りなさが残った。
“オティア”のキャラクターが、敵役として弱い。“培養脳”や人型生物たちの心理描写を織り交ぜると、より深みがでたかもしれない。
短評1:
伝統工芸との融合など、すでにある程度描いている作品はあるが、ただただ技術主導というのとは違う感触をやはり感じる。地域のありかたとして、そのような方向もあるのだろうと思う。
企業城下町というのもいくらかの違いはあるにせよよく見られる設定であるとともに、地域のありかたとして現在までと将来のありかたとしてもう一度考えるに値する社会であるだろうと思う。
作者の意図はあるのだろうが、事件は構成上必要なのかとも思える。それは単純に「!」の多さと背景にある世界との違和感から感じるものでもある。おそらく、事件はなく、ゆるやかな日常に徹した構成もありえたと思う。
細かいことだが、内容にすこし矛盾があるように思える。これはたんに書き方としてそのように感じるだけかもしれないが。
短評2:
語り口と諸々のゆるさが、作品というか作者の特徴なのだろう。読者を選ぶ作品だと思う。
荒削りの印象が強い。もっとしっかりしたプロットが必要だと思うのだが、ややナンセンス(?)な風味が失われてしまうのも少し惜しい気はするような、しないような…。
短評1:
二十二世紀という設定にしては、かなり時代錯誤であるように思える。そこまで含めてのタイトルであるなら、タイトルも含めての内容の評価を上げる必要があるだろうが、そこまでの結び付きは感じられない。
また、二十二世紀という設定にしてはかなり時代錯誤であるように思えるということは、アイディアの着想および使いこなしが壊滅的であるということでもある。
短評2:
淡々とした日常のひとコマという雰囲気はよくでている。10年後の未来といわれても違和感がない。22世紀らしさってなんだろう…。
一時的なブレと恒常的な変化を混同しているようにも見える。
進化を望んでいるのか、いないのか、どうにもよくわからなかった。
お題参加以外の作品、ライトSF、掌編
短評1:
「疑の真空」そのものは若干のSFらしさ (SciFiにせよライトSFにせよ) はあるかと思うが、着想、使いこなしともに壊滅的だ。
規定文字数にかなりの余裕があるので、語り口や語る内容を充実させれば、評価は違ったものになったかもしれない。
短評2:
テンポよく仕上がっているのだが、事実とホラ話のバランスは難しい。
真空崩壊の説明はよく目にするものだった。もっと突拍子もない大ボラを吹いてもよかったと思う。
“空き缶”を地球に例えると、宇宙(“ビー玉”)の外に存在することにならないだろうか。
お題参加作品 (アンソロジーにも参加する)、ライトSF、中編
短評1:
個々に書きたいことはあるが、ともかく出てくるネタがことごとく古い。しかも微妙に古い。それを狙ってやっているのなら、そこには一貫性があるとも言えるだろう。あるいは古い情報を発掘し、再構成したのであれば、それもやはり評価の対象となるだろう。しかし、狙ってやっているとか、古い情報を発掘してという意図は感じられなかった。むしろ、微妙に古いネタを新しいネタと勘違いしているという印象だった。
ネタが新らしければとかこれまでにないというようなものをSF (SciFiであれ、ライトSFであれ) の第一義とするつもりは毛頭ないが、ここまで揃うと、さすがに良い評価をつけることはかなり難しい。
短評2:
情報社会の未来の可能性のひとつを示しているのかもしれない。しかし、作品の最後で真実と呼べるなにかは曖昧なものになってしまったと感じた。“主観”と宣言されてしまったことで、批判は意味をなさなくなったのではないだろうか。
“ツイケダイト”のジャーナリズムは、タブロイド紙のそれに近いのだろう。現代の日本的な世界の見え方(?)という気もする。“アリアナ”が考えるジャーナリズムについての記述がもっとあれば、おもしろい対比ができたのかもしれない。
黒幕(?)にあっさり到達してしまった印象を受けた。4ヶ月、大変だったのは“アリアナ”であって、“ツイケダイト”ではなかった、ということではあるのだろうけれども、読者からは唐突な出来事に感じてしまう。
生体技術が高度化することで、“ファクト・チェーン”の脆弱性は高まるという気はする。実は、それ自体がフェイクである、という設定もアリなのではないだろうか。
お題参加以外の作品、ライトSF、長編
短評1:
「それっぽい設定や小道具を出せばSF (SciFiにせよライトSFにせよ) になるのだろう」という誤解のままに書いたらこうなるのかもしれないという作品群が想定されるわけだが、その中でも最悪の、あるいは悪夢とも言える作品だ。
短評2:
いろいろ盛り込み過ぎた印象。ふたつの物語がより絡みあう内容であれば、交互に展開するおもしろさにつながったかもしれない。
難しい漢字を多用するのであれば、表現方法を工夫すべきだと思う。正直、読み難かった。
背景説明や情景描写を細かく記述している点は、読者の映像的なイメージの助けにはなる。しかし、情報が多過ぎるのは物語の流れを中断してしまうことにもなり、焦点をぼやけさせてしまった気もする。殺人事件のサイドでは特にそう感じた。
旅物語のサイドは、殺人事件に比べると、安定感のある内容だった。
短評1:
作品集の中の一部での応募だ。
では内容はと言うと、常識の解説に終始している。また日本における、あるいは他の文化圏における、さらには企業による、 色の名前についてどれほど知っているのかについても疑問を持たざるをえない。すくなくとも、どのように書き現わすかについては見直す必要があるだろう。
唯一評価できる点があるとすれば、著者がそれを意識しているかどうかはともかく、現在においても「色の再現」というのは技術上難しい課題であることに言及されていると言ってもいい点だろう。
作品全体を読めば評価が変わるかもしれないが、応募作品に対しては良い評価を付けることはかなり難しい。
短評2:
アイデアはよくまとめられているが、独創的とまではいえないと感じた。
事典という体裁の説明文による表現の難しさがあるという気はする。
色覚に関する未知のクオリアを大勢で共有できるのか、疑問が残った。認知の個人差が影響することで、異なった体験をしているか、同じ体験を共有していると認識できなかったのではないだろうか。
お題参加作品 (アンソロジーにも参加する)、SciFi、短編
短評1:
伝統工芸との融合など、すでにある程度描いている作品はあるが、ただただ技術主導というのとは違う感触をやはり感じる。地域のありかたとして、そのような方向もあるのだろうと思う。
企業城下町というのもいくらかの違いはあるにせよよく見られる設定であるとともに、地域のありかたとして現在までと将来のありかたとしてもう一度考えるに値する社会であるだろうと思う。
作者の意図はあるのだろうが、事件は構成上必要なのかとも思える。それは単純に「!」の多さと背景にある世界との違和感から感じるものでもある。おそらく、事件はなく、ゆるやかな日常に徹した構成もありえたと思う。
細かいことだが、内容にすこし矛盾があるように思える。これはたんに書き方としてそのように感じるだけかもしれないが。
短評2:
語り口と諸々のゆるさが、作品というか作者の特徴なのだろう。読者を選ぶ作品だと思う。
荒削りの印象が強い。もっとしっかりしたプロットが必要だと思うのだが、ややナンセンス(?)な風味が失われてしまうのも少し惜しい気はするような、しないような…。
お題参加作品 (アンソロジーにも参加する)、SciFi、中編
短評1:
どこかでみた設定・考証にとどまっている。それ自体が悪いとは言い切れないが、そこから設定・考証あるいはそれ以外のなんであれ、なんらかの発展があるかというと疑問に思う。ライトSF枠での応募であっても、評価がどれほど変わるかは疑問だ。
短評2:
描写は丁寧なのだが、淡々とした展開になってしまった感がある。戦闘シーンの緊迫感に物足りなさが残った。
“オティア”のキャラクターが、敵役として弱い。“培養脳”や人型生物たちの心理描写を織り交ぜると、より深みがでたかもしれない。
(written: Apr 16, 2019)