とっとり
経営会議
地域社会に生きる経営者・金融機関・支援機関が共に考える「学びの場」
企業の利益追求と役割分担
ヒトは自己利益を追求する生き物です。同様に、営利組織である株式会社(法人)も自社利益を追求します。アダム・スミスの『国富論』以降、個人や法人が利益を追求することは、結果的に社会全体で適切な資源配分がなされることになり、社会の繁栄と調和につながるものと考えられてきました。また、スミスの「見えざる手」で有名な概念は、各企業が利益を追求しながら分担と専門化によって社会全体の利益にも貢献するという思想であり、近代の自由市場経済の基盤となっています。
企業の退出と参入
「新陳代謝」とは、古いものと新しいものが次第に入れ替わることを指す言葉です。私たちの身体も古い細胞と新しい細胞が日々入れ替わることで、健全な身体を維持しています。経済学や経営学においては、企業の入れ替わりを指すことがあります。企業をとりまく環境の変化に順応できない企業は市場から退出していく一方で、新規参入した企業がニーズを的確にとらえた新たな商品やサービスを提供することで、私たちの生活や社会はより良くなっていく。このような考え方に従えば「新陳代謝」の促進は歓迎されることなのかもしれません。
新陳代謝の機能不全
ところが「新陳代謝」が社会に良い作用を及ぼすためには、退出する企業と同程度の参入がなければなりません。当然、参入企業は儲かることを期待して行動しているはずですが、儲かるためには市場≒顧客(ヒト)の存在が欠かせません。したがって、企業参入の前提には人口が増える、もしくは減らないという確証が必要であり、人口の絶対数が少ない地方ではうまく機能しません。
例えば人口が53万人ほどしかしない鳥取県を考えてみます。人口減少が続く地域で事業を行う企業にとっては「人口減少=市場縮小」であり、経営環境は日々厳しくなっています。飲食店、クリーニング店、薬局などは顧客の数が減ることとなり、経営は苦しくなりがちです。このような中で「新陳代謝」は働くのでしょうか?閉店・廃業が起こる一方で、それに見合った起業や参入は期待できないのではないでしょうか。すなわち、人口減少が激しい局面では「新陳代謝」は機能しづらく、市場原理によって社会が良くなることが期待できない可能性が高いと言えます。
企業が持つ公共性の側面が強まる地域社会
株式会社は私的な営利組織ですが、公共的な側面も有しています。源泉徴収、社会保険料の負担、法人税をはじめとする税の負担、雇用や福利厚生、人材育成…。パナソニックの創業者である松下幸之助さんが残した言葉の中に『企業は社会の公器である』という名言がありますが、まさにそのとおりであり、日本の内外問わず資本主義社会を支える構成要素として重要な役割を果たしています。
さらに地方で重要視されているのは、事業そのものの公共性です。鳥取県ではスーパーやタクシーを運営する企業が破綻するなどし、地域社会に大きな衝撃を与えました。このような淘汰が続くとすればどんどん不便な社会となっていくことになります。すなわち、企業の事業そのものが公共性を帯びていること、そして、私たちの生活は営利組織である企業の事業に依存しているのだということを実感する機会が多くなってきているのです。
国や自治体による支援の限界
公的な側面を有する企業ですが、国や自治体が企業を補助金や資本参加などで支援することには限界と矛盾を孕んでおり、短期的な延命策としては有効な場合もありますが、長期的にはうまくいきません。①市場原理との矛盾や②公共性の曖昧さ、③支援への依存、④需要縮小の構造的問題、⑤自治体や国の役割との矛盾といった原理的・根源的な問題を抱えているためです。
(考察)国や自治体による支援の限界の理由
市場原理との矛盾
経済的自由主義社会では、市場原理/基本原則は「競争を通じて資源が効率的に配分される」というものです。しかし、自治体や国が株式会社を支援することで、この原則が損なわれます。
競争の歪み:支援によって特定の企業が延命されると、市場競争が抑制され、新規参入が妨げられる場合があります。これにより、効率的な資源配分が阻害され、市場全体の健全性が低下します。
非効率の温存:本来淘汰されるべき経営不振の企業を支援すると、非効率な経営が温存され、労働力など経営資源の無駄遣いに繋がります。
公共性の曖昧さ
株式会社は本来、株主の利益を最大化するための組織ですが、公共性を理由に支援する場合、その目的が曖昧になります。
公益と営利のジレンマ:株式会社が営利を追求しつつ、公共性を担うという二重の役割を求められると、どちらの目的を優先すべきかが曖昧になり、経営判断がブレる可能性があります。
支援基準の不明確さ:どの企業を「公共性が高い」とみなし支援するかの基準が曖昧であると、恣意的な企業支援が問題となり、公平性が欠如します。
支援への依存のリスク
自治体や国による支援が恒常化すると、株式会社が経営努力を怠り、支援に依存するリスクが高まります。
自立性の喪失:支援があることを前提にした経営が行われると、競争力を高めるための創意工夫やリスク管理など改善努力が欠如します。
継続支援の負担:一度支援を開始すると、途中で打ち切ることが難しくなり、結果的に財政負担が増大します。
需要縮小の構造的問題
人口減少による市場縮小という構造的問題は、支援では解決できません。
需要減少への対応:公共性を理由に支援を行っても、根本的な需要減少に対応することは難しく、事業の永続性は担保されません。
県外への進出の必要性:支援で一時的に存続可能にしても、外部から新たな需要や投資を引き込む具体策がなければ、長期的な改善にはつながりません。
自治体や国の役割の矛盾
自治体や国が市場のプレーヤーとして直接支援を行うことには、根本的な矛盾があります。
監督者と支援者の二重性:自治体や国は市場のルールを定める監督者であるべきですが、特定の企業を支援することで、中立性が失われます。
財政制約の影響:限られた財源の中で、特定の企業に資金を投入することは、他の公共サービスへの影響を避けられません。
私たちの問題意識
これまでの主張をまとめると、以下のようになります。
人口減少が続く地域社会では市場原理によって社会は良くならない
私的な営利組織である株式会社の公共的側面が色濃くなりつつある
公的な側面を有するとはいえ、国や自治体による支援には原理的な限界がある
以上のような前提に立ち、私たちは地域社会の維持や持続には、現存する企業の永続が求められるとの結論に至りました。 では、どのようにそれを実現するのか?その問いに対する答えがKAXの活動の原点であり、そして「とっとり経営会議」を開催した目的でもあります。
学びを通じ経営者に「走り続ける力」を
経営に関する体系的な知識 ≒ 経営学は経営をより効率的かつ効果的に行うためのもので、例えるなら、将棋や囲碁の「定石」、スポーツの「基本フォーム」に似ています。知らなくとも競技はできますが、「定石」や「基本フォーム」を身に付けている人とそうでない人が競った場合、おそらく後者は勝つことはできないのではないでしょうか。
経営もまた同じで、経営者が決算報告書を読める/読めない、原価計算を行っている/行っていない、競争戦略やマーケティングを実行している/していない、では業績に大きな違いが生まれてくるでしょう。
KAXは、経営者やマネジメント層への教育を通じ、参加者の企業の業績を良い方向へ変えていくことを理想としています。「とっとり経営会議」は経営者に気づきを得てもらうだけでなく、経営学の有効性やその学びの必要性を感じ、明日からの行動変容を促すことを目指しています。
とっとり経営会議の特徴
組織の枠組みを超えた取り組み
「とっとり経営会議」は 鳥取県 THE FLAP BASEが主催となり実施された学びの場ですが、組織の枠組みを超えた金融機関の協力のもと実現しました。鳥取県内で事業を行う山陰合同銀行、鳥取銀行が共催として、また鳥取県内の3つの信用金庫(米子信用金庫、倉吉信用金庫、鳥取信用金庫)が後援となり、様々なご支援をいただきました。「とっとり経営会議」は企業の持続的な発展を通じた地域社会の永続という共通の目標のもと、金融機関の枠組みを超えて行われた取り組みとなりました。
能動的な学びを促進
「とっとり経営会議」は一方的に、”ただ聞く” だけではなく、『会議』と名付けているように対話を意識した席の配置や学びの内容となっています。参加者の皆様も一緒に考えるため、ケースメソッドを取り入れた講義に加え、参加者も巻き込んだパネルディスカッションも特徴の一つとなっています。様々な事例や理論を聞きながら、自分の事業と照らし合わせ、どうすればより良い会社にすることができるのか、参加者が自主的に考え、答えを導き出す「能動的」な学習を目指しています。
多彩な参加者
2024年度に開催されたとっとり経営会議には、経営者やマネジメント層の方々に加え、共催・後援の金融機関、公的な支援機関や、税理士/会計士など多様なバックグラウンドを有する方々にご参加いただきました。またパネルディスカッションでは、経営者だけでなく中小企業診断士や金融機関の方々にもご登壇をお願いしました。一部のモデレーターやパネリストは県外からもお招きし、事業承継と経営改善の切り口から、大変学びになるお話やコメントをいただきました。
継続的な取り組みへ
とっとり経営会議は鳥取県の支援のもと開催されました。今後も継続的に経営者や金融機関、支援者が経営についてともに考えることができる「学びの場」を創造してまいりたいと考えています。