第五話 紫の堕天使

(昨日見た夢は…何だったんだろう……)

そんなことを考えながら窓の外を眺めていると

「・・・ちゃん? 結ちゃーん?」

弁当のおかずの唐揚げを箸で掴んだままの藍華に声を掛けられていた。

「少し考え事…昨日見た夢のことを考えてた……」

そう答え止まっていた箸を再び動かし始める。

「夢かぁ・・・そう言えば昨日ね、珍しい夢を見たんだよ」

「珍しい……夢?」

どんな夢か気になり藍華の話を聞くことにした結だが

「うん、結ちゃんと初めてあった時の夢」

「それって…」

藍華のその言葉を聞いて結は驚いた。

ついさっき考えていた夢こそ、藍華の言う2人が初めて会ったときの夢なのだ。

「その夢…私も見た…」


「二人して同じ夢見るとか珍しいね!」

結の言葉に目をキラキラさせる藍華。

(珍しい…で済む話なのかな…)

藍華を傍目にみつつそんなことを思いながら弁当を摘む。

「結ちゃんは今日何時ごろログインする?」

唐突に話題が変わったが恐らくダイバーズの事だろう

「多分…帰ったらすぐ…」

「なら私も帰ってすぐにログインしよ」

(ミッションモードをやるって言ってたな……)

午後の授業とホームルームを済ませたら下校、家に着いたらダイバーズにログインして藍華とミッションモードをやる。

午後の予定を思い出しながら

(藍華の新しい機体…どんなのだろう…)

藍華が新たなガンプラを作り上げたらしいが、内緒にしたいらしく、どんな機体なのか教えてくれない。

「そのうち分かるか…」

「何か言った?」

「何でもない…」

やり取りをしてる間に、お昼の時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。

「さて…残り2時間……」

そう呟くと次の授業の準備を始める。

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帰宅した結はカバンの片付けと着替えを済ましダイバーズにログインする。

「さてと……アイカは…」

メニューを開きアイカがログインしているか確認しようとする。

ちょうど、ログインを済ませたアイカが目の前に現れた。

「いいタイミング……」

そう呟くとアイカに分隊への招待メッセージを送る。

「いいタイミングって何が?」

分隊招待を受けつつアイカが質問してくるが「何でもない…」と受け流し分隊長権をアイカに譲渡する。

ミッションモードを特定のフレンドと行うには分隊、RPG系のゲームで言うならばパーティーを組む必要がある。

分隊を組むと分隊長、パーティーリーダーのような役割の人のみがプレイするミッションを選べる仕様になっている。

分隊長権を渡されたアイカは

ミッション一覧を眺めながら「何やろうか?」とこちらに問いかけてくる。

「何でもいい……」

いつものように気だるげに返事を返しつつ周りを見渡す。

仮想空間の空はコンクリートのような灰色をした雲に覆われていた。

(雨降るかな……)

仮想空間でも雨は降る。

現実の体が濡れる訳では無いが「濡れる感覚」というものがあり、仮想空間内での雨を嫌う者は多い。

(降って欲しいな……)

雨が降り始めると濡れる感覚などの理由からか利用者は極端に少なくなる。

エイラ自身は、雨に濡れることが好きなため仮想空間の雨は好きだった。

風邪を引く心配や服が濡れることなど、現実では色々と面倒の付き纏う雨を、余計な事を気にせずに楽しむ事が出来るのだ。

雨の降る仮想空間で1日過ごした事がある位に仮想空間内での雨をエイラは気に入っていた。

「これにしよとっ」

灰色の空を眺めながら考え事をしていたエイラは、アイカのその一言で我に返る。

目の前に表示されているウィンドウには「ミッション:対ギャラルホルン」と書かれていた。

「これ…?」

「うん、これじゃまずい?」

「前衛やってくれるなら…これで良いけど…」

何でもいいと言ってしまった以上、断りづらい。

「なら前衛やるからこれで決定!」

言葉を濁している内に決められてしまった。

「仕方ない……」

アイカに決定権を渡したのは自分自身である。

そのため以上反論することは辞めにし「出撃準備完了」のボタンを押す。



視界がハッキリするとエイラはパイロットスーツ姿でジェガン改のコクピット内のシートに座っていた。

「追加装備は……」

機体の状態を示すモニターを確認して新しく制作した追加装備がしっかりと取り付けられている事を確認する。

カタパルトで出撃の時を待つジェガン改 影型は新たな装備を付けていた。

背面にはサクヤとの特訓時に使っていたシールド・バインダーを装備し、肩部にはフルアーマーガンダムを倒した先日のミッションモード時に使用していたブースターを備え、さらに脚部に一対の増設スラスターユニットを追加。

手にはスナイパーライフルの代わりにビームライフルを装備している。

この追加装備はサクヤとの特訓時に思いついた追加装備の構成だった。

「ジェガン改機動戦闘装備……エイラ・シャドウ、出撃する」

そう言うと、レバーとフットペダルを限界まで押し込む。


カタパルトから飛び立つとそこは市街地の上空だった。

視線を左に向けると翼の代わりに剣を備え、所々、青色の塗装が施されたフリーダムガンダムが同じように滑空していた。

どうやら横にいるフリーダムガンダムこそがアイカの新たな機体らしい。

重力に引かれ市街地の路面に2機同時に足を付ける。

「それが新しいガンプラ……?」

そう問いかけると

「そうだよ〜カッコいいでしょ?」

アイカがフリーダムにポーズを取らせつつ返事をしてくる。

「いいじゃん…敵…」

感想を述べた直後、レーダーに敵機の反応が現れた。

ビルの影から飛び出して来た敵機の正体、正確には敵車両と言うべきか。

「モビルワーカー」

それは機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズの中に出てくる戦闘車両である。

作中では対モビルワーカーや対人で活躍していた兵器である。

対モビルスーツで一方的にやられていたため一種のやられ役である。

今回、敵として出てきたモビルワーカーは作中に出てくる「ギャラルホルン」という組織が使っていたものだった。

敵として出てきたモビルワーカーの中には迷彩が施された車両があった。

「アイカ…行くよ…」

「はーい」

20両程いるモビルワーカーに対しジェガン改はハンドグレネードを投げ、フリーダムは頭部バルカンを斉射する。

2機の攻撃にモビルワーカーの車列はなすすべもなく破壊されていった。

「よしっこれでひと段落と」

モビルワーカーを片付けたエイラ達だが休む間も無くアラートが鳴る。

新たに現れたのは緑色のMS「グレイズ」

モビルワーカーと同じくオルフェンズの作中でギャラルホルンが使用していたMSである。

現れた3機のグレイズに対してジェガン改が手に持ったビームライフルからビームを放つ。

放たれたビームは3機いるグレイズの内の一機に直撃する。

がビームは装甲の表面で拡散してしまう。

「やっぱりか……」

エイラがこのミッションに対して乗り気で無かった理由はこれだった。

オルフェンズの作中に登場するMSは「ナノラミネートアーマー」という特殊な装甲を持っており、ビーム兵器を無効化出来るのだった。

「効かないか…ならこれで…」

近付いてくるグレイズ3機に対して再びビームライフルを放つ

しかし、先程とは違いグレイズの持つライフルだけを正確に狙い撃つ。

ビームの直撃を受けたグレイズの実弾式ライフルの弾薬がグレイズの右腕を巻き込み爆発する。

「射撃武装は潰す…あとは頼んだ…」

アイカに通信を送りつつ残り2機のライフルを狙撃する。

「分かった!」

元気良く返事をしたアイカのフリーダムガンダムが背面から実体剣であるバスターソードを取り出すと、グレイズに切りかかる。

フリーダムガンダムの手にしたバスターソードは、グレイズの装甲板を容易く切り裂いていた。

実体弾をほぼ無効化できるPS装甲を持つフリーダムがグレイズをバスターソードのリーチに捉えるのに、グレイズの持つライフルを狙撃する必要性は薄い。

しかし、フリーダムの装甲に覆われてない関節部、もしそこに弾丸が当たり関節が破壊される可能性、「射撃武装」というプレッシャーを無くす。

アイカが戦いやすい状況を作り出すという二つの利点をわざわざ使わない手は無い。

ビーム兵装が主要装備のジェガン改には射撃武装を壊す以外にやれる事が無いというのも理由の一つなのだが。

3機のグレイズを片付けた後現れたそれぞれ青と紫色に塗装された2機のシュヴァルベグレイズを倒しガンダムキマリストルーパーなどの様々なモビルスーツをエイラが射撃武装を潰し、アイカがとどめを刺すを繰り返しては退ける。

最後に現れた「グレイズアイン」を倒し終えた所でミッションクリアの文字が現れ、リザルト画面が表示される。


はずだったのだが・・・

表示されかけた「ミッションクリア」の文字が唐突に乱れ、「所属不明機接近」と文字が書き変わる。

「乱入…!」

「えっ?乱入!?」

プレイヤー間でマナー違反とされているが、他のプレイヤーとの対戦終了後に乱入されるケースは稀にあると聞く。

しかし「ミッションモード」後の乱入は聞いたことが無い。

そもそも「ミッションモード」に乱入が出来なかったはずである。

「いったい誰が……」

そう呟いた直後、ジェガン改のコクピット内にアラートが鳴り響く。

「ロックオンアラート……!?」

エイラが慌ててレバーを操作し機体を移動させる。

つい先程までジェガン改が居た場所を上空からビームが走り抜け地面を抉った。

「なっ…!?」

エイラの持っているビームライフルとは比べ物にならない太さのビーム。

「バズーカクラス……」

恐らく、ビームバズーカクラスの武装。

「エイラちゃん大丈夫?」

同じく飛来したビームを避けていたアイカから通信が入る。

「こっちは大丈夫……」

「私も大丈夫、だけど・・・」

フリーダムガンダムとジェガン改、2機のモビルスーツが先程ビームが飛来した方向、空を見上げる。

そこには翼を広げた一機のモビルスーツが、緑に光る粒子を撒き散らしながら滞空していた。

「紫色の天使」

その機体を見たエイラの第一印象はそれだった。

しかし、その身体は黒と紫で彩られ、左腕と左脚は通常の人型とはかけ離れており、よく見れば天使と呼ぶには相応しくない。

言うなれば悪魔か"堕天使"か・・・

表示されているその機体の名は

「ガンダムイブリース」

イブリースは神の命令に従うことを拒否し堕天した堕天使の名だったか・・・

「エイラちゃん・・・」

「分かってる……」

乱入してきた以上、向こうが敵対意識を持っているのは確実。

戦うしかないと2人とも理解していたが、(あの機体・・・強い・・・)

その意識が2人を動けなくしていた。

そんな2人にガンダムイブリースから通信が入りウィンドウが開く。

そこに映っていた顔を認識したアイカは驚愕した。

「サツキさん・・・?」

昨日、ログアウト前に目があった紫色の瞳を持ったサツキの顔が映っていたのだ。

「知り合い…?」

エイラが聞いてきたのに対し、違うとしか答えることが出来ない。

そんなアイカに、紫色の瞳をしたサツキが話しかけてくる。

「私は貴方に名乗っていない筈だけど、なぜ名前を知ってるの?」

どうやら彼女の名前はサツキで間違って無いらしい。

「昨日、すれ違った時観戦ウィンドウに名前が書いてあったのが見えて・・・」

サツキの疑問に対して答えたアイカだが、返ってきた答えはアイカの想像してなかったものだった。

「すれ違う?観戦ウィンドウ?なんの事?」

まるで"そんな事は無かった"とでも言うような話し方に困惑するしかないアイカ。

「まぁいいわ、この際だから名乗っておくわ。

私の名前はサツキ。今日は、貴方達の実力を計測しに来た」

そう言うなりガンダムイブリースが戦闘態勢を取る。

「さぁ構えなさい、そして貴方達の力を私に見せない」

(どうやら…話し合いの道は無いか……)

そう理解したエイラはジェガン改に戦闘態勢を取らせる。

アイカも状況を理解したのかフリーダムが戦闘態勢を取る。

3機のモビルスーツが睨み合う。

最初に動いたのはガンダムイブリースだった。

異形の左腕をフリーダムガンダムに向けるとバズーカクラスのビームを放つ。

箱型になっている左前腕部は、それ自体がビームバズーカになっているようだった。

アイカは迫るビームを躱すと、スラスターを吹かし機体をジャンプさせ上空に浮遊しているイブリースに切りかかる。

「そんな無防備な攻撃なんて」

ガンダムイブリースは切りかかってくるフリーダムに対し、機体を後退させながら右腕に装備しているGNビームライフル/ビームサーベルユニットの銃口を向けトリガーを引こうとする。

しかし、

「やらせない……」

エイラの操るジェガン改が手にしたビームライフルのトリガーを引く方が早かった。

「ちっ」

サツキは舌打ちするとレバーを素早く操作し攻撃を中断、フリーダムの後方から飛来するビームに対して回避行動を取る。

フリーダムの後方にはジェガン改がビームライフルを構え援護体制を取っていた。

「今度はこっちの番!」

アイカの操るフリーダムが回避行動を終えたばかりのガンダムイブリースに左側から襲いかかる。

イブリースはフリーダムの振り下ろしたバスターソードをひらりと躱し、左腕となっているビームバズーカを掲げ、フリーダムに対してお返しとばかりに振り下ろす。

「っ、重いっ!」

振り下ろされたイブリースの左腕、アームGNバズーカの下部に取り付けられたGNブレイドをバスターソードで受け止めたアイカのフリーダムガンダム。

だが、振り下ろされたGNブレイドは共に振り下ろされたアームGNバズーカの重量も加わっており、その一撃の重さにフリーダムガンダムの関節部が軋み悲鳴をあげる。

「そこ……っ」

フリーダムに攻撃するためガンダムイブリースの動きが止まる一瞬の隙にジェガン改がビームライフルを放つ。

しかし、イブリースはその攻撃を難なく躱す。

「強い……」

ガンダムイブリースの隙をついている筈のエイラの攻撃は、一向に当たらない。

二対一なのに劣勢なのはエイラ達の方だった。

(どうしたら勝てる……?)

空になったEパックをライフルから取り外し新たなEパックと入れ替えながら次の手を考えていたが、それが仇となる。

「エイラちゃん!ごめん抜かれた!」

アイカの悲鳴にも似た声が無線から聞こえ、我に返る。

こちらに迫り来るガンダムイブリースがモニターいっぱいに映し出されていた。

「くっ……」

慌ててライフルを構えるエイラだが、ガンダムイブリースが右手に装備したユニットから放ったビームがジェガン改のもつライフルを直撃。

ジェガン改がライフルを投げ捨てた途端爆発する。

「このっ……」

ジェガン改は右手でビームサーベルを引き抜き、迫り来るガンダムイブリースに切りかかる。

ガンダムイブリースは左腕のGNブレイドでビームサーベルを受け止める。

左腕でジェガン改のビームサーベルを受け止めつつ、ガンダムイブリースは右腕に装備したGNビームライフル/GNビームサーベルユニットからビームサーベルを展開、ジェガン改を切り裂こうとしていた。

「まずい…!」

ガンダムイブリースがGNビームサーベルを展開したため、エイラは距離を取ろうとする。

しかし、サツキは

「させない」

レバーを操作し左脚を動かす。

距離を取ろうとしていたジェガン改の右腕をガンダムイブリースの左脚が掴んだ。

左腕と同じく異形の左脚は踝から下に当たる部分がクローとして利用できるようになっていた。

そのクローに右腕を掴まれたジェガン改は振り下ろされたビームサーベルを避けることが出来ず、ジェガン改の右腕は肩から切断される。

右腕を切断されたことにより何とか拘束から逃れたジェガン改は、すかさず距離を取る。

距離を取ったジェガン改と入れ替わるようにフリーダムガンダムがガンダムイブリースの前に飛び出し右手に持ったビームサーベルを振るう。

それをガンダムイブリースはしゃがみこむ事でを躱す。

そして、ジェガン改の右肩を切断したGNビームサーベルを横薙ぎに振るいフリーダムガンダムの両脚を切り裂くと、返す刀でフリーダムガンダムの両腕を切り落とす。

「嘘・・・でしょ・・・」

両手両足を切り落とされ崩れ落ちるフリーダムガンダムのコクピットの中でアイカの口から零れた言葉は、ガンダムイブリースのスラスター音に掻き消されていた。

右腕を無くしているため左手でビームサーベルを構えたジェガン改にガンダムイブリースが迫る。

「くっ……」

横薙ぎに振るわれたガンダムイブリースの左腕を辛うじて避けたエイラだが、すぐ目の前にはガンダムイブリースの右脚の蹴りが迫っていた。

放たれた蹴りはジェガン改のコクピットハッチに直撃、吹き飛んだジェガン改が背中からビルに激突する。

ジェガン改のコクピットの中は機体の損傷具合を警告するアラートが鳴り響く。

だがエイラにはそのアラートを気にする余裕などなく、ただ目の前に佇み、こちらを見下ろす紫色の堕天使を見つめることしか出来なかった。

「この程度か」

ビルに半ば埋もれかけた、ジェガン改の前に立つガンダムイブリース。

そのコクピットの中、サツキと名乗った少女が呟く。

サツキはいくつかのボタンを操作しジェガン改とフリーダムガンダムに通信を繋ぐ。

「2人とも、私と渡り合えるぐらい強くなりなさい、それが貴方達自身を救うことになるから」

そう言うとガンダムイブリースは2人の前から立ち去ろうとする。

しかし、何かを思い出した様に立ち止まるとジェガン改に振り返り「"ロストフリーダム"には気を付けなさい」

そう言った。

そこでエイラの意識は途絶えていた。

フリーダムガンダムのコクピットの中、アイカは飛び去っていくガンダムイブリースの背中を見つめ続けていた・・・。