苦海の湧水
12/25/2021




主がまた癇癪を起こしていると告げられたのは、帰城してすぐの事だった。纏わりつく戦場の空気を軽くはたいて、宗三は装具を鳴らしながら審神者の部屋へと進む。近づくにつれ、小さな嗚咽が聞こえてきた。わざと足音を隠さず、けれどあまり大きな音になってしまわないようにして、宗三は歩いた。廊下と部屋を仕切る障子は、ところどころ破れていた。その穴から中を覗こうとはせず、開けますよ、と声をかけると、返事を待たずにスタンと障子を開けた。

部屋の様子は、心の様子を映すと言う。

畳が傷つくのも構わずにありとあらゆる物が投げ飛ばされた挙句に転がっていた。何度も叩きつけたのだろう座布団は、辛うじてそのはらわたを溢してはいなかった。執務に使っている机と、その上にある書類やパソコンの類は手付かずで、部屋の主人を無視するように澄ました顔をしている。激情に任せてマウスを叩き壊していた頃に比べると、そこに見えるのが成長なのか諦めなのか、判断は難しい。

審神者は、そんな部屋の片隅で、丸くなって泣いていた。割れ物や刃物が落ちていないかだけ気をつけて、宗三は部屋に歩み入ると、審神者の近くで膝をついた。

「戻りました」

乱れに乱れた審神者の髪を撫でつけながら声をかけると、審神者は鼻を啜りながら身を起こした。小さく唸りながら俯いていて、長い前髪で顔はよく見えない。宗三は審神者の顎を掴むと上を向かせ、着物の端でそのぐしゃぐしゃの顔を拭いてやった。肩を震わせてしゃくりあげるその周囲に、紙吹雪を散らしたように紙片が落ちていた。大方また、無遠慮で一方的な文でも届いたのだろう。

「…主」

審神者のその姿を、宗三は決して、諌めも笑いもしなかった。

「あなたにとって邪魔なもの全部を壊すことなんて、僕たちには簡単なことなんですよ」

この場所には、世を乱した者の刀も、世を平定した者の刀も、神の刀も、人の刀も、何から何までが揃っている。宗三は、審神者の前髪をそっとかき分けて、澄んだ水をこんこんと沸かせている瞳を覗き込んだ。

「誰を斬ればいいのかだけ、そっと教えてくださいな」

宗三がそっと審神者の口元に耳を寄せると、審神者は一際大きくしゃくりあげた。宗三は、身をかがめたまま、じっと、待った。乱れた息が、何度も髪を揺らすのを感じた。息を吸っては止めて、声にならないまま吐き出されるのが、何度も耳を撫でた。

宗三は、歴代の主のことを少し思い出した。天下人と呼ばれる彼らも、ただの人であった。夢も行いも一際大きかっただけで、ただの人であった。現実に戸惑い、泣き喚き、迷い、流れに呑まれて、結果的に後世で天下人と呼ばれているに過ぎない。今から数百年の後、目の前で涙と鼻水にまみれたこの男がなんと呼ばれようと、その側に己の存在があったと語り継がれるのだったら、それはとても素敵なことのように思えた。

「…お、おれを…」

小さく聞こえた声に、宗三はそっと立ち上がる。

「なるほど」

目の前の小さな人間を見下ろし、おっとりと口を開く。

「主を殺した僕がどうなるか、残された皆がどうなるか、そんな事はお構いなしですか…?」

恐る恐る顔を上げる審神者にゆるやかに微笑みかけて、刀の柄に手をかけた。

「自分本位で、我儘で、刹那的で、傲慢で、短絡的で、諦めやすく、投げやり」

かちりと、鯉口を切る音がした。

「いいですね…人とはやはり、そうでなければ」

宗三もつくもの神であるので、部屋の中に散らばる壊れた調度品の数々に、同情を覚えはする。けれど宗三に、人を斬るなら自分を斬ってくれと願う人の子のことを、間違っても嫌いにはなれなかった。

宗三は、すらりと刀を抜いた。戦帰りの、勝利の油を纏ったその刃が、少しだけ部屋の温度を下げた。

「首ですか、腹ですか」

「い、一番、くるしくないところ…」

審神者の瞳は、明るく輝いていた。今から数百年の後、この男がなんと呼ばれようと、その側に己の存在があったと語り継がれるのだったら、それはとても素敵なことのように思う。

宗三は刀を構え、そして


























































~おわり~