※「共感覚を持つ亀甲さん」というリクエストをいただいて書いたものです。共感覚については一応調べましたがよくわからなかったので自己解釈しましたが間違っていたら大変申し訳ありません。




しゃらり、きらきら
11/5/2017




亀甲貞宗には、すきなものごとがたくさんある。

ご主人様と呼んで憚らない主、刀剣男士の存在意義でもある戦闘や遠征、実りのある内番仕事、ブーツを編み上げる紐を結ぶ時の、最後の仕上げのキュッとする感触、暖かくてふかふかの布団、洗濯物を干す時に布を広げる事、胡瓜の浅漬け、畳の目に沿って足を滑らせる事、つやつやのどんぐりを拾う事、などなど、すきなものごとがたくさんある。毎日毎日、いろいろなすきなものごとに囲まれて、亀甲はいつでも柔らかく微笑んでいる。にっかり青江はそんな亀甲を眺めているのが好きだったし、鶴丸国永とはまた違った方向に好奇心の強い亀甲が、次に何を見つけるのかを密かに楽しみにしていた。


ある日、とても天気の良い日があった。空は突き抜けるように青く、日差しは包み込むように暖かくて、風さえ労わるように柔らかかった。しばらく前に練度が上限まで上がった亀甲は、ここ最近はもっぱら畑仕事に精を出している。以前は共に畑に出ていたにっかりは、修行の旅より戻ってからはまた出陣担当となっていた。主の采配に不満はない。彼の考える最善の策を常に実行しているのだし、その指示に従って各々の最善を尽くすのが、彼ら刀剣男士の務めなのだと思っている。

水を撒いて色づきはじめたとまとを眺め、草むしりをして、虫がついていないかや、獣による噛み跡が無いかを確認する。土の具合を見て、必要ならば土を足し、それから茂り過ぎた葉を落とす。一緒に当番になった太郎太刀と、ぽつりぽつりと言葉を交わしながら、亀甲は土の匂いや、丸い小石や、くるんと丸まったダンゴムシや、そういう物を見てふふふと笑った。

畑仕事を終えて道具を片付け、裏口から屋内へ戻ろうと回り込む途中で、帰還した部隊が玄関の方へやってきた。少しホコリや何かで汚れてはいるものの、怪我をした者は無さそうだ。亀甲は太郎太刀と一緒に出迎えに加わろうとそちらへ赴いて、隅の方に立った。がやがやと、本丸のものではない空気を纏った仲間たちが近づいてくる。その中にはにっかり青江の姿もあって、目の良い彼はすぐに亀甲に気づくとひらりと手を振った。その様子を見た太郎太刀が、ふと亀甲を見る。身長のある彼はよほどの事が無い限り無表情で、見下される形になると少し恐ろしい見た目になるのだが、亀甲は特にそれをおそろしいと感じた事は無い。刀剣、特に神社の気配のする大太刀達は、何をどうしたところで無闇に周囲を害するという事は無いのだと、何故だか知っているのだ。

「やぁ、ただいま」

少し歩を速めて近づいてきたにっかりは、亀甲の前に立つと笑みを深めた。

「畑だったのかい?僕も裏口から入ろうかな」

軽く太郎太刀にも会釈をして、歩きながら話そうか、とにっかりは亀甲の手をとった。

「あ…」

ふと、亀甲が視線を巡らせた。その様子に、また何かすきなものを見つけたのだと思われて、にっかりはそのまま待った。亀甲の視線が着地した先は、鶴丸のようだった。どうやら粟田口の短刀を出迎えに来た一期一振に付いて来たようで、少し寒いのか、内番着の上に羽織を羽織っていた。会話の途中で笑うたびに、装飾の細い鎖が揺れて、しゃらしゃらと音を立てている。皆、装束の素材は布や革が多く、細やかな金属の立てる音は少し目立った。しゃらしゃらと音がするたびにきらめく亀甲の瞳を見て、にっかりは笑った。

「すきな音なんだね」

「うん、きれいな色がする」

亀甲の視線の先で、また、鎖はしゃらりと鳴った。

「色?」

「えっ、あ…そう、きれいな音だね」

少し不思議な言葉だったのでにっかりが繰り返すと、亀甲は一瞬だけ目を泳がせて、それから笑って歩き出した。

そうやって、亀甲はたまに、自分が持っている感覚が他の者と違うことをごまかす。にっかりはそれを知っていた。さっと亀甲に追いつくと、隣からその顔を覗き込む。

「ああいうしゃらしゃらした音が好きなのかい?」

「えっ、う、うん」

「確かに、ああいう音はあんまりしないね、この場所では」

「そうだね」

「ああ、でも…確か主が持ってる神楽鈴の音が近いかもしれないね」

「へえ!そうなのかい?」

「うん。見せてもらいに行くかい?」

「うん!」

にっかりは、亀甲が何かすきなものを見つけてうれしそうにするのを眺めるのが、殊の外すきであるのだ。


翌日はにっかりも亀甲も非番だった。二人は連れ立って審神者の部屋を訪れた。緊急事態や差し迫った何かが無い限り、審神者は訪れた男士を待たせる事はしない。その日もすんなりと二人を部屋に入れたし、近侍の歌仙が美味い茶をいれてくれた。にっかりがいきさつを話し、神楽鈴を見せてもらえないかと頼むと、審神者はすんなりと頷き、奥から鈴を出して来てくれた。

「こうやって鳴らすんだよ」

そう言いながら手首を捻るようにして、審神者は鈴を鳴らした。さすがと言うべきか、審神者たる者が神楽鈴を鳴らしたのだから当然と言うべきか、審神者の部屋の、もしくは本丸内の空気が少し、清涼になる気配がした。

「やってみる?」

「良いのかい?」

審神者が鈴を差し出すと、亀甲はおそるおそる、両手で丁寧にそれを受け取った。

「好きに鳴らして大丈夫だよ」

鈴を手にしてもじもじとしている亀甲に、審神者は優しく声をかけた。亀甲は意を決して、審神者がして見せたのよりも随分と心細げに鈴を振った。

しゃん、しゃらん

澄んだ音がして、亀甲はとても嬉しそうに笑った。にっかりもそれを見て、とても嬉しくなった。

「こういう音がする物って、万屋に売っていたりするのかい?」

それから何度か鈴を鳴らして、審神者にそれを返しながら、亀甲がそわそわと尋ねた。そんなに気に入ったの、と審神者は笑ったが、次に出陣や遠征の無い日には万屋へ連れて行ってくれる事になった。


その日はすぐにやって来た。審神者と亀甲は留守番組に見送られながら万屋へやってきた。亀甲は万屋へ来るのは初めてではなかったが、それでも数える程しか訪れた事が無い。審神者とはぐれないようにと、そして、審神者に何事も起こらないようにと、そのすぐそばを歩く。おそらくは他の刀剣達もそうであるために審神者も慣れたもので、早すぎず遅すぎず、景色を見ながら店先を歩いた。

審神者が亀甲を連れて行ったのは、楽器屋だった。折を見て政府から回収の命が下る楽器とは異なる、全くもって通常の楽器を取り扱う店だ。音楽は歴史ある娯楽の一つで、その店には様々な楽器が揃えられている。亀甲を鈴の並べられた一角へ連れて行くと、

「ゆっくり見ていいからね」

と声をかけ、少しだけ離れたところにある椅子に腰を下ろした。亀甲は品揃えの多さに少し戸惑ったようだったが、試しに鳴らして構わない旨の書かれた貼り紙を見ると、遠慮がちに鈴を鳴らし始めた。どうやら一つだけの音よりも、いくつもの音が重なって鳴るようなものが好きなようで、先ほどから嬉しそうにしゃらしゃらと鳴らしている。そういえば事の発端は鶴丸の鎖飾りだった、と思いながら、審神者はその様子を眺めていた。

「お客様」

不意に呼ばれて振り返ると、店の主人が手に笙を持って笑っていた。

「あの男士様は、こういった物も好まれますよ」

万屋の店主達は皆、審神者や刀剣男士といった存在を知っている。おそらくは他の本丸の亀甲貞宗もこの店を訪れた事があるのだろう。

「ありがとうございます、これは…吹かせていただいても?」

「ええ、どうぞ。きちんと手入れはしておりますし、火鉢もこちらにございます」

笙は温めてから使う楽器なので、審神者は店主に甘えて火鉢を借りる事にした。亀甲の鳴らす鈴の音を聞きながら、火鉢の上で、煤の付かないよう、熱くなりすぎないように丁寧に笙をあたためていく。

「亀甲貞宗様は、よくいらっしゃるのですか?」

側で待っていてくれる店主に、審神者は話しかけた。店主は笑い皺を深めて、ええ、と頷いた。

「どうもあの男士様は、音に色がついて感じられる事がおありだそうで」

「ああ…なるほど…」

店主の言葉に、審神者はふと納得した。だからあの時、亀甲が審神者の部屋を訪れた際に、にっかり青江がついてきたのか、と。にっかりはもともと面倒見の良い刀だが、どうも最近、亀甲を特に気にかけている様子だった。もしかしたら亀甲は、音に色がついていた事を言うことができなくて、それに気づいたにっかりが、審神者のところへ連れてきたのかもしれない。

彼の本丸の刀剣達は、お互いの噂話をあまりしない。誰それが誰それと懇ろであるとか、仲違いをしているだとか、そういった話を、審神者は聞いたことがなかった。けれどだからといって誰も彼もに何事も起こらずに日々を過ごしているわけでもない。審神者が尋ねれば、そういったあれやこれやは教えてもらえたし、直接的に尋ねなくても、誰それを探していると伝えた時に、あの刀と一緒に居るだろう、と返って来る回数が多ければ、普段は朴念仁と言われる審神者もさすがに物事を察するものだった。にっかりについては探す度に亀甲のところに居たし、気になって石切丸に尋ねてみた時も、今はまだそっとしておくようにと言われていた。現在二人がどのようにどうなっているかは審神者には全くわからないが、少し変わったところのある亀甲の世話をにっかりが焼いているのであれば、そうそう心配する事は無いだろうと思う。

「何か心当たりがおありでしたか?」

審神者の納得を他の理由と思った店主は、孫を見るような目で亀甲を見ている。もしかしたらこの店主にも、そういった感性があるのかもしれない。

「いえ…少し」

審神者は曖昧に笑うと、笙を持って立ち上がった。

「良いのあった?」

亀甲の手元を除くと、小さな鈴がたくさんついた楽器を持っていた。

「うん、これをいただこうかな」

亀甲は審神者に見せるように、しゃらしゃらと細かく鈴を鳴らした。それに一つ頷いてから、審神者は持っていた笙を見せた。

「これもね、違う色がするかもしれないよ」

「えっ」

ひくりと肩を震わせた亀甲に笑いかけて、審神者は笙を奏で始めた。


結局亀甲は、鈴を買って帰った。帰り道、時折嬉しそうに鈴の入った袋を揺らす亀甲を見て、審神者はなんとなく、にっかりが亀甲の世話を焼きたくなる気持ちが理解できたような気がした。こんなにも無邪気なくせに、今だって服の下にはとんでもない装備をしているだろうし、それなのに全く純粋な様子で夕飯は何かななんて言いながら、それでいて戦場に立てば目と刃をきらめかせて勝ってくる。審神者としては全ての刀剣男士に対して抱く感情ではあるが、にっかりは特にこの亀甲貞宗という刀に慈しみを覚えたのだろう。

「亀甲、人の目や耳というものは」

本丸が近づいて来た頃、ふと審神者は立ち止まった。

「見えたり見えなかったり、聞こえたり聞こえなかったりするものに個人差があるんだ。それは霊的なものとかそういうのに限った事じゃなくてね、例えば特定の誰かの声しか聞こえなかったり、影に隠れたものが見えなかったりする人も居る。それとは逆に、どんな声も拾ってしまう人も、あらゆる物事が見えてしまう人も居るし、とにかく誰も彼もが別々の世界を見聞きしてるんだよ。それで大事なのはね」

辺りはとても静かだった。とても静かだったので、審神者の声の全てが、亀甲にはきちんと聞こえていた。亀甲は、静かに次の言葉を待っている。

「大事なのは、見たいものだけ見て、聞きたいことだけ聞くようになってしまうと、その魂はどんどん濁っていってしまうということ。だからね、この世界に色々なものがあるっていう事を忘れないために、目や耳に入って綺麗だったものや、嬉しかったり楽しかったりしたものの事は、いろんな人に教えてあげるといいよ」

にっかり青江とかにね。

そう続けた審神者に、亀甲はやはり素直に頷いた。それからゆるやかに俯いて、笑った。審神者はいたずらが成功した時のような晴れ晴れとした顔をして、再び歩き出す。

残りの短い帰り道、亀甲は何度も鈴を鳴らして、審神者はその度に微笑んだ。




〜おわり〜