「ここ最近、といっても1,2年の話だが、天魔様の周りが忙しなくてな。特に天魔様の側近になるほど忙しさが顕著でな。側近の部下たちまで巻き込んだ騒ぎになっているよ。」
上下格差が厳しい天狗社会であるが、この社会が崩れることなく秩序を保っているのは、徹底した規律とその規律が社会に即しているか裁定する監査の仕組みが確立しているからである。
立場が下のものは上のものに逆らうことは出来ないが、上のものから下のものへ無理難題や強要をすることは出来ないため、不平不満や齟齬といったものは出にくいようだ。
しかし、時にはこの制限のせいで対応できないことも起こる。
このため、例外として存在するのが、緊急事態時の特例である。
多忙の時、動ける天狗が少ない時など、やむにやまれない状況で社会が回せなくなってしまった時に適用できるのがこの特例である。この特例により、特例期間の間は多少の無茶が可能となるのだ。
しかし、無茶は無茶であるため、特例の期間も命令の上限も定められている。更に、その後の補填も必要となる。主に休暇か金銭であるが。
そういった特例であるが、ここ最近はよく発令されるようになっていた。
期間も頻度も決められているのに何故、となるが…実は条件はもう一つ存在していた。
【天狗全体に危機が迫っている時】
いくら天狗社会とその規律とはいえ、それで天狗が大勢死んでしまうなんてことがあれば一大事である。
そうならないように規律は定めているものの、何があるのかわからないのが幻想郷。次の日には山が丸々一つ消滅していたなんてこともあり得るのがこの世界である。
故に存在する条件であり、ここ最近はこの条件による発令が続いていた。
しかし、大天狗はともかく、その部下たちには、危機が迫っているようには見えていなかった。
天狗の山もその外もいつも通りに見え、どこに危険があるのか、まったくわからない。
だが、大天狗からは危機的状況だとして忙しなく命令を出される。
こうした状況で不満が溜まっていくのは自然とも言えた。
そしてこれはヒラの天狗に限らず、大天狗でも似たようなものであったようだ。これは大天狗の中でも下のものほど顕著であった。
こうして起こったのが今回の反乱である。
…何故か反乱を起こした大天狗は、天魔の側近に近いものであったが。
その大天狗に連なったのは、大天狗の部下はもちろん、これまでの特例頻発で不満を溜めていたもの、不審を抱いたものなど、幅広く、それに共感した他の大天狗も何名か加わっていた。
やっかいなのは時間が経つほどに反乱する天狗が増えていくこと。
黒天狗に攫われた天狗は時間が経つと反乱側として現れるのだ。
そうして倒しても倒しても減らない反乱天狗たちに圧されつつあるのが現状だ。
「先ほどの戦いとその前の話から察するに。透香、巫女であるお前を大天狗たちは狙っているようだ」
「え、私!?どうしてそんな・・・」
「理由はわからないがな。だが、攫われるにしろ殺されるにしろ、お前に何かあってはやっかいだ。というわけで、こちらに協力してもらうのが色々と手っ取り早いだろう。
反乱の鎮圧、つまり、大天狗の討伐に協力してもらうよ」
「・・・そうね。神社にいて、天狗の集団に襲われたら一溜りもないもの。
それなら協力してこちらから動いた方がいいわ」
「そういうわけだ。決定だな。では、椛が起きるまで待つか」
「少し準備させてもらうわ。天狗の本拠地なんてそうそう入らないから、用心に越したこともないもの」
「ああ」
透香は妖怪退治遠征の準備に納戸へと向かっていった。
文は天狗の山を遠い目でただ見つめていた。