第十二話 主人公

少女は片手にニッパー、反対の手にガンプラの脚部を持ちながら説明書とにらめっこをする。

「間違えた…」

ニッパーを置くとせっかく組み上げた脚部をバラし始める。

間に挟まっていたポリキャップを抜き取り別のポリキャップと入れ替えると、再び組み上げる。

「よし…」

組上がった脚を、机に置かれていた股関節の部品と組み合わせる。

出来上がった下半身に上半身を組み合わせると、少女の手には小さな巨人が出来上がっていた。

少女はその巨人を机に置いてあった別の巨人の横に立たせる。

ジェガン改の横に並ぶ新たな巨人。

それは一回り小さく華奢な巨人だった。


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次の日の放課後、エイラはダイバーズにログインしていた。

昨日作り上げた小さな巨人、新たなガンプラの登録作業をする為だった。

現実世界でパソコンを使えばログインせずとも登録は可能なのだが、仮想世界で行う作業は目の前の愛機に火が入る感じがしてエイラは好んでいた。

「さて…」

最後の作業を始めるためにメニューを開き操作パネルを弄る。

各種武装のショートカット設定やパラメーターの割り振り等を行い設定を完了させる。

「よし…」

手元に表示されていたディスプレイを消したタイミングでメッセージが届く。

「今からお金稼ぎに行くけど一緒に行かない?」

そんな件名と共に届いたのはミッションモードの招待であった。

送り主は親友のアイカである。

「…」

無言でハンガーに収まる愛機を見上げると新しく開いていたウィンドウの参加ボタンをタッチした。

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転送の光が収まると、そこは愛機の、ジェガン改のコクピットだった。

各種システムの確認と立ち上げをしつつ武装を選択。

「ビームライフルとシールド…」

今回のミッションは難易度の低いものなのでビームライフルとシールドのみを追加した軽装なものを選択。

メインジェネレーターの出力が上がり、心地よい振動がシートを揺らす頃には機体各部の状態を映し出しているモニターに数多の緑色のランプが点っていた。

開かれたカタパルトハッチの先、青く広がる空を睨みレバーを握る手に力を込める。

「エイラ・シャドウ、ジェガン改、行きます…」

カタパルトによって加速された巨人が青空に飛び立った。

先行していた僚機の姿を見つけそちらに向けて機体を動かし、近付いた僚機の肩に手を触れる。

所謂、接触回線という通信方式だ。

「宿題…終わった…?」

「もちろん!今日はもう遊ぶだけ!」

そんな会話をしつつ2機のモビルスーツは重力に引かれながらゆっくりと地表へ降下してゆく。

つい先日の殺伐とした戦い。

その後、直属の上司になったサクヤの言葉。

普段は普通に生活しててくれて構わない。

それに従い、ここ数日は"普通の学生"として過ごしていた。

書類の申請が遅れているため"普通の学生"なのは間違いなのだが。

そんな、いかにも学生な会話をしている間に地表に着地。

接触回線を解き、ミッションの開始地点に移動しようとした瞬間。


世界が暗転した。


気が付くとそこは、紅く燃える空と廃墟と化した町が広がる世界だった。

「えっ?」

「なに…?」

一瞬何かの演出かと考えたが、かつて同じミッションを行った際はこの様な現象は起きなかったため恐らく何かの別の要因だろうと見当をつける。

「マップ情報…取得不可…?」

異様にピリピリした空気感と本来表示されるはずのマップ情報が表示されないのを含め、エイラはただ事では無い事態が起きているのではと身構える。

ふとモニターの1枚に映る文字に目が止まる。

"第九区画"

それはその空間で負けてしまえば自分自身を失ってしまう。

サツキがそう言っていた名前だった。

「ねぇ、エイラちゃん あれ」

アイカのフリーダムガンダムの見つめる先、紅く燃える様な空には1機の黒いモビルスーツが居た。

片翼の黒いストライクフリーダムガンダム

「ロストフリーダム…」

黒と白、2機のモビルスーツが身構えた直後、ロストフリーダムはスラスターを灯し加速する。

「対象を確認 計測開始」

背面にマウントしていた対艦刀を振り抜き更に加速。

「エイラちゃん!」

「分かってる…」

フリーダムガンダム アイカカスタムがバスターソードを抜き、振り下ろされたロストフリーダムの対艦刀を受け止める。

それと同時、バックジャンプしつつ狙いを定めたジェガン改がビームライフルのトリガーを引く。

迫り来るビームをビームシールドで受け止めたロストフリーダムはアイカのフリーダムガンダムを蹴りつけ近くの瓦礫に打ち付ける。

「ぐっ、この!」

すぐさま立ち上がったフリーダムガンダムがバスターソードを振るうが既にその場にロストフリーダムの姿は無く空振りに終わる。

「エイラちゃん!」

「分かってる…」

眼前に迫るロストフリーダムにビームライフルの銃口を向け速射するがヒラリヒラリと躱されあっさりと距離を詰められる。

「くっ…」

左から迫る対艦刀を左腕に装備したシールドで受け止め、ライフルを投げ捨てると自身の腰の後ろ、リアアーマーに装備されたビームサーベルを引き抜く。

「この…!」

足元からすくい上げる様に振り上げられた右腕は、ロストフリーダムに容易く押さえ込まれ空中で獲物を捉えることなく止まる。

動きを封じられたエイラはすぐさま武装リストから頭部バルカンを選択。

頭部側面に取り付けられたバルカンポッドが弾丸を放つ。

しかし、PS装甲を持つロストフリーダムに効果はなく、お返しとばかりに放たれたバルカンによって破損し爆発を起こす。

その爆発はジェガン改の頭部に誘爆を起こす。

「そんな...」

頭部が破損したことによってメインカメラの映像が消え、コクピットは暗闇に包まれる。

「エイラちゃん!!」

アイカの声がした直後、コクピットを衝撃が襲うと同時に金属と金属の衝突する音が響く。

しかし、カメラを潰されてしまい外の状況が分からないエイラには何が起きてるか分からなかった。

「一体なにが…」

エイラは手元のモニターを操作、外の様子を見るためにメインカメラからサブカメラに切り替える。

全周囲モニターに粗い映像で映し出された周囲の状況は、絶望を誘うには十分過ぎる状況であった。

頭部を失ったジェガン改は炎を上げるビルにめり込み行動不能。

恐らく先ほどの衝撃はロストフリーダムに投げ捨てられ、ビルに衝突した時に発生した物だろう。

そして、直後の金属音。

それは目の前で両腕を失い力なく立ち尽くすアイカのフリーダムと、まるで相手を見下すような視線でフリーダムの両手がぶら下がっているバスターソードを片手に持った、ロストフリーダムとの戦闘の音であった。

「アイカ…!!」

エイラの叫び声に反応するようにユラリと振り向いたロストフリーダムとモニター越しに目が合いエイラは更に絶望を感じる。

「目標の能力上昇。確認出来ず。

計測を終了、目標を排除。」

バスターソードを投げ捨て、対艦刀を振りぬいたロストフリーダムがこちらにゆっくりと歩み寄る。




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数分前に遡る。


部屋で一人、報告書に目を通していたサクヤ。

傍らにあったモニターに艦橋からの連絡が入る。

相手は艦橋で通信業務を行うオペレーターの一人だった。

そのオペレータ-の慌てた様子に、ただ事ではないことを感じ取りる。

「どうしたの?」

「第九区画にて交戦反応! ロストフリーダムとジェガン改、アイカさんのフリーダムが交戦している模様!!!」

「分かったすぐ行く!! プランA5を発令、総員戦闘配備!!」

すぐさまジャケットを取りサクヤは艦橋へ向かう。

(想定よりも動きが早い、それに第九区画は・・・)


艦橋に着いたサクヤは艦長席に座るとすぐさま指示を出す。

「直ちにワープ開始! 第九区画に到着後すぐさまプランC6にしたがって行動!

サツキに出撃準備をすぐさまやるように伝えて!」

サクヤの一声によってすぐさま艦全体が騒がしくなる。



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目前に迫ったロストフリーダムが対艦刀を振り上げる。

「エイラちゃん!!」

身を呈してエイラのジェガン改を守る為にフリーダムがジェガン改とロストフリーダムの間に割って入る。

「ダメ…やめて!!!」

振り下ろされた対艦刀はフリーダムの両足を切り裂く。

両手両足を失ったフリーダムは地面に転がるが、それでもジェガン改を守ろうと地面を這いながらこちらに近寄ってくる。

ノイズの多くなった無線からアイカの声が途切れ途切れに聞こえてくる。

「わた・・・まも・・・・約束・・・」

胴体と頭部のみになったフリーダムの背後にたたずむロストフリーダムは地を這う相手にとどめを刺すため、もう一度対艦刀を振り上げた。

「もうやめて!!!!」

思わず叫んだエイラの声は届かず



対艦刀は振り下ろされた。



しかし、その刃はフリーダムに突き刺さる事無く、宙で止まる。

振り下ろされた対艦刀は突如現われた一機の機体によって防がれていた。

「そんな…!」

新たに現われたその機体をエイラは知っていた。

そしてその機体が決してこの場に現われるはずが無いことも。

しかし、確かにそこにその機体は存在していた。

ふとコクピット内のモニターが先ほどまでと違う画面を映していることに気が付く。

「大切な者を守りたければ、新たな力を使いなさい。」

その文字が消えると共に、ロストフリーダムの対艦刃を受け止めた機体がこちらに振りむくとコクピットハッチを開く。

その開いたハッチの内側、そこには無人のパイロットシートだけがあった。

エイラはすぐさまジェガン改のコクピットハッチを開くとコクピットから飛び出し、新たに現われた機体のコクピットに飛び乗る。

シートベルトを締め、モニターに映された待機画面を消しさる。

ついさっき登録完了したばかりの機体。

試運転はもちろん、起動テストすらしていない。

動くかすら怪しい機体だが、エイラには分かっていた。

サブモニターに表示されるエラーの文字

その文字を見つめつつエイラは喋る。

「私は臆病で、怖がりで、ヒーローや主人公になれないって分かってる。

けれど、それでも、大切な人を失いたくない。

だから、私に、ヒーローになれない私に、今この時だけでいい。

大切な人を守るための力を、主人公になるための力を貸して!



ガンダム!!!」

エラーの表示を書き消し、新たな一文がモニターに映る。

「貴女に、力を」

徐々に高まるジェネレータ音と共にエイラは自身が機体と一体化するような不思議な感覚に陥る。


全身を黒く染めたその機体、二つの目を持ち、V字型のアンテナを持ったその機体。

それはガンダムと呼ばれ、様々な主人公達の操ってきた機体。

一人の少女を主人公に変える機体であった。

一対の目を輝かせた機体のコクピットで”能力”を発動したエイラは目の前の敵機を睨む。



「エイラ・シャドウ! ガンダムF91ファントム 行きます!」