迷いの竹林は底無し沼へと変わり果てた。今もあの機械は月の民だけを引き付け続けている。もう存在しない月の民を・・・
その端っこ、もとは竹林の入り口だった場所にいたのは透香である。
しかし、彼女は今、無力感に苛まれ、膝をついたまま、呆然と底なし沼を見ることしかできない。いや、その瞳に沼が映っているのかすら怪しい。
それだけ続いた異変とその悲劇的な結末は透香の心を絶望へと突き落としていた。
現実逃避したくなるような状況である。
が、異変は巫女を逃がしてはくれない。
足音が聞こえてくる。
それは透香へと向かってきているようだ。
しかし、それに透香は気づかない。
息を切らし、倒れそうになりながらも、決してその歩みは止まらない。
来ている服が着崩れ、所々破れているところもありながらも、その者はこちらに向けて、駆けてくる。
それからほどなく、彼女は透香を見つける。
「いた!透香!!」
叫ぶように声を張り上げ、透香の元へと走ってくる。
それは霧雨理沙であった。
しかし、その声を聞いても透香は反応しない。
いや、その声が聞こえたかも怪しい。
「はあ・・・透香!・・・大変なんだ!・・・はあ。金さんが!」
理沙は、やっとの思いで透香の近くまでやってくると、息を切らしながら透香に話しかける。
「・・・」
しかし、透香に反応はない。
訝しげに思う理沙だが、彼女を取り巻く事態は深刻だ。
透香の両肩を持ち、勢いよく揺さぶりながらこう叫ぶ。
「おい!!透香!!聞いてるのか!!人里が大変なんだ!!」
がくがくと揺さぶられ続け、そこでようやく透香が意識を取り戻す。
「おい!!透香
「うあ、ちょっと、やめて。理沙・・・」
反応が返ってきたのを見て、理沙は揺するのをやめる。
「うう、もう少し手加減してくれてもいいじゃない」
若干の眩暈と吐き気を感じながら、透香は覇気のない目で理沙を見る。
それに呆れたように理沙は返す。
「お前が何も反応しないからだろ。ってそれどころじゃないんだ。人里がやばいんだよ!」
「やばいって、何があったの」
深刻そうに話す理沙に対し、透香は非常に嫌な予感がし、背中を冷や汗が流れる。
「金さんが処刑されたんだよ!急に!」
「え・・・!?」
無実になったはずの金邊亜貴子、彼女の疑惑が急に逆転有罪となり、処刑されたという話であった。
「なんで!?無実だったはずでしょ!」
「ああ、そのはずだったんだけど・・・なんか無実を証明したはずの証拠たちが紛失したり、白紙になったりして、軒並み消えてしまったんだよ。」
「うそ・・・
いや、そうか、阿讃の歴史書と同じ現象・・・」
今までの異変後において、阿讃の歴史書は異変にかかわる部分・場所の記述がまるっと無くなっていたり、変わっていたりした。
それと同時にそれに関する記憶自体も大きく破綻しない程度に変化しており、時間が経てば経つほど違和感が無くなってしまう。
今回もそういうことだろう。
当人たちの記憶も変化してしまう以上、何があったかさえ判別できず、その結果として起こったのが、今回の逆手有罪である。
それにしたって、処刑が早すぎる。
幻想郷において、人は大事である。
妖怪が人を襲い・・・というのは幻想郷の摂理であり、黙認されているが、人が人を害するのは幻想郷においては厳格に禁止されている。
ゆえに巫女の判断が必要となるはずで、それを現巫女の透香が行ってない以上、処刑は行われないはずである。
なのに、もう処刑は執行済みという話である。
これ以上、おかしなことがあるのか。
いやになり、逃げたくなる理性を必死に抑え、透香は理沙とともに人里へと向かった。