混沌未遂
12/25/2021




肥前忠弘が、眠ったまま目を覚まさない。

政府の審神者相談センターに寄せられた相談に、スタッフである長義は眉を潜めた。肥前忠弘といえば、普段は不眠についての相談が多い。素早く詳細に目を通すと、長義はため息をつきながら内線の短縮ボタンを押した。


「ふむふむ」

呼び出された朝尊と肥前は、七分程で長義と合流した。資料によれば、出陣中に敵の攻撃により朝尊が破壊され、その途端に軽傷だった肥前が前触れもなく破壊状態となったという。両者とも御守により一命を取り留め、すぐに帰還して手入れを受けたとあった。朝尊はすぐに目を覚ましてピンピンしているそうだが、そのまま一ヶ月、肥前が目を覚まさないらしい。興味深そうに口元を撫でる朝尊を見ながら、肥前は口を開かない。

「とりあえず、この本丸を訪ねようか」

長義の一言で、三振は件の本丸へ赴いた。


ゲートを抜けると、そこはごくごく普通の本丸だった。建物も庭も、畑も厩もきちんと整備され、空気も清浄で、景趣も季節にあったものだった。刀剣たちも溌剌として輝き、池の鯉や屋根の上の野良猫も、のんびりと太陽の光を楽しんでいた。

「こちらです」

審神者に案内された三振が、肥前の寝かされている部屋に到着すると、そこでは朝尊が本を読んでいた。本丸の朝尊は顔を上げると、少し驚いたような顔をしたが、のんびりと姿勢を正して挨拶をした。長義が何かを言う前に、政府の朝尊が、審神者に部屋の外で待つように言った。審神者が部屋を出ると、朝尊は静かに障子を閉めた。長義が説明を求めるように朝尊を見やるのを横目で見もせず、政府の肥前は眠る肥前の枕元にしゃがみ込むと、その耳元で何かしらを囁いた。眠る肥前が何の反応も示さないのを確認すると、肥前は立ち上がって刀を抜いた。

「ちょっと」

さすがに長義が割って入ろうとすると、その後ろで朝尊も柄に手をかける。

「先生、あんた…喰ったな」

肥前は、本丸の朝尊に刀を向けた。朝尊はその刃に映る光を受けて、いつものように笑顔でいる。

「合意だよ」

飄々と答える朝尊に、長義は何が起きたのかを理解し、彼もまた、柄に手をかけた。

「そうだろうよ」

「まだ吐き出せるかね?」

政府の肥前と朝尊が続けると、本丸の朝尊は自らの喉元を撫でた。

「無理だったらどうなるんだろう」

「約に則り、道を外れたとして、ここで俺たちに処分されることになる」

朝尊の問いには、長義が答えた。本丸の朝尊は、眠る肥前の顔を見て、黙り込む。ややあって、最初に警戒を解いたのは政府の朝尊だった。それを見て、本丸の朝尊は声をたてて笑った。

「確かにね」

何に対してかそう言うと、眠っている肥前の顎に手を置き、溺れた者にするように口を開かせ、顔を寄せた。口付けることは無かったが、ふわりと息が与えられるのがわかった。そこで大きく一つ呼吸をして、肥前はゆっくりと目を開けた。



審神者からの感謝を受け、政府の三振はすんなりと帰舎した。長義は先頭を歩きながら、苦虫を噛んだような顔をしている。

「随分と慣れていたようだけど、もしかして今回が初めてではないのかな」

後ろを振り返りもせずそう言うと、肥前はため息を、朝尊は笑い声を漏らした。

「初めてだとも。自分の考えそうなことは自分が一番よくわかるというだけのことさ」

「最初に気づいたのは肥前のようだったけど」

「そりゃあ、肥前くんのほうが僕に詳しいからね」

大きな大きなため息が、肥前から出て行ったのが聞こえた。ため息をつくと幸せが逃げると言うが、これだけ毎日盛大にため息をついている肥前は、どこでその幸せを補充しているのだろうかと思う。

「…先生はあのまま飲み込んじまうかと思った」

「そうかい?」

楽しそうに始まった会話を、長義は聞き流しながら歩を進める。

「いつでもできる事と、今しかできない事を見誤るのはもったいないからね」

長義は、今日一日の全部、なかった事にしたかった。案件報告書に何をどう書けば良いだろう。

「俺は別に、何でもいいけどな」

「いつも僕につきあってくれて、感謝しているよ。とても」


背後で肥前の幸せが急速に補充されていくのを感じて、長義は感心半分、呆れ半分の心持ちでその場を離れた。







~おわり~