「適性」は業種、「国」によって捉え方が異なると考えられる。
1、欧米は職務適性であり細分化された特定の職務に対しての適性が求められる(職務適性)場合が多いと考えられ、性格や人格が評価の対象とはなりにくく当該職務の遂行能力が対象となる。つまり性格や人格などの人としての部分よりは求められる特定のタスクの遂行能力が重視される。人間基準というよりは職務基準が先行されると考えられる。
2、一方、日本では特定の職務の求める要件に対する適性ではなく、グループの一員としていわば家族経営の一員としての「社員適性」が求められる。つまり職務的家族適性に重きが置かれる場合が多い(社員適性)。よって職務基準というよりは人間基準が先行される。
以上を踏まえて人の評価を2軸で捉えた場合、1つはタスクに対するパフォーマンス(何ができるかという使用価値)、2つ目は集団における対人関係能力(どういう影響を醸し出すかという存在価値)と考えられる。
2軸を共に満たしている人は評価が高く、タスクに対するパフォーマンスが高いが、対人能力が低い人は一匹狼的、存在価値が高い人は人として良いと捉えられる場合が多い。
その様にして測られた適性が評価に反映されてきた。
が、60年代、70年代、そして80年代を経て近年、物質的には豊かな時代になり、(D.super)も職業生活の最高次の位置付けている様に企業側から見た視点である2つの評価軸とは別に個々がどの程度満たされているかという点は変容しつつある。
個人の側に立った価値観、情緒的な適応、自己実現といった点で個々がどの程度満たされているかといった個人の主体的適応性が組織に属する個々の欲求として高まってきており自らの興味や好み、夢や希望を屈託無く主張し多様な価値観を組織の中に持ち込む様になり、
人々の組織に対する従属的な関係から個々人が組織に対して積極的にコミットメントしようとする事が自我として生まれてきている今、特に若い世代の脱管理、脱組織といった個人の組織の呪縛からの自立という傾向が強まりに繋がっているのではないだろうか。