旧播磨国(現在の兵庫県南⻄部)の多くの神社の例祭には、 “練り物”や“賑やかし”と呼ばれる屋台が練り出され、その豪華絢爛な姿と勇壮な練りは、祭礼の醍醐味のひとつである。
屋台は、その姿、木組み、太鼓、漆塗りから、装飾物の木彫刻、錺金具、刺繍に至るまで職人の技術の粋が結集している。屋台は奉納物であることから、古くから、装飾物の意匠には御祭神、地区の歴史、縁起物、地元にゆかりのある動植物が扱われてきた。
ここでは、屋台の意匠の中でも、著者が特に気になった箇所を紹介し、そこに込められた人々の想いについて考察を行った。なお、以下の説明と考察は、製作者や祭礼関係者の意図を必ずしも反映するものとは限らず、著者の自己責任で行った。
期間:2018年から2024年
方法:例祭、祭典、式典、お披露目時に現地で観察を行った。情報収集のため図書や資料の閲覧、ネット検索、関係者へのヒアリングを行なった。一部の祭礼には著者自ら参加し、屋台練りに加わった。以下、屋台は順不同で紹介し、括弧内には宮入りする神社の名称とその所在地を示した。
井筒端:カメ
幕掛け金具:野鳥8種(ウグイス、ヒバリ、キジ、バン、ショウキン、メジロ、シラサギ、キツツキ)、昆虫3種(チョウ、トンボ、キリギリス)、両生類1種(アオガエル)、植物15種(ウメ、ツバキ、ナバナ、サクラ、ボタン、カキツバタ、タチアオイ、アジサイ、トウモロコシ、アサガオ、アキクサ、キク、カキ、アシ、ヒノキ)
説明:ここでのカメは、想像上の動物「霊亀」であり、この地区に生息したとされるウミガメや亀甲を利用した占術に由来する可能性が指摘されている(亀山本徳寺, 2021)。霊亀の意匠は、屋台では井筒端の錺金具でのみ使用されていた。屋台以外では、本幟と法被に図柄が使用されていた。水引幕で隠れる幕掛け金具には姫路藩にゆかりのある画家酒井抱一の「十二か月花鳥図」を図案とした野鳥、昆虫、両生類、植物が数種使用されていた。
男柱の錺金具:ジャコウアゲハとウマノスズクサ
説明:ジャコウアゲハは姫路市の市蝶であり、食草のウマノスズクサは市内では保全対象である。蝶は縁起物であるため、他の屋台でも確認できたが、種名が特定できた蝶は他に例がなかった。
隅木:昆虫4種(クモ、ハチ、テントウムシ、トンボ)
説明:益虫4種が使用されていた。特に、錺金具ではテントウムシの事例は初めての可能性が高い。
紋:前後に雌雄のチョウの錺金具
説明:当時、菊の御紋の使用が制限されたため、改変を行った事例のひとつである。雌雄の蝶はそれぞれ金銀のメッキが施されていた。雌雄・金銀で「阿吽」を表現している可能性があった。屋台練りの際に揺れ動くチョウには遊び心があった。
水切り:クモ、カニ
説明:勇壮の極みである龍紋の印象が強い中、細部のクモとカニとのコントラストが印象的であった。水切りのクモは商売繁盛・益虫の象徴として、カニは神輿新調の担当地区である象徴として採用された可能性が考えられた。
水切り:つがいのハト
高欄:マツ、タケ、ウメ
説明:水切りのハトは、八幡大菩薩の使者である。高欄三段には松竹梅が確認された。紋の千成瓢箪は菊紋の改変事例のひとつであるが、全国でも唯一の意匠である可能性が高かった。
脇棒受け:トラ、ウメ
説明:屋台の泥台を肩で担いで練る「台場練り」で有名な神社であり、氏子屋台8台全ての脇棒受けには彫刻が見られた。特に、御幸屋台では「象嵌(ぞうがん)」という高度な技術が駆使されており、脇棒受けにはヒノキ、彫刻にはサクラが使用されていた。
天蓋格子:植物:平松36種、天満32種
説明:天井の格子に花丸が描かれていた。寺院建築物で見られる技法である。乗り子(太鼓打ち)の空間は神聖な場所とされ、邪気払いの意味合いでこういった意匠が施された可能性もあった。なお、播磨地方では水引幕や本幟の乳にドーマン(九字切)、セーマン(五芒星)、叶、勝の符号を縫い付ける地区が多かったが(礒田, 1994; 粕谷, 1996,2001)、その由緒については調査中である。
播磨地方では、太鼓台のことを「屋台」と呼ぶ。神事で御祭神の御魂が遷され渡御・還御する「神輿」が画一化された形態と意匠のままに留まっているのに対して、屋台は創作的要素が強く、表現の多様性が高いことがわかった。その意匠には、御祭神、氏神社や氏子地区ゆかりのもの、縁起もの、開運必勝祈願ものが取り入れられており、動植物を象徴的に扱う事例も多かった。具体的には、トンボは勝ち虫、クモは商売繁盛、雌雄のチョウで子孫繁栄、ハトは八幡神の使者、ウメは菅原道真の愛した花、ツルとカメは長寿といったように、吉兆の意味が込められていると思われた。動植物でも好んで採用される種には、生態的な特性として繁殖能力が高いこと、農作物の病害虫の天敵(益虫・益獣)であること、観賞用として古くから人々に好まれてきたことなどが要因として考えられる。
太鼓台(太鼓を櫓状の台に垂直に組み、舁棒にて担ぐ祭礼奉納物)の分布は全国でも西日本でのみ見られ、本州・四国・九州の特に沿岸域に広く分布している(尾﨑, 2024)。太鼓台の源流は、神輿の到来を報知する触れ太鼓であり、音により神の訪れと祭礼の始まりを伝える役割があったが、伝播した各地で大型化と装飾化が進み、様々な形態の太鼓台や練り方が生み出された(森田, 2015)。播磨地方の屋台の形態による分類と分布の詳細については山田(2021)を参照されたい。
森田(2015)は、人々の意識の方向性により、祭礼を「神事」と「神賑行事(神賑わい)」に概念分けした。すなわち、「神事」では人々の意識が神へと向かい、「神賑行事」では人々の意識の相当量が人同士の交歓、あるいは見物人へと向かっている。従って、播磨の屋台を含む西日本各地で練り出される(た)太鼓台の多くは、「神賑わいの一部」であると考えられる。厳かに執り行われる神事に対して、屋台は“練り物”や“賑やかし”と呼ばれ、人々の興味関心を惹く祭礼の中心的な存在となっている。例えば、最も古い太鼓台の記録が残る松原八幡神社(姫路市)では、御魂が遷された神輿3基が激しくぶつけ合わされた後、練り場では屋台の激しい練り合わせが行われる。その熱気と迫力は筆舌に尽くし難い。
しかし、屋台の練り合わせに参加する人々やそれを見る人々の意識は「神賑わい」の範疇にとどまっているのだろうか。屋台の新調や製作に関わる人々の意識とはいかなるものであろうか。屋台新調時には入魂式が行われるのが通例で、“ただのモノ”とは扱いが違う。屋台の装飾には細部や見えない部分にまでこだわりが見られる。
私は、播磨の屋台を、神賑わいと神事の概念境界線に行き交う中間的存在であると考えたい。すなわち、祭礼時には屋台の姿や太鼓の音、その練り合わせにより、人々の意識は練りを行う人々、見る人々の間で交錯し、日常では体験し難い光景や雰囲気、すなわち、「非日常」が作り出される。やがて、「非日常」に没入した人々の意識は、祈りや願い、感謝として神へと向かう。一方で、人々は祭礼の喜びを神からの恩恵として享受する。このように、人々は、屋台を“練り物”や“賑やかし”と呼びながらも、その意識は神との間で行き交いが促されている。すなわち、屋台は「人々の間で交わされる意識」と「神との間で交わされる意識」の両方を高める役割を担ってきたのではないかと考えた。
屋台は神へ差し上げる奉納物でもある。古くから播磨の秋季例祭では、農産物の収穫を喜び、神に感謝してきた。また、八幡神社の放生会には、万物の生命をいつくしみ、殺生を戒め、生き物に感謝してその霊を弔うなどの意味合いがある。神道の性質上、血や死など穢れを嫌う。万物の生命を慈しみ、生き生きとした動植物の意匠で細部に至るまで屋台を飾り上げるのは、神への祈りや感謝の気持ちを屋台に乗せて差し上げること、祭礼の喜びを人々と分かち合うことの両面において、人々の想いの現れであろう。
一方で、科学技術の発達した現代でも、地震や水害など自然災害や疫病流行など、抗いきれない自然の力を目の当たりする。様々なイベントが催される現代の社会においても、祭礼が「非日常」の行事として継承されているのには、今なお、人々の心には、平和への祈りと自然への畏敬の念が働いているのであろう。播磨の祭礼は、人々が1年間に2日間に限り、“練り物”や“賑やかし”と呼ぶ屋台により、祈りと喜びを神と人の間で共有する貴重な時間と場所の創出活動であると言える。
相坂 耕作(1988)播磨の昆虫.神戸新聞総合出版センター.
礒田 七郎(1994)太鼓:播州灘まつり.追録2版.私家版.
亀山本徳寺内・真宗文化研究室編(2021)御坊さん:第25号.亀山本徳寺廟所墓地管理部.
粕谷 宗関(1996)男が咲かす祭り華.私家版.
粕谷 宗関(2001)播州祭屋台学宝鑑:イキマの美.友月書房.
森田 玲(2015)日本の祭と神賑:京都・摂河泉の祭具から読み解く祈りのかたち.創元社.
尾﨑 明男(2024)企画展:明石の布団太鼓II―彫刻と刺繍に見る匠の技.明石市立文化博物館.
たつの市立龍野歴史文化資料館編(2014)トンボの文化史:童謡の里たつのにおいて.龍野文化伝承会.
山田 貴生(2021)播州中部南部の屋台・だんじりと御先太鼓・露払い.御影史学論集46.御影史学研究会.