第十話 覚悟ではなく想いを胸に

「副長はどう思う?」

モニターに映し出された配置図を眺めつつ隣に立つ男に問いかける。

「どうとは?」

声色からしてやはり男は気が付いてないと見るべきか。

「相手は重航空巡洋艦1隻のみ。

MSの搭載数ならこちらと並ぶとは言え、火力に優れる戦艦2隻を擁する艦隊を相手にするなら火力不足だとは思わない?」

いくらMSが優秀な兵器といっても数が同じなら大抵は艦艇と艦艇の殴り合いになる。

「なにか敵に秘策があるとでも?」

隣に立つ男、副長を務める男は仕事こそ卒なくこなすが実戦経験が少なすぎる。

「そうじゃなきゃ殴り合いになる前に逃げるのよ。

3対1に自ら突っ込まないでしょ普通」

この戦闘でこの副長が何かしらの成長を見せてくれればいいが・・・。

「艦長よりイージスリーダーへ

気が付いてると思うけど敵の動きが怪しい。

注意して。」

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扉を開くとそこは喧騒に包まれた格納庫だった。

パイロットスーツの気密を確認しつつ喧騒の中に足を踏み入れる。

すぐ横を通り抜ける巨人を交わしつつ自らの愛機の元へ駆け寄った。

黒と紫に彩られた異形の巨人の腹部に収まると直ちに出撃準備を始める。

「システムチェックOK

GNドライヴ戦闘レベルで起動。

武装エラー無し。

メインモニター起動。」

いくつものウィンドウが現れては消えを繰り返し、愛機が段々と目を覚ましてゆく。

シートへ座った少女は映し出された見慣れた風景の中、普段と異なる1点を見つめる。

その視線の先にはハンガーに固定された巨人・・・MSが立っていた。

黒い機体色で彩られ、所々に青の差し色が入った機体。

つい先程すれ違った白と青で彩られた機体と対をなすようなカラーリングをした1機のMS。

未だ、"中身"の入っていないその機体に向かって1人呟いた。

「貴方も早く選びなさい。

自分の進む道を。」

本来居るべき"中身"に向かって呟いた直後。

「お嬢ちゃん、準備はいいかい?」

出撃の指揮を執る気のいい男からの出撃命令が下る。

「了解。」

愛機を固定されていたハンガーから引き剥がすように移動させ、カタパルトデッキへ向かわせる。

愛機、ガンダムイブリースの両足がカタパルトに固定されたのを確認すると前方へ目を向ける。

「、サツキ「NoNo」 出撃する!」

一気に加速した堕天使は虚空へ向かって飛び立った。


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真横に並んだ機体を一瞥し、少女は目線を前に移す。

前方には初月率いる"ジークフリード小隊"が先行していた。

隣に並んだ機体がこちらの肩を掴み、接触回線を開く。

「こちらNoNo。

調子はどうピースメーカー2」

「大丈夫、エイラちゃんがいなくても私は戦うって決めたから。」

ピースメーカー2・・・アイカは前方を睨みつつ、サツキに返事を返す。

ふと一つ気になることがあり、アイカはサツキに問いかけた。

「サツキさんって下の名前は・・・?」

「下の名前? 無いわよそんなの。

私は名前・・・番号をもらう前に逃げ出したから。

みんなは番号無し、"ノーナンバー"って呼ぶわね。」

"番号"

正式に任務に就くサツキシリーズは皆番号にちなんだ名前を貰うのだという。

「うーん・・・ねぇノーノちゃん」

「・・・・は?」

「NoNoだと呼びにくいからノーノちゃん。

だめ?」

無線越しにノーノが動揺しているのを感じていた。

サツキをからかっているといると先行する初月から通信が入る。

「敵部隊確認。各員戦闘準備」

ガンダムイブリースが距離を取り戦闘に備える

「ジーク1エンゲージ」

「ジーク2了解!」

「ジーク3了解! ぶった切るぜ!」

「NoNo 戦闘開始」

「ピース2戦闘開始します!」

それぞれが迫りくる敵機に向けて得物を構えた。


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与えられた部屋の隅でエイラは戦闘の喧騒をただ聞いていた。

未だ、戦う理由を見つけることが出来ていなかった。

「私は…」

部屋のそばでうずくまっていると扉をノックする音が聞こえてきた。

開いた扉の向こうに立っていたのは先ほど医務室でエイラの介護をしてくれていた、ナツミと呼ばれていた女性だった。

「さーちゃんの言ったとおりか」

部屋に入ってくるなりベットの縁に腰をかけ話し始めるナツミ。

「何の用ですか…?」

「さーちゃんに頼まれて様子を見に来ただけよ」

「そうですか…」

「まだ覚悟が決まらないようね」

「はい…」

俯きながら返事したエイラはふと隣に座るナツミの服装に違和感を覚える。

「それって…」

白衣を纏っていたのは先程と同じだがその下に着ている服が違っていた。

"パイロットスーツ"

それは本来モビルスーツを操る人が着る服であり医師であるナツミの着る服ではなかった。

「あぁ、こう見えても私は予備パイロットよ」

白衣の下のパイロットスーツを見せながらナツミが言う。

「戦うんですか…貴方も…」

「必要があればね」

「どうしてこの船に乗ろうとしたんですか…?」

少し考える素振りをした後にナツミの返した答えは意外なものだった。

「ただ大切な人と一緒に居たかったからよ。

覚悟なんて大層なものはなかった。

あったのはただ大切な人の傍に居たいという想いだけだった」

「覚悟ではなく想い…?」

「そう、想い、ただそれだけ」

「それで戦えるんですか…」

「初めは戦えなかった。

でもある時その大切な人が酷く傷ついて帰ってきた時に思ったのよ。

大切な人を守る為には武器を取らなければならない時があるって。」

そういってナツミは窓の外、広く広がる宇宙を眺める。

「武器…」

「そう、それから私は医師兼MSパイロットになった。

大切な人を守るために。」

突然、ナツミの腕の端末がアラーム音を鳴り響かせる。

「おっとお呼び出し。

私は行くわ」

そう言って立ち上がると扉をあけ部屋を後にしようとする。

「あの…」

思わず声をかけたエイラに振り向いたナツミは

「アイカちゃんは言ってたわよ。

"私はエイラちゃんを守るために、エイラちゃんが暮らす世界を守るために戦う"って」

そう言い残し部屋を後にした。

再び1人になった部屋でエイラは窓の外に目を向ける。

視線の先では幾つもの火線が飛び交っていた。

「私は…」

突如生まれた火球にガラス越しに手をかざす。

「藍華…」

ガラスから手を離し振り向いたエイラは椅子の背に掛けてあった上着を手に取ると部屋を後にした。



扉を開け中央の座席に座るサクヤの正面に立つ。

「私も出撃します…」

「覚悟はできてるの?」

サクヤから返ってきたのは予想通りの言葉だった。

「覚悟なんてないです…でも大切な人を守りたいって想いはあります!」

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「くっ」

振り下ろされた対艦刀をバスターソードで受け止めるが激しい衝撃がアイカを襲う。

何とか敵の攻撃を受け止めるがすぐに2本目の対艦刀が迫る。

「このっ」

機体のスラスターを全開にし、機体を上昇、迫る対艦刀をギリギリで躱し距離を置く。

「アイカ、後ろ!」

慌てて振り向き、敵機の攻撃を交わすが別の敵機がビームサーベルを手に迫っていた。

「まずい!」

手にしたバスターソードを構えるがそれよりも早く下方から幾つものビームが敵機を襲う。

ビームサーベルを手にした敵機はそのビームを易々と躱しアイカから距離を置く。

下方から現れたガンダムイブリースがアイカの操るフリーダムガンダムの横に並び、迫るロストフリーダムをドラグーンで牽制、ロストフリーダムを後退させる。

「ありがとうノーノちゃん」

「礼は後で。」


ガンダムイブリースとフリーダムガンダムの見つめる先には3機のMSが集結していた。

黒と赤で彩られ、両手に対艦刀を手にした片翼のストライクフリーダムガンダム、"ロストフリーダム"

その両脇に居るのは、ガンダムアストレアtypeFをベースにした改造機

片方は両手に剣をもち機体の左半分を黒く染めた機体。

もう一方は手にビームサーベルを持ち、背面のバインダーにドラグーンを装備した機体。

それぞれをロストアストレア1号機、2号機と言うらしい。

「まさかこんな所にあなた達3人を送り込むなんてね。

私も意外と脅威と感じられてるのかしら?」

ガンダムイブリースのコクピット内、額に汗を浮かべたサツキ・ノーノが目の前の3機を睨みながら口を開く。

「あ? 何言ってんだ出来損ない?

てめぇなんかに俺らが3人も必要な訳ねぇだろ?」

「その通りですわ。

しかし、出来損ないの貴方のそのポジティブ具合は見習うべきかしら」

「・・・・」

それぞれのパイロット。

全く同じ顔をした4人が罵り合う不思議な空間が出来上がっていた。

「さて片をつけるとしましょう。

私達はあの船を沈めなければならないので」

「あんまのんびりしてるとアイツにまた文句言われるからな。

さっさと殺っちまおう」

ロストアストレア2号機「ゲンドゥル」、ロストアストレア1号機「ラーズグリーズ」がそれぞれ得物を構える。

「ノーノちゃん…」

アイカが心配そうにこちらを見るがノーノには勝機が見えていた。

"彼女"が来たのを感じ取っていたから…


突如として駆け抜けたビームがロストアストレア2号機の右肩を撃ち抜き、肩アーマーごと、関節が吹き飛ぶ。

突然の出来事にロストアストレア2号機のパイロット、サツキ・デューオは驚くがすぐさまシールド・ビットを展開し防御体制を取る。

飛来した2発目のビームはシールド・ビットに弾かれ、細かな粒子となって飛散する。

「どこから!」

ビームを飛来した方向を確認する為、シールド・ビットの影から頭部を出した途端3発目のビームが飛来、ロストアストレア2号機のアンテナを掠め、彼方へ消えていった。

「っ!」

ビームの余波で乱れるメインカメラが辛うじて捉えたのは、目標の艦のカタパルト上に伏せた体制でこちらを狙う黒いジェガンだった。

「ジェガン改!」

報告書にあった要注意人物の操る黒きスナイパー

「ソロ!あの黒いのを先に潰します!着いてきて!」

「あいよ!」

2機のロストアストレアが加速しようとするが、飛来したドラグーンが行く手を阻む。

「やらせない、貴方達の相手はエイラだけじゃなくて私も居るのよ?」

「私じゃなくて私達!」

ロストアストレアの行く手をノーノのガンダムイブリースとアイカのフリーダムガンダムが阻んでいた。

「邪魔をして!」

「関係ねぇ!全部叩き切る!」

「・・・・」

砲火の飛び交う中、6機のモビルスーツがにらみ合う・・・。