4. 川

4. 川 (故郷へ帰る道)


川はとくに好きなモチーフであり、

きっとみんな川を身近に感じていることだと思います。

ちょっとつかれたときは、海よりも、山よりも、川辺を歩くのが良いようです。

なぜでしょうか・・・?


それは、歩く速度と同じようにゆっくり流れ、

日々の生活と同じようにゆるやかな蛇行を描いているからだと感じます。

川の流れは身近で生活に寄り添っているのですね。





この川は、わたしの故祖父母の家のある土地

熊本の盆地を流れる川です。

広くてゆったりとした川がいくつも流れているところです。





「旅人は故郷を目指す」 60×180(cm) 2013年



スケッチをもとに何枚も川の絵を描いています。

九州の山並みは、とてもなだらかに感じます。





羽田から熊本行きの飛行機に乗り、眼下をみていると、

関東の方は、アルプスや、何か尖った三角のような山が連なっているように思います。

それが九州大陸に入ったとたん、がらりと山の形が変わります。


裾野がとても長く広く、まるで海原のような山並みを感じます。

九重連山、阿蘇五岳・・・

上から眺めていると、まるで海の上で帆をあげて出航するような、

そんな感じを抱きます。





血潮をあげる阿蘇中岳。

まるで生きて熱と心を持っているんだと感じます。





大地のどくんどくんと心臓を打つ音が聴こえてきます。

「地球が生きている」と実感できる、

それが九州の、熊本の大地だと強く感じています。





阿蘇から西に50キロほど離れた、広く見渡せる空を抱く盆地

それが故祖父母の家のある土地です。

ここの空の広さをどんなふうにも表現することはできません。

ただもう、厚い大気を胸いっぱいに抱きます。

ここはそもそも私が絵を描くようになった動機の生まれた土地なのです。





おじいちゃん、おばあちゃんに会いに、

小さい頃から母の里帰りのたびに手を引かれ、

春休み、夏休みと連れていかれた場所でした。


豊かな自然のなかで過ごした日々が、

私の人生のはじまりになっているのではないかと感じています。

それは、お弁当をもっては裏山へ登り、夏は川で泳ぐ日々。


暑い日の昼下がり、空は山の向こうからやってきた黒い雲にまたたくまにおおわれて・・





激しい雨と雷がやってくるのです。


どこまでの広がる田園に、

ただならぬ顔をした空が一面鏡のように映し出されます。

天にはじけるような音が鳴り響き。

落雷にずしんと地面がうなります。





熊本の天気はとても激しく、

まるで空の上に怒りっぽい神様がいるように感じました。

都会育ちの幼い私は、そんな毎日の不思議な現象に心ふるえました。

目に見えないものがこの世界を司っているということを全身で感じとった最初の時であり、

恐怖に震え、荒れ狂う嵐の美しさに心から尊敬の気持ちを抱いたのです。





この土地に流れる、こんこんと水を豊にたたえた、ゆったりとした広い川。

日が暮れていきます。

太陽が地平線に沈むと、

それでもうほとんどの人が帰ってしまって残念なのですが

実はここから、さらに空の七変化がはじまります。





一度、地平線近くが赤く燃え立つような色に染まります。





そして、地平線近くの空はグラデーションを様々なパターンに変えながら、

少しずつ光を失っていきます。





最後の青闇のなか

川筋がその本来の姿を見せるように、白く光り浮かびあがります。


そのとき、すべてがつながります。

この世界のすべてがつながっていると感じ、

腑に落ちる瞬間がやってくるのです。


そしてそれは壮大なひとつの世界になります。

耳を澄ませてください・・・

大地が低い音で呼吸しはじめるのが聴こえてきます。


わたしたちは、温度を持った大きな生き物の上にいるのです。

大地はゆっくりと根を張り、

隅々までを潤すために透き通った水の道を通していく、

まるで血脈のようにです。





「夕べの川」スケッチ



屏風仕立ての川筋の絵。

厚みのある大気を胡粉で描きました。



「5. 月」へつづく