鶴丸国永という太刀は、元来思い切りのいい刀であるし、ありとあらゆる遊びに興味を示す刀である。
表裏となった白と黒をひっくり返して陣地を取り合うその遊びを、しかし、その鶴丸国永は知らなかったし、遊び方を教えても、ついに一手も打つ事はなかった。
白黒四苦八苦
1/12/2021
俺の名は獅子王。この本丸が始まって、比較的初期に顕現された平安生まれの太刀だ。この本丸は、簡単に言うと刀剣男士のための典薬寮の役割も担っている。刀としてだけではなく、人の身のようなものを与えられた俺たちは、もちろん俺たち自身も刀であった頃とは少し違うし、そして、人の子らから受ける扱いは、刀であった頃と随分と異なるものになった。
ただの刀であった頃、人の子らは俺たちに、与えることしかしなかった。大切にしてくれる者も、そうでない者もあった。物事の結果を、人は俺たちの加護と言う事もあったし、感謝をされた事もあった。俺たちは、向けられる物をすべて、受け取るしかなかったし、受け取っていればよかった。名も、執着も、希いも、悔恨も、愛も、夢も、何もかも。けれど刀剣男士となった今、俺たちは多少は人じみた存在になることを求められている。自分で考え、自分で決め、相手のことを知り、思いやり。向けられる期待に応え、そして感情を持ち、まるで人のように、心を持ったものとして集団生活を送っている。
この心身を得た俺たちの、身体の不具合は手入れで治る。刀であった頃、刀身の傷しか知らなかった俺たちは、けれど今、手入れで治らない部分を損なう場合がある。所謂こころってやつだ。俺たちの主は人の子らの心を治す専門の医師だそうで、その延長なのか、中身が傷ついてしまった俺たちの手入れを行う本丸を運営している。こうした本丸は他にもいくつかあるらしい。様々な場所で、事情で、成り行きで、どうにもならなくなってしまった刀剣たちが、時折この本丸にやってくる。この本丸で必要なだけ時を過ごし、ゆき先を決められるようになって去っていく。今までも色々な刀剣がやってきて、刀解されたり、新しい審神者の下へ行ったり、中にはこの本丸で限界を迎えて破壊されたものもいる。
刀剣としての記憶や自我を持つ俺たちは、耐える事には慣れている。そのせいで、取り返しがつかなくなるまで耐えてしまう事がわりとあるらしい。幸い俺はこの本丸で、役目を果たす事を第一として生活ができている。けれど世の中には色々な審神者がいて、色々な本丸があって、色々な結果がある。俺たち刀剣男士は刀解を望むことを許されているが、それだって自分だけで出来る事ではない。自刃という選択肢も、あるにはある。けれど、手を貸すと言ったものを撤回するのは、そう簡単に成されて良い事ではないし、色々な事がよくわからなくなってしまって何も決められなくなってしまうものも居る。そういう、よくわからなくなってしまった者が、この本丸にはよく寄越される。そして、大抵の場合はこの本丸の同じ刀と、それからその補佐としてもうひとりが組になって世話をする。俺はこの通りじっちゃん受けが良いので、古い刀の補佐を勤めることがよくある。そして今も、少し前にやってきた鶴丸国永の様子を見ている。
残念ながら、鶴丸国永という太刀はこの本丸にやってくる機会が多い。この本丸の鶴丸は、着火された爆弾をくくりつけられて放り出されても破壊される事なんかなさそうな雰囲気だが、その鶴丸曰く、彼は環境によってあり方が大きく左右されるらしい。彼を縛る名にもなっている鶴という鳥は、気候に合わせて地を渡るが、俺たち刀剣男士はそうそう本丸を渡り歩くわけにはいかない。顕現された本丸が過ごしやすければ健やかに強くなるが、そうでない場合もある。その振れ幅が大きい性質を持っているのだと言っていた。確かに、これまでやってきた鶴丸国永も、酷く攻撃的であったり驚くほど鬱屈していたりと様々だった。攻撃的な鶴丸国永がやってきた場合は一期一振が補佐に入る事が多いが(彼は、売られた喧嘩を、値がつく前に買うようなところがあるよな…)、今回やってきた鶴丸国永はそうではなかったのて、俺が担当を受け持つ事になった。見た限り、今まで来た鶴丸国永の中で一番大人しいんじゃないかとすら思う。
鶴丸国永のやってきた最初の数日間、彼はろくに会話もできなかった。刀を握りしめて、しきりに髪を整えたり、装束の合わせを気にしたり、鎖飾りの先を撫でつけたりしていた。何かを聞かれても「あ、え~…」しか言わず、というかおそらく言うことができず、忙しなく視線を揺らしていた。この本丸では、出陣する者と有事以外は帯刀は控えるきまりだと告げれば、慌てて自らの太刀を手際良く分解していき、躊躇いなく刀身だけを差し出してきた。鶴丸国永は装具を器用に組み立て、最初にそうしていたように鞘を握りしめて、へらりと笑った。それを恭しく受け取る審神者の隣で、うちの鶴丸は声を上げて笑った。
「きみ、面白いなあ」
それを見た鶴丸国永も、少しほっとしたように目元を緩めたのを覚えている。
ずっと戦装束では気疲れするだろうと部屋着に着替えるように勧めても、彼は着替えをしなかった。草摺も脚絆も身につけたまま、部屋から出る事無く過ごし、そして夜は眠らなかった。部屋の真ん中に正座をして、ずっと、空っぽの拵えを握りしめていた。俺は夜は寝るので、その間は鵺に寄り添ってもらっていた。鵺から聞いたところによると、鶴丸国永は夜中、微動だにせず座っていたそうだ。動かない鶴丸というものを殆ど見たことの無かった俺は、少しだけ興味をひかれたけど、夜はやっぱり眠くなるので、俺は布団で眠った。
俺たちの主は、誰かがこの本丸に寄越される時、そいつがどういう場所で、どういう暮らしをしていたのかを教えてくれる事は殆ど無い。共に暮らす上での注意事項などは念入りに伝えられるが、それ以外の事は、本人が話したければ俺たちも知るし、そうでなければ最後まで知らないままだ。それは、誰が寄越されても同じこと。俺たちは俺たち自身で見て、聞いて、話して、判断をしていかなければならない。そしてそれこそが、相手を、そして自分を、理解するという事なのだと教えられている。
鶴丸国永が受ける、環境からの影響が大きいということは、もしかしたら順応力も高いという事なのかもしれない。数日経つと、鶴丸国永は戦装束を脱ぎ、内番着を纏った。一部の隙もなく襷をかけ、空っぽの拵えは刀掛けに置いた。夜は、相変わらず起きているようだった。少しずつ部屋から出るようになった彼を、鶴丸と俺は少しずつ連れ出した。最初は廊下に出るところから。縁側で茶を飲んで茶菓子を食べて、庭へ。池を覗いて、木々を見上げ、走り回る短刀たちを避けた。何日も何週間もかけて庭を進んでいき、玉砂利の敷かれた一角へ行動範囲を広めようとした時、鶴丸国永は顔を真っ青にして、へらりと笑った。俺たちは屋内へ戻った。
それから鶴丸国永は、戦装束を身につけて、拵えを握りしめた。元に戻ったわけじゃない。確かに見た目だけは元に戻ったように見えるかもしれないが、中身はきっと違う。海だって寄せて返してを何千年も、何万年も、それこそ俺の想像のつかないくらい長い間繰り返してるが、そのどれ一つとして、同じ波ではないはずだ。鶴丸国永は、鵺を時々撫でるようになった。撫でるというか、指を差し込むというか、手を突っ込んでみるというか、とにかくささやかに交流を図っているようだった。
鶴丸国永が部屋に篭り始めると、うちの鶴丸は、この本丸に存在しているありとあらゆる玩具や道具を鶴丸国永に見せて、一緒に遊んだ。俺の知らないゲームもあった。試しに一狩り誘ってみたが、瞬時に判断や行動をしなければいけないものは苦手なようで、へらりと笑うので、無理には勧めなかった。
そんな、ある日の事だった。
「鵺ときみのようだろう」
と言いながら鶴丸が持ってきた、表裏となった白と黒をひっくり返して陣地を取り合う遊びを、鶴丸国永は知らなかった。遊び方を教えても、石をひっくりかえすのがあまり心地よく無いようで、手を彷徨わせながら困ったようにしていた。そして、ただの一手も置く事は無かった。けれど興味はあるようで、しばらくはその盤上を見ていたり、手を彷徨わせたりしていた。誰も居ない部屋でひとり、白と黒を交互に並べて、綺麗な市松模様を作っていたのを、俺は知っている。全ての石は正方形のど真ん中に据えられて、それはそれは美しく整っていた。それをしばらく見つめた後、鶴丸国永は、黒は黒、白は白のままかちかちかちと石を重ねて取っていき、盤についている収納場所へ綺麗にしまった。最後にそっと蓋で覆って、きちんと棚へ戻す。
「はぁ」
そうしてそこへ納まった一式を見て、いつも満足げに笑っていた。きっと、きれいに整ったものが好きなんだと、俺はようやく思った。
うちの鶴丸はその様子を見て、主からタブレットを借りてきた。鶴丸国永はそれを初めて見たようで、最初は首を傾げていたものの、さすが鶴丸国永という太刀だけあって、すぐに目を輝かし始めた。鶴丸国永は手袋を脱ぎたがらなかったが、ちょうどよく人差し指と親指は露出している。
「俺の装束はすまあとなんだ」
うちの鶴丸はそう言って笑いながら、鶴丸国永にタブレットの使い方を教えた。
鶴丸国永は驚くほどすんなりとタブレットを使いこなした。電源や充電の概念、ホーム画面、アプリ、全てを全て理解しているわけではないだろうが(俺だってわかんねえ)、何が必要で何をどうすればどうなるのか、一日もかからずに習得した。鶴丸がタブレットでできる遊びを色々と試していると、鶴丸国永は数独に興味を示した。アプリを入れて渡すと、鶴丸国永は、数日間、休みも何もなしで数独を解き続けた。鵺はその間、鶴丸国永の隣にいたり、膝の上にいたり、頭に乗っていたりした。時折、考え込む鶴丸国永にわしわしと揉まれていたが、鵺もいいやつなので、黙って揉まれていた。
鶴丸と俺は、お茶菓子やお茶を三人分用意し、様子を見つつも二人で三人分を平らげながらその様子を見守った。タブレットは便利なもので、無限に数独の問題が出てくる。九かける九のマスなので厳密にいえば無限に種類があるわけではないのだろうが、鶴丸国永が何もかもを忘れて没頭し続ける時間を得るだけの種類はあったようだった。何かに没頭するというのは、気分を整える上でよいものなのだと、主から聞いたことがある。
今日も、鶴丸と俺は大福を食べて熱いお茶を飲みながら、タブレットで数独をする鶴丸国永を眺めていた。
「目、疲れねえのかな?」
「気がすんだ時に一気にくるやつだな」
鶴丸国永はここ数日、ずっとタブレットの画面を見ている。うっすらと充血しているその目を見ながら尋ねたが、鶴丸は笑うだけだった。
「目が疲れたところに差す目薬もオツなもんさ」
そう言いながら、懐から目薬を出す。その一品は、俺も一回試したことのある、目が梅干しみたいになっちゃうかと思ったものだった。うちの鶴丸は基本的に刺激物が好きなので、あとで主にきいて、穏やかな目薬を買っておこうと思う。多分鶴丸国永は、刺激物が得意ではない。そういう意味では、じっちゃんらしいじっちゃんなのだろう。そんな会話をしている時だった。
はた、と、鶴丸国永が顔を上げた。どうかしただろうかと慌てて大福を飲み込んでみたが、鶴丸国永はまっすぐに鶴丸と目を合わせていた。
「あ、ははっ」
すると突然、快活に笑い出した。
「やあ、気分はどうだい」
「いや、世話をかけた」
「きみが気にする事じゃない」
鶴丸が声をかければ、滑らかに会話が進む。鶴丸国永はタブレットを置いてのそりと立ち上がると、自分の両手をじっと見つめた。
「目がかすむかい?この目薬をさすといい」
「めぐすり?目の薬か?」
「使うのは初めてか?よし、俺がさしてやろう」
突然の変化だった。おそらくここが、一番の大舞台なのだろうと思って、俺は黙って成り行きを見ていた。自分の事が一番わからないと言えど、自分の抱えるものは自分が一番よくわかるのだから、鶴丸に任せた方が良いこともある。鶴丸は鶴丸国永を座らせて上を向かせると、目薬をさした。
「ンウッ……っぐ……ッ!」
予想通り、鶴丸国永は悶絶した。片目から涙を流しながら、必死にもう片方にも目薬をさそうとする鶴丸から逃げている。その様子は、あまりにも、ほんの少し前までの鶴丸とは異なっていた。驚きを求める刀だからこそ、他人を驚かせることも得意だとは思っていたけど、おそらく今一番驚いているのは鶴丸国永自身だろう。
「落ち着いたら、大福もあるぜ」
「手に粉がつくからいらない。獅子王、きみが食べていい」
「いいのか、ありがと」
大福を勧めると食べて良いと言われたので、遠慮なく食べる。そうか、言われてみれば、今まで鶴丸国永が食べるのを嫌がったものは、確かに手が汚れるものばかりだったかもしれない。ほんの少しのものが、きっと許せないんだろうと思った。
目薬の刺激が落ち着いてきたであろう頃合いに、うちの鶴丸が口を開いた。
「さっきも聞いたが、気分はどうたい」
「ああ、とてもいい。感謝する」
ぐすんと、鶴丸国永は鼻を鳴らした。目薬が強すぎたんだと思う。けど、金色の目はキラキラとして、梅干しとは程遠かった。
「ここで、刀解はしてもらえるのかい?」
鶴丸国永は、はっきりとした口調でそう言った。
「刀解でいいのかい?見たところきみは、政府なんかで事務仕事をするのに向いてるようだが」
俺には何日も数字を見続けるなんてできないぜ、と笑いながら言ううちの鶴丸に、鶴丸国永はいつものように、髪や衣服を整えながら笑い返した。
「きみは、きみに出来ることが事務仕事しか無いと言われたらどうする?」
「正直やってられん」
「だろう?俺は、玉砂利の上すら歩けないんだ。もう刀と呼べもしない」
鶴丸国永は、また笑った。その顔は、うちの鶴丸の笑顔に似ていた。鶴丸国永という刀は、思い切りがとてもいい刀だ。戦場でも、本丸でも。それが進退の判断であっても、いたずらを仕掛ける時であっても。髪の乱れ、衣服の整え、敷かれた玉砂利の乱雑さ、そういった物事に意識を邪魔されるのは、きっとすごく煩わしいだろう。
「このなんぷれというのは良いな!一見めちゃくちゃに並んでいるように見えて、綺麗に並んでいるんだ。…俺は、疲れた」
「そうか」
うちの鶴丸は、そう言って静かに笑った。なんだかんだ言って鶴丸も、寛容と諦観を持つ、平安の刀なんだなと思った。
二日後、鶴丸国永は、俺たちの主に刀解された。朝早くを望み、主はそれに応えた。
その昼過ぎ、縁側で鵺を揉んでいると、鶴丸がやってきた。
「獅子王、りばあしでもやろう」
鶴丸は、悲しんでも、喜んでもいなかった。きっと、主と話をして、さっさと整理をつけたんだろう。この本丸の刀は、そうであることを求められる。そして、鶴丸国永という刀は、そういうのがそれほど得意じゃない。得意じゃないものを、得意そうに見せるのが得意だ。
「おう」
返事をして湯飲みを脇に避けると、鵺も肩に乗ってきた。鶴丸は盤を挟んで隣に座った。それから石が収納されている場所の蓋を開けて、一つ手に取る。それを両手で包んで振ると、石を隠したまま、石と掌を盤上に置いた。
「上が黒」
俺の宣言は、いつも決まっている。俺は黒で験を担ぐし、鶴丸はきっと白で験を担ぐ。
「さあ、先攻はどちらかな」
鶴丸は、そっと石から手をよけた。
刀剣男士となった今、俺たちは多少は人じみた存在になることを求められている。自分で考え、自分で決め、相手のことを知り、思いやり。向けられる期待に応え、そして感情を持ち、まるで人のように、心を持ったものとして集団生活を送っている。よろこびもかなしみも、この石の表裏のようになっていて、それをひっくり返したり、ひっくり返されながら、俺たちは生きている。まるで、人の子のように。
俺の名は獅子王。この本丸が始まって、比較的初期に顕現された平安生まれの太刀だ。
俺は、目の前に座るこの鶴丸が、この本丸の二振目であることを知っている。
~おわり~