統合的水資源管理

(Integrated Water Resources Management)

【統合的資源管理とこれまでに取り組んできた研究】

政策としての水資源管理は、社会の複雑な状況を踏まえつつ、組織構造、利害関係者間の認識ギャップ、課業環境を含んだインフラ全般、予算などの行動原資などの構成要素を調整しながら、各種の課題統合を試みてきました。また、水資源のみならず関連する土地資源なども対象としながら、それぞれの地域単位で管理組織、意思伝達構造、関与する人々のコミットメント、組織を抱える地域の共通目標、利害関係者間の認識ギャップ、インフラストラクチャ(課業環境)、行動原資(社会経済構造)などの多様な課題を扱ってきました。それらを総括する概念である統合的水資源管理(IWRM; Integrated Water Resources Management) (GWP2000)は、多様な現実を科学的に記述し、一般化をすることで多様な水をめぐる管理の知識や方法の共有を図ろうとした試みであると言えます。しかし、多様な課題を統合しようと試みられてきたその歴史は、「概念の重要性は理解できるが、現実の管理計画には反映できない」という問題を招いている(Biswas2004, 2008)。つまり、机上の計画概念としては優秀であるが、現実の管理計画として実装し(implementation)、運用をすることが困難である、という問題です。

個別要素を有機的に連動させることを目標とした統合管理としてのIWRMは、人々が求める理想像として重要な役割を果たしてきました。だが、社会実装という点を鑑みれば、ハードウェア中心の統合が行われてきた反面、ソフトパス(Amory1977)的な発想による流域の当事者を巻き込んだ持続可能なものへと転換ができているとは言い難い現状にあります。このため、問題解決に必要なパラダイム・シフトを起こすための試みが多岐にわたって展開されてきました。この中でも、地域レベル(local-level)からIWRMを見直すことは、ここ数年における国際的課題のひとつとなってきました。これはベーシックな課題設定ですが、流域単位を基準とした地域という空間単位から水資源環境を捉えなおすことにより、地域の当事者が自ら様々な要素を「統べながら」考え、実践を行う未来可能性を期待することができることが大きな特徴だと言えます

加藤は、2011~2015年度に総合地球環境学研究所「統合的水資源管理のための「水土の知」を設える」プロジェクトを通じて、インドネシアなどを中心に「地域レベルでの利害関係者と協働した望ましい水管理のデザイン」に関わる中で、IWRMが抱える問題とその解決に携わることとなりました。インドネシアでは、異なる立場の関係者が互いに現場に立ち、地域水環境の現状を測り、現状に対する科学的な共通認識を共有する、という地道な活動の取り組みからIWRMの見直しをスタートしました。その取り組みは、やがてバリ島において地域の水資源を中心とした問題解決を議論する場を、地域の人々と考えることへと繋がり、結果として地域の人々が主体となった流域委員会を共創することに繋がりました。

さらに、2013年度からフィリピン・ラグナ湖周辺における共同研究に関わる中で、IWRMに欠かせない生活用水を中心とした淡水資源の水環境診断指標を地域の当事者主体で把握する必要性を痛感し、アンゴノ市を舞台として水系大腸菌リスク評価の知識・技術移転を中心とした「地域当事者による水環境診断指標の共創」を試みてきました。また、地域との共創と対話を重ねていく中で、「地域の当事者が持つ様々な水環境に対する疑問」を解明する自然科学的なパラメーターの必要性に気づき、重金属や酸素水素安定同位体比を応用した地域水環境の評価尺度構築を試みてきました。この経験を通じて、実際の観測が難しい場合であっても、安定同位体比などの指標を有効に活用することにより、IWRMの有効性向上に繋がることが期待されます。そして、これらの途上国を中心とした国際的な共同研究を進めてきた中で、加藤はIWRMが先進国の成功をどのように途上国に共有し、優れた水資源管理システムを成立させるか、という発想法自体が限界に達しているのではないかと考えるようになりました。つまり、IWRMが基調としてきた「諸課題統合型アプローチの限界」は、そのロールモデルを構築してきた先進国が抱える問題そのものの表出化だと言えます。そのため、IWRMの源流たる先進国が抱える根本的な問題への考察を行いながら、IWRMに新たな価値命題を創造する試みが必要だと考え、研究を行っています。

参考文献

  • l Asit K. Biswas. "Integrated Water Resources Management: A Reassessment". Water International (International Water Resources Association), Vol.29, No.2, pp.248-256(2004)
  • l Asit K. Biswas. "Integrated Water Resources Management: A Reassessment". Water Resources Development, Vol.24, No.1, pp.5-22(2008)
  • l Global Water Partnership. "Integrated Water Resources Management". Global Water Partnership Technical Advisory Committee, Background Papers (TAC BACKGROUND PAPERS). No.4, 67p (2000)

【フィールドの写真など(インドネシア)】

研究を開始した2011年頃は、スマートフォンなどのモバイル端末もまだまだ発展途上といったところもあり、ガーミンGPS(今でもこのデバイスほど頼りになるものはありません)と併せて色々なGPSデバイスを駆使しながら流域界を導き出したり、色々なことにトライしました。高温多湿のフィールドでは、様々なことが起きて大変でした。また、地域の人々に流域を理解してもらうため、プロジェクトでは色々なツールを開発したりと本当に刺激的でした。

API8th-Kato.pdf

2012年12月に開催された政策情報学会の研究大会における報告資料です

field_photo_Bali_and_South_Sulawesi.pdf
  • バリと南スラウェシにおけるフィールド写真資料です
RIHN_10th_International_Symposium-Kato.pdf

Lessons Learned in Co-producing Knowledge: Establishing the Saba River Basin Community, Bali

KATO Hisaaki

[Abstract] In global environment research today, where the “accumulation of small action” for trust-building within local communities is in demand, it is becoming difficult for scientists to simply be observers. Currently, scientists must be participants as well. In other words, the role of post-modern scientists is not only in cooperating with local people to consider and solve complex local issues, but also in the “description, organization, and preservation of methods and expertise”. The expansion of the scientists’ role and function in this manner will greatly change the role of scientists in communities. For example, in the review of the main local level constituent that is water resource management, a scientist focuses on measurement activities and diagnosis of the local water and land environmental situation, takes minimal early-level action with the people of the basin to guide them to autonomous action, and then monitors change. In addition to drawing a direct line to "environmental activists as activism", the problem of how scientists will be forced to change in a society where they approached societal co-production from a distance is a modern question without an answer.

(今日、地域との信頼醸成としての「小さな活動の積み重ね」が求められる地球環境研究では、科学者が従来のように観察者に徹することが難しくなっている。観察者としての科学者はまずもって、当事者であることも求められる。つまり、今日的な科学者の役割とは、地域が抱える複雑な問題状況をローカルな人々と読み解きながら、共に問題解決に取り組んでいくことだけでなく、「様々な知見や方法を記述・体系化し、残していく」ことにある。最終的に、このような科学者の役割の拡張は、プロセスとしての地域の中で、科学者個人の役割を大きく変えていくことになる。一例を挙げれば、ローカルレベルを主体とした水資源管理の見直しにおいては、地域の自然環境の診断に重きを置く観測活動から、最小限のきっかけとなる行動を流域の人々と共に起こしながら、流域の人々による自律的な活動を導き出し、これをモニタリングしていく立場へと変化をしていく例がある。これは、社会活動家とは一線を画した存在であると同時に、科学者が距離を置いてきた社会との共創において、科学者がどのような変化を遂げていかねばならないのか、という今日的な正解のない問いでもある。)

jawre-2017taikai-kato.pdf
  • 2017年6月に水資源・環境学会の研究大会において、テーマ報告として基調講演者と共に統合的水資源管理の未来可能性について講演を行った時の資料です。