【天狗の山】
椛に背負われて透香は文と一緒に天狗の山麓にやってくる。
透香は、飛んでいた時にもある程度見えていたものの、改めて天狗の山の騒然とした様子に息を呑む。
山のあらゆるところから剣戟、突風、衝撃と土埃の舞い上がり、そして怒声や悲鳴等、戦闘の音が聞こえてくる。
謎なのが山頂を包み込む霧である。この霧は包み込んだ場所を覆い隠してしまうほど濃く、中からは音なども聞こえてこない。状況が何もわからない場所となっていた。
そして麓には、天狗の抗争から逃げてきた妖怪や動物たちが下りてきていた。戦う力がなかったり、戦うことを嫌う妖怪が焦るように逃げていく。
それを横目で見つつ、文は溜め息を吐く。
「ちょっといない間にここまで激しくなるとはな。そこまであいつは手強いということか」
「うー、こんなに騒々しい山は初めて見ます」
「そうだな・・・天狗社会が安定してからはほぼ無いと言っていいだろう。
となると、それ以前・・・鬼・・・か」
文の言葉に椛が体を震わせる。
「わうう・・・鬼、ですか」
「流石の私でも鬼という言葉には恐怖を感じるな・・・だが、今回は鬼は関係ない」
「そうだあ!ここを支配するのは大天狗様よ!ヒャッハー!!」
「な!?」
突然、山の方から黒天狗が3体、文の言葉に同意しつつ、勢いよくやってくる。
それに驚いてしまう透香と臨戦態勢を整える椛である。
「誰ですかあなたたちは!」
「ヒャッハー!文と巫女だな!ここは通さねえぜ!」
椛が問いかけてみたものの、黒天狗たちに話は通じなさそうだ。
黒天狗たちはそれぞれハイテンションのままヘンテコなポーズをしてこちらの行く先を遮っている。
それを見た文は、溜め息を付いて腕を組む。
そして、黒天狗たちを冷ややかに見ながら呟いた。
「敵が来たと思ったが、なんとも悪趣味な恰好だな貴様ら」
「なにおぅ!このイかした恰好がわからんのか!」
トゲの付いた肩パットを付け、頭をモヒカンにし、先っぽに鉄球の付いた団扇を持つ黒天狗・・・ヒャッハーなトリオであった。
「殺す!有無を言わさず貴様から殺す!!」
恰好を侮辱された黒天狗たちは全身から赤黒い妖気をみなぎらせ、文に襲い掛かろうとする。
「あなたたちに文様の手は煩わせません!!」
しかし、それを許さない椛が横から黒天狗に切りかかる。
「ああん?なんだ犬ころふぜいgふべしろぼべ!?」
妖気をみなぎらせる黒天狗は余裕そうに椛の大太刀を受け止めようとしたが、力負けし、そのまま後方の1体の黒天狗を巻き添えにして、吹き飛んでいく。
椛の行動はそのまま止まらない。
「な、貴様ぁ」
「問答無用です!」
他の黒天狗が吹き飛ばされたことに一瞬驚くも、即座に椛に襲い掛かる残りの黒天狗であったが、椛はその攻撃が来る前に、大太刀を振るう。
「え、はyひでびしゃだば!?」
後の先、黒天狗が先に鉄球を振っていたはずだが、椛の大太刀の方がそれより早く黒天狗を切り付ける。
最後の黒天狗も先の二体の黒天狗と同じ木に叩きつけられる。
「これでとどめです!」
そこへ椛が上段から豪快に大太刀を振るい、黒天狗たちにとどめをさす。
振るわれた大太刀は盛大な音を立てつつ、後ろの木までなぎ倒し、土埃が舞い上がる。
黒天狗はその攻撃に為すすべなく消滅したのであった。
椛の様子に唖然とする透香と文。
一筋の汗が流れる頬をかきつつ、文が透香に問いかける。
「透香・・・あの妖気は、浄化したんだよな・・・?」
「う、うん・・・あの。椛と明らかに違う妖気は、完全に浄化したはずよ・・・。一緒に確認もしたよね・・・」
「・・・そうだな」
椛のあの力と速度、それは神社で黒天狗に暴走させられた時の椛を思い出させるものであった。
困惑する2人の元に、椛が戻ってくる。
「文様!邪魔者が倒してきましたよ!」
朗らかに笑う椛は、少し異常だが、神社で暴走した様子とは異なっていた。
「あ、ああ、ご苦労。なにか、体の異常とか無いか?」
「わう?いえ、逆に調子がいいくらいですけど」
「そうか・・・少しでもおかしなことがあったら報告しろよ」
「はい、かしこまりました!」
「・・・一旦様子見だな」
元気よく答える椛に気圧されつつも、一先ず置いておくことにした文であった。
~天狗の山に入ってから幾許か~
透香たちは天魔派と合流するため、天狗の集落を目指していた。
「やはり、大天狗派が増えているな。こうも襲撃が多いとは」
黒天狗や大天狗派の襲撃は思った以上に多く、入ってからそれほど経っていないのに、襲撃回数は10回を超えていた。
「あまり巫女道具を消耗するのは避けたいのだけれど・・・」
椛が率先して戦ってくれているとはいえ、すべてを任せるわけにはいかない。
「それは仕方ない。あちらも巫女を狙うのが効率がいいとわかっているからな」
「わかってはいるけど、舐められたものね」
「諦めろ」
「ひどい」
こんな軽口を叩きながらも山の中を進んで行く。
その途中、
「わう!あれは!?」
「ああ、まずいね」
椛たちの視線の先には白狼天狗同士が戦っていた。
一対一、奥側の白狼天狗は赤黒い妖気を纏っていて、明らかに大天狗側、つまり敵側であることがわかる。
一方、手前側の白狼天狗の刀は折れ、体中は傷だらけ。さらに足を切られ移動もままならない状態であった。
そんな状態で相手の白狼天狗の上段斬りを避けることは不可能で…
まさに太刀が振り下ろされようとした瞬間、光のような速さで何かが白狼天狗たちの間に入り、敵側の白狼天狗を吹き飛ばした。
椛である。どうやら、文が追い風を使って支援したようであった。
椛は更に吹き飛ばされた白狼天狗を追いかけ、受け身を取られる前に、大太刀の腹で強く叩いた。
反応する間もなく、敵の白狼天狗は意識を失うこととなった。
それを確認して、椛は手前の白狼天狗に駆け寄った。
「間に合って良かったです」
「ええ、助かりました…
ってあなたは、椛!!」
「わう?あ、茉依!」
助けた白狼天狗の名は茉依、椛の友達であり、文の部下である。
嬉しそうに両方の手を握り合わせる二匹。
だが、それも長く続かず茉依はうめきをあげた。
透香は慌てて駆け寄り、手当てを施した。
お札は使えないため、簡易なものだ。
「あちら側に付いたと言っていたけど、やっぱり違ったのね」
「ごめんなさい…あの時は洗脳されおかしくなっていたの」
悲しそうに椛の耳と尻尾が垂れ下がった。
反乱が始まってから間もない頃、文が多くの反乱天狗たちから狙われたように、部下たちも狙われ、文ほどではないものの、幾多の反乱天狗から襲われていた。
椛が攫ったのはその中でも気配遮断と速さに特化した1匹で、茉依はぎりぎりかわしたものの、その先にいた椛は抵抗も出来ず、どこかへと連れ去られてしまう。
その後、うまく気配を隠し、敵から逃げ回っていた茉依だが、その途中で椛を発見する。
敵と一緒に行動して様子のおかしい椛になんとか接触した茉依だが、椛に上のように言われ、這う這うの体で逃げた経緯があった。
(あと少しで捕まるところであったが、椛が文捕縛に向かうこととなったため、事なきを得た)
「いいわ。こうして元に…元に?なんか犬っぽくない?」
「今の私は文様の忠犬なのです!!」
首を傾げる茉依に対して、椛は鼻息を強くし、握り拳をあげて話していた。
「・・・」
茉依は困惑した表情で文たちを見た。
「洗脳の影響だ。気持ちはわかるがな」
「…はあ」
その言葉を聞き、ドヤ顔する椛を改めて見て、茉依は疲れたようにため息をついた。
「落ち着いたようなら、状況を教えてもらえるだろうか」
「・・・」
文が問いかけるも、茉依は椛の時とは一転、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「…いやだけど」
そして、拒否の言葉をつぶやいた。
「…」
文と茉依は互いに睨み合っていた。
辺りに重い雰囲気が漂い、椛が慌て始めていた。
しかし、
「ふふ」
突然、文が微笑んだ。
なんとなく嬉しそうだ。
「え!?」
「うわ」
「くーん…」
透香、茉依、椛は三者三様に驚きを表した。
「いや、笑っただけで、何故そんなに驚かれるのかな…?それ以上に引いてないかい?」
「だって、気持ち悪い笑いだったから」
「あの雰囲気であの笑いはちょっと…」
「くぅん」
見てはいけないものを見てしまった気になった3人であった。
「散々だな」
しかし、文はまるで心外かというかのようにため息をつくのであった。
「…それで、誠心誠意お願いした方がいいかな、茉依」
「はあ…強情してたのかアホらしいわ。
話すわよ。知ってる情報。
でも、私もそこまで知ってるわけじゃないから期待しないでよね」
文は真面目な様子に正し、再度問いかけをした。
それに対し、茉依は諦めたように状況説明を始めるのであった。
〜茉依から一通り聞いた後〜
「ここで一旦情報をまとめるか」
これまで聞いてきた情報をまとめると以下の通りだ。
文がいなくなったあと、より一層、状況は大天狗派に傾いたようだ。
勢力は天魔派を超え、まだ増えているらしい。
(ある意味当然とも言えるが
とはいえ、天魔はまだ殺されておらず、大天狗も寝返りはないようだ。
あとは何処から来ているかわからない黒天狗であるが、その中に首謀の大天狗が生み出しているという眉唾な話があったものの、信憑性は皆無であった。
「予想はしていたけど、思っていた以上に良くない状況のようね」
「ああ、特に連れ去り洗脳の天狗とどこからか増え続ける黒天狗が最大の障害だな」
時間が経てば経つほど敵側に有利になっていくこの状況であった。
減らしてもその倍以上に増えていく敵を鎮圧するためには、まずその根本を断たなければならない。
「となると、元凶の大天狗を倒さなければならないか」
この反乱を起こした首謀者、敵側の大天狗のいずれかを倒すことが唯一の解決策であった。
「でも、その大天狗がどこにいるか見つけられるの?
手分けして探すにも、この状況じゃ、単独どころか2人での行動も危険よ」
椛が連れ去らわれたように、一瞬の油断さえ許さない状況である。
敵の襲撃に対応しながら、首謀者の場所を探すのは至難に思えた。
更には、
「私は椛以外と行動するのはお断りよ」
茉依が反抗するのだ。
「あんたと行動するのは以ての外だし、巫女のお守りも嫌よ。
ついでに言うと、首謀の大天狗を倒すのも解決になるか怪しいわね」
大抗議であった。
「ふむ、何故そう思う」
「そもそも反乱の原因が解消してないじゃない。あんたのせいでもあるけど」
そう言った後、茉依は文を睨みつけた。
「…耳が痛いな」
文は腕を組んで、困ったように唸った。
「…?文のせいってどういうこと?」
静観していた透香であったが、茉依のこの言葉に問いかけずにはいられなかった。
「人間の癖にそういうとこは耳聡いのね。こいつは、まあ・・・」
「酷いです!文さんのせいなんて!」
透香の質問に言い淀んだ茉依に差し込むように椛が激怒して叫んだ。
「文さんが悪いことなんて一つもありません!」
「椛は心酔し過ぎよ・・・もう少し疑うというか、客観的視点を持てというか・・・」
両手を上げ、効果音が見えるかのように起こる椛に対し、落ち着くように言い聞かせようとする茉依であったが、
「私は忠犬です!文さん以外は必要ありません!」
「駄目だこりゃ・・・」
聞く耳を持たぬ椛に説得を諦めた茉依であった。
「っと、どうやら椛の叫びに反応したようね。敵よ」
そんな時にやってくるのは大天狗派の烏天狗や白狼天狗数グループであった。
椛の叫びが大きすぎたために、注目を集めたようだ。
「なんかはぐらかされたような気もするけど・・・とりあえず、この場を乗り切らないとね」
敵に向かっていく椛と茉依、そしてこちらをチラ見する文を見ながら、そう呟く透香であった。そして、あの感じだとおそらくこの話の続きは聞けないだろうなとも感じていた。
少し遅れて駆け付けた透香であったが、戦闘はもはや文たちだけで済みそうな様子であった。
椛は一番前で多くの敵を引きつけ、持ち前の力強さによりむしろ押し返す勢いで立ち向かっていた。
文は持ち前の早さで縦横無尽に飛び、椛が庇いきれない敵に牽制と撹乱を行っていた。
そして、茉依は椛の死角をカバーしつつ、全体の状況を把握し、2人に指示を出すこともあった。まるで司令塔の様な立ち位置だが、戦い方にも無駄がなく、効率的な立ち回りをしている、という印象なのが茉依という天狗であった。
そのまま危なげなく全ての敵天狗たちを倒したのであった。
なお透香の出番は無かったが、本人は御札の節約が出来たと内心喜んでいた模様。
(巫女としてそれでいいのか・・・)
などと誰かが思ったかどうかは定かではない。
戦闘後、茉依の戦い方に感じ入るモノがあり、透香は茉依を見つめていた。
「なによじっと見つめて・・・気持ち悪い」
「気を害したならごめんなさい。ちょっと戦い方が他2人と違うから、気になってね。」
眉をひそめて言う茉依に対し、透香は無遠慮過ぎたと詫びをした。
茉依は、その言葉を聞き、眉尻を下げてこう言った。
「そういうことならいいけど、別に私は何もないわよ。椛みたいな力も、あいつみたいな速さもどちらもないから、小手先の技術と直感でなんとか戦っているだけ。相手に強引に押し進められたら潰されるわ。さっきみたいにね」
さっきとは椛に助けられる前のことである。
「だが、その技術が私たちの役に立っている。気配の察知は特にな。今のこの状況、索敵は最重要だ」
茉依は感知と効率特化とも言える能力とも言える。自分相手周囲すべての状況を把握し、最も良い結果を得るには何かを導き出すのが彼女の戦い方である。索敵はその延長線で、この戦い方を極める過程で高まった感知能力を使って、広い範囲の生物を把握しているのだ。
「それはお前が率先してやりなさいよ」
「ううーん」
若干頬を染めるのはやめてほしい。
ちなみに索敵・偵察は椛の千里眼も当然使われるのだが、現在、赤黒い妖気の後遺症か、まともに千里眼が機能しない状態になってしまっている。(本人が言うには虫食い状態のようだ)
「そう、なんだ・・・なんか私よりもずっと高次元の戦い方だね」
「別に、ただひたすら鍛えているだけよ。まあ、状況把握に重きを置いている部分はあるわね」
取り柄が無いのを効率化で補うという点で、透香は惹かれる部分があった。
しかし、それ以上に感知能力という相手の動きを事細かに分かってしまうような優れた能力が茉依にあったことと、そもそも天狗の高い身体能力があってこそということも理解してしまい、諦観してしまう透香であった。
「そもそもあんた本当に博麗の巫女?格好はともかく、外見も力もそこらの人間と変わらないように見えるけど?」
そこに追い打ちをかけるような茉依の言葉である。
「あ・・・」
「確かに茉依がそう思うのも仕方ない。だが、確かに透香は博麗の巫女だ。そして、先々代の弟子でもある」
茉依のきつい口調に打ちひしがれかけた透香であったが、それに庇うかのように文が発言した。
「うげ、先々代。その弟子、ね。言われてみれば所々そんな感じがしなくもないわ」
(母さん、流石の知名度ね・・・)
先々代と先代巫女は、強さでは上から数えたほうが早いと言われるほどの強さを持っていた。
その2人を母、姉と慕い、戦い方を色々と教えてもらっていた透香であったが、その強さの差故に苦しむことも多々あった。
「まあ、見劣りするのは仕方ない。実際そうだからな」
今の文の言葉がすべてであった。
舐められるのだ。妖怪からも、そして人からも。
そして、それに対し、やり返せない自分も。
「だが、博麗の巫女である以上、そこには特筆すべき理由がある。
それがこの幻想郷を維持する役目を持つ博麗の巫女というものだ。」
幻想郷、この世界を維持している博麗大結界の管理には博麗の巫女の存在が必要不可欠であった。
これは博麗大結界が作られた際に決められた理である。
実際の所、現在は巫女は管理しておらず(というよりその技術が失われたのだが)、八雲紫とその式神が管理を行っている。
とはいえ、博麗の巫女が不要とはならず、こうして代々、何かしかの人間が巫女を継いでいた。
その基準は不明だが、いつだか透香を誘拐した紫が言った言葉、
「巫女候補として攫ってきた理由?それは、幻想郷に今必要なモノをもたらしてくれると思ったからよ」
があったためだ。
それはとても重要なことなのだろうと、透香には思えた。
今となってはその理由を詳しく聞くことが出来なくなってしまったが・・・
「ふぅん、そうなの」
なおも怪訝な顔を向ける茉依であったが、
「そうです!私も透香さんには手当とか浄化とか色々良くしてもらいました!
それだけでも普通の人間より数段凄いです!」
「お、おう・・・」
隣にいた椛が尻尾を振りながら強く言う迫力に、若干圧されていた。
椛は、洗脳中や気絶中の記憶はないものの、透香に治療してもらったという感覚は(霊力の残り香?のようなものが)あったようで、目覚めてからの透香への評価は高かった。
むしろ懐く勢いと言ってもいいかもしれない。この状況じゃなければそんな可能性もあっただろう。
「はあ・・・つまり、私が感じた通りの強さじゃないってことね。
巫女が後方支援係ってのも片腹だから、今後に期待しておくわ」
茉依は溜め息をついて、透香の評価を保留に変更した。
しかし、その期待が重荷に感じてしまう透香であった。
期待に応えるためには技術の研鑽、積み重ねが必要だが、それをする時間は今はない。
時間が経てば経つほど、事態は悪い方向へと進んでしまう。
今は出来る手を使って、異変を解決するしかなかった。
一行は天狗の住処へ向け、山中を進んでいく。
更に山中を進んで数刻
「この気配・・・河童?なんでこんなところに」
天狗の集落も結構近く、あと数間、そんな場所で河童の気配を茉依が感じ取った。
「河童?天狗以外の妖怪は避難を促していたはずだよね?」
反乱が激しくなる一方で収まる気配がない状況に、天魔が事態の収拾を付けるまで、天狗以外の妖怪は山の外に一時避難するよう、通達を行っていた。
そしてその通達にほとんどの妖怪が従い、山の外に避難しているはずであった。
「まあ、従う義理も道理も無いからな。避難せずに勝手をする奴はいるだろう。
・・・河童は予想外だったがな」
先代巫女打倒のために河童を頼ることがあったため、個人的に友好的だと思っていた文であった。
「あら〜、仲が良いと思っていたのはあなただけみたいね。大変ね」
「・・・ふっ」
自虐なのか喜んでるのかよくわからない笑みを浮かべる文であった。
茉依が先導した先、遠目に川が見える場所に河童が2匹いた。
河童側も何かを探しているかのようで、双眼鏡を目に付け、周囲を見回していた。
「あ、人間!」
しかも、その双眼鏡は改造されたもののようで、見つからないように隠れながら近づいていたものの、見事に透香を見つけられてしまったのであった。
「こんなとこにいるなんて!この山は危ないから避難しないと駄目だよ!!」
カマかけの可能性もあるため、隠れ続けていた透香一行であったが、河童がこう言いながら、明確にこちらに歩いてきているため、姿を現すことにした。
「この距離で隠れていたのに見つけられるとは、中々の発明品のようだな」
「ふふん、我ら特製の熱検知付双眼鏡さ。半径1km先までの動物とかの熱源を見つけることが出来る代物だよ。木や茂みの裏に隠れてたって一発さ」
時代の先を行く河童であった。
「それは凄い技術だが・・・なんでこんなところにいる?」
「んなもの。決まっている。逃げ遅れた同胞や避難の際に忘れた物を探すためだよ。君たち天狗のせいでこっちはてんやわんやさ」
文の問いに対して、河童の一匹が腰に手を当て、怒りを露にする。
もう一匹の河童も、そうだというように腕を組み、頷いている。
「むう・・・それは詫びよう。
だが、それにしても2人だけというのは少なくないか?まあ、やたらと体に道具をつけているようだが・・・」
河童の姿だが、上は、帽子に先ほどの双眼鏡を付け、ポケットがたくさん付いた上着を着て、大きく膨らんだ鞄を背負っている。下は、上に対してズボンと靴だけとシンプルだが、その靴に鳥のような羽根がかかとの部分についていた。
上着の全てのポケットには大小さまざまな道具が入っており、膨らんだ鞄からは手と腕のようなアームが伸びていた。
「そう、これらは我ら河童の技術の結集!そしてそれらを身に着ける私たちは決死隊というわけだね。この山に入る前に仲間たちから託されたのさ。生きて帰ってこいってね」
「あれ?代わりとして山に突入して忘れ物を取ってくるんだから何かよこすのが筋だよねって脅して借りてきたような・・・」
「だまらっしゃい!」
「ひゅい!?」
脅迫じみた行為をばらされそうになり、怒鳴りと共に背中のアームで相方の河童の口を覆っていた。アームが大きすぎて、口どころか顔全体が隠れてしまっているが。
そして、話題を反らすことにしたようだ。全力で
「そ れ よ り も 人間だ!まさかこんなところにいるとは・・・
って、もしかして巫女か?」
人間の正体に気付き、河童は呆気にとられる。
その間に相方の河童にかけていたアームが緩み、抜け出すことに成功していた。
透香は隠すこともないため、正直に話す。
「ええ、そうよ。この山の異変を解決するために来たの。天狗と協力してね」
「それはだめだよ。天狗だよ?この異変の元凶だよ?騙されている可能性もあるんだよ?せめて山の外に逃げようよ」
逆に河童側が焦ったように避難を促す。
人間を盟友と称するだけあり、とても心配しているようだ。
「ええ、わかってるわ。でも、見過ごすことは出来ない。そして天狗の協力も必須よ。もとより逃げる気はないわ」
しかし、異変解決が巫女の生業である以上、透香に逃げるという選択肢はなかった。
「むー、なら無理矢理でも山の外へ出すしか無いなあ。ちょっと強引だけど、実力行使でいかせてもらうよ」
河童もそれを理解したのか、むくれた様子でこう言う同時に、隣の相方が動いた。
「初っ端の猫だまし〜」
相方の河童が筒のようなものを透香たちに向け、その筒の先から光が強く溢れ出した。
「うっ」
「わう」
「ぬっ」
「きゃっ」
透香たちはその光をまともに食らい、目が眩んでしまう。
「あれ、どこいったの?」
光が消え、透香たちの視界が戻ってきたものの、河童たちはどこかへといなくなっていた。
「君たちに私たちの姿は捉えられないよ!」
「光学迷彩だな。周囲の風景と同化して、人の目から見えなくする機械だ」
しかし、いなくなった謎を文が看破する。
河童と親しい文はその機械のことを知っていた。
「あれ!?ばれてる!?」
「そういうことなら私の出番ね。というか、もうわかってるけど、そこ!」
「ぐえ〜」
姿が見えないだけなら、感知能力に優れている茉依の出番である。
茉依がとある方向に拳を突き出すと、拳が何かに当たった音とともにその空間が歪み、そこから河童の一匹が現れた。
茉依の拳がお腹に直撃したようで、手を当て苦しそうにしていた。
「ぐ、ぐふ。いたい・・・でもこれで・・・!」
「ごめん、そっちにもう一匹いった!」
河童の呟きにハッと気がついた茉依が叫ぶ。
「もう遅いよ!」
「!?」
陽動だと気付き、周りを見ようとした透香であったが、その背後から河童が現れ、手に持っていた機械のスイッチを押す。
その機械は先端に厚みのある平たい棒を限界まで湾曲させたものが付いており(外の世界で言うU字型)、その先端が透香に向けられていた。
「きゃあ!?」
スイッチを押すと一瞬で機械は動く。
ぶぅんという駆動音と共に、斥力が働いたかのように透香の体がくの字になって吹き飛ばされた。
「わ、とと・・・」
吹き飛ばされた透香であったが、そういうのは妖怪退治では日常茶飯事である。
上手く体勢を整え、転ばずに着地するのは容易であった。
しかし、
「かかった!」
「え?」
河童の不穏な言葉に反応する間もなく、
「きゃあああ・・・!?」
「あ!?」
「透香さん!?」
透香が勢いよく地面から射出された。
透香が着地した所は丁度バネのようなものが隠されていた場所で、今は人の身長の倍以上の高さにバネが飛び出していた。
「成功だあ!
・・・あれ?」
射出された透香の方を見て呆然とする文たち一同と、作戦成功に喜ぶ河童たち。
だが、透香が飛ばされた方角を見て、首を傾げる。
「あああああ!?間違えたあああ!?」
作戦は成功し、透香は飛ばされた。
山頂へと・・・
「カムバアアアアック!!」
山全体に木霊するかのような河童の叫びが透香に届いたかどうかは今はわからない。