第三話 能力

カタパルトからジェガン改が飛び立つ。

ゆっくりと高度を下げるジェガン改が背面に追加装備してきたシールドバインダーの調子を確認するかのようにバインダーを稼働させる。

「異常なし...」

コクピットシートに座ったエイラはひとまず安堵する。

新しく作った装備が機能するか確認する時はいつも緊張してしまう。

暫く降下を続けていると地に足がついた。

「……どうしよう」

ひとまず辺りを見渡した。

森林といえどMS一機が動くのに困る程木々が生い茂っている訳では無かったが、普段より動きにくい事は明らかである。

「センサー、レンジ最大...各種システム作動...」

モニターに映し出されるパラメータを弄り、戦闘開始に備える。

木々の少ない開けた所に移動するという選択肢もあったが、ジム・ストライカーの武装を考えた場合、この比較的狭い空間で戦う方が有利かもと思いこの場に踏みとどまる。

「どこから来る…」

戦闘の用意を整えたエイラは周囲を見渡し敵を探す。

しばらく周囲を警戒していると「ピピピッ」とレーダーが敵を捉えた。

思わずレバーを握る手に力が入る。

向こうのレーダーにも捉えられたらしく画面上に映し出される点はこちらに一直線に向かってくる。

腰の後ろ、リアアーマーにマウントされたビームサーベルを引き抜き身構える。

まだビームの刀身は出さずに持ち手だけを構える。

刀身の長さ、リーチを悟られないようにするためだ。

「見えた…」

木々の間に緑と黒の塗装が施された機体が見えた。

その手にはツイン・ビームスピアが握られている。

「まずは…」

リーチの長いツイン・ビームスピアを攻略するがサクヤを撃破するための第一段階。

リーチに入ったらしくジム・ストライカーがツイン・ビームスピアを振るってくる。

今までは横薙ぎに振るっていたツイン・ビームスピアを槍のように突き出してくる。

ジェガン改はその突きを辛うじて躱す。

どうやら読みは当たったらしい。

「これなら……」

思わずエイラの口元に笑みが浮かぶ。

ジム・ストライカーのもつツイン・ビームスピアは先端部こそビームであるがそれ以外の部分は実体であるため、狭い木々の間で戦えばある程度の攻撃パターンを封じれるのではと読んでいたのだ。

攻撃のパターンが限られるこの状況下

それならば・・・

「見切れる……!!」

再び繰り出される突きを避け手元のスイッチに触れる。

ジェガン改の手にしたビームサーベルからピンク色に光る刀身が伸びる。

再び繰り出された突きを機体を横にずらし避けるとエイラはビームサーベルをツイン・ビームスピアの柄の部分、実体部分に向けて叩きつける。

ジェガン改のビームサーベルがジム・ストライカーのツイン・ビームスピアを難なく溶断する。

得物を失った為かジム・ストライカーはバックステップで距離を取った。

「なるほど、これを目論んであえて森林で戦ってたか。」

サクヤからの無線が入る。

「ツイン・ビームスピアさえ壊せば武装面の差は無くなりますから…」

ジム・ストライカーから目を離さずに返事をする。

「確かにね、でもまだ勝てたわけじゃないから油断はダメだよ。」

サクヤがレバーを操る。

ジム・ストライカーがバックパックに装備されているビームサーベルを引き抜き構えを取る。

「分かってます!…」

エイラもジェガン改に構えを取らせる。

サクヤとエイラ、2人の機体が睨み合う。

先に動いたのはサクヤだった。

スラスターを吹かし一気に距離を詰めると袈裟斬りにしようビームサーベルを振り下ろす。

エイラはビームサーベルを振り上げるように振り、振り下ろされるジム・ストライカーのビームサーベルを弾き返す。

ジェガン改のコクピットの中でエイラは思考を巡らす。

「どうにかして…チャンスを」

どうにか攻撃を防ぐことは出来ているが、この状況が何時までも続くとは限らない・・・

ジム・ストライカーのコクピット内ではサクヤが思考を巡らしていた。

どうにも攻めきれない。

「弾き飛ばしてみるか」

とサクヤは呟く。

一気に距離を詰めジェガン改との鍔迫り合いに持ち込むサクヤ。

単純な力比べならジム・ストライカーに勝ち目は無いだろうが・・・

「そこっ」

ジム・ストライカーが手首を器用に動かしジェガン改が持ったサーベルを弾き飛ばした。

ビームサーベルを弾き飛ばされた為か、ジェガン改は距離を取る。

「さてエイラちゃんどうする?」

「まだ…終わりません…」

その言った直後、ジェガン改が動く。

ジェガン改は攻撃に巻き込まれ足元に転がっていた倒木数本を掴むと投げつける。

「っと!」

エイラの予想外の行動にサクヤの反応が遅れた。

投げつけられた倒木のうちのいくつかはビームサーベルで叩き落とせたが、1本がジム・ストライカーの頭部、メインカメラのバイザー部分に直撃する。

「これは予想外だったな・・・」

思わずそう呟く。

ジム・ストライカーのバイザーにはヒビが入り、コクピット内のモニターのいくつかはノイズが走っている。

ジェガン改の損傷はほぼゼロなのに対しジム・ストライカーの損傷はツイン・ビームスピアを失い、バイザーといくつかのセンサー類へのダメージ。

(さすがに不味いか・・・)

サクヤはジム・ストライカーに構えを取らせながら状況を確認する

ジェガン改のコクピット内ではエイラが次の手について考えていた。

倒木投げつけは予想外の効果を出したが2度目は無いだろう。

(サーベルは…)

残り2本

それでサクヤを仕留められるのかと問われたら厳しいとしか答えられない。

サクヤがジム・ストライカーに構えを取らせているのが確認出来たのでエイラは、ジェガン改の腕に装備されたサーベルラックから2本目のビームサーベルを取り出し身構える。

武器スロットを開き装備されている武器の状態を確認する。

サーベル2本、ハンドグレネード

3個、シールド・バインダー2枚

「……これで」

どこまで行けるのか・・・

「いや……やれることをやるだけ」

手元のコンソールを操作し「脚部追加装備解除」「シールド・バインダー装備」を選択する。

ジェガン改の脚部に取り付けられた追加装甲と背面に装備されたシールド・バインダーが同時にパージされる。

ジェガン改が、パージされたシールド・バインダーをそれぞれ腕に取り付けた。

シールド・バインダーがしっかりと腕に固定されるのを確認する。

エイラは大きく息を吸い込むと、ペダルを思いっきり踏み込んだ。

サーベルのリーチにジム・ストライカーを捉えると同時にサーベルを横薙ぎ振るうが、シールドで受け止められてしまう。

ジム・ストライカーがサーベルで切りつけてくるのをバックステップを踏みサーベルの範囲外に逃れる。

「やっぱり……」

攻撃が届かない。

決定打が与えられない。

「どうする…」

圧倒的な技量の差を埋める方法はあるのか・・・

次の手をエイラが考えていると

「考えてる時間は無いよ!」

サクヤが攻勢に出てきた。

「しまっ…」

唐突の攻撃だったため反応が遅れる。

ジム・ストライカーのビームサーベルがジェガン改の手首から先を焼き切る。

ビームサーベルごと手を失うのは痛手過ぎた。

「さぁどうするエイラちゃん?」

「…」

手首から先だけとはいい、片手を失った状態でサクヤに勝てるのか・・・

「まだ…戦います…」

片手を失った。

けどまだ終わったわけじゃない。

「私は強くならなきゃ…アイカを守るために…アイカの側に居るために…」

そう小声で呟く。

その呟きはサクヤにも聴こえていた。

「この子はやっぱり・・・何かの拍子に爆発しなきゃいいけど」

何かしら心に抱えているものがあるのだろう。

何かのために強くなるのは悪い事ではないが、その何かを失った時に受ける傷は計り知れない。

モニターの向こうでジェガン改が動き出すのが見えたので思考を切り替える。

サブモニターに表示される機体の状態を示すバーのうち幾つかが黄色やオレンジ色になっている。

「そろそろ終わりにしないと厳しいかな」

こちらに向かって来るジェガン改だがビームサーベルは持っていない。

シールドバインダーで直接殴るつもりなのか何か秘策があるのか・・・

ビームサーベルがある分、ジム・ストライカーの方が一足先にリーチ内に敵を捉えた。

構えた状態からサーベルを振り上げ袈裟斬りにしようとサーベルを振り下ろす。

ジェガン改はそれを左腕に装備されたシールドバインダーで防ぎつつ、右腕のシールドバインダーでジム・ストライカーを殴る。

「くっ」

激しく揺れるジム・ストライカーのコクピット内でサクヤは歯を食いしばり振動に耐える。

再びシールドバインダーで殴りつけようとしてくるジェガン改の攻撃を左腕のシールドで防ぎ弾き返すとジェガン改がよろけた。

「チャンスっ」

チャンスは逃さないとばかりにジム・ストライカーはビームサーベルを突き出す。

よろけているジェガン改は避ける事もシールドバインダーで防ぐのも間に合うはずが無く

それはジェガン改のコクピットを貫く。

はずだった・・・

「なっ」

驚愕するサクヤ。

ジェガン改は突き出される攻撃を驚異的な反応速度で機体を動かし避けたのだ。

結果、ビームサーベルはジェガン改の右脇腹を少し傷つけただけだった。

危険を感じ咄嗟に伸ばした右腕を戻しつつ距離を取ろうとする。

「くっ、まるでアイツみたい・・・」

サクヤは、かつて戦った1人の男の影を重ねていた。

ガンダムを操りライバルとして、時には背中を預けたあの男を・・・

ジム・ストライカーが距離を取ろうとするが、ジェガン改はジム・ストライカーの右腕を掴むと引き寄せる。

引き寄せられたジム・ストライカーとジェガン改が衝突する。

ジム・ストライカーと密着した状態のまま、ジェガン改は左腕のシールドバインダーの先端に付けられたビーム・サーベルからビームを展開。

ジム・ストライカーのコクピットを貫いた。

ビーム・サーベルを突き刺されたジム・ストライカーのコクピットの中、サクヤが呟く。

「エイラちゃんも"能力"に目覚めたか・・・」

その発言の直後、誘爆を初めていたジム・ストライカーが本格的な爆発を始めた。

ジム・ストライカーが爆発を起こし始めたのを確認したエイラはビームサーベルを引き抜き、距離を取る。

「勝った...?」

目の前で起きている事態に脳の理解が追いついたらしい。

攻撃が弾かれ機体のバランスが崩れよろけた直後、サーベルが突き出されていた。

迫り来るビームサーベルを見つめながら、自分の感覚が鋭くなると同時に機体と一体化するような不思議な感覚に囚われていた。

迫り来るビームサーベルを交わしきれない。

そう思っていた。

だが、エイラはサーベルの軌道を読み切ると躱していた。

まるでガンダム作品に登場する「ニュータイプ」のように敵の動きが読めたのだ・・・

「WIN」と表示されているモニターの前で戸惑っているとだんだんとコクピットの照明が暗くなっていく。

もといたエリアに戻るのだろう。

暫くすると光が視界を覆い始めた。

サクヤ、エイラが第二区画に戻って行ったあと、1機のモビルスーツが木々の間から姿を現す。

「能力の発動を確認・・・彼女なら・・・」

助けてくれるかも知れない。

ヘルメットバイザーの裏に隠れた顔はバイザーに反射する光に遮られ見えない。

目の前にはサクヤがいた。

コクピットの中で戸惑っていたぶんサクヤの方が帰ってくるのが早かったのだろう。

「いやー、負けちゃったね〜」

エイラが帰ってきたのを確認したサクヤが喋り始める。

「はい...」

「もう、特訓も終了かな。

私は用が出来たから失礼するよ。」

「ありがとうございました…」

「うん、これからも頑張ってよ!」

そう言うとメニューを操作するサクヤ。

恐らく別の区画に移動するのだろう。

「よし、それじゃね!」

そう言い残すと素早くメニューを操作し別の区画に移動してしまった。

「今から何しよう...」

特訓の事しか考えていなかったため特訓が終わったあとの予定など決めてなかった。

「第三区画にでも...」

ショッピングモールとなっている第三区画でならのんびり時間を潰したり、対戦相手を探したりやれることは沢山ある。

それにアイカの手伝いをしてたおかげで、ゲーム内でのお金に当たるポイントが沢山あった。

「家具とか...見てみよう...」相変わらず気だるげなエイラである。

せっかく特訓をクリアしたのだ。

記念に、マイルームに置く家具でも買おうと思ったのだ。

メニューを開き区画移動から第三区画を選ぶ。

視界が光に包まれた。

光が晴れるとそこは、まるで神殿か遺跡のような、白っぽい石造りの道と建物の広がるエリアだった。

「交流広場第五区画」

目の前の看板にはそう書かれている。

サクヤは歩き出し、向かって右側にあった建物の一つの扉を開け、中に入っていく。

蛍光灯に照らされた、薄暗く狭い階段を降りていくと新しい扉が目の前に現れた。

扉を開けると、テーブルを囲むように椅子が並べられており、その椅子の中の一つに1人の少年が座っていた。

「誰かと思ったら珍しい人が来たね」

椅子に座っていた少年がこちらに微笑みながら声を掛けてきた。

どうやら扉の開閉の音で気がついたらしい。

「まぁね、ちょっと話があるんだけど良いかなハイラック?」

話しかけてきた少年、ハイラック・Jというダイバーネームの少年にそう返す。

「話? なんだい?」

不思議そうな顔をするハイラック。

「私の弟子の1人が能力に目覚めたみたいでね」

その言葉を聞いた直後、ハイラックの表情が引き締まる。

「なるほど、その子の名前は?」

「エイラ・シャドウ」

「ふむ・・・君はどうするつもりでいるんだい?」

ハイラックがそう聞いてくる。

「もう私がここに来て話をした時点で分かっているでしょ?」

と笑いながら答える。

「まぁ、念のため聞いただけだよ」

とハイラックも笑いながら返事をする。

「暫く様子をみてタイミングを測りながら勧誘するつもりでいるけどね。」

「なるほど・・・メイポール・ダンスに入れるつもりかい?」

その問いに少し考え込む。

「サツキと関わりが無いから、入れるなら私の下かな。 もちろん本人が参加したいって言ったらだけどね。」

「なるほど」

ハイラックはサクヤが話し終わると嬉しそうに頷いた。

「あんまり期待しすぎないでよ、さてと私はこれで失礼するよ」

サクヤは笑いながら席を立つ。

「あー、そうだハイラック また今度勝負をしよう」

「もちろん」

とハイラックが面白そうに答える。

「さてと、それじゃそろそろ」

サクヤが部屋を出る為に扉に手をかけたタイミングで扉が反対側から開いた。

「あれ、珍しい組み合わせだ・・・もしかして邪魔した?」

と扉の向こうに立った少年が喋る。

「どうせもう帰るところだから大丈夫」

「なら良かった、ところでサクヤは何しに?」

と聞いてくる。

「新しい仲間が出来るかもって話をしに来ただけだよ」

「へぇー」

ハイラックの発した"新しい仲間"という単語に反応を示した少年。

「その新しい仲間の名前は?」

「エイラ・シャドウ、私の弟子」

「エイラ・シャドウ・・・試して見るか」

サクヤはこの少年の考えを悟っていた。

「初月、勝負するのは良いけどあんまり痛めつけないでね?」

「分かってるよ」

初月と呼ばれた少年は笑いならそう答える

区画移動を終えたエイラはショッピングモールで悩んでいた。

「黒かグレーか..」

部屋に置くソファーの色で悩んでいた。

「黒にしようか...」

色を決めるとソファーに近づきソファーの手前に置いてあった値段の表示された小さなモニターに触れる。

手を触れた途端、モニターの値段表示が揺らめき映し出される画面が購入画面へと切り替わる。

個数、色を指定して支払いを済ませると同時にメッセージが届いた。

確認すると「お買い上げありがとうございます」というメッセージが届いていた。

先ほどのソファーは無事にマイルームのポストに届いたらしい。

ソファーの入るサイズのものをポストと言って良いのか怪しいがダイバーズ内での表記がポストなので良いとしよう。

メニューを開き「マイルーム」と表記されたボタンをタップしマイルームの目の前へ移動する。

このゲームでは、対CPU戦や大会の報酬で手に入る資金で様々なものを買うことが出来る。

食べ物、飲み物、先ほどの家具などもそうだがマイルームを買うこともできるのだ。

マイルームに関しては、最初から持っている小さいマイルームからの引越しという扱いらしい。

今、エイラの持っているマイルームはアイカと2人でお金を出し合って買ったものだった。

デザート・タイガーで開催された「タッグマッチバトル」で優勝した際に、大量の資金を報酬として貰った為、2人で優勝記念にシェアルームとして買ったのがこの部屋だ。

それぞれの好きな色の家具が置いてあるため色の統一感など皆無になっていたりする訳だが。

エイラは先ほど購入したソファーを自分の部屋に設置するとそのソファーに腰掛ける。

「あの感覚は何だったんだろう...」

気だるげにしながら1人、呟く。

サクヤと戦っていた時のあの感覚。

身体と機体が一体化する様な謎の感覚だった。

体験した事の無い不思議な出来事だった。

「サクヤさんに...聞いてみるか...」

エイラは気だるげにしつつメッセージを送ろうとメニューを開く。

ふとメニューの端にある時計に目をやると19時を指していた。

「もうこんな時間...」

1度、ログアウトして夕飯を食べつつ送るメッセージを考えるべきか・・・

暫く悩んだ後、1度ログアウトして夕飯を食べる方を選ぶ。

開きっぱなしだったメニューからログアウトボタンを押す。

ログアウトが完了し現実に帰ってきた結は大きく背伸びをする。

自室を出てお風呂の準備を終わらせると台所に置いてある冷蔵庫の中身を確認して作れそうな料理を考える。

「野菜沢山あるし...焼きそばかな...」

冷蔵庫の中から必要な具材を取り出し料理を始める。

その間頭の中でサクヤにどんなメッセージを送るか考える。

正直、この感覚のことを話したところで信じてもらえるか分からない。

それにたまたまあっただけで次はないのかもしれない。

それなら

(相談しない方が...)

相談せずに暫く様子を見るのもアリかもしれない。

そんなことを考えながら手を動かしていたら焼そばが完成した。

リビングに移り、テレビを付けると焼そばを食べ始める。

テレビはニュース番組を流しているが、興味を惹かれるようなニュースはやってないらしい。

(どうしようか...)

焼きそばも食べ終わりお風呂が沸くまで僅かに時間がある。

さっきからテレビを流れているニュースも相変わらず気が引かれるようなのは無く暇を持て余していた。

「少し横になろう...」

そう思い部屋の隅に置いてあったソファーに寝転ぶ。

―――――――――――――――――

気が付くと、結は砂場の真ん中にしゃがみ込んでいた。

周りには辛うじて人の形をしているとわかる黒い影が幾つもあり、輪を作るように結を囲んでいる。

幾つもの黒い影が結を責め立てる。

何か言葉を発しているらしいが結にはそれがなんと言っているのか聞き取れなかった。

しかしその影が自分を批難している事は感じ取れた。

言い返すことも出来ずにただしゃがみ込む事しかできない。

(このまま時間が過ぎて黒い影達が消えるのを待つしか無い。)

影達に抗う事も考えたがそんな勇気はなかった。

(後どれくらい我慢したらこの地獄は終わるのか...)

そんなことを考えていた時・・・

「やめて!」

そう声が聞こえた。

顔を上げると一つ、影が増えていた。

だがその影は黒ではなく白い色をしている。

その、白い影は周りの黒い影と違いしっかりとした人の形をしている。

先ほどの声と影の様子をからして自分と同い年の少女なのだろう。

その少女の影がこちらに向かって歩いてくる。

少女の影が一歩踏み出す事に、周りの黒い影が消えてゆく。

(助かった...?)

少女の白い影が目の前に来てしゃがみ込む。

その時にはもう周りには黒い影は一つも無かった。

不思議と白い影に対する恐怖心は無かった。

白い影が手を伸ばすので結はその手をとる。

―――――――――――――――――

そこで目が覚めた。

サクヤとの特訓の疲れが溜まっていたのか、ソファーに横になってすぐに寝てしまったらしい。

「懐かしい夢を見たな...」

結と藍華が初めてあった時の夢だった。

小学校の時、結はその性格からか同学年の男子数人にちょっとしたイジメにあっていた。

気の弱かった結は当時その男子達に言い返すことが出来ず、親にも相談出来ずにいた。

そんなある日、砂場に追い込まれイジメられていた結を助けてくれたのが藍華だったのだ。

それ以降、結と藍華は2人で行動する様になり、その関係は今現在も続いている。

助けてくれた藍華には感謝している。

「だから私は...強くなりたい...」

私は、藍華というヒロインを傍らで守る脇役でいい。

主役にならずに脇役として藍華の隣に入れればそれでいい。

それが結の、エイラの望み。

藍華の隣に居続ける為に私は強くなりたい。

例えその強さがゲームの中だけだとしても・・・

「お風呂入らなきゃ...」

どうやらお風呂が湧いたらしい。

さっきの夢を見るということはそれなりに疲れているのだろう。

「今日は早く寝よう...」

お風呂で疲れをとって早めに布団に入ることにした。