無銘一文字、号して
9/27/2024




一文字則宗が取調室に入ると、山鳥毛と日光一文字は部屋の隅に立っていた。壁によりかかって、部屋中に映し出されている穏やかな景色を眺めている。彼らが見ているのは春だった。この部屋には存在しないが、実際の窓の外は、その実、もうすぐ秋を迎えようとしている。

「やあ」

則宗が片手を上げながら声をかけると、二人はようやく視線を寄越した。則宗の後ろから、人間が一人、続いて部屋に入った。

「座ったらどうだ」

則宗が腰を下ろしながらそう言うと、日光は口を開かず、代わりとでもいうように山鳥毛が組んでいた腕を解いて腰の刀に手を添える。

「ご存知だとは思うが、私は顕現したばかりで、こちらの翼も本調子ではない。対してあなたは修練も経験も積んでいる。腰を下ろしてしまっては、有事の際、私は刀を抜くこともできないだろう」

穏やかな、けれど重い声だった。則宗は肩をすくめて、一理ある、と頷いた。そのような事態には決してならない、とは約束しない。少しばかり剣呑な空気に、けれど、則宗の隣に座る人間は、この部屋の中で口を開くなと則宗に言い聞かされている。彼らのやり取りに少し戸惑った様子を見せつつも、言葉を挟むことはなかった。

「日光の坊主は本調子ではないのだろう?なら、お前さんだけでも座ったらどうだ」

則宗がそう言うと、日光は困ったように視線を泳がせる。山鳥毛は、その肩にそっと触れた。

「そうだな、翼は少しでも楽にすると良い」

「…いえ、俺だけ座るわけには…」

「では言い方を変えるか。頭が高い、下に居よ」

「…は、失礼いたします。お心遣い、痛み入ります」

日光が軽く頭を下げて椅子に座るのを、則宗はそのもっさりとした前髪の奥から見ていた。山鳥毛が威圧的な言葉を使うことは珍しいが、座れと言われてすぐに座らない日光も珍しい。彼らがこの部屋に至った経緯を考えれば無理もないのかもしれない。自分で選んだ道ではあったが、それでも則宗は、同派後進の疲れた姿を見なければならない状況に、決して慣れることはできなかった。山鳥毛の言葉は鋭いが、声音は気遣いに溢れている。それを救いとして、則宗はパッと扇子を開いた。

「僕も忙しいんでな、単刀直入に聞くぞ。審神者を殺したのはお前さんか?」

則宗の隣で、人間が肩を強張らせた。それを目の端にとらえながらも、山鳥毛は立ったまま腕を組み直す。

「そうだ」

「経緯を聞こう」

「顕現されたが、名乗りを遮られた。あの者のすぐ隣には重傷状態の我が翼がおり、奴は何かをわめきながらそれを折ろうとした。審神者だとは思わなかった。不届者が本丸に侵入して、狼藉を働いていると判断した。威嚇のために刀を抜いたが、何せ顕現し立てて勝手が分からなくてな。そのまま首を刎ねてしまったというわけだ」

山鳥毛は穏やかだった。その口元に、薄く笑みを浮かべてさえいる。則宗はため息を吐きたかったが、扇子の奥で目を細めるに留めた。山鳥毛を一文字の長にと据えたのは自分である。怒髪天を突いた彼の扱いが非常に難しいものになるのも、重々承知していた。

「日光の坊主、相違ないか?」

則宗は、事の真偽を山鳥毛ではなく、日光に確認した。

「…相違ありません」

一呼吸の遅れが気になりはしたが、この日光は会話に切れがない。調子が万全でないというのも、本当のことなのだろう。常ならば日の光を宿すその瞳も、今はぼんやりと曇っていた。

「そうか」

則宗は、隣で調書をとる人間をちらりと見て、扇子を閉じた。山鳥毛は、積極的に嘘を吐く刀ではない。けれど則宗は、審神者を斬ったのが意図的だったのかどうかは判断しかねると感じた。日光は、今は嘘をつくにはいささか疲れているように見える。意図的であろうとなかろうと、審神者の自業自得であることは明白だったが、則宗は政府の刀だ。波風の立たない落とし所を、探さねばならなかった。

「他の者はどうした。報告では、駆けつけた時にはお前たちしか居なかったようだが」

閉じたままの扇子をいじりながら、則宗は足を組んだ。山鳥毛が日光を見やり、日光はそれを受けて口を開く。

「…資材にされました。お頭を求めた結果、常に資源不足でしたので」

「こいつは現時点では鍛刀で降りないはずだが」

「…理を曲げることに、長けた者でした」

「なるほどな」

則宗はパチンと扇子を鳴らす。

「誰に非があったのかは明白だが、審神者殺しは審神者殺しだ。どうしたものか」

感情の無い声でそう言うと、山鳥毛が喉の奥で笑った。

「ーーー山鳥毛を、除名するといい。この戦から。審神者殺しとは、重い罪なのだろう?」

「っ、それは」

「こら」

人間が隣で腰を浮かすのを、則宗は咎めた。この部屋では意思を持つなとあれだけ言い含めたのになあという落胆と、所詮、戦を知らぬ世の人の子だ、仕方が無いかという諦めとが半々だった。

「そこまで思い詰める必要はないぞ」

則宗の言葉の意味を、山鳥毛は正しく理解したはずだ。一文字の長であり上杉の太刀でもある山鳥毛が戦から身を引けば、及ぶ影響の範囲は広い。手間暇をかけ、招かれるままに参陣し、そして不義を働く輩に一矢報いることが、名をかけた重篤な罪だとされるならば、刀剣のつくもかみは軽んじられていると周知されるに等しい。その余波は非常に大きなものとなるだろう。山鳥毛はそれを狙っていて、則宗はそこまでするなと頼んでいるのだったが、そのやりとりを、人間は人間で都合良く解釈したに違いなかった。人を殺した刀剣男士との面会に、政府の重役は同席しない。万が一が起きても支障のない者が、今こうして、則宗の隣に座っている。きっと則宗の狙った通り、今後、場合によっては戦から手を引くことになる刀が現れる可能性というものを、上役に伝えるだろう。

「では、刀解するか」

「うーん」

おそらく山鳥毛は、刀解されるのも厭わないのだろう。完全にやる気を失っているし、そもそもまだ怒りがおさまってはいない。則宗はちらりと日光を盗み見るが、日光は日光で軽く俯き、山鳥毛や則宗を窺い見ていた。

「坊主と二人で話していいか?」

則宗がそう告げると、山鳥毛と日光はお互いに顔を見合わせてから頷いた。山鳥毛が人間に何もしないことは分かりきっていたがあえて口頭で何もするなよと念を押し、則宗は日光を伴って部屋を出た。


廊下には、誰も居なかった。則宗は目線だけであたりを伺い、監視カメラの死角へと移動する。日光をカメラ側に立たせて、もし映っても口の動きまでは見えないようにと、念の為扇子も開いて口元を隠した。音声は録られていない。それは、監査官権限で知っている。

「お前さんの入れ知恵か?」

「…何のことか分かりかねますが、お恥ずかしながら、俺は今、本当にあまり調子が良くないのです。御前がいらっしゃる直前まで、休ませていただいておりました。色々と考えなければならないのは承知していますが、うまく、できず…」

「そうか」

山鳥毛のかたくなな態度に、もしかしたら日光の献策があったのかと勘繰ったが、どうやら違うようだった。則宗は、項垂れる日光の顔を上げさせた。

「…もし、あなたの想定以上の事が起きているのでしたら」

日光は、ぼんやりと笑った。

「お頭を選ばれたあなたの目が、確かだったというだけです」

「そうか」

それは悪くない賛辞だと、則宗は思った。

「ところで、今後の事だが」

「…はい」

「何か希望はあるか?」

「…お頭はどうなります」

「それを考えてるんだ。お前さんの意見を聞きたい」

則宗は、努めて目元を和らげる。前髪で隠しても、扇子で誤魔化しても、光の強いその瞳は、山鳥毛のそれとはまた違った強さを持っていた。今の日光には、少々居心地の悪いものであろうと、さすがにわかる。

「…できれば俺は、あの方がきちんとした本丸で、本来あるべき待遇を受け、その上で留まるなり退くなりなさるのを見届けてから刀解されたいと思います」

「ほう、共に歩まなくていいのか?」

「……今はあまり、先のことを考えられませんので…。…俺については、すぐにでも去れと言うのであれば、従います。ご随意に」

お前さん、どうにも暗いなあ、と、いつもの調子で口から出ていきそうになって、則宗は慌ててそれを飲み込んだ。暗くもなるだろう。きっと、則宗に寄越された報告書には、事の全ては書かれていないのだから。

「では、とりあえずはあの山鳥毛と同じところに行けるように言っておこう」

「…感謝いたします」

「行き先の希望はあるか?どういう審神者がいいとか、誰がいないほうがいいとか」

則宗がそう言うと、日光は口をきゅっと一文字に引き結び、困ったように眉尻を下げた。いいから言ってみろと則宗が促すと、少しの沈黙の後、もごもごと口を開く。

「…お頭が、安らかにお休みになれる場所がよいかと。上杉の刀が多いところがよろしいでしょう。あの方は、顕現以来、一睡もされていません」

「少しもか」

「…おそらく、最初に見たのが折れかけの俺だった上に、俺は眠ってばかりだったので…ずっと気を張っているのだと思います」

「うーん、そりゃそうか」

則宗は、小さくため息をついた。自分の目が間違っていないのであればこそ、警戒および臨戦状態にある山鳥毛の気をを宥めるのは難しいだろうと知っている。

「他の山鳥毛が居た方がいいと思うか?」

「…分かりかねます。居らっしゃる方が落ち着けるとは思いますが、二振り目ならば自分は用済みだとお考えになりそうでもあります」

「ふむ」

日光の言い分がもっともに思えて、則宗は小さく唸る。落ち着かせるという意味では、穏やかな状態の山鳥毛が側に居た方が早いだろうと思っていたが、確かにそれだと、落ち着いた途端に自分を刀解しろと言い出しそうだ。山鳥毛は頑固でもある。刀解の選択は、可能性の一つではあるが、判断を焦ってほしくはない。

「お前さんに聞けてよかった。さすがの左腕だな」

「…そのお言葉は、俺にはもったいなく」

「じゃあ、これからそれに見合うお前さんになればいいさ。受け取っておけ」

「…はい」

聞きたいことも聞けたし、部屋に戻るかと促したところで、日光が則宗を引き留めた。

「あの」

「ん?」

「…審神者を斬るというのは、どれほどの責なのでしょうか」

その顔には、そして声にも、自分がさっさと手を下しておけばよかった、という後悔が見てとれた。なるほど、この日光は、その後悔をずっと胸にも腹にも抱えている。

「今回のことは、善良な審神者を斬るのとは訳が違う。人の言葉を使うなら、正当防衛というやつだろう。しばらく監視の目はつくかもしれんが、お咎めは無いだろうよ」

「そう、ですか…」

則宗が予想したほど、日光の安堵は大きくなかった。則宗は今までの会話を一度全て洗い直し、日光がいまだに隠しているだろうことを探す。そして、広げていた扇子を畳んだ。

「あの山鳥毛に使われた資材は、誰だ?」

則宗が囁くように問うと、日光の肩が震える。日光は血の気をなくした顔で則宗を見るが、則宗は黙秘を許さなかった。先ほど日光は、他の刀は全て資材にされたと言っていた。刀解で得られる資材は、同じものを鍛刀するのに必要なものより少ない。日光は、自分が最後に残ったと暗に言っていた。きっと、山鳥毛に縁のある刀は、最後まで残されていたに違いない。顕現した山鳥毛を、本丸に縛っておくために。

「…小豆長光と、姫、後家兼光、それから、宗三左文字です…」

「宗三?」

予想外の名前に思わず聞き返すと、日光は静かに頷いた。

「本当は俺の予定でしたが、一つ前の鍛刀で降りてきたのが彼でした。折れかけだった俺より、多く資材になりましたので…」

「なるほどな」

それはまた、気性の荒いのを詰め込んだなとは、則宗は声には出さなかった。使われる資材によって個体差が生まれるか否かの研究は、ほとんどされていない。研究手段も、そして結果も、きっとろくな事にはならないだろうと、一部の良識ある者たちが阻止しているからだ。「刀を抜いたら」「うっかり人間の首を刎ねてしまった」ような山鳥毛は、そういった面倒事からは遠ざけねばならないだろう。

「できれば、そのことは胸に留めておけ。特に人の子には知られるな」

「…かしこまりました」

素直に了解する日光の肩を二度叩いて、今度こそ、則宗は日光を連れて部屋に戻った。


部屋に戻ると、山鳥毛は先ほどと全く同じ姿勢で立っていて、座る人間は机上の一点を見つめながら冷や汗を流していた。則宗が呆れたように山鳥毛を見やるが、

「私は何もしていない」

と、にべも無く返ってくる。

「そうだろうとも」

則宗は軽く笑って、日光と共に席に着いた。

「坊主と話した内容については、僕が口止めをしてある。気になるなら僕に聞け」

一部にのみ言及したそれを、まるで全ての事に対してのように則宗は言った。日光は少し驚いて顔を上げたが、そういうことにしておけ、と視線が返ってきてまた俯いた。

「必要が出てきたらそうしよう」

山鳥毛は、相変わらずそっけない。やれやれと、則宗は椅子にふんぞり返った。

「お前さんたちはおそらく、しばらくは保護観察下に置かれることになるだろう。政府ではなく本丸所属を勧めるが、配属先に希望はあるか?」

「希望など、」

山鳥毛は思わずといった様子で笑い捨てようとして、けれど自分で、続く言葉を飲んだ。

「…そうだな。もし叶うのであれば、我が翼と同じところに」

ゆっくりと選ばれた言葉はぞんざいに投げて寄越されたが、それでも日光への気遣いには満ちていた。きっと山鳥毛も、日光と同じようなことを考えている。このふたりは、どうにも似たところがある、と則宗は知っている。

「行き先の好みはあるか?どういう審神者がいいとか、誰がいないほうがいいとか」

日光に尋ねたのと同じ問いを、山鳥毛にも投げかけた。答えの予想はついている。

「そうだな…黒田の者が多い場所がよいだろう。我が翼がゆっくりと羽根を伸ばせるような」

則宗は、顔の前に扇子を広げて日光を盗み見た。肩に力が入っている。それを見とめ、まだまだかわいい坊主だなぁと、目を細めた。

「よし」

音を鳴らして扇子を閉じると、則宗は人間を呼んだ。

「このふたりは、あそこに預かってもらう事にしよう。ほら、あるだろう?僕たちの休憩所と呼ばれる本丸が」

「ですが、あの本丸は」

「今は審神者が休憩中で、代理の審神者が指揮を執っていたはずだ。その分、預かる刀剣の状態に幅ができていると聞いたぞ」

「それは、そうですが…」

「あそこは一文字も黒田も上杉も揃っていたはずだ。お前たちもそれでいいか?本配属前の、そうだな、休養期間とでも思え」

則宗が押し切るのを、人間は止められなかった。人を殺した刀剣男士との面会に、政府の重役は同席しない。万が一が起きても支障のない者が、今こうして、則宗の隣に座っていた。それをいいことに、全てをここで決めてしまう。山鳥毛と日光は、一瞬視線を交わしたものの、

「それで構わない」

「お頭と一緒であれば、俺はどこでも」

と、半ば投げやりに頷いた。

「じゃ、そう伝えといてくれ」

則宗は人間に対し、にこりと笑った。壁一面の春によく似合うその笑顔に、人間は否とは言えない。分かりましたと頭を下げて、先に部屋を出ていった。


「ところで、この壁のはなんだ?」

刀が三振になったところで、則宗は壁に映し出されている春の景色を見回した。

「窓もない箱の中は息がつまると言ったら、こうなった」

山鳥毛は、相変わらず興味なさそうに立っている。

「お気に召したか?」

「…私には、色が動いている奇妙な壁にしか見えない。だから、どういう意図なのだろうかとずっと考えている」

「うはは、お前さんは眼がいいな。屏風や襖の絵のようなものだ。少しでも気晴らしになればとこうしたんだろうよ」

特に意図があって尋ねたわけではなかったが、なるほど、この分だと、審神者の本質を一瞥で見抜き、不審者と間違えたのもあながち嘘では無いのかもしれない。

「お前」

則宗は、なんでもないように装って、けれど鋭い声で山鳥毛を呼んだ。

「今ここで、名乗れるか?」

山鳥毛は何の感情も乗せず、金色の髪に隠された青く光る瞳を見返し、そして、口元に弧を描いた。

「と、いうと?」

「それが答えか?顕現時、名乗りを遮られたと言ったな。我々は便宜上、お前を山鳥毛と呼んではいるが、お前はまだ、自ら名乗っていない」

則宗の冷たい声に、日光が顔を上げた。

「今のうちに、ちゃんと山鳥毛になっておいた方がいいぞ。特に、人間を殺した刀はな。制約は多いが、恩恵も少なくはない。なに、政府で働く年長者からの、ちょっとした助言だ」

山鳥毛は、じっと則宗を見た。日光の顔色は、先ほどよりも少し悪い。山鳥毛は、逡巡のあと、姿勢を正した。

「…上杉家御手選三十五腰のひとつ、無銘一文字。号して、…山鳥毛だ」

部屋の壁一面には、春が映し出されている。本来ならば、桜が名乗りを飾るはずであることも、実際の春がどれだけ美しいかも、その何もかもを、山鳥毛はまだ知らず、そして、理解もしていない。それでも。

「お前さん、いい子だな。嫌いじゃないぞ」

則宗は満足した。満足して、上機嫌に笑った。





〜おわり〜