第九話 知らなかった世界

少女が1人、暗く広がる宇宙を眺めていた。

少女は悩み事があると宇宙を眺める癖があった。


少女の悩みとはつい先程聞いた話のことである。




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「ここは…?」

エイラは目覚めると見知らぬ部屋にいた。

当たりを見回すと様々な計器、液体の入った瓶類などが壁一面に並べられている。

「…?」

状況が呑み込めずにいると左側にあった扉が開き、ゆらりと人影が出てきた。

その人影、欠伸をしながら現れた長髪の女性と目が合った。

その長髪の女性は欠伸を終えると背伸びをしながら話し始めた。

「目覚めたのね。

なら、さーちゃんがどっかで待ってるから会い行ってきな」

未だ状況が呑み込めないエイラが戸惑っていると長髪の女性はのんびりと近づき、エイラの額に手を添える。

「うーん、熱もないみたいだけどどっか調子悪い?」

長髪の女性が目の前に来て気が付いたがその女性は白衣を着ていた。

部屋の様子や白衣を来ているという事はこの人は医療関係の人なのだろう。

「あの…大丈夫です…」

エイラがそう言うと白衣の女性は手を引っ込め、両手をポケットに突っ込んだ。

「私は寝るから着替えてさーちゃんのとこ行ってきて。

着替えはそこにあるの着て、出口はそこ。

わかんない事あったら外出てその辺歩いてる奴に聞いて。」

白衣の女性はそう言いながら出てきた扉へ消えていった。

閉まった扉には休憩室と書かれた札が吊り下げられていた。

「今のは…」

戸惑いつつもベッドから身体を起こし、先程の女性が言ってた着替えを手に取る。


着替えを済ませたエイラは休憩室と書かれた扉の向かいにある扉に手を触れる。

開いたドアから部屋の外に出ると左右に長く伸びる廊下に立っていた。



「何処へ行けば…」

先程の白衣の女性の指す、さーちゃんと言うのがよく分からないため目的地がさっぱり分からないのだ。

そもそもここは一体何処なのか。

壁の感じや扉の配置などからして何かしらの施設の内部のようだが・・・

エイラが扉の前で立ち尽くしていると左側の通路から見知った顔が現れた。

「あっ、居た」

それはかつて戦ったガンダムAGE-2エボリューションのパイロット「初月・イリューシン」だった。

エイラは見知った顔を見つけ、ほっとしつつ初月のそばに寄っていった。

エイラが隣まで来るのを待って初月が喋り出す。

「ナツミさんに聞いたと思いますけど、今からサクヤさんのとこに行くのでついてきてください。」

「ナツミさん…?」

エイラの不思議そうな顔を見て、初月は察したのだろう

「あー、医務室に居た白衣の人です。

さてはあの人また説明サボったのか…」

エイラに説明しつつちょっとした愚痴をこぼす。

「さーちゃんって…?」

「サクヤさんのことです。

ナツミさんとサクヤさんは同期なんでさーちゃん、なーちゃんって呼びあってるんです。」

長く伸びる通路を並んで歩きつつエイラの質問に初月が答えてゆく。

度々すれ違う薄い青色で彩られた制服を着た人達やこの建物については「サクヤさんが話しますから」と言って答えてくれなかったが、エイラの抱いていた疑問に初月は大体答えてくれた。

「さて、ここです」

初月は1つの扉の前で立ち止まった。

扉の傍らにあった端末に手首に着けた端末をかざすと扉が開く。


初月に促されて入った扉の中にはアイカが居た。

「エイラちゃん!!」

抱きついてきたアイカ受け止めつつエイラは辺りを見回す。

「ここは…?」

「ようこそ、私の部屋へ」

エイラの疑問に答えたのは両手にマグカップを持って現れたサクヤだった

「とりあえず詳しく説明するから座って」

サクヤに促され、エイラは空いていたソファに腰掛ける。

エイラの横にアイカが座り、机を挟んだ向かい側のソファにサクヤ、初月が腰を下ろす。

「さて、それじゃ始めようか。

まずは、ようこそ強襲揚陸艦セレーネへ」

「強襲揚陸艦セレーネ?」

サクヤの発した聞きなれない言葉をアイカが聞き返す。

「国際連合サイバー犯罪対策室所属、三型強襲揚陸艦二番艦 セレーネ これがこの艦艇の名前です。」

初月が詳しく答えるがエイラ、アイカの頭上には大量のはてなマークが浮かんでいた。

どうやらここは建物の中ではなく艦艇の中だったらしい。

「うん、まぁそんな反応になるよね。

自己紹介から少しずつしていくよ」

2人の表情を見たサクヤが喋り出す。

「初めまして、国際連合サイバー犯罪対策室、第1実働部隊司令官、サクヤ・ミナト准将です。」

「同じく国連サイバー犯罪対策室、第1実働部隊MS部隊隊長、初月・イリューシン大尉です。」

まるで軍人のような自己紹介をした2人に驚きつつ、エイラは気になった名前について訊ねた。

「国際連合…?」

2人の自己紹介を聞いたエイラとアイカだがさっぱり状況を理解出来ていなかった。

「そう、私と初月は国際連合の構成員の1人。

サイバー犯罪対策室の名前の通り、サイバー空間、特にダイバーシステムを利用した犯罪行為に対処する部署よ。

さて、エイラちゃん、アイカちゃんここまでで質問ある?」

「えーと、なんで国連の人達が私たちに…?」

手を挙げたアイカが質問をする。

「それについては、まずはこのガンプラダイバーズの現状について知ってもらう必要があるかな」

そう言うと、サクヤは壁に付いていたモニターの電源を入れた。

国際連合のマークが表示された後、1つの資料が映し出される。

「現在、ガンプラダイバーズにはあるサイバー犯罪の疑いが懸かっているの。

その疑いって言うのがガンプラダイバーズの運営会社がダイバーズを利用した人体実験、及び軍事転用の様な事を企んでいるのではないかというもの。

私たち、サイバー犯罪対策室は実態調査のために動いてるの。」

資料をスクロールしながらサクヤは要点を簡単に説明して行った。

「ダイバーズを利用したサイバー犯罪ってほんとですか?」

「まぁ現状では限りなく黒に近いですね」

アイカの質問に答えたの初月がサクヤからリモコンを受け取り、再び資料をスクロールし始める。

「現在、ダイバーズのプレイヤーの中にある変調を起こした人物を何人か確認しています。」

「変調…?」

「はい、その変調と…」

「そこから先は私が説明するわ。」

初月の説明を妨げた声の持ち主は、突如として現れた。

「貴方は…!!」

マグカップを片手に現れた少女の姿を見たエイラは思わず立ち上がる。

その少女は、黒いガンダム、ガンダムイヴリースを操る、紫色の瞳をしたサツキと名乗った少女だった。

「辞めときなさい、今の私は貴方の味方よ」

立ち上がったエイラを一瞥したサツキはつまらなそうにマグカップに視線を移す。

「彼女が味方なのは保証しますよ」

初月にそう言われ渋々とエイラは腰を下ろす。

「さてと、変調の話か。」

サツキは立ったまま話し始めた。

「ガンプラダイバーズのプレイヤーに現れた変調。

その変調を起こした人達の事を、ZeuSでは"ν-type"と呼んでいるわ。」

「ZeuS…?」

「ν-type?」

不思議そうな顔をしたエイラとアイカの反応を見て、サツキは溜息をつくとサクヤを睨む。

「ν-typeはいいとしてZeuSぐらい説明しときなさいよ。

さて、ZeuSと言うのはガンプラダイバーズの運営会社の事。

ν-typeはさっき言った通り、変調を起こしたダイバーの事。」

そこまで言うとサツキは近くの壁に寄りかかり、背中を預け話を再開する。

「ν-typeと呼ばれる変調者はまるでガンダム作品に登場するニュータイプの様に相手の動きが読めるようになるらしいわ。

自覚あるでしょ貴方たち。」

そう言ってサツキは初月とエイラの方を見た。

初月はさぁ?と様な身振りをしていたがエイラはそれどころではなかった。

「私が…ν-type…?」

突如として突きつけられた事実にエイラは狼狽えていた。

「自分の機体と体が一体になる様な感覚を感じたことありませんか?」

初月に言われて思い出したのは、ロストフリーダムと戦った時の事だった。

あの時感じた感覚がν-typeとしての感覚だと言うことらしい。

「さて、ここからは初月に投げるわ。

犯罪については初月の方が説明しやすいでしょうから。」

そう言ってサツキはマグカップに入っているコーヒーを啜り始める。

話を引き継いだ初月が資料をスクロールしつつ話を始める。

「さて、現在のダイバーズで起きている犯罪行為。

それは、ν-typeの能力を得たプレイヤーをある場所に誘い込み、人格を書き換えているのではないかと言うものです。」

「人格を書き換えるって?」

アイカの疑問にサクヤが答える。

「どうやら第九区画と呼ばれる場所があって、そこでプレイヤーが負けると人格が書き換えられてしまうらしいの。」

「そんなことが…出来…」

エイラの言葉を遮ったのはサツキだった。

「出来るのよ。

私はその現場を目の前で見てきたわ。

ZeuSはν-typeに目覚めたプレイヤーを第九区画に連れ込んだあと襲撃して、人格を書き換えていたわ。

それにはロストフリーダムも1枚噛んでるのよ。」

モニターに映る資料、黒く塗装されたストライクフリーダムの画像を見つつ、サツキが呟いた。

「ロストフリーダム…」

その名はエイラも知っている。

エイラ達を突如として襲ってきた黒いストライクフリーダムの改造機の名前だ。

「私たちサイバー犯罪対策室はその行為をサイバー犯罪だと捉えてZeuSを告発すべく情報収集してる最中、そして貴方たち2人にこうしてコンタクトを取ったのは2人を仲間に加えたいから。」

サツキから話を引き継いだサクヤが最初の質問の答えを出す。

「私たちサイバー犯罪対策室のメンバーは今回の介入において、腕利きのダイバーを集めた部隊を投入しているの。

強襲揚陸艦セレーネを旗艦に、アメノムラクモ、アメノハバキリの戦艦2隻を擁した対ZeuS艦隊を投入してダイバーズ内部からの対応を試みているのよ。

そして、そのメンバーとして腕のいいエイラちゃんとアイカちゃんをスカウトするためにこうして話をしてい訳。」

「スカウト…そこの人もスカウトされたんですか…」

エイラがサツキを睨みつつサクヤに問う。

「敵の敵は味方の理論よ。

私は元々ロストフリーダムのパイロットであるサツキシリーズを支援するためのサツキを生み出す計画、"サツキ・サポート・シリーズ"、SSS計画で生み出された電脳存在。

ZeuSを裏切って彷徨ってたとこをサクヤに拾われてここに居るわ。

生憎、貴方と殺り合うつもりはないわよ。」

壁に寄りかかったままサツキが答える。

「エイラちゃんにν-typeの素質があるって教えてくれたのは彼女よ。

まさか特訓中に能力に目覚めるとは思って無かったけどね。」

苦笑いしつつサクヤが言う。

「さて、話を戻します。

今、僕達サイバー犯罪対策室では少しでも戦力が欲しい。

今話した内容はあくまで機密に触れない範囲での話になりますが、もし仲間に加わってくれるならもっと詳しい話もできます。

こちらの資料に協力してくれる場合の見返り等が書いてあるので、こちらに目を通してから返事を下さい。

返事を急ぐ必要は無いのでよく考えて決めてください。」

そう言って手渡された資料を持ってエイラはサクヤの部屋を後にしていた。

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これが少女、エイラ・シャドウが宇宙を眺めながら、悩んでいる悩みだった。

「どうしよ…」

サクヤや初月に示された見返りは予想の遥か上を行くものだった。

それだけで言えば二つ返事でも良かったのだが問題は最後に書き加えられていた1文だった。

「場合によっては生命を落とす可能性もあります」

いくら報酬が豪華だとは言え、ゲームの為に生命をかけなければいけない。

その点がエイラに悩みをもたらしていた。

「ガンプラダイバーズ」

このゲームは大好きだ。

ここでなら現実と違う自分でいる事が出来るし、降りかかる理不尽も自分のパイロットとしての腕があったら振り払えた。

現実では出来なかった事がこの世界では出来た。

だからエイラはこの世界が好きだった。

「どうしよう…」

この世界を守るために生命をかけれるのか。

エイラは決めかねていた。

「私はどうしたらいい…?」

1人虚空へ問いかける。


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サクヤ・ミナトは艦橋に急いでいた。

手首の端末をかざして扉を開ける。

扉の先には6人程の部下が端末に向かって作業をしていた。

「状況は?」

唯一空いていた座席、その隣に座っていた男性に声をかける。

その男性がこの艦、強襲揚陸艦セレーネの副長を務める人物だった。

「三分前に敵艦をレーダーに捉えました。

艦影からZeuSの所有する艦艇と推定。

直援部隊に出撃命令を出し、2分後には直援部隊が出撃開始する予定です。

「上出来上出来。」

この男、初の副長と言う割には仕事が出来すぎて困る。

「さてと。」

艦橋の中央、唯一空いていた座席に掛けてあった帽子を被り、席につく。

「艦長命令を発令、総員、第1種戦闘配備。

僚艦2隻にも通達。

ワレ、セントウジュンビカイシナリ。

陣形、単縦陣、右舷砲撃戦よーい!

モビルスーツ隊順次発進。

モビルスーツ隊の発進終了後より50秒間の支援砲撃。

全艦、第一戦速、ヨーソロー!!」

サクヤの命令で一気に艦内が忙しくなる。

「多少は出来るとこ見せとかないとね。」

可愛い弟子が乗っているのだから…。


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突如として鳴り響くサイレンに驚いたエイラは状況が分からずに困惑していた。

艦内放送で流れたサクヤの声。

内容を要約すれば敵が来たから備えろと言うことらしい。

「どうすれば…」

結論を出せずにいると扉が突如として開いた。

パイロットスーツに身を包んだアイカとサツキがそこに立っていた。

「エイラちゃん。

私決めた。

この世界を、私の大好きなこのゲームを守るために私は戦うって。」

アイカはそれだけ言うと何処かへ立ち去って行った。

去り際のアイカの瞳には強い意志が篭っていた。

「あなたは何もしなくていいの?」

壁に背中を預けたままサツキが問いただしてくる。

「あの子は自分で進むべき道を選んだ。

あなたはどうするの?」

「私は…」

エイラは思わず俯く。

「精々、あの子に失望されない答えを出しなさい。」

そういうとサツキはアイカが去っていった方へ歩き出す。

エイラはただ立ち去っていくその背中を見つめる事しかできなかった。