第十一話 黒と白と紫と
強襲揚陸艦セレーネのカタパルト上に寝そべったジェガン改がスナイパーライフルを構え前方に見える三機の敵機に狙いを定める。
アイカの操るフリーダムガンダム アイカカスタムとサツキの操るガンダム・イブリースの二機に敵対する「ロスト」の名を冠した三機のモビルスーツ。
ロストフリーダムとロストアストレア1号機、2号機の三機である。
ギリギリまで引き絞ったトリガーに力を加え、狙いすました一撃を放つ。
放たれた光線はロストフリーダムの頭を掠めるに留まったが相手の動きをけん制するにはそれで十分だった。
「さすが、狙撃の腕は一流ね」
サツキからの無線が入る
「言っとくけどあなたを信用したわけじゃないから。
それにスナイパーだからって狙撃銃しか使えないと思わないで」
ジェガン改の両肩に装備された三連装ビーム砲、二基六門と背面に装備した二門、計八門が一斉に砲火を開いた。
まるで戦艦の艦砲射撃のような攻撃がロストアストレア一号機に襲い掛かる。
まるで狙撃のような正確さで放たれた”砲撃”はロストアストレア一号機の両足を消し去ろうとするが、ロストアストレア2号機のシールド・ビットがそれを阻む。
「残念。世の中そんなにうまくは行かないわよ。 そのまま撃ち続けなさい」
「うるさい。 言われなくてもわかってる」
「仲良かったの二人って?」
ノーノ、エイラ、アイカが緊張感の薄い会話を繰り広げつつ相手をじわじわと追い詰めていく。
後方からジェガン改の援護を受けつつガンダムイブリースがロストフリーダムに肉薄する。
それをロストアストレア1号機が阻もうとするがジェガン改の正確な狙撃がそれを許さず、ジェガン改を狙撃で狙い撃とうとするロストアストレア2号機をフリーダムガンダム アイカカスタムが翻弄し攻撃の隙を与えない。
相手を分断しつつ自分たちはしっかりと援護しあう完ぺきな連携だった。
「さあどうするつもり? 出来損ない達は当てにならないようだけど」
「・・・」
肉薄したガンダムイブリースが振り下ろした左腕を対艦刀で受け止めたロストフリーダムのパイロット、サツキは無言を貫く。
ロストフリーダムは斬り合っていた対艦刀でガンダムイブリースの左腕を振り払うと腰部のレールガンニ門を展開、速射する。
ガンダムイブリースはすぐさま左足のクローを展開、ロストフリーダムの片足を掴むとそこを支点にくるりと一回転してレールガンの射線から逃れていた。
ガンダムイブリースの拘束から逃れたロストフリーダムは距離を取ると背面からドラグーンを展開、すぐさまガンダムイブリースの周囲を取り囲む。
「そう簡単にはいかないわよ」
冷静に状況を見極めたノーノはすぐさまドラグーンによる包囲の甘いところを見抜き突撃する。
包囲を抜けた直後、前方に立ちふさがるようにロストフリーダムが現れ、装備したロストブラスターを放つ。
が、ガンダムイブリースは迫りくる光線に左腕を振り上げるとあらかじめチャージの済ませてあったGNバズーカを放ち迫りくる光線を自らの放った光線で打ち消した。
一瞬双方の動きが止まり二機がにらみ合う。
ロストフリーダムが回避行動を取ると、直前までいたその場所を後方からの一筋の光線が通り過ぎ、逃れたロストフリーダムを追いかけるようにアイカの操るフリーダムガンダムが横を通り過ぎていった。
「さてどう相手しましょうか。 出来損ないの妹たち。」
残されたガンダムイブリースは振り返り、迫る二機のロストアストレアに挑んで行く。
ガンダムイブリースの振り下ろしたGNビームサーベルを振りぬいたGNビームサーベルで受け止めるロストアストレア1号機だが、機体の出力差で徐々に押し込まれる。
「この出来損ないが!」
「出来損ないはあなたの方よ!ソロ!」
ガンダムイブリースが左足で繰り出した回し蹴りでロストアストレア1号機を蹴り飛ばし、振り上げた左腕のGNバズーカの照準を合わせたが、
「させません!」
下方にいたロストアストレア2号機の攻撃が迫り、ノーノは攻撃のタイミングを逃す。
迫るロストアストレア2号機に獲物を逃した左腕を向けるとトリガーを引き絞る。
放たれた砲撃はGNシールドビットに阻まれるが、ボロボロになった何枚かのシールドビットが脱落していった。
脱落したGNシールドビットの影から飛び出したロストアストレア2号機がビームサーベルを抜き取り、ガンダムイブリースに切りかかった。
「出来損ないのあなたに負けるわけ行かないのです。 NoNO」
「生憎、私は貴女達よりは完成されてるわよ!」
ロストアストレア2号機のサーベルをひらりと躱したガンダムイブリースが繰り出した一斬りはロストアストレア2号機のバックパックを捉え、返す刀で放たれたもう一撃は左足の膝から下を使い物にすならなくしていた。
「くっ、このままじゃ」
サツキ・デューオがサブモニターに表示されるアラートを睨みつける。
「デューオ!前!」
ハッとして前を見るとメインモニターはピンク色をビームに支配されていた。
ほんの一瞬、動きを止めたタイミングを逃さなかった的確なエイラの狙撃。
迫るビームはそのままロストアストレア2号機のコクピットに直撃する。
直前で霧散した。
現れたもう一機のモビルスーツによって。
ビームシールドを展開した左腕を振り払い黒きストライクフリーダムが黒き狙撃手を睨めつける。
「まさか君がここまで出来るとは思わなかった。
いや、”君達”と言うべきか。
見くびっていたよ」
「ゼロフリーダム…」
ジェガン改が黒きストライクフリーダムを睨めつけた。
「三人をぶつけて勝てないとは驚きだ。
これは1度引いて本気でかかるか。」
ゼロフリーダムは手にした銃を頭上に掲げると引き金を引く。
放たれた弾丸は暫く飛翔した後、明るく輝く3つの光球となった。
「撤退信号か」
艦橋の中央に座るサクヤはため息をつくと無線機を手に取る。
「全隊に通達、深追いはするな、それと直掩隊は交代しつつ補給に入ってもうしばらく周辺警戒をするように。 以上」
無線機を置いたサクヤはジャケットを手に取り席を立つ。
「副長、あとはよろしく」
「了解しましたが、どちらへ?」
「格納庫にお出迎えに」
艦橋を後にしサクヤは格納庫へと足を向ける。
格納庫にたどり着いたサクヤは周囲を見回し、目的の機体を見つけるとそちらへ体を流す。
ハンガーに抱え込まれた黒いMSの足元へと。
背面から伸びたニ門のビーム砲は黒く汚れ、肩部に取り付けられた砲塔から伸びる砲身からは黒く煙が上がっている。
「どう、どんな感じ?」
薄い青色の作業服を着た初老の男と黒いパイロットスーツを着た少女の後ろにそっと立つと声を掛ける。
「後ろからいきなり声を掛けるのはやめんか。驚くじゃろ。」
「びっくりした…」
ベテランの整備士である中島とエイラがこちらに振り向く。
「正直な話、最悪じゃよ。
万全の状態で送り出したはずなのにボロボロになって帰って来やがった。」
受け取ったタブレットの画面には全身を真っ赤に染めたジェガン改の三面図が描かれていた。
「戦闘の激しさだけのダメージじゃないわね。」
砲身や砲塔だけでなく各部のジェネレータや冷却装置まで真っ赤に染まっておりただ事ではないダメージの負い方をしていたのだ。
前線に出ずに後方から支援砲撃に徹していた機体の受けるダメージとは全く異なっていた。
「艦のジェネレータを直結して砲撃にエネルギーをぶん回した結果じゃ
無茶しすぎなんじゃよ。 言っとくがサツキの嬢ちゃんのとアイカの嬢ちゃんの機体はここまでなっていなかったぞ」
「機体が追いついてきてない?」
「まあ、そんなところじゃろうな」
サクヤは視線を上げると宙に体を浮かべ自身の愛機を見つめる少女に視線を向ける。
「中島さん、例の件なんだけど一応準備進めといて。
話は私からするから。」
「あい、分かったよ」
サクヤからタブレットを受け取った中島は一人、格納庫の奥に作られたスペースに歩いて行った。
「エイラちゃん、ちょっといい?」
サツキに話しかけられたエイラは足元にたたずむサクヤに振り向く。
無重力空間の格納庫内で、モビルスーツの腹部の高さに漂っていたエイラからするとサクヤを見下ろす形になる。
「今回の戦闘、どうだった? 新しく砲撃戦パック使ったみたいだけど」
先の戦闘で使用した砲撃戦重視の換装パーツ「砲撃戦闘装備」は対ロストフリーダムの為に新規作成した換装装備だった。
ノーノのガンダムイブリースとアイカのフリーダム アイカカスタムに前衛を任せ、自身の大火力と精密な砲撃を生かす戦い方を想定して製作した装備。
「全然…届かなかった…」
強襲揚陸艦 セレーネの誇る大出力のジェネレータからのエネルギーを機体に直結し、砲身の負荷を無視した攻撃を行ったのに、ロストフリーダム相手に決定打を与えられなかったのだ。
「原因はわかってる?」
「私が…未熟だから…」
「さっき中島さんのタブレット見たよね?」
「見ました…」
「エイラちゃんの言う未熟が操縦技術の事を指してるならそれは間違い、製作スキルのことを言うならそれは半分だけ間違い。」
「それって…」
「操縦技術では貴女はロストフリーダムと対等に戦えるだけの物を持ってるわよ。
ただしそれを発揮できるだけの性能がジェガン改にはない。
ジェガン改を作ってからどれぐらい経ってる?」
サクヤに言われ2年ほど前、初めてダイバーズにログインした時のことを思い出す。
アイカとの待ち合わせの間に見た戦闘リプレイに映し出されていたオリジナルの改造が施されたガンプラ。
それを見たのが製作のきっかけで、それから三日後のログインの時には既に搭乗機にジェガン改が設定されていた。
「2年…」
「2年も経てばパイロットの操縦スキルは格段に上がる。
いくらジェガン改が装備換装での拡張性に優れていたとしても限界が来る。
そろそろ乗り換えを検討するべきじゃない?」
「…」
「もちろんそのまま乗り続けるでも構わないけど、勝つためには愛機を変えることも時には必要よ」
「……」
静かになった格納庫でエイラは一人、愛機を見上げ続けていた。