阿纂と理紗の死、人里の変貌、あまりの出来事に絶望し、朦朧とした意識のまま神社に戻ってきた透香
透香の頭の中では二人の死の光景と人里の人ならざるものたちの賛歌の声が今もぐるぐると廻っていた。
神社の鳥居の前まで来るとそれまでの緊張が多少緩んだのか、猛烈な吐き気が透香を襲った。
すぐ近くの草むらにうずくまり、嘔吐する透香
それはしばらく続く。まるで体の内側に溜まった澱みを全て吐き出さんとするかのように・・・
そんな透香に対して、吐き捨てるように声をかける妖怪が一匹
「無様なものだな。博麗の巫女」
その声に無理やり吐き気を抑えて振り向く透香。
そこには・・・八雲藍が立っていた。
「・・・藍!あなた」
「黙れ。貴様の声など聞きたくもない」
「ちょっと待って、あなたの勘違いを・・・」
「勘違いだと!?ふざけるな!!今回で確信したぞ!」
「え・・・」
「紫様を殺したのは貴様だということがな!博麗の巫女。己の目的のためなら友人すら手にかける非情さ。これまでそんな素振りすら見せなかったから気付かなかったが・・・もはや隠す必要すらなくなったということか!」
「ちょっと待って!私が何をしたって」
「問答無用!今ここで紫様の仇を討ってくれる!」
自らの爪に妖気を乗せ、透香に襲い掛かる藍
すんでの所で地面を転がり藍の攻撃を避ける透香
その透香が避けた場所にあった大木が藍の爪で切り倒される。
大木が地面につく間も無いまま、藍は透香に爪による連撃を繰り出していく。
体調も準備もままらないまま襲われた透香は、その連撃を完全に避けきれるはずもなく、体に傷が増えていく。
だがしかし、死ぬわけにもいかない透香は意地で避け続ける。
さて、二人が戦っている場所。それは因縁の場所である。
そんな奇妙な偶然が一つの事象を生む。
藍が爪を振り下ろし、それを透香が避けた所。
藍が振り下ろした場所こそ、紫?の死体が置かれていた所であった。
そこに藍の爪が突き刺さり、そして引っかかって抜けなくなる。
「なっ!?」
その一瞬を見逃さず、懐にあった針を投げる透香
透香の投げた針は牽制。当たったとしてもそれほどの傷とはならないはずであった。
しかし、これもまた紫の因縁か。不思議なことが起こった。
透香の投げた針は、藍の心臓に吸い込まれるように向かい、そのままそこに深く突き刺さった。
「ぐぅ・・・」
「え!?」
針が刺さった胸を抱え、うつ伏せに倒れる藍。
その体からは妖気が霧散し、今にも消えようとしていた。
「う、嘘・・・藍!?」
倒れた藍へと駆け寄る透香。
「ぐ・・・謀ったな博麗の巫女・・・私さえも邪魔というか・・・」
「ち、違う!今のは」
あり得ない状況に対し思考が追い付かない透香。
ただ、藍を死なせてはいけないことだけはわかるが、その針の一撃はどうしようもなく致命的であった。
慌てふためく間にも藍の命は尽きていく
「いや、違うな・・・これは・・・・ああ・・・ゆかり・・・さま・・・・もうし・・・・わ・・・・・け・・・・」
最後に何かを察したような藍であったが、時はすでに遅く、命は尽き、倒れ伏してしまった。
「ああ・・・あああああ・・・・・・」
不測の事態とはいえ、藍を殺してしまった透香。
藍の死体を前に、透香が平静を保てるはずもなく
「いやあああああああああああああああああああああああああ・・・・」
博麗の巫女の慟哭が神社中に響き渡った。
ーーー酷い夢を見ている
それは私であって私でないもの
ーーー酷い夢を見ている
それは黒幕か、いずれにせよ私以外のものがやったと思っていたこと
ーーー酷い夢を見ている
幻想郷をこんな姿にしたのは私自身であった
ーーーーーーーーーーー酷い夢を見ているーーーーーーーーーーー
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透香が目を覚ますと、それはどこか草むらの上で横たわっていることを感じた。
夢か現実か、朦朧な意識で、呆然と青く広がる空を眺める。
あの後どうしたのだったか。
藍の死を受け入れられないまま、泣き叫び、叫び続け・・・
その後の記憶がないということは、疲れて意識を失ったということだろう。
では、今いる場所は?
博麗神社ではないことはわかる。視界の端々に映る光景は神社のどこにも無いから
透香は今だ不調を訴える体を何とか起こし、周囲を見渡す。
そこはまるで森の中に開けたちょっとした広場のような場所であった。
周りが木々で囲われている以外は何もない。草原のような空間である。
「・・・ここ、知ってる」
それは透香にとって最も思い出深い場所。
先代巫女と透香の特訓場所であった。
何故、こんなところにいるのか。それはわからない。
しかし、ここに連れてこられたのは深い意味があることが感じられた。
それを自覚し、意識がはっきりしてくると、
透香の正面、少し離れた場所に、一人の妖怪がいることに気が付いた。
「ごきげんよう、透香。お目覚めかしら」
「・・・」
「あら、無視?つれないわね」
「・・・ゆかり」
いつもの服装で、ご自慢のスキマに座って佇む少女風の妖怪。
その姿は八雲紫であった。
紫?は透香の呼びかけに微笑みながらこう返す。
「はい、紫さんですよ。ふふ、死体で会って以来かしらね。なんてね」
舌を出しながらおちゃらけた感じで話す紫?。その様子、所作に違和感はない。
「そう・・・ようやくお出ましってわけね」
「意外と驚かないわね。知ってたということかしら?」
「あれだけちょくちょく力を使っていれば気が付かないわけがないわ。
まあ、紫本人か確証はなかったけれど」
「ふふ、じゃあこうして出会えたから安心ね」
「ええ、確信したわ・・・・」
そういいつつ透香は懐に手を入れ
「あなたが紫の姿を偽った全ての黒幕ってことをね!」
紫?に対して針を投げつける。
針は寸分のたがいもなく紫?に向かっていき、
そして、紫?が出したスキマに吸い込まれていった。
紫?は本人自慢の扇子を広げて口元を隠しながらこう話す。
「あら嫌だわ透香。私のことを忘れてしまったのかしら」
「忘れるわけなんかないわ。だからこそよ!
姿かたちをまったく一緒にしたって全然違う!
あなたは紫じゃない!」
「ふふ、
両手両足をスキマに送られ、空中に縛られる透香
「手出し無用よ。少しすれば終わるから、そのまま待ってることね。博麗の巫女」
「くぅ、抜けない!」
「あなたならよく知ってるでしょう?八雲紫ご自慢のスキマよ。お一人で抜けれるなら抜けてみることね。ふふふ」
なすすべもなく、絶望に打ちひしがれる透香。
その間にも、幻想郷の変化は進んでいく。空は赤黒く、そしてねじれ、木々は風も無いのに揺らめき、葉が散っていく。
状況は悪化していく一歩であったが、葉が散る様子を見て、透香に一つの記憶がよみがえる・・・
ーーーあなたは普通ね。
それはとある日の先代の巫女との記憶。
ーーー異常なまでの普通。もう普通って何かわからなくなるわ。
ーーーそうね。あなただと紫の能力に正面から対抗できるかもしれないわ。
ーーー私には無理だけどね。え?そんなことしなくても勝てるって?・・・てへ?
特訓の休憩中に、紫の話が出た際、先代巫女が言った言葉。
ふとその言葉を思い出していた。
透香はその言葉を頼りにしてスキマに抵抗を試みる。
状況は戻り、着実に幻想郷を自らの好む形に変えていく紫?
「あともう少しで幻想郷は私に・・・。
あら?まだ抵抗しようというの?無駄だからやめた方がいいわよ」
ふと紫?が透香を見ると、体を動かして、何かをしようとしていた。
ただ、見る限りそれで何か出来そうには見えない。
しかし、紫?を睨みつけ、透香はこう発言する。
「・・・これが、本当の紫であれば、私にはもう為すすべもない」
「ええ、そうね。もうどうしようもないわ。だから」
「でも!それは本物で有ればの話!お前はそうじゃない!」
透香から気迫が溢れる。それは全身から実際に何かしらの力が出て、そしてスキマへと影響を及ぼす。
「え?!うそ!?」
形を変えるスキマ。紫?はその様子に対応しようとするが、
ずっと脱出を試みていた透香の方が早く、
「見つけた!」
指先に引っかかりを見つけた透香は、それを取っ掛かりとしてスキマから飛び出すように抜ける。
その様子に驚く紫?
「くっ、うまく抜けられてしまったようね。でも、一度まぐれで出来たくらいで!」
スキマを操り、透香が抜けた先へとスキマを開く紫?
しかし、
「同じ手は二度も通用しない!」
透香はスキマのリボン部分へと手を伸ばし、そのままリボンを解く。
するとスキマは不安定となり、そのまま消えてしまう。
「まさか!?」
「やっぱり知らなかったみたいね。能力に胡坐をかいて、ちゃんと調べなかった結果よ」
不規則な軌道で紫?に殴りかかる透香。