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のんでのまれて
ちよ←ささ
おまけ:
「あ、へし切さん」
「長谷部だ」
「長谷部さん」
ふと、廊下で見かけたジャージ姿に、笹貫は慌てて声をかけた。本丸は広く、ここに暮らす刀剣たちは数多い。未だ不慣れな自分では、目当ての相手を探し出すのは至難の業で、だからこそ、機会を逃したくはなかった。
「昨日はどうも、ありがとうございました〜」
軽く頭を下げながら言うと、長谷部は眉をひそめた。
「何の話だ?」
「え?昨日…新参者は注がれたら飲め〜ってなってた時、『いい酒だから味わって飲め』とか言いながらなみなみと水注いでくれたじゃん」
「…あれは上善如水といって、口当たりが水のような酒だ」
「え…?」
強かに酔っていたとはいえ、水と酒の区別がつかない事はない。しらを切るつもりなのだろうか。そんなはずは、と笹貫が言い募ろうとした時だった。
「おやへし切、新人いじめですか?」
笹貫の後ろから、呆れたような、面白がるような声が聞こえた。笹貫が驚いて振り返ると、やわらかな背骨を思わせるように、宗三左文字が立っていた。
「お前はまた…」
長谷部は大きめのため息を吐くが、気分を悪くした様子も、良くした様子も無い。きっとこれは、いつもの事なのだと知れた。
宗三は他に何を言うでもなく、笹貫を追い抜き、長谷部の背中を一つ叩いた。そして、長谷部を追い抜くそのひとときに、ふと、笹貫を見やって笑いかける。
「あなた、この男より強いんですね」
ふふ、と残り香のような笑い声を残して去って行った宗三にもう一つため息をついて、長谷部は、
「あいつはああいうやつなんだ。気にするな」
と言い残し、何も言えない笹貫をその場に置いて歩き出した。
「…え?」
礼を言うべきは、長谷部に水の入った酒瓶を渡したのは、宗三だったのだろう。笹貫はあわてて宗三を追う。先程背後から現れたのはたまたまなのだろうか。名を極めている彼の気配を、笹貫は見抜くことができない。水を飲ませてくれたのは、そして長谷部に水を飲ませたのだって優しさに違いないのに、それがどうにも煙に巻かれている。天下人の刀と名高い彼は、どうにもわかりにくかった。
本丸という場所が、名刀名剣が揃っている場所であることは知っていたはずだった。知ると見るとの違いってやつか、などと考えながら歩を進める笹貫は、しかし、あと数歩進んだところで今度は不動行光に出くわし、スポーツドリンクを差し入れされることを、まだ、知らない。