学ぶ

虹の仲間では、学びつつ手を携え、喜びや悲しみを共有しつつ生きていきたいと願って、毎月虹のセミナーを開催してきました。

ここにはセミナーの報告と共に、2021年第1回〜2023年第14回までの誌上セミナーの全文も掲載しています。

2024年5月以降は「虹のふれあいサロン」でゲストスピーカーから学んだことを、ここに掲載します。

2024年の活動

例会

1月18日(木)13:30〜15:30  ふれあい青葉にて 参加者8

「心と身体の健康体操  パート5」〜日常の動作が円滑に続けていけるように〜

中川倫子さん(健康運動指導士 )の体操指導 


5回目になる中川倫子さんの体操指導、今回は椅子にかけたままで様々な運動を教えていただきました。

持参して下さった噴霧器からアロマの香りがするミストが漂い、心地よい空間で、まずは全員の血圧測定。

続いて、タオルを使った上半身の運動、ボールを使った下半身の運動は今回が初。

大きな声で北原白秋の「五十音(あめんぼのうた)」を読んで口腔運動、手足を動かす脳トレ、ストレッチなどなど。座ったままで全身の筋肉がほぐれました。

まずは、中川倫子さんによる運動前血圧測定

運動中、運動後も測定して記録し変化を確認します

上半身のタオル運動の後、ボールを挟んだり踏んだりする下半身の運動指導

休憩して血圧測定後、口腔運動、脳トレ、ストレッチへと続きます

2023年の活動

★虹のセミナー

11月16日(木)13:30〜15:30  ふれあい青葉にて

「高齢期を快適に過ごす選択について」

古川幸子さん(会員)高齢者住まいアドバイザー/特別養護老人ホーム緑の郷 前施設長

特別養護老人ホーム「緑の郷」開設の当初より33年余り施設長を務め、現在は横浜市の高齢者住まいアドバイザーとしてご活躍の古川さん。

50年前の若かりし頃、箱根老人ホームに勤務され以来、半世紀を高齢者福祉に尽力してこられました。

虹のセミナーでは、私たちの誰もが直面する老いの日々を少しでも快適に過ごすために、介護保険制度を活用したサービスや主な高齢者施設について以下のようにお話しくださいました。

◆介護サービスを利用するには?

区役所や地域包括支援センター介護認定の申請をすることからスタートします。

▶︎認定結果

非該当要支援1,2 、要介護1〜5 のいずれかに認定されます。

※認定結果によって利用できるサービスや入居できる施設が異なります。

◆介護保険を使ったサービス

▶︎在宅サービス(要支援12、要介護1〜5)

通所・訪問などのサービス、一時的な宿泊サービス、福祉用具のレンタル など

▶︎居住系サービス(要支援1〜2、要介護1〜5 ※条件付きの場合もあります

有料老人ホーム、グループホームなど

▶︎施設系サービス(要介護1〜5)

・特別養護老人ホーム原則要介護3以上)

・介護老人保健施設

・介護療養型医療施設介護医療院

その他のサービス 

・サービス付き高齢者住宅 :サ高住(見守り、バリアフリーのある賃貸住宅)

・軽費老人ホーム、ケアハウス (在宅での生活が難しい高齢者用の公的施設)

・住宅型有料老人ホーム(生活支援サービスがある老人ホーム)

◆主な施設について

▶︎特別養護老人ホーム:特養 (公的施設)

要介護3〜(特例が適用されれば要介護1,2でも可)/初期費用ナシ /  月費用:平均17〜18万円

※自宅で介護を受けることが難しい人の施設。利用者負担の軽減を受けられる場合があります。

▶︎介護老人保健施設:老健 

要介護1〜5 / 初期費用ナシ / 月費用:12〜28万円

医療・看護・介護・リハビリなどで自宅復帰を目指して支援。長期間入所できるところもあります。

▶︎有料老人ホーム

自立〜要介護5/入居一時金:0〜1000万円(平均)以上 / 月費用 :20万円以上

※公的補助はなく高額

▶︎サービス付き高齢者住宅:サ高

自立〜要介護5/ 初期費用:敷金など/月費用:家賃・食費など

※安否確認、生活相談サービスのある高齢者用賃貸マンション

▶︎グループホーム

要支援、要介護1〜5

※認知症の場合に入居し、見守りの中で共同生活をします。

「施設選びは迷います!迷って当然!気になる施設があれば見学や説明を聞く機会を持つことをお勧めします」と話されました。

11月16日    古川幸子さん

膝を交えて対話する会にしたいと、にこやかに話されました

用意下さったレジメに沿ったお話の中には、他では得られない貴重な情報もたくさんありました

あっという間の2時間、最後にはさまざまな質問に答えて下さいました(出席者15人)

虹のセミナー

 9月18日(月)13:30〜15:30  ふれあい青葉にて

「”後で考える!” ではもう遅い!! 」 〜今すぐ決めようキーパーソン〜      

 三国浩晃さん(NPO法人  人生まるごと支援    理事長・会員) 


キーパーソンとは? 

「今日元気で集まっている皆さんも、介護が必要になり、認知症になる人もいて、必ず死にます!」と歯切れのいい口調で話を始めた三国さん。

では、その時 誰があなたのキーパーソンになるのですか?

キーパーソンとは、あなたが要介護者になったとき「司令塔」の役割をしてあなたを支える人のことです。

妻、夫、息子、娘??、それとも、の人を探しますか?

判断能力が失われないうちに、今すぐあなたのキーパーソンを決めておきましょうと、力説されました。

「任意後見人」「法定後見人」とは? 

成年後見制度には「任意後見人」と「法定後見人」があり、判断能力があれば信頼できる人に「任意後見人」をお願いすることができます。

認知症になった場合は、裁判所が指定した「法定後見人」がキーパーソンになります。

後見人をキーパーソンにするとどうなるのかを解説してくださいました。

難しい内容でしたが、寸劇のようにして具体的に面白く解説してくださいました。

身近な例として、認知症になると定期預金解約はできず成年後見人を付けてくださいと言われるなど、近い将来自分に起こり得るお話もあって、少々疲れましたが有益な内容でした。

介護〜死 についての続きは次回ということで、今日のところは認知症までのお話で終わりました。

因みに、三国さんの質問「人生の最後をどこで過ごしたいか? 」への 回答は以下でした。

・家で過ごしたい人:出席者の8割

施設に入りたい人:出席者の2割

9月18日    三国浩晃さんをお迎えし挨拶する佐渡友さん

三国さんが僕の後継者と紹介くださった秋月さん

少々難しいお話にも真剣に耳を傾ける19名の出席者

任意後見とは、判断能力があるうちに信頼できる人に「○○さん、任意後見人になってね」と将来の自分を頼んでおくことと、参加者を巻き込んでの寸劇スタイルで、ユーモアを交えてわかりやすく説明する三国さん。

戦争を語り継ぐ会

821日(月)

戦争と歌の記憶

〜苦しい日々、あなたは何を歌って耐えましたか?〜

新井恵美子(ノンフィクション作家・会員)

講演の内容は、この画面「虹のたより誌上セミナー全文」第14をご覧ください。

8月21日    久々に新井先生にお会いできた出席者は感激でした

821日    新井恵美子先生

6つの歌を共に歌い、先生のお話に耳を傾けて

★虹のセミナー

717日(月)

エシカル消費って何?

〜私たちの未来を変えるものの選び方〜 

大川瑞稀(会員)

講演の内容は、この画面「虹のたより誌上セミナー全文」第13をご覧ください。

7月17日    さまざまな画像を用意し熱心に話される大川瑞稀さん    ふれあい青葉にて    

机上にはエシカルマークの付いたローソンのコーヒー

  猛暑の中、16人が出席しました

身につけているエシカルな商品を紹介

廃棄されるとうもろこしで作られたイヤリング、腕のミサンガブラウス靴もエシカル素材を使用とのこと

出席者へのお土産

カエルのマーク(レインフォレストアライアンス)のチョコレートを一袋

5月1日(月)

「今だから、語り合おうよ 〜誰もが安心して暮らせる社会をめざして〜」

山田雅彦さん(株式会社 日本標準 会長)

講演の内容は、この画面「虹のたより誌上セミナー全文」第12回をご覧ください。

5月1日     開始時刻まで山田さんを囲んで

ふれあい青葉にて

講師の山田雅彦さん

ほとんどメモも見ずに熱弁を振るわれる山田雅彦さん

虹のたより誌上セミナー全文     (2023年最新回〜2021年第回)

 第14回 2023年9月号掲載

戦争と歌の記憶

〜苦しい日々、あなたは何を歌って耐えましたか?〜

新井恵美子(ノンフィクション作家・会員)

「戦争と歌」それが私のテーマであった。 辛い時、苦しい時、私達は歌った。歌になぐさめられた。 そんな記憶の中の歌達の事を虹の仲間の皆様と思い起こしてみたかった。私は6曲を選んで話させて頂いた。

   まず『海ゆかば』。戦争のために生まれ戦争の中で活躍したこの歌を知らない者はいない だろう。あの時代を生きた人たちにとって、忘れられない歌である。万葉集の大伴家持の 長歌の一部に、東京音楽学校(今の芸大)の信時潔教授が曲をつけたものだった。 海に行 って、戦って死んでも山で死んでも悔いはない。大君(天皇)のおそばで死ぬのだ。と歌っ た。君が代に次ぐ第二の国歌と言われ、戦死者を弔うために大活躍した歌だった。今は忘 却の彼方に追いやられた。

♪ 海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍、、♪♪

  『軍国の母』という歌があった。「生きて還ると思うなよ。白木の柩(はこ)が届いたら、出 かした我が子、 天晴れと母はお前をほめてやる」という歌詞を見て、冗談じゃない。どこの 世界に可愛い我が子に「死んで帰れ」と言う母がいるのか。明らかにこれは国の陰謀であ る。と私は思った。

    昭和13年、国家総動員法という法律が成立する。日本人の全ての者がこの戦争に協力し なければならない。別の生き方はないのだと強いる恐ろしい法律だった。

    前年、盧溝橋事件が起きると、政府は短期決戦を考え、大量の武器と47万もの兵を大陸 に送り込んだ。47万人の兵隊さんには47万の母がいるのだ。

   この時代、母は急に偉い人となり、お国のために我が子を差し出す母が理想の母となる。 『軍国の母』はそんな哀しい歌だった。

♪ こころおきなく祖国のため 名誉の戦死頼むぞと、、♪♪

   昭和15年、『めんこい仔馬』という楽しい歌が生まれた。子どもだった私達にとって、久し 振りに明るく楽しい歌だった。

  しかし、そうではなかった。軍部は軍馬が欲しかった。農村でのんびり暮していた馬達に 赤紙が来る。 『馬』という映画が作られ、国民にその事を納得させようとしたのだ。『めんこ い仔馬』はその主題歌だった。戦場に運ばれた馬は一頭も帰って来なかった。そんな馬達 の事も思い出してあげて欲しい。

♪ 濡れた仔馬のたて髪を 撫でりゃ両手に朝の露、、♪♪

   『隣組』。 「とんとんとんからりと隣組」も楽しい歌で、子ども達は喜んで歌った。この歌 にも軍部の思わくがあった事を考えたい。隣近所に目を光らせるため、戦争反対の声など を密告させるシステムであった。隣の人さえ信じられない重い時代だった。

♪ とんとん とんからりと 隣組 格子を開ければ 顔なじみ、、♪♪

   『お山の杉の子』も暗い時代に光を投げかけてくれる歌だった。この歌の本当の意図は? 

♪ 昔昔その昔 椎の木林のすぐそばに 小さなお山があったとさ あったとさ、、♪♪

   こうして重い時代が過ぎた。昭和28年、一つの曲が私達をとらえた。

『あゝモンテンルパの夜は更けて』

   戦後8年も経ているのに、戦犯として、フィリピンの牢につながれて いた110名の人々の命を救ったその歌はキリノ大統領の心に届き、 全員、釈放となる。そんな大きな力を発揮した歌だった。

♪ モンテンルパの 夜は更けて   つのる想いにやるせない、、♪♪

※歌詞は編集側で挿入しました。

 第13回 2023年7・8月合併号掲載

エシカル消費って何?

〜私たちの未来を変えるものの選び方〜 

大川瑞稀(会員)


「あなたが買うものは、あなたが一票を投じるもの」

この言葉は、あるお店のスローガンです。

みなさんの周りにあるモノ、何でも良いので1つ思い浮かべてみてください。何に一票を投じて買いましたか?値段?機能?それともデザイン?

 

お店で手に取る前の段階を考えてみましょう。それは誰がどこで作っているでしょうか?

どんなモノを作るにも必ず人が関わりますが、その人たちは仕事や、他の時間を健康で幸せに過ごせているでしょうか?また、素材を加工して製品にし、運搬する過程はどのようなものでしょうか?そこで発生する、地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出量や、ゴミの量はどれくらいでしょうか?

 

「エシカル消費」とは上記のような生産・消費・廃棄の過程において、人や動物、地球に配慮したものを選ぶこと。エシカルとは英語の “ethical” 、「倫理的な、道徳的な」を意味する言葉です。難しそうに聞こえますが、日常生活の中での、たった一つのモノの選択が、未来をより良くするきっかけになるかもしれません。そのような製品を見分ける指標として認証マークがありますが、最近よく見かけるようになった2つを紹介します。

★間伐材(かんばつざい)マーク

間伐材とは、森林の成長過程において、光が届くようにするために密集する木々を間引いた時(間伐)に発生する木材のことです。間伐材を放置することで土砂災害時に一緒に崩れて被害が拡大する等の問題があるため、積極的な活用が求められています。よく使われているのは割り箸ですが、最近ではコンビニのコーヒーカップやベンチなどにも付いていることがあります。

★レインフォレストアライアンス

簡単に言うと、森林環境や働く人の労働条件を大切にしながら作られた食べ物や飲み物の認証ラベルです。カエルのマークが目印!バナナやチョコレートについている他、ローソンやマクドナルドなど大手の店でもこの認証マークが付いたコーヒーを提供するところがあります。ぜひチェックしてみてください。 

いくら良いものがあっても、見つけるのが大変!値段が高い!自分の好きなものが制限される!という声が挙がりそうですよね。私も含め誰もが完璧は難しいです。1人の100%より、100人の1%の方が、ずっと無理がないですよね。モノの選択の 1%を変えてみて、そういう人が100人集まれば社会を変えるきっかけになりそうです。今日から無理なく楽しく実践できることを3つ提案します。

 

◎自分の「好き」と掛け合わせる!

 社会課題の解決に繋がるからといって、気に入らないモノを買うのは本末転倒です。まず自分の感性に従い、実はこんな貢献もしている、というのが大切です。例えば、私はイヤリングが好きで、エシカル消費について知った後、自分が気に入っている前提で、社会への影響を考えて選ぶようになりました。例えば、職人さんの手仕事による製品など、伝統技術の継承に役立つものを選んだりします。最近のお気に入りは売り物にならなくなったトウモロコシを使ったイヤリングです!

 

◎「エシカル」なギフトを!

みなさんの周りの方々は何が好きですか?

以前に比べて、様々な社会課題に配慮した製品がかなり流通し、商品の幅や価格帯も広がり、手が届きやすくなりました。身の回りにあるモノ、どれをとっても、何かの課題の解決に貢献する製品が必ずあるはずです。今度誰かに贈り物をする時、宝探しの感覚で選んでみてはいかがでしょうか?ちなみに私は最近、ロスフラワー(廃棄されてしまう花)が綺麗に飾り付けられたキャンドルをプレゼントしました。

 

◎社会に貢献する企業に買い物で「投票」する!

社会課題の解決に積極的に取り組む企業の製品を選ぶこともできます。最近はテレビのSDGs特集などでそのような企業が紹介されることもありますね。応用編として、「(企業名)CSR」と検索することでCSR(社会的責任)として、その企業がどのような取り組みをしているかが出てきます。ここの取り組みがもっと拡大してほしい!と思ったところに投票する気持ちで買い物してみてはいかがでしょうか?

 

お店で「これ買っちゃおう!」と飛びつく前に、一度立ち止まってみてください。それを買うことが、どのような影響力を持つのか。望む未来への「投票」になるものなのか。それを考えることが「エシカル消費」の第一歩です。 

↓その他の認証マークの一例

ASC認証

環境と社会に配慮した養殖による水産物

有機JASマーク

自然の力で作られた食べ物

オーガニック

テキスタイル*世界基準(GOTS)   *繊維製品

第12回 2023年5月号掲載

今だからこそ、語り合おうよ

〜誰もが安心して暮らせる社会をめざして〜 

山田雅彦 (株式会社 日本標準 会長)


コロナ禍から3年過ぎて

 

世の中すっかり変わりました。残念ながら不安な方向に・・・。

まず、コロナ禍はまだ終わっていません。むしろ地域によっては増えているところも。

そんな中、第5類という一般疾病と同じ扱いになって、医療費も自己負担になります。

この3年、ただ感染の恐怖だけではなく、「絆」「安心」「対話」そして「言葉」など、毎日の生活の中で失ったものが多いように思いますが、皆さんはいかがでしょうか。

 

そして、何と、何と、世界で戦争の危険性が大きくなっています。

ロシアのウクライナ侵攻から1年が過ぎましたが、私は不思議でたまりません

なぜ、世界の国々は、そして日本は戦争の準備をするのでしょうか? 止めようとしないで。「防衛力を高める」というのは、平和に向かっている言葉でしょうか? 不思議です。

 

さらに、地球環境に関する問題です。

地球温暖化で南の島が水没しているのに、日本を含めた国々では自国の生産性を高めるために温暖化政策が止まりません。日本は「化石賞」を連続受賞している始末です。国内の原発の無期限再稼働という方針には、正直絶句するしかありません。

 

そして、社会のなかの「分断」と「劣化」の状況です。

あの、旧統一教会と政治の共同依存関係はどうなったのでしょうか。何かはっきりしません。

そして、東京五輪における贈収賄事件は、いまだに全容が明らかになりません。今度は札幌五輪だそうですが、そろそろ大反省をして考え直すときではないでしょうか。

 

そして昨年からずっと続く、値上げ、値上げ、そして値上げの問題です。いったい、どこまで、そしていつまで続くのでしょうか。国もわからないから答えないのでしょう。毎月、何か身の回りの生活費必需品が値上がりしています。恐ろしいほど・・・。

現在、日本の食料自給率は38%で、世界の先進国の中では最低水準です。さらに農業や乳業をやめてしまう人が増えています。どう考えても、これは国の政策の判断ミスでしょう。

 

今、私たちが 変わる!

 

さあ、そんな(かなり際どい)中の、少子高齢化問題です。私たちはどう生きるかという・・・。

「私たちは、どう生きるか」は、子どもたちから若者、高齢者まで、みんなのテーマです。

タイトルのように「誰もが安心して暮らせる社会」にしたいものです、心から。

 

「地域に生きる」ということを、もう一度本気で考えてみませんか。

私は、自分の住む場所で、みんなで助け合って暮らせることが「安心」だと思っています。

人口減少のなかで、全国の学校の統廃合が進み、市町村が消滅しています。計算の上では、いずれ日本という国は無くなることになります(このままだと)。地域に生きることは、地域を元気にすることです。考えれば、きっと見つかると思います。いや、見つけるしかないでしょう!

 

仕事とか労働には、実は二通りあります。

賃金をもらうためにする仕事と、必要だと思って自主的にやる仕事です。どちらも大切です。

そしてこんな時代には、そして今からは、そのバランスがとても大事になると思います。

後者は、共通の目的を持つ人々が、自発的に集まり、協力し合って進める仕事(活動)です。

PTA、自治会、地域ネットワーク、高齢者の見守りプロジェクト、ホームレス支援団体、自然環境保護サークル・・・、そして「虹の仲間」の会も、その先頭に立っています。

 

もう一つ、学校は地域の中心だと思います。学校があって、その周辺に住宅があって、会社や工場があって、商店街があって、それで地域の中で人々は協力しながら生きていくことができます。そんな地域って、温かくて、安心できて素敵だと思うのです。

昔当たり前だったことを、コロナがもう一度思い出させてくれたと私は思っています。

 

私は「インクルーシブ」という言葉が好きです。

「包摂(すべてを包み込む)」という意味です。「分断」と「劣化」に対して、

一人の力が小さくても、力を合わせれば大きく強くなります。戦争なん

てとんでもない、困っている人を見たら声を掛けましょう。子どもも、若

者も、そしてお年寄りも。そして、みんなが安心して暮らせる社会を広げ

ていきましょう。

11回 2023年2月号掲載

俳句のススメ

日々の暮らしに彩りを!

ますぶち椿子(虹の俳句会 指導者)


昨年1月の俳句セミナーをご縁に「虹の仲間」に俳句の会が発足、隔月で会員の皆様の御句を楽しく拝見させていただいています。

「俳句」というと「わび」「さび」という言葉が思い浮かび、「難しくて古くさい」といったイメージを持っていらっしゃる方も少なくないかもしれません。私も35年前、当時若手俳人として活躍していた知人(今は俳句界の重鎮)に世田谷の襤褸市に誘われ、そこでにわかに俳句を作る羽目になるまでは、ずっとそんなイメージを持っていました。もちろん、静けさやわびしさの中にあるものを美しいとする「わび」「さび」の美意識は日本独自のものであり、それもまた俳句の魅力であり面白さでもあります。しかし、それは俳句の一部であり、俳句はもっと幅広で自然とともに私たちの生活の中にある身近なものです。

 

俳句は、皆さんの日々の驚きや感動のその「瞬間」を17音の短詩に込めて一生の宝物にすることができます。また、その驚きや感動を誰かと分かち合ったり、読者に感動や共感をもたらしたり、その驚きや感動が作者を超えて広がっていきます。しかし、俳句は決して難しいものではありません。皆さんのちょっとした驚きや感動のつぶやきがすでに「俳句」になっていたりします。ここではちょっとした俳句の作り方とそのコツをお伝えし、皆さんの毎日をより豊かなものにできればと思っています。

 

たびたび「俳句は短歌や川柳とどこが違うの?」と質問されることがあります。実は、この両者との違いを知っておくことが俳句を作る際のコツにもつながります。

「短歌」は俳句と音数が異なり、5・7・5・7・7・の31音で構成され、「みそひともじ(三十一文字)」などとも言われます。内容的にも、主に家族や恋人など誰かへの思いや自然に向けた感情など、作者の「心情」が詠まれ、歌の中にも言葉として表現されていることが少なくありません。

 

たとえば、与謝野晶子の「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」にしても、俵万智の「『寒いね』と話しかければ『寒いね』と答える人のいるあたたかさ」というように、作者の思いが言葉として詠み込まれています。それに対し俳句はたった17音ですから、心情を言葉として一句に詠み込むことはせず、その驚きや感動、思いは客観的に描写した句とその句を読む読者に委ねられます。

また、「川柳」は、音数は5・7・5の17音で音数は俳句と同じですが、「季語」を必要とせず

内容的にも人間の営みや社会を風刺したものがテーマの中心になっています。最近では、サラリーマン川柳、シルバー川柳など、風刺の中にも思わずクスっと笑ってしまう「滑稽味」のあるものが多く、その根底に「大衆の共感」を持つ文芸です。

 

それでは、さっそく俳句の作り方とコツについてお伝えします。

1 俳句の約束ごと(ルール)

まずは、俳句の約束ごとを押さえておきましょう

5音・7音・5音で作る。それぞれ「上五」「中七」「下五」と言います。

季語(季節の言葉)を入れる。

切れ字(「や」「かな」「けり」など)を入れる。

「切れ字」は必ずどの句にも使うわけではありませんが、切れ字を使うことで一句がそこで大きく切れ、感動が焦点化され余韻が生まれます。切れ字は一句に一つ。切れ字の有無に関わらず、切れが二か所(三段切れ)にならないようにします。

音律は、①が基本ですが、「7音・5音・5音」や句またがり、字足らず、字余りなどの句もありますが、そのような時も下五は5音で押さえると安定します。まずは、パズル感覚で「5・7・5」に収めるようにしてみましょう。

「季語」は俳句の醍醐味、要です。基本的には一句に一つの季語を入れます。季語にはその季語がもつイメージがあるので、そのイメージを最大限に生かし、句がその季語のイメージの「説明」にならないようにすると句に広がりと奥行きが生まれます。

 

2 俳句の型(パターン)

①   一物仕立(一句一章)=一物(季語)だけを題材にして作った俳句。

②   取り合せ(二句一章)=季語とその他の題材(二物)を取り合わせて作った俳句。

「二物衝撃」とも言います。

「一物仕立」は句切れがなく、季語を徹底的に観察して一句を作ります。例えば、加藤楸邨の「しづかなる力満ちゆき蝯蚸とぶ」は、まさに「蝯蚸」(ばった)が力を漲らせ、勢いよく飛ぶその瞬間を詠んでいます。「一物仕立」の場合の切れ字は「かな」が多く使われます。

二つの違いがわかるように、「紫陽花」(あじさい)を季語にした俳句を二つ紹介します。

紫陽花の大きな毬(まり)の皆褪(あ)せし  松本たかし

紫陽花やきのうの誠(まこと)けふ(きょう)の嘘(うそ)  正岡子規

前句は、「紫陽花」にフォーカスして作った「一物仕立」の句。

後句は、「紫陽花」とそれとは全く関係のないことを「取り合せ」た俳句です。

色の移ろう紫陽花と「きのうの誠けふの嘘」を取り合わせたことで、読者は作者が感じた心の移ろいを感じ取るかもしれません。

 

3 推敲

1と2で述べてきたことを参考に実際に句を作ってみましょう。俳句を作る時の三種の神器は「句帳」「歳時記」「国語辞典」。句帳はメモ帳でOK。歳時記、国語辞典も最初はネットで検索しても結構です。まずは、ハッとしたその瞬間をとらえ、じっくりと面白がって「観察」してください。次にそれを「見たまま」「感じたまま」を素直に「5・7・5」に当てはめてみましょう。そこに「季語」が入っていれば一句でき上がりです。

さらにブラッシュアップしたい場合は、自分の驚きや感動が表現できているか、それが人に伝わる句であるかどうかを吟味してみましょう。あの有名な芭蕉の句「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」も、最初は「山寺や石にしみつく蝉の声」、さらに「淋しさや岩にしみこむせみの声」「さびしさや岩にしみこむ蝉のこゑ」と推敲を重ねて最後にたどり着いた句です。

 

 まずは、作ってみましょう。上手に作ろうと思わないことが最大のコツです。芭蕉は「俳諧は三尺の童にさせよ」と言ったそうです。大人はつい頭で考えたり、常識や知識のフィルターをかけたりしがちですが、子どもは見たまま、感じたままを素直に詠むので大人をハッ とさせるような句を作ります。童心に帰り、無垢な心で「もの」や「こと」に向き合うのも俳句の面白さです。

俳句を作るようになると、これまで見過ごしてきた「もの」や「こと」がよく見え、 驚きや感動が生まれます。今まで何の変哲もなかった日常が途端に鮮やかになります。俳句で日々の暮らしにぜひ彩りを添えてください。

 

※ますぶち椿子(俳号)さんプロフィール

増渕広美(本名)/俳句結社「童子」同人/元県立市ケ尾高等学校校長/青葉区青少年の地域活動拠点コーディネーター/青少年と家族の未来研究所代表

10回 2022年11・12月合併号掲載

親愛なる「虹の仲間」の皆さんへ

再び、「私たちは どう生きますか? どう逝きますか?」 

山田雅彦 (株式会社 日本標準 会長) 


1.私も、後期高齢者になりました

 今年2022年8月31日に、私は後期高齢者になりました。イヤ望んだわけでもなく、役所などから送ってくる文書にそう明記されているのです。

医療保険制度、介護保険制度、自動車免許更新制度など、今年からけっこう変わります。

後期高齢者2200万人、そのうち団塊世代は3年間で800万人だそうです。ウーン!

この集団が、どうも他の世代の人々を圧迫していると思われているらしい・・・。

と、その辺から話をスタートさせましょう。

 

2.そして私は「独りもの」になりました

 以前「虹のたより」に書きましたが、ほぼ3年前に妻を亡くしました。まさか自分が後に残されるなんて想像もしないうちにです。妻の介護をしながらも、なぜか私が後になるとは思っていませんでした。根っから妻に精神的に甘えて生きてきたのでしょう。

毎日が寂しくて、まだ心の中はウェットなまま今日に至っています。

でも「思い出」が私を励まします。10年間の介護生活の思い出です。リハビリに懸命の表情や、夕方デイサービスに迎えに行った私を見て嬉しそうに手を振る姿や、私の手料理を「おいしい!おいしい!」(そんなわけないと思うけど)と食べる様子などです。

 

3.そしてまだ、私は教育出版の仕事を続けています

 日本標準の会長の仕事を続けています。もうすぐ引退と言って、もう何年も経ちました。

仕事柄、教育のことや世の中のことを考えています。学校のことや先生、そして子どもたちのことを。(日本標準のHPブログ「会長の日記帳」ご覧ください)

 これがもう、心配だらけ。学校の先生たちはブラックな環境の中であえいでいます。残業代もつかない長時間労働や土日出勤もザラです。慢性の人手不足で非常勤の先生もクラス

担任をしています。教師になりたいという人が減っています。(先輩である先生を訪ねて、そして教職を諦めるのです。)

 なぜか? 理由は簡単です。国の公教育予算が少ないからです。GDP比率で世界最低レベルです。なのに絞めつけは国の得意技です。評判の悪かった教員免許更新制は廃止になりましたが、・・・なのにそれに代わる自主研修とその報告書提出などを決めました。

 

4.言いたくないけど、「劣化社会」「分断社会」

 今年もいろいろなことが起こりました。その筆頭は「旧統一教会と政治」ではないでしょうか。この組織は、昔から霊感商法や信者家族の崩壊などが問題になっていましたが、今年明らかになったのは政治とのかかわりです。特に政府に近い人たちの・・・。

 政治家にとって選挙が命、無償奉仕の選挙応援活動でしっかり「貸し」をつくり、その「お返し」としてこの団体の(集金)活動がやりやすくなったという関係のようです。

 みんな大変だけど、後期高齢者も大変です。まずこの物価高!(どうしてくれる!)

医療費は原則1割だったのが(収入に応じて)2割と3割も。老々介護や8050問題を抱える人も多い。病院通いとクスリを欠かせない人も(というよりそれでフツー)。

 誰もが不安な、先が見えない社会・・・ああ、劣化社会! そして高齢者分断!

 

5. それでも「わたしは よろこんで 歳をとりたい」と言う!

 あと何年生きられるのかなあ、って考えますよね。私もです。あと何年って、これ「健康寿命」のことですよね。私が今やりたいこと、・・・実はあまり頭に浮かんできません。

そうですねえ、私たち夫婦の故里である九州に出かけて、時間にせかされないでゆっくり過ごすことでしょうか。お墓参りに行ったり親類に会って話し込んだりできればいいなあと思います。仕事を引退したときに、と考えていることです。

 

 そしてもう一つ、「虹のたより」のお仲間に再会すること。これも私のAランクの希望です。

共に元気で!  そして私は言いたい!

「わたしは よろこんで 歳をとりたい」 (イェルク・ツィンク)

回 2022年月号掲載

虹の仲間・ふるさとの森が・・・ヤッホー

虹の仲間の森 ・応援団長  吉田幸二北海道北斗市在住


「ヤッホー」

虹の仲間の森の木々が横浜方向に向かって 「ヤッホー」「ヤッホー」「ヤッホー」

聞こえているでしょうか 

森は  虹の仲間の木霊 「ヤッホー」を 耳を澄まして待ってますよ~~~

森の木々は 「コロナに負けてたまるか」と耐える虹の仲間の頑張りに 拍手してますよ 森の木々は 虹の仲間の「ご恩」を一生忘れないです

植樹がされなければ  木々の幸せな存在はなかった 

嬉しいことがあったら 森のある北海道に向かって「ヤッホー」

嫌なことがあっても 森のある北斗市に向かって「ヤッホー」

ひとりぽっちで寂しい時も 「ヤッホー ヤッホー ヤッホー」

一日一回「ヤッホー」と叫び 気分爽快の日暮をされますように森は願ってますよ

コロナ禍が落着いたら 「北海道新幹線に飛び乗って新函館北斗駅へGO」 忘れないで下さいね

 

「ブナの木・北限」

虹の仲間の森はブナの木が主役です

保水力があり災害に貢献できる優れた樹木は大木になると20万枚の葉をつけるそう

落葉して海に流れ込むと付着物の虫などがプランクトンの餌になる貢献力もあるそう

プランクトンを餌にしている魚に感謝されるブナの木です 

この木の「北限」は 北斗市のある北海道・道南・・・一番北にある黒松内町と言われています その黒松内町で野原すみれさんの講演会が行われたことの「ご縁力」私には「不思議縁」に映ります

 

「虹の仲間からの学び」

わが家は高齢化社会を乗り切る教えをみなさんから学びました 「自分だけは老化しない」と思っていましたが  最近は一年に3歳加算したような老齢加速を感じています 「心配ごとをつくらない」「不安をつくらない」「お金を貯めない」「質素な生活を

楽しむ」「常に動き回る」などなど心がけ 虹の仲間の森を長くながく見守りたいなあ と 二人で長寿を欲張る生活をしています 

佐渡友代表からは「寿町」の暮らしを教えていただきました 

最初に訪れた時「保育所のブロック塀に描かれた赤い鳥居」にビックリ 絵の意味は「立ち小便禁止マーク」・・・知恵ある配慮注意 脳裏にしっかり焼き付いています

三畳ひと間の住宅で30年以上暮らす高齢者が部屋を見せてくれました 

明るくふるまう高齢者の言われた「ふるさとはあるが事情があって一生帰れないんだ・・・」・・・返す言葉を失いました

虹の仲間から学んだことを糧に 自らを一番大事にした日暮を心がけています

そうそう 植樹で「大都会と田舎の考え方の差」も学びました

田舎に住む私の植樹時常識は「長靴」を履く・・・当たり前の一丁目一番地のことと思い「長靴」を用意しました でも虹の仲間の皆さんが植樹で履いたのは大都会の街を歩く靴・・・ビックリ仰天でした しかし靴にビニール袋を被せて難無しでの作業を見せてくれました 当時 田舎の常識が通じない大都会の知恵に 植樹が和んだことは忘れられない思い出になっています

 

「虹の仲間の友 森のつぶやき」 

人間は体調が悪いとお医者さんが 治してくれる・・・うらやましいな 

高齢になって生活に不便不自由が出ると いろんな援助がある・・・「いいなあ いいなあ いいなあ」がいっぱいで でも うらやましがってはいけない 

虹の仲間の森は「な~~んもない日暮もまた好し」に満足してま~~す 気分が滅入ることがあったら 虹の仲間・ふるさとの森に向かって「ヤッホー」3回ですよ

 

「仲よしこよしの団結力」

虹の仲間のみなさんの福祉活動貢献はすごいなあ・・・感心至極です

長い間 活動をしながら「自分力」を高める会の団結力・・・感服の一語です

仲よしこよしの虹の仲間のみなさんが この先も長く至福の日暮を続け 会が継続されることを願っています

願わくば 森のことをお子さんやお孫さんに伝えてほしいです そして 森の生みの親「高齢化社会をよくする虹の仲間」は永遠不滅であってほしいと願っています

 

「気分爽快の薬」

横浜の冬は暖かそうですね 虹の仲間のふるさとの冬は 超厳寒地帯です

気候に逆らわず 笑顔で耐えて日暮し ブナの木に劣らずの年輪を重ねて下さいね

虹の仲間の森が 会員の「気分爽快となる薬」の役目を果たしてほしいと 私たちは願っています 

回 2022年7・8月合併号掲載

戦争を語り継ぐ」〜母ちゃんの背中〜

ノンフィクション作家   新井恵美子(会員)


 もう、二十年も前の事になる。

私はその時、南の小さな島にいた。ラブアン島という島で、ボルネオ島の脇にホクロのようにくっついた小さな島である。

 この島で太平洋戦争の末期、日本軍と米軍の間に激しい戦いの悪夢があった。日本にしてみるとボルネオの石油が何としても手に入れたく、開戦と同時に、ボルネオをイギリスの手から奪っていた。

 真珠湾攻撃を成功させた日本軍はいとも簡単にボルネオを占拠し、このラブアン島に立派な空港を作っていた。

 米軍が優勢になった時、連日ラブアン島は空襲された。それなのに、空港には一発も爆弾を落とさない。彼等が後でこの空港を使おうとしている事に気づいた。

 それからは日本軍は自分達の作った空港を自分達の手でこわし始めた。「使われてなるものか」と空港つぶしにかかったのだ。そうするうちにも米軍の襲撃は日増しに激しくなりついに上陸をされてしまう。

 生き残った日本兵は塹壕にもぐり、最後の日を迎えるのであった。そんな彼等に命じられたのは玉砕よりもひどい、「斬り込み」だった。 

 一人ひとり自分の日本刀で相手を一人殺して死ねというものだ。銃さえもすでになく、斬り込んで死ねと命じられたのだ。

 自分達の命が明日までである事をかみしめながら兵達は眠りにつこうとしていた。その時、一人ひとりにパイナップルの缶詰が配られたそうだ。

 一人の兵士は「パイナップルの汁が母のお乳のように甘かった」と軍隊手帳に書きつけた。その手帳が戦後、米軍の手でみつけられ、日本に返えされた。

日本軍の兵士達が如何に勇敢であったかは敵の兵士達の証言で明らかにされた。

何年か経て、このラブアン島に慰霊碑が建てられた。両国の碑が南の激しい太陽の下にたたずんでいた。

その日、ボルネオ戦で米軍につかまり、捕虜となって、戦後を生き抜いたM氏の手でこの島で戦没した兵への慰霊祭が行われようとしていた。縁あって私もここに参加させて頂く事になり、後方の席に参列させて頂いていた。

 慰霊祭は進んで暫くしてからだった。前の方で騒ぎがおこった。バタバタと人が駆け寄った。

 一人の高齢の女性が前方に倒れ、息も絶え絶えとなっているのだ。最初誰もが暑さにやられたのかと、思った。しかし、違った。倒れた女性は「背中に沢山の人が乗って来る」「血で染まった男たちで兵隊さんのようだ。」「重くて苦しい」と、あえぐように言っている。

列席していた領事夫人がかけより、倒れている女性を抱き上げ、般若心経を唱え始めた。ようやく、女性は落ち着いたようだった。領事夫人は「南の島ではよくあることです」と事もなげに言った。

 慰霊祭はそのまま終わり、ホテルに運ばれたおばあさんは翌朝も「まだ背中に乗っている」と苦しそうだった。「でも大分楽になった」と青い顔をしていた。

 偶然、帰りの飛行機も彼女と一緒だった。クアラルンプールの空港を飛び立って、ひょいと前を見ると小柄な彼女の背中が見えた。

 その時、私はようやく分かった。島に残された霊達が何故、彼女の背を選んだのか。何故私は選ばれなかったのか。ずっと考えていた。

 彼女の背は丸くなっていて、実にやさしかった。そして暖かかった。

 この地で命を落とし、長い歳月、忘れ去られている兵隊達の魂は、少し丸くなった彼女の背を見て、故郷の母の背を思い出したのだろう。

 その頃の私はまだ若くて、選ばれなかったのだろう。今なら充分資格ありだが。

兵達はあの時、久しぶりに日本語を聞いてなつかしくて、田舎の事を思ったのだろう。

縁側で豆選りをしていたあのやさしい母ちゃんの背中をみつけ出したのだろう。「母ちゃん」と思わず後ろからしがみついたのだろう。母ちゃんの背はやさしくて、暖かくて、離れがたかったのだろう。

飛行機が着くと、彼女は何事もなかったように人込みの中に消えて行った。彼女の背中に乗ったまま、首尾よく懐かしい故郷に帰りついた魂もあったのだろうか。

私の背には誰も乗ってくれなかったけど、私の心は彼等の無念を思いっ切り抱き留めていた。「皆さんのこと、決して忘れはしませんからネ」一人つぶやいている。

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回 2022年5月号掲載

アイフレイルとの付き合い方がんばってきた目とこれからも仲良く

梅の木眼科 理事長   加藤道子(会員)


 アイフレイルは疾患ベースではなく、加齢による目の不調、衰えを幅広くとらえた概念です。病気というほどではなくとも中年から高齢に差し掛かってくると目の不調や疲れ、見えにくさを感じることがあります。

 まずは、アイフレイルという前に、目の不調や不快感を「歳のせい」にはせず、一度はしっかり精密検査を受けてください。その上での話です。本日の内容は、A.しっかり治療をしていかなければいけない眼の疾患。B.まあまあ、折り合いをつけながら仲良く伴走していい疾患。そうして、C.さしたる病気はないけれど、何となく目の不調、目の不快感を感じるとき、どうしたらいいか。そんなことを紙面を通じて考えたいと思います。

 

A.まず、話の前提として、一度は自分の眼の精密検査を受けてください。瞳を大きく開いた

 散瞳検査を含めた、眼の精密検査です。その上で、次の疾患はしっかり治療して下さい。

 

1.緑内障

 視神経がやられていく病態です。今のところ視神経の再生ができませんので、初期からしっかりとした治療

   を要します。

 

2.加齢性黄斑変性症

 物を一番よく見るのに使う黄斑部がやられる病態です。今はいい治療薬が数種類出てきています。しっかり

   経過を追うことが必要です。

 

3.網膜裂孔

 網膜に特発的に穴が開き、網膜剥離にもつながる病態です。無症状の方もおられますが、

 光が走った、虫のような飛ぶものが急に出てきた。という方もいます。高度近視の方は要注意です。初期で

   したら、レーザー治療で裂孔をふさぐことができます。

 

4.黄斑部の疾患(例 黄斑上幕、黄斑円孔、中心性漿液性網脈絡膜症等々)

  黄斑部の変化は視機能に重大な痕跡を残します。しっかり治療をする必要があります。


5.物が二つに見える

突然、両眼で見たときのみ、物が二つまたはそれ以上に見える。片眼で見る時には複視がない。その場合は、まず頭蓋内の検査をしてください。頭の中に異常がない時は、眼科にて精査をします。

 

6.急性期の感染症

これはその時々のタイムリーな治療を要します。ためらわずに治療を受けてください。

 

B.次に、以下の病名は、ご自分の都合を優先して、治療内容を主治医と相談して決めていいと思います。

1.白内障

70歳以上の方でしたら、そのほとんどの方が罹患されています。有効な薬はまだ開発されていません。治療は手術です。その時期に手遅れということはありません。ただ進んできますと足元が見づらくなったり、目からの情報が入りにくくなったり、ケガや事故、認知症が早まったりはあります。不都合なことが出てきます。やろうかな?と、思われたときが手術のやり時かもしれません。手術は痛みなく、数分の経過で終わります。

 

2.眼がウルウル、涙がたまる

  眼内に溜まった涙を排水する管が眼頭の上下にあります。それが細くなったり、詰まったりすることはあります。また、目の表面が乾いてくると、かえって涙を出そう出そうとすることがあります。原因に応じての治療法があります。

 

C.アイフレイルについて

 まずは、何となく不調を感じることを、具体的な訴え(いつどんな時に、どのくらいの頻度で、どのような症状があるのか)にしてください。その具体的な訴えを主治医に相談してください。そこからは眼科主治医と患者さんとの工夫と試行錯誤の世界が広がります。例えば、車の運転時に目が曇る。もしかしたら、目を凝らして前方を見ているため、角膜表面が乾いているのかもしれません。マスク着用の日々で、マスクを着けていると目がしょぼしょぼする。もしかしたらあなたの呼気がマスクの上方から抜けて、その風圧で角膜表面が乾燥しているのかもしれません。

ある程度の年になりましたら、力を注がなければならない病態と治療、それほど一生懸命にならなくてもよい病態があるように思います。限られたエネルギーをどう配分していくか。それを患者さんと語り合うのも主治医の役目であると思います。

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第6回 2022年総会号(3月・4月合併号)掲載

「サステイナビリティ」それは誰にとっても住みよい世界のヒント

大川瑞稀(会員)


  みなさま、はじめまして。この 3 月より、虹の仲間に加わることになりました、大川瑞稀 と申します。昨年度より印刷・発送等のお手伝いをさせていただいていました。幼い頃から 横浜市青葉区在住で、現在は東京大学大学院新領域創成科学研究科で「サステイナビリティ学」という分野を勉強している大学院生です。サステイナビリティ?なにそれ?という方 も多いかもしれません。近いものとしては SDGs(エスディージーズ)という世界共通の目 標があります。こちらはどこかで聞いたり、カラフルなロゴマークを見たことがある方もい らっしゃるかもしれません。私自身もこれらについて学んでいる道中にありますが、今回の 記事がみなさんにとっても考えるきっかけになれば嬉しいです。

   サステイナビリティとは日本語で「持続可能性」を意味します。これに関してよく取り上 げられるのは、国連の「環境と開発に関する世界委員会」が 1987 年に出した報告書にお ける「持続可能な開発」の定義です。それは、「将来世代の欲求を満たしつつ、現在の世代 の欲求も満たすような開発」(原文より和訳)です。この「サステイナビリティ」を実際の行動 として移しやすくしているものが SDGs と言えます。これは “Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)” の省略形で、2015 年 9 月の国連サミ ットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」に記 載の、環境・経済・社会の 3 つの分野に渡る 17 の目標とそれぞれに細かく設定された計 169 のターゲットで構成されており、「誰一人取り残さない」を理念としています。また、 SDGs は先進国・発展途上国関係なく全ての国が取り組む普遍的な目標です。

   スウェーデンのストックホルム・レジリエンス・センターのヨハン・ロックストローム氏らは、 「SDGs ウエディングケーキ」というモデルを提唱しました。ここには、あらゆる社会・経済 活動は、その根本にある生物圏(自然環境)が持続できてこそのものというメッセージが込 められています。興味がある方はぜひ調べてみてください。

   ここまで記したことを、具体的な例を交えてお話しします。実は最近大学院の先生に誘わ れて徳島県の上勝町(かみかつちょう)という所を訪問しました。ここは、町ぐるみで資源を循環させる取り組みを行っている日本の中でも先進的な事例として知られていますそ の一環で、少しでもリサイクルできる資源を残すため 40 以上の分別がなされ、それぞれ が何に生まれ変わるかも可視化されています。じゃあ今日から自分たちも同じことがで きればいいのではないか、そうすれば資源は無駄にならないのではないかと思う方もい るかもしれないですね。ここでサステイナビリティの視点が出てきます。40 分別を始める となれば、そのことを住民に納得できる形で説明しなければなりません。例えば上勝町の 200 倍の人口を有する青葉区では、そのために十分な人材と時間を割くことは可能か (経営学)?効果的な伝え方とは(心理学)?そもそもこの仕事の担い手は(政治学)?この ように、環境問題という一つの社会課題に貢献できる活動でも、それを実現し、長く続か せていくためには他分野の視点から見える課題を認識し、乗り越えなければなりません。

    つまり、私が伝えたいのは「今日からとにかく社会に配慮した選択をするべきだ」という ことではありません。「多くの人がそのような選択ができるような社会の仕組みはどのよ うなものか、その仕組みを作るために人々にはどのような働きかけや支援が必要なの か、そしてそれらを長く続かせていくために必要なものは何か」を一つの視野にとらわれ ることなく考えていくことが、より本質的な問題として重要ではないかと思っています。 これらの疑問の解決を試みるのが「サステイナビリティ学」という分野と言えます。

    ちなみに、なぜ私がこの分野を学びたいと思ったか。それは、環境問題と高齢者福祉の 課題を同時に解決・融合できるようなアイデアを見つけたいと思ったからです。元々家族 の影響で関心を持った 2 つの分野を別々の尺度で見ていました。しかし、とある自治体で 介護施設が他の施設に比べてエネルギー消費量が多いことを知った時、環境の視点で見 れば問題かもしれないけれど、利用者さんの健康を保つためには 24 時間空調を動かし たりすることも必要だとも思いました。そこで「環境にもご高齢の方にも両方に配慮でき る方法はないのか」という疑問が湧き、そこが出発点となりました。今後も個々の分野の 枠にとらわれずに、この問いに対する答えを探っていきたいと思います。

   最後に、みなさんこれを読んで一つ気づいたことはありませんか?実は誌上セミナーだ けフォント(書体)が違うのです。これはユニバーサルデザインフォントと言って、誰にとっ ても読みやすい文字になっています(Word の BIZ UDP ゴシックというフォントです)。 これも「誰一人取り残さない」という SDGs の理念に通じるものがありますね。このよう に、あらゆる意味で持続可能な未来に向けた行動をこれからも実践していきたいです。

上記の書体は BIZ UDP ゴシックではありません。虹のたより総会号第6回セミナーの誌面をご参照ください。

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第5回 2022年2月号掲載

あれから11年  〜福島いわき市今昔〜

冨松京子(いわき市在住の会員

★いわき市久之浜の海岸の地域は、2011年3月11日の津波直後、火災になりました。


小さな神社がぽつんと残り、視察に来てくださった三井さん、佐渡友さんがとても不思議がっていました。

「あの神社の周りはどうだったのかしらねぇ~」と、心配そうにして。

★あれから10年後の現在の風景です。

中央に写っている神社がポツンと残っていた神社です。海側の方から見下ろした風景で、家が毎年少しずつ建っています。


2011年3月、津波の後の久浜海岸の様子。

恐ろしさと悲しみで呆然としました。


★現在は、久之浜海岸の堤防も嵩上げされ整備が終わりました。地域の人達により 植樹されて緑の防災地域に なりました。遊歩道ができたので、散歩する道も増えまし た。

全国からのご支援を感 謝し、忘れることはありませ ん。

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第4回      2021年11・12月合併号掲載

能ってなあに?

-能の楽しみ方ー 

金春流能楽師 柴田 健一


 私が初めて能に触れたのは30年以上前、教員時代に仲間と教育研究会を起こし、そこに来ていた大学の先生で、すでに能を始めていた友人の誘いで稽古に参加した時です。個人の家ですが能舞台があり、いつでも稽古や能ができるところでした。能の先生は女性の能楽師の方

で、お父様が金春(こんぱる)流の師範をしていた方でした。それ以来稽古に通うようになり、今も続いています。(舞台は杉並区堀ノ内)

 稽古を始めた当時は終わるのが9時過ぎになり、皆さんお酒の大好きな人ばかりでしたので、必ず行きつけの居酒屋に寄りました。そのため家に帰りつくのは早くて12時、遅いと完全に午前様でした。仕事をしながらよく続けられたと思います。

私にとっての能の魅力は体の内(胆)から声を出すことです。正座をして丹田に気を据え、腹から声を出して口伝通りに謡うことですがこれがなかなか難しい。今も苦労しています。                  

能には他に例のない舞台空間があります。橋掛りと三間(約6m)四方の舞台です。その空間の中で現世の人間や死後の世界そして鬼や天狗などの異類までをも舞と謡という形で表しています。更に囃子と装束をプラスして全く異次元の世界を形作るところに能の魅力があります。


〈 能の基本 〉


六百年以上も前から猿楽(散楽)から始まり、観阿弥・世阿弥親子によって形作られた伝統芸能「能」は独特の構造を持つ能舞台や様式化された演技、音楽、能面、装束など様々な要素が一つに融合した舞台芸術です。

 三間四方の舞台は4本の柱(シテ柱・ワキ柱・笛柱・目付柱)で囲まれています。丁度相撲の土俵の四隅に柱が立っていると思えば分かりやすいかもしれません。昔は屋外で能が行われていたことから室内にある能舞台にも屋根が作られています。

舞台と揚幕の間に橋掛りという場所があり、能の演技はこの橋掛りを含めた空間で行われます。


現在、能の流派には五つの流儀  (観世(かんぜ)・金春(こんぱる)・宝生(ほうしょう)・金剛(こんごう)・喜多(きた))  があり、流儀によって詞や節回し、扮装、演出が少しずつ違います。

 能の作品は登場する役柄と曲趣によって五つに分類 ( 「五番立(ごばんだ)て」といわれる) することができ、その能がどんな曲趣の能かを示す指標として役立っています。

初番目物(脇能・神能)      神が登場して世の太平を祝福したり、社寺の縁起を語る。 

二番目物(修羅物)    武士が中心で修羅道に落ちた顛末を語る。

三番目物(鬘物)     女性が主人公の曲。 

四番目物(雑能・雑物)  他の分類に入らない曲。親子や男女の別離と再会を描く。 

五番目物(切能)     鬼や天狗、龍神など主に人間以外の異類が主役。

 昔はこの五番立てが順にすべて行われ、かなりの時間を要したそうです。現在は多くて三番、狂言を入れて一~二番がほとんどです。

 能には四つの役割があります。主役シテ、シテに連れ添うツレ、物語の筋や説明、描写の謡をする地謡。これらはすべて「シテ方」が勤めます。シテに対応して演技を引き出す役を担う「ワキ方」。笛、小鼓、大鼓、太鼓の楽器を担当する「囃子方」。そして合間に登場して話しの説明をしたり、時には滑稽に話を盛り立てる「狂言方」です。

 この他にも能には欠かせない能面(面(おもて))や装束のこともありますが、それはまたいつかの機会に。

能楽堂に行こう!

 先ずは能楽堂に行ってみることです。初めて見るとお経のようで眠くなるという感想をよく聞きます。逆にそれだけ気持ちのよいものかもしれません。眠くなった時は我慢せず謡や囃子に合わせて心地よい時間を作ってください。(できれば鼾は無しで) 曲の盛り上がりは終盤が多いのでその時はしっかり見てください。

 興味・関心が出てきたらストーリーとともに各演者の所作(足の運び、謡い方、舞の動き、囃子の流れ、装束の華美等々)に注目して見ると楽しく見ることができると思います。

(国立能楽堂編集の「能楽入門」を参考にしています)

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第3回      2021年9月号掲載

あなたの人生を誰に託しますか?

 今、あなたが考え、あなたが決める ―

NPO法人 人生まるごと支援 理事長 三国浩晃(会員)


 

もし、あなたの認知症が進んだら… あなたに介護が必要になったら…それからの人生をどこでどのように暮らしたいですか? 認知症になっても、すぐに死んでしまうわけではありません。 認知症になってからもあなたの人生は続きます。 自分らしく最期まで生きるために、司令塔(キーパーソン)について考えてみましょう。 

 

自分らしく最期まで暮らすための「司令塔(キーパーソン)」

認知症になっても、ならなくても最期まで自分らしく暮らすためには、『在宅ひとり死のススメ』著書の上野千鶴子先生が提言されている3つのポイントが重要になると私は考えます。

 1つは本人の意思決定(死ぬまでどのように暮らしていきたいか)、2つ目は司令塔(キーパーソン)の存在、3つ目はそれを叶える多職種連携のチームの構築です。

ただ、私が現場で感じることは、司令塔(キーパーソン)になり得る人が、なかなかいないことです。 それでは「キーパーソン」の役割とは何でしょうか。 こんなとき、どうする?という質問をするので、自分のこととして考えてみてください。

 

一人暮らしのあなたが、手術をすることになる。 誰が手術の同意書の署名や立会いをしてくれますか?

入院することになる。 誰が緊急連絡先に署名してくれ、入院中の着替え等をあなたの自宅の鍵を開けて持ってきてくれますか? 

あなたの病状が急変した。 誰に連絡をし、誰が医療同意に関して判断してくれるのでしょうか?

あなたが亡くなった。 病院は誰に連絡をし、誰に死亡診断書を渡せばよいのでしょうか。 誰が葬儀社に連絡をし、役所の手続きをし、火葬の立会いをして、あなたの遺骨を持って帰る、一人暮らしの部屋の片付けや、電気ガス水道を止めるなど、死後のあなたの身の回りのことを誰がやってくれるでしょうか? 

 

このようなことが私の考えるキーパーソンの役割になります。 そして、私が活動の中で感じることは、キーパーソンがいないことに困っているのは、当事者である本人よりも、支援している周りの方であるということです。 私への相談もおひとりさま当事者の方よりも、関わっている地域包括支援センターやケアマネジャー、訪問看護師さんからの相談がほとんどなのです。

本人は病院の受診同行は「ケアマネさんがやってくれるのでしょう」、死亡した時の手続きは「訪問看護師さんがやってくれるんじゃないの」と考えている方もいますが、それは現状の介護保険の制度の範囲を超えていて、思いを持ったケアマネジャーが対応したとしても、事業所への報酬もなく、無償のボランティアなのです。

キーパーソンを選ぶということ

それではどうしたらよいのでしょうか? それは自分でキーパーソンを見つけ、判断能力のあるうちに、お願いすることです。 どうやって探せばよいのか、どんな人に頼んだらよいのでしょうか? 私が考えるポイントは三つです。

あなたのことをよく知っている人(性格や大切にしていることやもの等々)

緊急時にすぐに連絡が取れ、1時間くらいで駆け付けられる人

あなたより先にボケそうにない人(あなたより20歳くらい若い人が望ましい)

  この3つの条件に合う人に、「私のキーパーソンになってもらえませんか」とお願いするとよいでしょう。 家族であれば口頭でのお願いでもよいですが、甥姪や友人等、第三者にお願いする際は、公正証書を作成するとよいでしょう。特に任意後見に関しては公正証書にしないと効力がありません。

キーパーソンをお願いするということは、『あなたの人生を託す』ことになります。 あなたの交友関係から財産まで、すべてを具体的にして、託すのです。 要するに、その人に全てを見せて裸になるような感覚です。 ゆえに、よほど信頼がおける人でないとお願いするのは難しいと思います。

そして、頼まれる方もよほどの覚悟がないと受けられないと思います。 私はNPOで任意後見、死後事務委任、遺言執行を受けていますが、実際に受けている割合は相談に来られた方の6割程度です。

お願いする人も相手を慎重に選ぶ必要がありますが、お願いされる私も相手を選ぶのです。キーパーソンになってもらうとは「お金を払って商品を買う」ような、ものではないと私は考えます。

 

覚悟をもったキーパーソンがあなたを支える

  最近ではおひとりさまも増え、「キーパーソン」の役割を担う法人も増えてきています。 弁護士や司法書士、社会福祉士等の専門職やNPO法人などもあります。 このような法人に依頼する選択肢もありますが、前述の三つのポイントから考えると、これから出会う第三者よりも、今までの人生であなたが関わってきた方がよいと、私は考えます。 そのような人がいない場合は、これからのあなたの人生をかけて 「あなたのキーパーソンに成りうる人」を見つけ、良い関係を構築していくことをおすすめします。

元気なうちに準備しなかった場合、認知症の進んだあなたの財産を管理し、施設入居等の手続きをしてくれる成年後見人(法定後見)を、親族等が家庭裁判所に申し立てをする方法があります。 しかし法定後見の場合、後見人は家庭裁判所が決めるので、あなたの『キーパーソン』を、あなた自身が選ぶことはできないのです。 そうなったときは良い人が選ばれることを祈りましょう。

  このような現実に日々直面していると、これからの時代に大切なことは、まさに上野千鶴子先

 生が仰っていた『金持ちより人持ち』なのだと、痛感しています。

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第2回 2021年7月号掲載

ひばりさんという人を分かってほしくて

美空ひばり と“戦争”

ンフィクション作家 新井恵美子(会員)

 

 昭和12年生まれの美空ひばりは、その時8才だった。

父は戦争に行ってしまって、母と3人の子どもが残されていた。 二ヶ月前に東京大空襲があった。 「今度は横浜が危ない」と皆は思っていた。ひばりの家ではまだ防空壕がなかった。 作ってくれる男手がみつからないのだ。 ひばりの母は、男性のいる家に頼みに行くが、もうお金では人は動いてくれない。 苦心して食料品を集めて持っていくと、ようやく男達が来てくれて防空壕は出来た。

出来て間もなくだった。 後に横浜大空襲とよばれる昭和20年5月29日の激しい爆撃があった。 敵機600機が横浜の空をおおったのだ。ひばり母子は防空壕のおかげで難をのがれた。 8才のひばりは死体と瓦礫の山を見た。「これが戦争というものか」と声も出なかった。この防空壕が間に合わなければ、私達は“美空ひばり”に会えなかったかも知れない。

戦争が終わって、人々は命びろいをしたが、衣食住に事欠く日々が続いていた。 ひばりは、好きな歌で世に出たいと努力を重ねていた。

昭和28年『悲しき口笛』で本格デビューする。 これは雑誌『平凡』に掲載された小説で、ひばりは主役の女の子。 この子は戦災孤児だった。 雑誌『平凡』は私の父が戦地から帰って作った小さな雑誌だった。 吹けば飛ぶような『平凡』と、まだ無名に近かったひばりが仲よくなって一緒に成長した。

ひばりは戦災孤児の女の子になり切って演じた。 あまりにそれが見事だったので、本当の戦災孤児から手紙がきた。 「ひばりさん、貴女は本当に戦災孤児なんでしょう。 だから私達の気持が分かるんでしょう」と。 ひばりは、家族揃った仕合せを申し訳なく思ったと言っている。

 『悲しき口笛』が完成した時、試写会が計画された。『平凡』も一息ついたので、父は『平凡』読者100名をハガキで募集し招待する事にした。その時、私達姉妹もまぎれ込ませてくれた のだ私は最前列の席でひばりを見た。 舞台に現れたひばりは『悲しき口笛』を見事に歌った。 会場は水を打ったように静まり、この少女スターの誕生に息をのんで感動した。

 その後、映画が封切られると日本中の人が『悲しき口笛』を歌い始めた。 「丘のホテルの赤い灯を」求めて誰もが歩き出したのだ。 その後もひばりは『東京キッド』『越後獅子』など戦災孤児や親のない子の哀しみを歌ってスターダムをかけ上がって行く。

戦後のあの日々、哀しかったのは戦災孤児ばかりではない。 日本は戦争に負けて、世界の国々から「悪い戦争をしたダメな日本人」とレッテルを張られ、何もかもを失い、誰もが哀しかった。

 ひばりの歌声は、そんな哀しい人達を元気づけてくれた。 だから美空ひばりは、唯の歌手ではなかった。 どんなに歌がうまい人でも、どんなに美しい人でもひばりには及ばない。 特別の歌手だった。 その後も栄光の架橋を渡り、名誉も得、お金持ちになると、ひばりは不遜だと言われ、鼻持ちならぬと言われたりした。

  昭和49年のことだ。 第一回広島平和音楽祭でひばりは『一本の鉛筆』を発表した。 高峰秀子のご主人、松山善三が作詞した平和を望む歌だった。

「一本の鉛筆があれば、戦争はいやだと私は書く」と歌うこの曲を、ひばりは気に入って心をこめて歌った。 しかし、広島の人々や被爆者達はよく言わなかった。

「ひばりが反戦歌なんて空々しい、どうせ売名行為だろう」と冷たかった。 何を言われようと、ひばりはひるまなかった。 幼い日に見たあの戦争の悲惨さ、むごたらしさを心に描いて歌い続けた。 人に何と言われようと、ひばりはこの歌を手放さなかった。 折に触れて歌った。

苦難の昭和が過ぎて間もなく平成が来ようと言う時だった。 長年の労苦がひばりの体をむしばみ体調を悪くしていた。 しかし、そんな事にはめげず、ひばりは広島に向かった。 周囲が止めても彼女はやめるとは言わなかった。

体調はひどく悪く、一曲歌うごとに楽屋のベッドに倒れ込む有様だった。 そんな中で、最後の最後に歌ったのが『一本の鉛筆』だった。

私は、この映像を見た事があった。 力をふりしぼって、命のかぎり歌う『一本の鉛筆*』は華麗なる生涯の集大成というべきものだと私は思う。

ちなみに私はあの日『悲しき口笛』を歌ったひばりを見たきり、二度と会う事はなかった。 父はいつもお会いしていたが、私は決して会いたいとは言わなかった。

恐くて会えないほど素晴らしい人だった。

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*「一本の鉛筆」

作詞:松山善三/作曲:佐藤勝/歌:美空ひばり

あなたに    聞いてもらいたい

あなたに    読んでもらいたい

あなたに    歌ってもらいたい

あなたに    信じてもらいたい

一本の鉛筆が    あれば

私はあなたへの    愛を書く

一本の鉛筆が    あれば

戦争は嫌だと    私は書く

あなたに    愛をおくりたい

あなたに    夢をおくりたい

あなたに    春をおくりたい

あなたに    世界をおくりたい

一枚のザラ紙が     あれば

私は子供が     欲しいと書く

一枚のザラ紙が    あれば

あなたをかえしてと    私は書く

一本の鉛筆が    あれば

八月六日の    朝と書く

一本の鉛筆が    あれば

人間のいのちと    私は書く

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第1回 2021年5月号掲載

これからの私たちの生き方   

ー介護のある暮らしを、社会の標準にー

株式会社日本標準 会長 山田雅彦


以下は2015年、妻千恵子の誕生日に書いた手紙です。 

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お母さん、67回目の誕生日 おめでとう!!

62歳のときに倒れて、もう4年と8か月が過ぎました。

よくここまで来たなあという気持ちでいっぱいです。

そして、あの頃のことを振り返れば、今も心が切なくなります。

これまで、お母さんは、ほんとうにがんばりました。 これからもね!

私が、お母さんを偉いなあと思うことは、

 

まず第一に、感謝の気持ちがいっぱいだということです。

人は、いろんな人に支えられて生きています。でも忘れてる。

お母さんは病気の前から同じ。人の悪口を言わない。

病気になってからは、特に感謝の気持ちが強くなりましたね。

 

第二に、いつも笑顔が多いこと。

私は、お母さんの笑顔にいつも励まされています。

私が元気な様子を見せると、お母さんは喜びます。

それで、私もうれしくなります。

 

第三は、 積極的に家事に挑戦していること。

料理を、新しく覚えなおそうとしていますね。えらい!

私の負担を少しでも減らそうと、いつも考えていますね。

私にほめてもらおうと、一生懸命がんばりますね。

 

お母さん、いつも元気でありがとう。

お母さんが元気な限り、私は、ぜったい元気です。約束します!!

また、明日から、二人で力を合わせて、生きていきましょう。


2015年1月17日  雅彦より

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「大介護時代」を迎えた日本

 

介護をするか、介護をしてもらうか、あるいはその両方か、誰も避けられません。

妻の10年間の介護のあと、昨年2月から独りの生活になりました。まだ仕事をしているので昼間はすぐ過ぎますが、心の穴は一向に埋まりません。写真に話しかけ、独り言を言い、毎週のお墓参りは休日の時間の過ごし方の最優先行動です。さて次は、残された私の生き方です。

 

介護をすることは人間の証明 (樋口恵子氏)

 

男性が介護をすると「エライ!」 とか言われます。女性がすると「当たり前」。それはなぜか、男は介護をしないものという時代をくぐってきたからです。女性の義務(仕事)と。でも、もうそんな時代は終わりでしょう。だって、そんなのこれから絶対無理だから。

 

介護のある暮らしを、社会の標準に (津止正敏氏)

 

現在男性で介護をしている人がおよそ100万人、増えています。そしてけっこう苦労しているらしい。何でも (それまでの仕事のように)懸命にやって参ってしまう人も。

「男らしく」 「女らしく」 はもう卒業。困っている人を見たら、まず声をかけてみる。できることからお手伝いをする。・・・そんなことが「社会の標準」になっていけばいいですよね!! 

👨 山田雅彦さんのプロフィール

㈱日本標準(教育関係の出版社)会長。柏村茂さん(会員)からのご紹介で、虹の仲間セミナー

にて数回講演し好評を博している。

毎週日曜日に更新されるブログからは、お人柄と熱意が伝わる。

ブログは 会長  Diaryで。

〔注〕樋口恵子:評論家 「NPO法人高齢社会をよくする女性の会」理事長

  津止正敏:近著 「男が介護する - 家族のケアの実態と支援の取り組み

★ 2022年の活動

新春特別虹のセミナー 「俳句を作って遊んでみましょう!」

1月24日 講師:増渕広美(ますぶち椿子)さん

「童子」同人、神奈川県立総合教育センター教育相談専門員、元県立市ヶ尾高等学校校長

ふれあい青葉にて新春特別虹のセミナーを開催しました。

増渕さんが準備して下さったセミナー用の冊子を参照しながら、俳句はどのようにして作るものなのか、俳句のイロハを教えていただきました。

「俳句を作り始めることで、日常の中でこれまでは見逃していたかもしれない気づきや感動に必ず出会うと思います。そして、その気づきや感動が必ずや生活に彩りをもたらしてくれると思います。」とお話しくださいました。

講師の増渕広美さん

まずは「俳句実作 入門」から

出席者は初心者ばかり

セミナー風景(2012/2018〜2019年)

2019年 講師:山田雅彦さん 

 「地球を大切にしようよ!隣の人を愛そうよ!困っている人には手を差し出そうよ!」と、お話は終始一貫している

山田雅彦さんはブログ「会長ダイアリー」で虹の仲間を紹介して下さっています。「虹の仲間という私の仲間

2018年  発足35周年を記念して    講師:三国浩晃さん

明日では遅すぎる 最後まであなたらしく生きるために」

2012年   30周年記念総会 講師:上野千鶴子先生

上野先生の講演

「誰もが安心して社会的弱者になれる社会を!」

戦争を語り継ぐおむすびの会

戦争の悲惨さを二度と繰り返すことがないように、虹の仲間では発足以来毎年8月には「戦争を語り継ぐ会」を続けてきました。

当初は「戦争を語り継ぐすいとんの会」として、最近では「おむすびの会」を、そしてコロナ禍においては誌上セミナーとしてその思いを共有していきたいと願っています。

2019年 講師:平良愛香牧師 

先の戦争の悲惨さを繰り返さないために

2018年    映画「この世界の片隅に」を観賞      昭和20年・広島・呉。私はここで生きている〜

講師:藤原明さん 

ご自身の戦争体験ふまえて、わかりやすくイラストで具体的に発表

講師:岩舩展子さん

戦争を語り継ぐことの必要性を説明。みんなも本を読み、話を聴いて現実を知っていくことが大切と

歌:近藤研作さん

反戦歌「一本の筆」と自作の歌「大地に感謝」を熱唱

セミナー講師のご紹介

多くの見識豊かな方々に講演をお願いし、貴重なお話を伺ってきました。ごく一部の方ですがご紹介します。

講師:中野祐子さん

3・11から7年たった相馬市の状況報告&楽しい素話

講師:川越正孝さん

「がん治療 最新のゲノム医療について」 

講師:中川倫子さん

認知症予防レッスン 

身体を動かしリフレッシュ・ムリのない体操を指導

講師:小川和代さん

災害時の備えできていますか?と防災グッズ並べての具体的に説明・料理も指導

講師:河崎民子さん

外出することで自分らしくいつまでも」と、様々な交通手段と実例を紹介

講師:古川幸子さん

失敗しない高齢者施設の選び方」を、いろいろなタイプの施設を紹介しながら説明

講師:鈴木健次さん

「比較し選択しながら生きる」生活に不可欠なリテラシーとして、メディアの情報をどう受けとめるかを解説

講師:横浜歴史博物館学芸員

高橋和義さんの引率で訪問

講師:三井君子さん

がんばらない介護」についてユーモアを交えながら多くの介護者を励ます講演

講師: 新井恵美子さん

毎年発表するご自身のノンフィクション作品を分かりやすく解説、楽しい裏話も

講師:柏村茂さん

ご自身の戦争体験を紙芝居にして、真実を伝えたいという熱のこもった実演

講師:三国浩晃さん

「人生まるごと支援」理事長の、高齢者に必要ですぐに役立つセミナー

★2018年    東日本大震災   原発事故被災地視察

ふれあい青葉の企画 「2011年3月11日の東日本大震災 による 原発事故被災地視察」に参加しました。写真は現地の様子です。虹の仲間の皆様にも報告会をひらき、今なお続く原発事故によれ深刻な状況をお伝えいたしました。

福島県富岡町の住民との交流会

2018年  福島県富岡町の状況

福島県富岡中学校の様子