豊洲市場の有効な利活用法を考える

豊洲市場の有効な利活用法を考える

「環境問題を起点とした世界最先端の知能を集めたサイエンスパーク」


2017.10.13

大阪大学産業科学研究所 加藤久明


東京都中央卸売市場「豊洲市場」は、土壌汚染対策の不備やそれを起因としたものと推察される地下水水質問題などの多くの問題を抱え、さらには様々な議論や意思決定の錯綜もあり、2017年6月ないしは2018年6月の移転が延期されている状況にある。第3者的な見地から見れば、豊洲新市場を巡る問題は、土壌や水質の基本的な科学データ蓄積の不備などの問題が見受けられるが、これについては諸説さまざまな主張があり、本稿はそのような議論を掘り下げることを目的としていないため、割愛する。

地球環境研究などに携わってきた科学者の一人として思うことは、豊洲市場をめぐる問題というものの本質が「環境を巡る諸問題」にあるということである。そもそも新市場の移転を阻むこととなった土壌汚染やそれに伴う地下水汚染などの問題を考えれば、環境科学の知見がなぜ活用されなかったのか?ということを疑問に思うのは、私だけでなく、多くの環境研究に関わった科学者が思うところではなかろうか。幅広い安定同位体ベースの広域サーベイスキャンから得た元素データ、酸素水素安定同位体などを活用した各種の水のトレーサビリティに関するデータ、先進国として恵まれた地理情報データ、豊洲という場が将来影響を受けるであろう気候変動を予測するための各種気象データを適切なコンテクスト上で組み合わせ、科学者と当事者が対話をする場ができていれば、このような科学的見地からはあまりにもお粗末な、しかしながら社会経済的には大きな打撃となるような結果には至らなかったのではないかと考えている。

さて、日本の国益という点から考えると、豊洲新市場をめぐるトートロジー的な議論にはどこかで早急に終止符を打つような政策提言が必要である。その政策提言は、既存の議論を一蹴するような次元からもたらされねばならない。そのような事を考えた時に、私見では「環境」と「科学者」という2つのキーワードを起点とした、「豊洲新市場のインフラ設備をそのまま活用したサイエンスパーク構想」を内閣府、経済産業省、文部科学省が主体となって省庁横断型で立ち上げるべきであると考えている。

豊洲新市場をサイエンスパークとして活用するというアイデアは、現役の科学者として様々な地球環境系の研究に携わってきた経験だけでなく、国立大学の産学連携担当者という視点から高等研究教育機関の担保すべき「先鋭的な知」の持続可能性に対する危機感から導かれたものである。それは、次のように説明することができる。

日本では国立大学/私立大学、さらには大学共同利用機関などにおいて多様な環境研究が進められてきた。しかしながら、国際的な気候変動をめぐる議論などを見る限り、近年の日本の状況は「環境研究後進国」に転落しつつある。時代は、日本が議論をリードできていたIPCC第4次報告書の時と全く異なっている。あの時には世界から援助を受けていた中国が、世界をリードしかねない状況にある。パリ協定を離脱した米国のトランプ氏を見て呆れているような余裕は無いのである。世界の環境政策をリードするためには、日本のみならず世界の知を集め、競わせるような場づくりが必要である。そのような革新的なイノベーションは、残念ながら旧来の日本型大学システムを引きずって行うことは難しいと考えている。

科学的な知と方法の組織化には、常に優れた研究人材を必要とする。そこで当方の提案では、大幅に地球環境系研究予算が削減されるであろう「米国の研究者」を組織的にヘッドハントし、豊洲サイエンスパーク(仮)において世界をけん引する環境科学研究に従事していただくことを構想している。すでにトランプ政権において、米国の地球環境研究はそのデータの外部利用を含めた危機に直面している。また、科学研究予算における地球環境系予算も削減傾向にあり、科学者のモチベーションも今後、低下することが見込まれる(http://crds.jst.go.jp/dw/20170712/2017071211881/)。予算削減は、やがて研究者雇用に必要な人件費の削減にもつながる。そのようなことを考えると、自国において研究開発に希望を見出せなくなった米国の環境科学の研究者たちを日本に招へいし、研究に従事すると共に日本への定住を促すことが必要ではなかろうか。

また、人間文化を起因とした地球環境の様々な変動の影響が顕在化し始めた今日、日本が世界の環境に関する科学的知見を結集し、全世界にその知見を保存するだけでなく公開を行い、証拠に基づいた環境政策を促すようなサイエンスパークづくりを行うことは、日本の科学技術行政面を見てもマイナスになることは無いと思われる。

雇用体系については、5年更新型の契約とし、年俸については国立大学の教授職よりも高い年俸を約束することが肝要である。また、豊洲という土地柄、家族同伴でベイエリアのタワーマンションに住んでいただくのが良いと思われる。昔とは異なり、東京の湾岸エリアは衣食住に困らない良い場となっている。外国人に居住をしていただくことを考えても、都市部へのアクセシビリティ、空港からのアクセスなども問題は無い。無駄に官舎を建てる必要は無いし、これについてはサイエンスパークの運営機構が一括で社宅のように借り上げるのが良いと思われる。また、研究費についてもその使途を柔軟にし、各リーダーが使える人件費の割合を増やすことが必要であると思われる。さらに、事務書類もできる限り減らすようにする。「1人当たり事務文書の紙媒体産出は1年に12枚まで」という目標を掲げる程度まで電子化やクラウドソーシングを徹底することが必要であろう。

「21世紀のお雇い外国人」とも揶揄されるかもしれないが、そもそも優れた知性を日本人だけに限定することが非常識なのである。議論が空転し、無駄な電気代を支払い続ける豊洲市場を日本国主導でイノベーション創出機関に生まれ変わらせることこそが必要だと思われる。

環境科学の先端的研究を行う上で、必要なインフラとしては、現在の豊洲市場の建物をそのまま改造すれば良いと考えている。豊洲市場の売りである「温度を適切に管理できる閉鎖型施設」という点は、研究者が求める箱という点でとても好都合である。問題となっている地下水は一切使用せず、土壌による影響も受けない。しかも、豊洲市場には生物系試料を保管する冷蔵庫や冷凍庫といったインフラが大規模に備え付けられている。事務スペースも研究者の執務スペースとして活用するものの、卸売市場としてのオープンな空間は、「壁の無い研究スペース」としてどのようにでも活用が可能である。必要な仕切りはパーテーションを活用すれば良いだけでなく、クリーンルームなども関電工製の後付組立ユニットなどもあり、技術的にできないという理由が存在しない。

さらに、最先端の環境科学研究は「ビッグデータの科学」でもある。日本の環境科学は未だにそのような点から見ると遅れをとっているところが多くあるため、幅広いスーパーコンピューターの投入と利活用を行う空間としての豊洲市場は、とても魅力的な場であると考えられる。事の実践にあたっては、NECや富士通なども総力を動員し、海外から雇用された研究者と共にシステム開発と運用にあたることが必要であろう。

また、施設として稼ぐことも考慮し、施設の一部を「インキュベーション棟」として外部に有償で貸し出すことが必要である。国立大学をはじめとして大学も高度なインフラを自分の大学だけで持ち切ることは難しくなっており、運営費交付金の今後の削減や建物の増改築の難しさを考えると、大規模な冷蔵・冷凍施設を必要とするような研究を共同研究としてシフトさせることが必要であろうと思われる。計算機設備なども時間貸しは十分に可能であり、日本国内にある大学共同利用機関の統廃合などと併せて考えていくことが重要である。

色々と思いつくところを纏めたが、現状の「卸売市場」という次元にとどまった議論が禅問答のように繰り返されるばかりであり、食糧の市場から知と方法が世界から集う市場へパラダイム・シフトが必要であると考えている。


以上