コンテクスト/関係論

コンテクストという用語は、多様に用いられる。だが、政策情報学におけるそれは、既存の知識や方法に新しい意味を持たせる空間としての「場」や「文脈」を意味している。同時に、既存の知識や方法に新しい意味を担わせることにより、コンテクストは新しい知識、方法の関係と一連の関係の構図を創造する。これにより、関係論としての役割を果たし得る。さらに関係論としての役割は、知識や方法の新しい関係の構図に止まらず、場としての政策情報学を共創するために集う人間同士のネットワークを同時に創造する。これらの特性から、コンテクストにおいては関係の第1次性という立場が重んじられる。

このような用法を考案した井関は、ある意図を表現するために、取り込まれた要素や単語を相互に関連させて、新しい意味や価値を生み出す“文脈”や“場”を意味するものと述べている(井関2011)。これは、一般的に想起されるであろう、文章における意図や語の意味を決定する前後関係としての狭義のコンテクストよりも意味が拡張されている。

コンテクストと連記される関係論としての役割という点については、現代哲学における関係主義(非実体主義; relationalism)の援用が考えられる。関係主義とは、ヨーロッパの哲学において19世紀ごろから登場していた立場である。その立場は、関係を第1次元的であるとして、様々な要素や個人などの実体は、関係という網の目の中にある結節点に過ぎないとする。これに対して、実体主義(substantialism)とは、自律的かつ独立した実体がまず存在し、それに次いでそれらの実体の間に関係が2次的に存在するという伝統的な立場である。

このような現代哲学の潮流としては、言語活動に関する考察を主体として、構造主義やポストモダニズムに大きな影響を与えた新しい立場としての関係主義に重きが置かれている。だが、昨今の現代哲学においては、個体であり独立した性質としての実体を基礎的存在者として位置づける実体主義も、未だに学界において大きな力を有している。そのため、関係が1次的な存在であるか、2次的な存在であるのかという、背景にある学的立場の違いに注意をする必要がある。さらに、なぜ政策情報学が関係の第1次性に重きを置くのかということを、知識と方法の歴史的背景から十分に理解することが不可欠である。

政策情報学的思考では、既存の知識や方法がコンテクストに置かれることにより、それらの異同関係によって、新たな知的再編成の場に参加する人々による、新しい意味関連の構図が主体的・人為的に再定義される。その意味において、政策情報学はそれ自体がひとつの学的コンテクストである。知的再編成の場としての学的コンテクストには、当初から超領域的アプローチが包含されており、異なる立場、知識と方法を持つ人々の関係論として機能するという学的思考が持つ特性を表している。

したがって、コンテクストならびに関係論は、政策情報学における最重要キーワードのひとつと位置づけられる。特に、コンテクストを担う人々として、専門家だけでなく一般多数の人々が当初から設定されていることが大きな特徴である。そもそも、知的再編成としての政策情報学は、当初の構築段階から社会における問題解決に焦点を置いており、その結果として「異質・多様かつ流動的な対話の場」を創造することを当初からの狙いとしている(井関2011)。

だが、従来までの個別諸科学においても、その知識や方法の意味は、学的文脈としてのコンテクストにおいて問われるからこそ、知的な価値が認められてきたのだ、という反論も予想される。しかし、そこではあくまでも個別の学的文脈や担い手たる専門家に限定されており、超領域的な知的コンテンツの取り込みと再配置を前提としたものではない。さらに、すでに述べたように、知的コンテンツのみならず、幅広い専門家以外の一般多数の人々を巻き込むということを、個別諸科学は前提としてこなかった。そのような点で、一面的な事象として政策情報学的思考に基づくコンテクストを比較すると、個別諸科学と同じであるように見えるが、両者の性質は全く異なるものである。

しかしながら、上記に述べたコンテクストに係わる意味の拡張を試みている点について、今日においても社会や学界に広く理解が得られているわけではないという点は、研究上での注意点でもある。理由としては、政策情報学的が国際的な政策研究などにおいて未だに市民権を確立するに至っておらず、コンテクストならびに関係論については、様々な局面において用法の丁寧な説明が現状では常に欠かせないからである。もっとも、グローバルな地球環境研究などに関する国際的な共同研究や議論の場においては、コンテクストは政策情報学的思考と同様の用法で用いられることが多い。特に、超領域的なサステイナビリティ学(Sustainability Science)などにおいては、その傾向が強い。この際にコンテクストは、ひとつの場としての文脈であるだけでなく、そこにおいて知識や方法の新たな意味を問い直す役割があり、さらには既存の成果を関係づける作用という多様なメタファーを含んでいる。特に、近年では地球環境研究に関する国際共同研究プログラムの再編が進められており、それらがもたらす社会的なダイナミズムとインパクトによって、日本の学界におけるコンテクストに対する認識も大きく変化をすることが期待できる。この点については、現在進行形の国際科学会議(International Council for Science)が推進するFuture Earth研究プログラムなどの進展に注目をする必要がある。

最後に、場や文脈などの関係論としてのコンテクストという認識は、政策情報学が初出ではなく、過去にも経営学などにおいて類似の発想があったことへのまなざしも必要である。例えば、日本発の経営理論として世界に発信された組織的知識創造理論において野中は、組織というものが個人の知識創造を支援する状況ないし文脈としてのコンテクストを創造・演出するという点が強調されている(野中1990)。野中は、その理論において関係という視点を重視し、知識創造の場づくりとしてのイネーブリング・コンテクスト(Enabling Context)という概念を提唱している(クローほか2001)。

引用文献

  • ゲオルク・フォン・クロー, 一條和生, 野中郁次郎. 『ナレッジ・イネーブリング』. 初版. 東京, 東洋経済新報社, 2001, 476p
  • 井関利明. 「I-1 「政策情報学」(Policy Informatics)の構想」. 政策情報学の視座: 新たなる「知と方法」を求めて. 千葉商科大学政策情報学部 10周年記念論集刊行会. 東京, 日経事業出版センター, 2011, pp.10-26
  • 野中郁次郎. 『知識創造の経営』. 東京, 日本経済新聞社, 1990, 278p