すごくかっこいい刀
3/1/2021
姫鶴一文字はすごくかっこいい刀だと、福島光忠は思っている。
豊かに流れる清流のような髪をいつも綺麗にまとめて、一文字揃いの白い装束をなんの躊躇いもなく汚しては、湯を浴びてさっぱりした顔で団扇をぱたつかせていたりする。身内意識が強いようで、上杉の短刀たちをよく構っては、大きな虎に埋もれて昼寝をしていた。
初めて同じ部隊で出陣した時、二人ともすでに成長は止まっていた。審神者に部隊編成を頼みに行った時、彼はにこにことするだけで何も言わなかったし、何も尋ねなかった。後々わかった事だが、誰かと一緒に出陣したいという訴えは珍しい事ではなく、どころか比較的頻繁にある事のようだった。よほどの理由がなければ、彼らの主はそういった要望を無碍にする事はない。すんなりと部隊編成をして、二人は同じ戦場に立った。
初めて部屋を訪れた時、壁際の几帳に、さすが大名の刀はこんなものを置くのかと驚いたものだったが、その奥に隠されていた一文字ポスター群にはもっと驚いて、そして胸の奥がきゅんとした。いつだったかに姫鶴に贈られた日本号本体のポスターを、福島は隠すこともせず部屋の一番大きな壁の、そのど真ん中に貼っている。その堂々とした飾り方を、姫鶴は姫鶴で潔いなと思っているのだが、福島はそれをまだ知らない。
初めて酒杯を交わすまでに、少しばかりのすったもんだがあった。好きなくせに酒を怖がる福島に、酒豪であり、同じように酒を好んだ前の主を持つ姫鶴は理解を示した。酒は美味い。そのことを、二人とも知っていた。酒は怖い。そのことも、二人とも知っていた。果たして意を決して大吟醸を空けた夜、福島は泣いて騒いで笑って騒いで、ふくれて甘えてまた泣いて、最終的に空瓶を大事に抱えて姫鶴の膝で眠りについた。とてもおもしろかった。翌朝、福島の顔を青くしたのは体に居残った酒ではなく、一切欠ける事のなかった記憶だった。姫鶴は、面白かったからまた飲もーね、と笑った。
初めて顔を寄せ合ったのは、なんのことはない、昼下がりの縁側だった。他愛もない話をしていて、ふと、よい風が吹いたので、それに背を押されるように、そっと口付けた。
ひとつ、触れてしまえば、そこから先は 早駆けのようだった。
福島と姫鶴は、それからしばらくして、二人で花街へ出かけた。教えを乞う事は恥ではない。勤めに障りが出て、主に恥をかかせることこそが恥だ。大名たちやその室にだって、指南役はついていた。姫鶴も福島も、おっかなびっくり、人の身の不思議を学んでいった。肌を重ねることを、かわいい弟分の燭台切は「温水設定ですすぎ中の洗濯機の中にいるみたい」と称したが、なんとなく、わかるような気がした。問答無用にもみくちゃにされるくせに、とけあうことは決してない。
福島も姫鶴も、戦乱の世の記憶が強く残る刀だった。今日やりたいことは今日やりたい。今できることは今やる。明日に約束があるのなら、明日までは必ず生きる。並んで過ごし、よく働いた。姫鶴一文字はすごくかっこいい刀だと、やはり、福島光忠は思っている。
初めて、夜に雨が降った時、肌を滑ったその塩辛い雫を、福島はすごくきれいだと思った。
あたためられた身体をじんわりと開かれて、ぐにゃぐにゃになった境界が、それでもそこに存在していて、邪魔だからと編んでまとめられた姫鶴の髪が、命綱のように垂れていた。
熱い声で、いつも姫鶴は、どう?と尋ねる。大丈夫かとか、無理はないかとか、うんとううんで答えられないように、きっとわざとそう問いかけている。あついとか、きもちいいとか、何かをたくさん伝えることができればいいのに、嵐のようなゆりかごの中で、福島は、餌をねだる雛鳥のように、必死に鳴くことしかできなくなってしまう。だからせめてと、顕現を機に与えられた長く強い腕を、蔦のように姫鶴に這わせた。
けれどその夜は、姫鶴はどうと尋ねるかわりに、いつもは凪いでいる瞳を揺らした。いつも福島を映す透きとおった鏡が、ぶわりと雨粒になって福島に落ちた。どうしたの、と福島は尋ねた。姫鶴は何もこたえず、親鳥が餌を与えるように口付けた。だからやはり福島は、顕現を機に与えられた長く強い腕を、蔦のように姫鶴に這わせた。
それから姫鶴は、時折夜に泣いた。福島は、何を尋ねることも、何を言うこともなかった。ただ、その手に掴むことができるものを必死に掴んで、身を寄せ合って、心を吐いた。
雨の後の晴天は、いつも眩しい。陽光に濡れる姫鶴は、いつだって凛としている。穏やかに流れる清流のような髪をいつも綺麗にまとめて、一文字揃いの白い装束をなんの躊躇いもなく汚しては、湯を浴びてさっぱりした顔で団扇をぱたつかせていたりする。身内意識が強いようで、上杉の短刀たちをよく構っては、大きな虎に埋もれて昼寝をしていた。おやつは自分もしっかり食べつつ、みんなに少しずつ分けてくれる。進んであれこれと手伝うことはないが、忙しなくする者を見れば手を貸すことは厭わない。部屋にずらりと並ぶ一文字ポスターを眺めてふわふわにこにこしている姿などは、とても微笑ましい。闇に隠れて涙を流す姿など、福島しか知らないだろう。
福島も姫鶴も、戦乱の世の記憶が強く残る刀だった。今日やりたいことは今日やりたい。今できることは今やる。明日に約束があるのなら、明日までは必ず生きる。その先への約束は、それはどちらかというと願いだった。
福島は、かえる箱を持たない刀だった。
姫鶴は、それを、はじめから知っている。
福島光忠は、姫鶴一文字のことを、すごくかっこいい刀だと、心から思っている。
~おわり~