大きなカラの鉄の中
3/4/2022
出陣していた第二部隊が、大倶利伽羅を拾って帰ってきた。
本丸で見慣れた大倶利伽羅よりも随分とあどけない様子で、腰布で包んだ何かを大事そうに抱え、上着で包んだ何かを背負うようにして体にくくりつけている。大倶利伽羅といえば口数の少ない刀ではあるものの、コミュニケーションが難しいことはない。しかし拾われてきた彼は口数がどうこうというよりは、言葉を覚えようとしている幼な子のような様子で、そして、どこもかしこも薄汚れていた。装束はほつれたり破れたり汚れたりし、髪はぱさついて寝起きのようにぼさぼさで、靴を片方履いていなかった。首から下げている護符には御守がいくつも結ばれていたが、その殆どが既に使用されている。そこらじゅうにかすり傷や擦り傷、交戦時にできたのであろう浅い切り傷が見えていて、彼の本体はといえば、他の何かと一緒に上着に包まれ、背中に背負われている。一目で、彼は何か助けを必要としているのであろうと知れた。
外界とつながるゲートと本丸の間には、多少なりとも距離と壁がある。それは主に緊急時の防衛のためでもあったが、こうして客人を検分するための場所でもあった。審神者は人間である。手入れで傷が治るわけでも、ましてや御守で死を回避できるわけでもないからだ。万が一は、あってはならない。
大倶利伽羅の背に手を添えながらゲートをくぐってきたのは、鶴丸だった。本日の第二部隊にたまたま一振だけいた縁故だったからだろう。最初は手を引こうとしたらしいが、包みを両手でぎゅっと抱えていて緩めず、それは叶わなかったそうだ。ゲートの前には、本丸の初期刀である歌仙と、それから大倶利伽羅と燭台切、善し悪しの検分のために石切丸と袮々切丸、その後ろに太郎太刀と次郎太刀が立っており、様子を見るように、強さを極めた短刀が数振、控えていた。
「連絡した通りだ」
おどおどとしているわけではないが、堂々ともしていない大倶利伽羅の背に手を添えたまま、鶴丸が口を開くと、歌仙がゆっくりと、大倶利伽羅に近づいた。
「きみ、自分のことはわかるかい?」
そう声をかけると、大倶利伽羅は少し間を置いて、少しだけ首をかしげた。
「僕は歌仙という。きみは?」
そう言い直すと、大倶利伽羅は合点がいったように
「から」
とたどたどしく名乗った。
「その包みは?」
抱えている腰布の包みに歌仙が視線をやりながら尋ねると、大倶利伽羅はハッと息をして、急いでその場に膝をついた。いそいそと抱きかかえていた包みを地に置いて開き、その隣に背負っていた荷物を置き、そちらも結び目を解く。
「ていれ、してください」
そしてそう言いながら、躊躇いなく地面に手をついて頭を下げた。しばらくそのままにしていたが、誰も何も言えないでいると、大倶利伽羅は様子を窺うように、そろりと顔を少し上げた。
「しざい、もっと…いる、ですか?」
腰布に包まれていた夥しい数の刀剣の破片と、おそらく資材のつもりなのだろう、上着に包まれた大小の石、それから大倶利伽羅の刀を前に、それでもまだ、誰も、何も、声にするための言葉を見つけることができなかった。
ひとまず、差し出されたものを全て受け取って、歌仙は、大倶利伽羅を審神者のもとへ連れて行った。拾ってきた鶴丸とこの本丸の大倶利伽羅、それと燭台切も、それに続いた。大倶利伽羅は客間に通され、やってきた審神者にもう一度、二つの包みと自らの本体を差し出して、畳に額をつけた。審神者はゆったりと笑みを崩さず、大倶利伽羅に顔を上げさせると、刀剣は一度破壊されると手入れはできないと告げた。大倶利伽羅は首をかしげ、どうすればいいかと尋ねた。審神者は、しばらくこの本丸で過ごしてみてはどうかと言い、大倶利伽羅は、よくわかっていないらしいなりに、うんと頷いた。
大倶利伽羅の拾われてきたこの本丸は、通常の任務に加えて、少し特殊な役割のある本丸だった。それまで朧げだった魂に、やわらかな人の身と共に確固たるこころを与えられた刀剣男士は、様々な経緯でここへやってくる。その存在を知る人の子達には、刀剣男士の休憩所と呼ばれていた。通常の手入れでは修復できないものを、この本丸に滞在することで少しでも癒す、そんな場所だった。審神者は、もともとは人の子の心を診る者だった。この本丸の刀剣達は、みな、審神者の元で教育と指導を受け、何年も、何度も、何振も、様々な刀剣の手助けをし、そして、行先がどこであろうと見送ってきた。死とは、この世の何とも干渉しなくなることだと審神者は説いた。こころの死は、しかし、肉体の死よりは蘇生の可能性が残っている、とも。
常であれば、この本丸に送られてくる刀剣は、政府の者に連れられてやってくる。こころが死に至った経緯、その時点での状態、この本丸を去る条件などとともに。それらの情報はいつも審神者にのみ渡された。助けが必要なものがやってくると、この本丸の刀剣達から世話係が任命される。審神者はいつも、刀剣達に必要最低限の事しか伝えなかった。ゆえに刀剣達は、接していく中で、距離を計りながら相手を知っていくことも、知らずにいることも、何度も何度も経験してきた。けれどそれは、審神者は全てを知っているという安心の上に成り立つものだった。しかし、拾われてきた大倶利伽羅のことを、もちろん、審神者は何も知らない。刀剣達も、知らなかった。少しずつ少しずつ、知っていくしかなかった。事実と推測とをきちんと分け、そうと確定するまでは何も決めつけてはいけない。この本丸にあるものは皆、それを理解し、実践している。
しばらくこの本丸で過ごすことになり、大倶利伽羅は部屋を与えられた。いくつもある空き部屋のうちの一つで、この本丸の大倶利伽羅も一時的にその隣に移った。大倶利伽羅は、大切に包んだ破片を、絶対に手放さなかった。これまで地道に集めてきたのであろうごろごろとしたいくつもの石も、審神者は、そのまま持たせて部屋に置かせた。大倶利伽羅は二つの包みを部屋の隅に置き、その側に正座して、動かなくなった。この本丸の大倶利伽羅や燭台切、それから鶴丸が根気よく話しかけて、それから彼らの本体である刀や、大事そうに持ってきた小物などを押し入れにしまって見せてやるのを繰り返すと、ようやく、大倶利伽羅は包みを押し入れの中、畳まれた布団の真ん中に押し込んで、大事に押し入れを閉めた。それでもまだ押し入れのすぐ前に立って押し入れを見つめる大倶利伽羅に、風呂に入ろうかと燭台切が声をかけた。土や埃まみれで、怪我を追っているのかどうかもよくわからない様子だったからだ。大倶利伽羅は、また、首をかしげた。この本丸の大倶利伽羅が、風呂というのは汚れを落とすということだとなんとか説明すると、大倶利伽羅はなるほどという顔をして、突然庭へ出て行った。燭台切とこの本丸の大倶利伽羅、それから鶴丸が後を追うと、大倶利伽羅はざぶんと池に飛び込んで一度頭まで潜り、ざばりと上がってきたかと思うと手足と頭を振って水を切った。それから目を丸くする面々を見て、心なしか誇らしげな顔をするので、燭台切は少し笑ってしまった。
「お風呂っていうのは、もっとピカピカになるんだよ!さあ、行こう」
大倶利伽羅はずぶ濡れになってしまったので、着たままではあるが衣類を絞れるだけ絞って、燭台切が抱えて風呂場まで向かった。肩に担がれて後ろ向きになった大倶利伽羅と、その後ろを歩くこの本丸の大倶利伽羅は、風呂場に到着するまで一言も発さないまま、お互いにじっと見あっていた。その頃、ちょうど遠征に出ていた第四部隊が帰ってきたので、鶴丸は帰還したであろう太鼓鐘を迎えに行った。
脱衣所に到着し、すのこの上にぺちゃりと下ろされた大倶利伽羅は、周囲を見回すでもなく、ここまで彼を担いできた燭台切を不思議そうに見上げた。
「ここがお風呂だよ」
燭台切はそう言うと、この本丸の大倶利伽羅が持ってきた籠の一つを大倶利伽羅に渡した。籠を手にまた首をかしげている大倶利伽羅の近くで、燭台切とこの本丸の大倶利伽羅は服を脱ぎ始める。
「服を脱いで、お湯に浸かるんだよ。自分で脱げる?」
燭台切の言葉を受けて、大倶利伽羅は籠を置いた。すると燭台切の脱衣を手伝おうとしたのか、シャツのボタンに手を伸ばしてくる。
「待て、お前が脱ぐんだ」
きょとんとしてしまった燭台切のかわりに、もう腰にタオルを巻いた状態のこの本丸の大倶利伽羅がやんわりと手を出した。よくわかっていなさそうな大倶利伽羅のシャツに手をかけ、
「脱がすぞ」
と一言断ってたくし上げていく。ずぶ濡れになっていたせいでシャツもズボンも脱がしにくく、しかしずぶ濡れになっていたおかげで、土埃を撒き散らさずに済んだかもしれない。この本丸の大倶利伽羅がそんなことを考えながら顔を上げると、大倶利伽羅の背後で、燭台切が顔を青くして目の前の背中を凝視していた。
「どうした」
この本丸の大倶利伽羅が大倶利伽羅をひっくりかえして背中を自分に向けさせると、そこには、無惨な姿の龍があった。片目が潰され、左腕の付け根のあたりで首と胴体が離れてーーーいや、かろうじて皮一枚繋がっていた。その口は力なく開いて舌が垂れ、潰れていない方の目も、どことなく濁っている。
大倶利伽羅に刻まれた倶利伽羅龍は、何者かによって殺されていた。
「お前…、これは、どうしたんだ」
この本丸の大倶利伽羅が、言葉を詰まらせながらも目の前の龍に触れようとすると、突然、大倶利伽羅が首から下げていた御守の一つが光った。燭台切は慌てて、咄嗟に目の前の大倶利伽羅を掴み、この本丸の大倶利伽羅は伸ばしていた手を引いた。まばゆい光が収まると、大倶利伽羅は相変わらずきょとんとした顔でそこにあり、けれど、肩のあたりの龍の首が、さきほどより少しだけ繋がっていた。タイミングや仕組みはよくわからないが、御守の力を吸って、この倶利伽羅龍は、少しずつ少しずつ、蘇生をしているのだと知れた。そうとわかれば、彼らは大倶利伽羅の首から護符も御守も外すことはなく、次はゆっくり入ろうねと言いながら手早く湯で大倶利伽羅を清め、この本丸の大倶利伽羅の予備の服を着せると、審神者のところへ大倶利伽羅を連れて行った。
審神者は、御守を、可能な限りたくさん大倶利伽羅の護符にくくりつけてくれた。すでに使用済みになったものは丁寧に外して、巾着袋に入れて大倶利伽羅の部屋に置いた。きっと、誰かからもらった、大切なものであろうから。
遠征から戻った太鼓鐘は、大倶利伽羅を見るなり破顔して名乗った。大倶利伽羅はまた、自分を「から」と名乗った。
それから長い時間をかけて、御守は少しずつ倶利伽羅龍を癒していった。
食事というものを理解していなかった大倶利伽羅がものを食べられるようになるまでには、少し時間がかかった。
最初、こうして食べるのだと手本を見せたこの本丸の大倶利伽羅をじっと見つめたかと思うと、大倶利伽羅は自分の匙で白米をすくい、この本丸の大倶利伽羅の口元へ持っていった。この本丸の大倶利伽羅は、差し出された白米を食べ、それから自分の箸でつまんだ肉を、大倶利伽羅の口元に差し出した。大倶利伽羅はそれを見て首をかしげ、結局それは無視して、また匙ですくった白米を、この本丸の大倶利伽羅に食べさせようとした。数日間、同じようなことを繰り返し、ようやく大倶利伽羅の口の中にひとすくいの味噌汁を入れられたと思ったら、飲み込むことを知らない大倶利伽羅はそのまま味噌汁を口からこぼした。
縁のものも、そうでないものも、この本丸の刀剣達は大倶利伽羅の面倒をよく見た。みな、忍耐力は人一倍あるし、うまくいかない状態のものの世話も慣れている。腫れ物を扱うようにはせず、けれど心を配ることは怠らず、赤子を育てるかのように、みなで大倶利伽羅の世話をした。
風呂を覚え、食事を覚える頃には、大倶利伽羅の龍の首は、半分以上繋がっていた。いつ御守が光るのかは運次第のようで、そこには規則性は見つけられなかった。もう少しで倶利伽羅龍の首が完全につながるだろうという頃になると、大倶利伽羅は、手本を見せられると、それを自分のこととして真似ることができるようになっていた。太鼓鐘が枝豆の食べ方を見せると、大倶利伽羅は迷うことなく、新しい枝豆を自分の口元に持って行って、つるんつるんと中の豆を食べた。鶴丸が襷掛けをしているのを見ると、大倶利伽羅もジャージの上から襷をかけたりもした。大倶利伽羅はほとんど何も喋らなかったが、何かを真似て見せたあと、少しだけ得意げな顔をするようになった。みな、それを褒めて、愛しんだ。
伊達のものが大倶利伽羅を「から」と呼ぶと、大倶利伽羅は自分のことだとわかるようだったが、他のものが「大倶利伽羅」とその名を呼んでも、大倶利伽羅は返事をしなかった。その様子に気づいた蜂須賀は、もしかしたら、大倶利伽羅は自分の名前がわかっていないのではないかと案じた。試しに、この本丸の大倶利伽羅が、大倶利伽羅の名を呼んでみると、大倶利伽羅は、返事をしなかった。そうとわかれば、それまで愛称で彼を呼んでいた伊達の者たちも、きちんと名前で大倶利伽羅を呼ぶようになった。名を呼ばれても知らん顔をしている大倶利伽羅の頬を両手で包んで、まっすぐに目を合わせ、きみのことだ、と繰り返した。大倶利伽羅は、大抵のことは時間がかかっても一ヶ月ほどあれば新しいことを学んだが、自分の名前だけは、どうにも理解できていないようで、それがみなの気を揉んだ。
そんなある日のことだった。小洒落たデザインの、菓子の空き缶を持って、南泉が大倶利伽羅の部屋にやってきた。
「これいるか?にゃ?こういうの、欲しいやつが物入れに使ったりするにゃ。そういや大倶利伽羅はまだ持ってなかったとおもってにゃ〜」
大倶利伽羅はその大きめの缶を受け取ると、いつものように首をかしげた。南泉は缶の蓋を開けて空っぽの中身を見せ、
「ほら、なんでも入るにゃ」
と言い、顔をあげた。すると、大倶利伽羅はじっと南泉を見ていた。なんだろうかと今度は南泉が首をかしげると、大倶利伽羅は何も入っていない缶をに目を落とし、
「から」
と、以前、名乗った時のように言った。
「お前…もしかして…」
南泉は、すっと冷えてしまった自分の手をなんとか伸ばして大倶利伽羅の腕を掴むと、そのまま早足で審神者のもとへと向かった。
本丸中の知恵と知識をかき集め、それから数日間、大倶利伽羅と話をしたり、本体や男士の身を検分し、時に文献や専門家に助けを求めながら、彼らはなんとか、一つの仮説にたどり着くことができた。大倶利伽羅は、自分の名前をわかっていないのではなく、無理矢理新しい名前をつけられているのではないか、というものだ。何者かが倶利伽羅龍を殺し、本来の名の一部をとって、その響きを「空」と重ね、大倶利伽羅の持つ全てを封じているのではないか。倶利伽羅龍が甦れば、あるいは、彼の意識もはっきりとするのかもしれない。もしそうであれば、封じられていた間の記憶があろうと無かろうと、この先どこへ向かいたいかという話も、大倶利伽羅とできるかもしれない。
一旦そのように結論づけると、あとは、倶利伽羅龍が御守の力を吸い、癒えていくのを見守った。その間も、大倶利伽羅は、少しずつ少しずつ、色々なことを学んだ。短刀達に、一緒に絵をかこうと誘われ、クレヨンを食べようとして止められたり、五虎退の大きな大きな虎を撫でていたかと思うと口の中に手をつっこんで舌をむんずと掴んでいたり、シャツのボタンを自分でとめられるようになったり、靴紐を自分で結べるようになったりした。
倶利伽羅龍の首が完全につながると、大倶利伽羅は突然、片目を押さえて脂汗をかいた。どうやら、潰されている倶利伽羅龍の片目の痛みが、首が繋がったことで大倶利伽羅にも現れているようだった。そういうことがあるのかとこの本丸の大倶利伽羅に尋ねる者もあったが、この本丸の大倶利伽羅は「俺は龍を殺されたことがないからわからない」としか答えなかった。
倶利伽羅龍の目が癒えるのには、御守が三つほど必要だった。数日間をかけて目が治り、大倶利伽羅の龍がその生気を取り戻すと、今度は大倶利伽羅が長い眠りについた。ハラハラとしながらも、この本丸の誰もが、それをそっと見守った。
一週間ほど経った頃、大倶利伽羅は、突然目を覚ました。部屋に控えていた太鼓鐘が、審神者に知らせてくると言って部屋を出た。部屋のなかに残された大倶利伽羅とこの本丸の大倶利伽羅は、しばしの間、無言でお互いを見ていた。
「お前、自分がなにものかわかるか」
この本丸の大倶利伽羅がそう尋ねると、
「……大倶利伽羅だ」
と、名乗った。その声音があまりに硬く、そして重く、ささくれ立っていて、ああ、記憶は全てあるのだろう、と、この本丸の大倶利伽羅は悟った。
「聞け」
この本丸の大倶利伽羅は、大倶利伽羅が起き上がるのを手伝うと、正面からしっかりとその目を見つめた。
「突然池に飛び込んだり、味噌汁を口から垂れ流したり、クレヨンを食べようとしたりなんて記憶があったら、この世から消えたくなるだろう。俺のことは俺が一番わかる…。だが、もしお前がその記憶を持って、なお生き続け、戦い続けることができるのなら、それは、お前が特別強いという事に他ならない」
大倶利伽羅は、はくりと口を開け、閉じた。その目は、黄金色をしているくせに、くらく沈んで、今にもどこかへ消えてしまいそうだった。この本丸の大倶利伽羅は、こういう目をよく知っている。そっと、驚かせないように、目の前の大倶利伽羅を抱きしめた。
「俺たちは、手伝うことができる。お前が何を望むのか、今でなくてもいい、教えてくれ」
大倶利伽羅は、この本丸の大倶利伽羅を抱き返すことはしなかったし、何を、こたえることも、言うこともなかった。
この本丸の大倶利伽羅は、大倶利伽羅の背を、励ますように二度叩くと、身を離した。大倶利伽羅は、ぼんやりと、押し入れの方を見ていた。押し入れの中には、もうずっと、最初に大倶利伽羅が抱えていた刀剣の破片の山と、彼が資材と思っていた石、それから、彼自身の本体が、布団に包まれて保管されている。
大倶利伽羅は、布団から出ると、ゆっくりと押し入れに近づいていった。それから押し入れを開けて、大事な包みを取り出すと、それを力一杯抱え込んだ。キシリカシリと音がした。刃が肉に当たったのだろう、ふわりと、鉄の匂いが生じた。大倶利伽羅は、それでも、包みを抱える腕に更に力を込めた。その震える肩を、この本丸の大倶利伽羅は、静かに見ていた。
遠くから、審神者の気配がした。太鼓鐘も、燭台切も、鶴丸も一緒だろう。
この本丸は、通常の任務に加えて、少し特殊な役割のある本丸だった。通常の手入れでは修復できないものを、この本丸に滞在することで少しでも癒す、そんな場所だった。審神者は、もともとは人の子の心を診る者だった。この本丸の刀剣達は、みな、審神者の元で教育と指導を受け、何年も、何度も、何振も、様々な刀剣の手助けをし、そして、行先がどこであろうと見送ってきた。死とは、この世の何とも干渉しなくなることだと審神者は説いた。こころの死は、しかし、肉体の死よりは蘇生の可能性が残っている、とも。
大倶利伽羅は、強くなるだろうと、この本丸の大倶利伽羅は思った。今までただただ空虚を強いられていた大倶利伽羅の心は、ようやく、苦しみに満たされて死んだ。自分の役目が、ようやく始められる。ここから先は、自分にもできることがある。かなしい。何もかも全て。この本丸の存在も、大倶利伽羅の受けた仕打ちも。理不尽で、意味がわからなくて、ただ、苦しくてかなしい。
それまで朧げだった魂に、やわらかな人の身と共に確固たるこころを与えられた刀剣男士は、様々な経緯でここへやってくる。この本丸の大倶利伽羅は、顕現という形でここへやってきて、この本丸で少し特殊な役割を果たしている。
慣れることはない。慣れることがよいことなのかどうかもわからない。
ただ、大倶利伽羅は、生きる限りは戦い、戦う限りは強くありたいと、そう思っている。
廊下から、開けてもいいかと太鼓鐘が声をかけた。
この本丸の大倶利伽羅は、一拍の間の後、ああ、と返事をする。
廊下とこの部屋を隔てる障子が、静かに静かに開かれた。
大倶利伽羅は、押し入れの前で包みを抱えて泣いている。
それは、大倶利伽羅が、まだ生きているということに他ならない。
~おわり~