その腕の中で暖を取る
12/25/2022
福島光忠がこの本丸に顕現して、一年が経った。年末年始の恒例であるらしい連隊戦は、新刃のレベル上げも完了して、今は極刀剣たちが頻度を下げて通っている。年の瀬の準備は、思いの外忙しなかった。クリスマス、大晦日、そして元旦と、趣の異なる行事が立て続けで、今年は花や飾りの類は福島が手配を担当した。クリスマスが始まる前までに準備を整えた福島は、クリスマス当日は姫鶴と出かける約束をしていた。燭台切から、クリスマスは大切な人と過ごすものだと言われたからだ。過ごし方はそれぞれらしいので、福島は、せっかくだから煌びやかに飾り立てられた万屋街を見て歩きたいと、少し前から姫鶴に伝えてあった。姫鶴は姫鶴で、こちらは年末年始の酒類を手配する班に属していて、数も多ければ酒好きも少なくないこの本丸の、これまでの記録や傾向、予算、各々の飲みたい、飲んでみたい酒の希望などをひっくるめた大きな大きな注文を、つい数日前に完了したところだった。年末年始は、きちんと行おうとすると、必要な準備が尋常ではない。その代わり、始まってしまえばあとは酒と雰囲気に飲まれれば良いだけなので、皆、出陣のかたわら、一年の集大成とばかりに働いている。
クリスマス当日には、審神者は景趣を雪景色にした。人の子は、この日に雪が降る事を、ホワイトクリスマスと言うらしい。福島は目を覚ますなり、くしゃみをせざるを得なかった。冬しか知らなかった一年前とは違い、春夏を経て秋を通った冬は、なんだか酷く寒く感じる気がする。それでも、常から寝起きの良い福島は、うきうきと布団を出て、気持ちよく伸びをして一日を始めた。そこかしこで、贈り物を開封する短刀たちの声がする。それが耳に入るたび、福島の笑みは深まった。洗面所に向かう途中の濡れ縁から見える景色は真っ白で、見た目からして清々しかった。冷水で顔を洗ってしゃきっとして、けれど髪をまとめるのがいつもより上手くいかなかったきもちになった。指がかじかんでいるとか、そういう事はなかった。福島は寒さより暑さの方が得意ではあるが、だからといって寒いと動けなくなるとか、そういう事も無い。改めて鏡を覗くと、気分に反して、髪はきれいにまとめられていたので、福島は気を取り直した。けれどまた、朝食の席で、卵を割るのが上手くいかなかったきもちになった。小鉢に出された生卵はつるんとして、殻も入っていなければ黄身も割れていない。フンと小さく鼻を鳴らして、福島はいつもより慎重に醤油を足して、おいしく卵かけご飯を食べた。
自分の分の食器を洗い終えると、福島は、姫鶴の部屋に足を運んだ。声をかけると返事があったので、そっと障子を開けた。姫鶴は、その長い髪に櫛を通しているところだった。福島は静かに障子を閉めると、そろそろと小さな歩幅で姫鶴に近寄った。膝を揃えて座り、秘密を打ち明けるように、少し背を丸める。姫鶴は手を止めて、どーしたの、と福島に顔を寄せた。
「今日…出かけるのやめてもいい…?」
酷く静かに、福島はそう言った。
「こたつで一緒にいてもいい…?」
姫鶴が意外そうに目をぱちくりとさせるのを見て、そう続けた。
「もちろんいーよ。さむくなっちゃった?」
「いや…どうだろう…」
姫鶴が問いかけてみると、福島は腕を組んで顎を引いた。
「どっかぐあいわるい?」
「ううん…すごく元気」
「うーん…なんとなく調子がでない…みたいな?」
「そんなかんじ」
神妙な顔をする福島に、姫鶴は小さく笑って、福島の肩に腕を回して引き寄せた。普段はゆるく結われている髪はまださらさらと自由に流れいて、福島の頬を撫でた。ぽんぽんと背中をあやされて、福島は目をつむった。
「たまにあるんだよね…よくわからないんだけどそわそわする日」
「うんうん」
触れているところから振動と一緒に伝わる声は、あたたかかった。
「そういう時にお店とか見るとわーってなってよくわかんなくなっちゃうからさ…」
「福ちゃんじぶんでそういうのちゃんとわかってるしちゃんと言えるのすごくね?」
「そうかな」
「そーそー。そういうの、戦場じゃいのちとりでしょ」
「はは、たしかに」
障子越しに、庭ではしゃぐ声が増えてきたのがわかった。それをしばらく静かに聞いて、どちらともなく身体を離した。少しみつめあって小さく笑うと、姫鶴は、
「髪やるからちょっとまってね」
と言って櫛を持ち直した。福島がその髪を褒めてから、姫鶴は、それまで適当に使っていた櫛を柘植のものに変えたのを知っている。福島は頷いて、
「俺はお菓子とか持ってくるね。たしか光忠と小豆くんが大量に作ってたから」
と立ち上がった。ありがと、という形をしたあたたかさを追加で受け取って、福島は姫鶴の部屋を出た。
この本丸の厨の隣には、小部屋があった。こぢんまりとした空間は、ドアも暖簾も無い出入り口で厨と繋がっていて、厨番が休憩に使ったり、何かをつまみにきた者がそこで飲食をできるようになっている。福島がその小部屋をのぞくと、期待した通り、燭台切と小豆が、クッキーをつまみながらコーヒーを飲んでいた。
「いらっしゃい」
「なにかたべるかい?」
燭台切と小豆は福島に気づくとすぐに椅子を勧めたが、福島は軽く手を振った。
「もらっていってもいいおやつとかある?お茶は俺がいれるから大丈夫」
「くっきーでいいかい?いくつかつつもう」
「ありがと」
小豆がクリスマス柄のラッピングでクッキーを包み、福島が日本茶をいれるのを眺めながら、燭台切はふふっと笑った。
「姫鶴さんと食べるんでしょ」
珍しく揶揄うような声音が聞こえて、小豆もこっそりと微笑んだ。どのような関係であれ、誰かと誰かが仲良くしている様子を見るのが好きなのは燭台切の質なのかと思っていたが、福島が本丸に加わってみると、もしかしたらそれは光忠の質なのかもしれない。そんなふうに思っている事は、もちろん、ひみつにしているけれど。
「はこにもいれるかい?でさきでたべるなら、われないようにしないと」
かく言う自分も、福島と姫鶴が出かけることを知っているのだから、他人の事は言えない。これは長船の質なのかもしれない。小豆に声をかけられて、福島ははにかんだように笑った。
「ううん、ちょっと包むのでいいよ。出かけないことにしたんだ」
「あれ、そうなの?」
「うん」
少し驚いたように声を上げる燭台切に、福島は困ったように笑った。それから、ハッとしたように小豆を見た。
「あれ、小豆達も今日はでかけるんじゃなかった?ゆっくりしてて大丈夫?」
「ああ、わたしたちもきょうはでかけるのはやめたんだ」
「そうなんだ」
「僕は少し遅めに出かけるよ。もし買ってきて欲しいものとかあったら、お昼すぎくらいまでに教えてね」
「ありがとう、でも、たまには色々忘れて楽しんでおいでよ」
「そうなのだぞ」
そんな事を話しながらも、福島は二人分の茶を用意し終え、小豆はクッキーを包み終えた。福島はもう一度礼を言って、小部屋を出た。
厨を通って廊下に抜けて、その冷たい板張りの上を歩く。盆の上の茶からは湯気が立ち、華やかなペーパーナプキンに包まれたクッキーはまだすこしあたたかい。ついでに、どこぞに飾った花瓶から花の一輪でも拝借しようと思いついて、大広間に向かった。今夜、全員参加のーーー少なくとも開始からしばらくはだがーーー盛大な宴が予定されているその場所には、クリスマスツリーはもちろん、有志が作ったさまざまな飾りがふんだんにあしらわれ、それを邪魔しないように、けれども存分に華を添えるように、福島のアレンジした生花が飾られている。部屋の隅に置かれたブーケから小さめの花をそっと一輪抜き取り、福島は軽やかな足取りで大広間を後にした。
大広間から姫鶴の部屋に向かう途中、障子が一寸ほど開いている部屋の前を通った。誰かが閉めた時にうっかりしたのかと思い、福島は障子に手を伸ばす。枠に添えた手に力を入れる直前に、その隙間から部屋の中が見えた。特に気配もなかったので誰もいないと思っていたその部屋に置かれたこたつからはみ出るようにして、山鳥毛が横たわっていた。先ほど、外出をとりやめたと小豆から聞いたばかりだったので、具合でも悪いのかと心配になり、福島は少しだけ障子の隙間を広げて、囁くように声をかけた。
「山鳥毛さん?」
眠っているなら、起こさないように。けれど、起きているのなら、その無事を確かめるように。果たして山鳥毛は、うっそりと寝返りを打って障子の方を向き、かなり重量のありそうな瞼を薄く開けた。
「大丈夫?具合悪い?小豆呼ぼうか?」
福島が腰を落としながらそう尋ねると、山鳥毛は一つ二つゆっくりと瞬きをして、パッと目を開け、サッと身体を起こした。
「いや、すまない、大丈夫だ。恥ずかしいところを見せてしまった」
照れているのが全く隠せていない、少し寝ぼけた様子で山鳥毛がそう言って笑うので、福島もとりあえずは安心した。
「出かけるのやめにしたって聞いたよ。調子悪いなら無理しないようにね…って、お節介だよね、ごめん」
小豆や姫鶴経由で話を聞く事があるからか、ついつい気安くそう言ってしまったが、本人とはそこまで親しい仲というわけでもなかったことを思い出し、福島は素直に詫びた。山鳥毛はとんでもない、と慌てて、お気遣い痛み入る、と軽く頭を下げた。
「…すこし…」
山鳥毛は、何かを言おうか言わまいかを迷いながらも口を開いたので、福島はそのまま待った。
「ざわついた空気…というか、それのいなし方を、模索している」
言葉を選びながら、山鳥毛はそう言った。おそらく、小豆と同派ということで、歩み寄ろうとしてくれているのだろうと思った。普段見かける山鳥毛は、一文字一派の長として、上杉由縁の太刀として、凛として潔くあり、自らの内面の話をほとんどしない。寝ぼけた姿を見られたからなのか、姫鶴と懇ろにしているからなのか、小豆と同派であるから、もしくはそれら全てが理由になっているのか、それはわからない。言葉の一つ、所作の一つに気を配っている様子の山鳥毛の、きっと入り組んでいるそのこころの内を、福島は読む事を許されていなかった。少なくとも、本人から開示されるまでは。福島は、たった今渡されたその山鳥毛の言葉を思い出して、きっと繊細な刀なのだろうなと思った。
「そういう感じなのかわかんないけど、俺も今日ちょっとそわそわして、出かけるのやめたんだ。お互いゆっくりしようね」
福島がそう言うと、山鳥毛はほっとしたように口元を緩めた。福島は勤めて優しく微笑み返して、じゃあね、と挨拶をして障子を閉めた。小豆は、あたたかいお茶とクッキーを持って、山鳥毛の巣を訪れる。それは、きっとすぐだ。
ざわついている、と山鳥毛は言った。そうなのかもしれない。多くの者が、この異国の祭りに浮き足立っている。
廊下から見える庭は、相変わらず真っ白で、見た目からして清々しかった。盆の上のクッキーは、赤と緑に包まれて、湯呑みではほうじ茶が揺れている。冬しか知らなかった一年前とは違い、春夏を経て秋を通った冬は、なんだか酷く寒く感じる気がした。福島は、茶が冷めないうちにあたたかいところに辿り着きたくて、少しだけ歩を早めた。
~おわり~