虎穴にて、玉山崩る

5/16/2025




何事にも、限度はある。

孫家面々からの宴席の誘いを断り続ける白鸞に痺れを切らした黄蓋が、とうとう紫鸞に声をかけた。当の孫家の面々は、すでに白鸞とは面識もあり、気が向いたら顔を見せろという程度の期待でいたのだが、未だ白鸞を見たことがない者達は、「あの無名殿の旧知」がどのような人物なのかという興味を隠すことも、抑えることもできなかった。今はおとなしくしているとはいえ、一度二度、孫家を危機に陥れた存在でもあるのだ。だというのに、本人からは弁明どころか挨拶の一つもなく、その存在が孫家に許されていても、家臣達には思うところがなくもない。身内への不満は、大きくなればなるほど危険なものだ。今は小康状態とはいえ、またいつ何が起こるともわからない世なのだから。黄蓋は思いつく限りの理由と懸念を並べた。それを静かに聞いていた紫鸞は少し考えた様子を見せたが、わかった、と頷いた。白鸞も、せっかくの平和を乱すのは本意ではないから、次の宴にはきっと顔を出すだろう、と添えて。


かくして、もはや恒例ともなった酒宴に、白鸞はひっそりと姿を現した。形ばかりだが孫家の面々と周瑜に挨拶をし、紫鸞に伴われて主要な家臣達に挨拶をして回った。紫鸞も賑やかな質ではないが、白鸞は輪をかけて愛想のかけらもなく、淡々と礼をとった。噂のみを知る者たちからはどんな老獪かと思われていたが、驚くほど年若く、孫呉の名だたる武将達に囲まれてしまえばその身体は細く見えた。ゆったりとした衣類には何かしら危険なものをを隠し持っているのだろうが、この場で彼が何かをできるとは、到底思えなかった。白鸞を紹介して回る紫鸞は少し機嫌が良さそうだった。人々に紹介をするということは、そこに縁が生まれるということだ。その縁が縛りとなり、きっと白鸞を、より強くこの国へ縫い止めるからだろう。黄蓋はそんな紫鸞の様子を見て、涼しい顔ばかりをしているが意外と俗人的なのだなと思った。白鸞は、仏頂面をしながらも、美しい所作で挨拶をしている。きっと紫鸞よりも、そのあたりの教育を受けているのだろう。顔を見て名乗って、頭を下げて、再び顔を上げるごとに、白鸞は何かを諦めているように見えた。縁が縛りとなるのは、白鸞が情に厚いからだ。であるならば、その存在をあまり危ぶむことは必要ないのかもしれない。黄蓋は部屋の隅で腕を組んだまま、そう思った。


宴が始まり酒が回ってしまえば、あとはもう、いつもの騒ぎだった。もともと堅苦しいことはあまり好まない集団だ。皆が好きに食べ、好きに飲んで、好きに騒いでいた。これまでの無精がたたってしばらくもみくちゃにされていた白鸞も、さすがと言うべきか、未だ酒には負けてはいないようで、上手く紫鸞を身代わりとして騒ぎから抜け出し、部屋の隅の卓へと移動した。それからそこでのんびりとしていた韓当と程普の影に隠れるように席をとる。

「…失礼する」

一応は短く挨拶をして、白鸞は卓の上の見回し、これ幸いと水を飲んだ。ほっと一息をつくと、韓当と程普からまじまじと視線を向けられていて、少し怯む。白鸞が何を問うでもなく睨み返すと、年嵩の二人は相合を崩した。

「お前さん、そんなに静かなのに、目立ってていいなぁ」

韓当がそう言ってため息をつくと、白鸞は眉間の皺を深める。

「はは、ふてぶてしいやつだ」

「…孫堅や孫策に対してこうなのだから、他の者に愛想よくする方が問題だと思うが」

「なんだ、意外と気配り屋なのか」

二人がそんな会話をしている隣で、程普はちらりとかつての主君を見やった。それに気づいた孫堅もちらりと目配せをして、軽く頷いて見せる。白鸞がそれに気づき慌てて席を立とうとすると、韓当がその手を掴んだ。

「おいおい、流石に話の途中で席を立たれると、傷つくぞ」

そう言われてしまえば、白鸞は上げかけた腰を下ろすしかない。小さな目配せに気づいた白鸞に驚きながらも、程普は白鸞に杯を持たせた。

「やはり眼が良いとみえる。まだ酒が足りんようだな」

「くっ、周瑜…いや、魯粛あたりの入れ知恵か」

虎穴から逃げ出してきたつもりだったが、まんまと別の虎穴に飛び込まされたのだと気づいた白鸞は、持たされた杯に注がれていく酒を見ながら低く唸った。

「香りのよいものが好きだと聞いた。この酒は、姫様が直々に用意したものだ」

そう言葉を重ねられると、無碍にもできなくなってしまう。白鸞は自分の酒量を知っているし、だからこそこうして、ぎりぎりの所で踏ん張っている。大きめの杯を腕力に任せて割ってしまうのは簡単だが、それをするにはあまりにも、酒に込められた親切が重かった。

「…これ以上は、暴れ出すかもしれない」

「周りを見てみろ、酔っ払ったお前さん一人じゃぁどうにもできん面々じゃないかね」

「……きちんと帰りたい」

「紫鸞殿が責任を持って送り届けるであろう」

「…………取り返しのつかない暴言を吐くことになる」

「ははは、安心しろ、そこは俺たちが、まぁるく納めてやるから」

最後の足掻きに言い訳を捻り出しても、言葉にした途端に向いと隣から流されてしまう。白鸞は杯で揺れる酒を仇敵であるかのように睨み、一つ、大きな、覚悟のため息をついて、ゆっくりと酒を飲み干した。程普の言葉は嘘ではなかったようで、ひどく香りが良い。ふんわりと、咲き誇る花に囲まれるような心地がして、白鸞は改めて、今度は諦めのため息をこぼした。

「良いだろう。覚悟は決めた…何が聞きたい」

低く唸る白鸞に、程普と韓当は一度顔を見合わせ、それから笑った。

「そういうんじゃないさ」

「ただ、醜態を晒しながら話をするだけだ」

「要するに、親睦を深めるってやつだな」

朗らかにそう言いながら酒を注ぐ韓当を、白鸞は睨むだけ睨んだ。できる限り口を噤もうと努力だけはすることにして、できるだけ時間をかけて杯を傾けていった。


それからどのくらいの時が経ったのか、白鸞にはもうわからなかった。果たして、今、まっすぐ座ることができているのかどうかも怪しい。閉じそうになる瞼を必死に開いて、秩序を失って揺れる視界を睨んでいる。近くに寄りかかれそうなものが程普しかみあたらないので、それよりは、と仕方なく卓に肘をついて顔を乗せてはみているが、揺れる白鸞をきちんと支えるているのかどうかは、全くわからなかった。余計な事は言いたくないが、あからさまに無視をし続けるのも気まずくて、何事かを喋った気がする。しかし、それももうよくわからない。ただひたすらに眠たくて、もうそろそろだめだと、何がだめなのかもわからないままに感じ始めた頃、のっそりとした影が韓当の隣に座った。

「孫堅殿」

韓当と程普は慣れた様子で軽く礼をとるが、白鸞にはもうその気力も無い。処すなら処すがいい、と投げやりなことを考えながらそれでも孫堅を睨みつけると、老獪は呵呵と笑った。

「だいぶ出来上がったようだな」

そう差し向けておいて何を白々しい、と言葉にできずに、白鸞は鼻を鳴らした。先ほどまで、不機嫌ながらも少しは緩んでいた態度だった白鸞だったが、孫堅に対してあまりにも嫌悪を露わにするので、韓当はやれやれと肩をすくめる。どうしてうちの若者は、喧嘩っ早いのかなぁ、などと小さく溢すと、白鸞はもったりと韓当を睨んだ。孫呉に属した覚えはない、とかいうような事をもにゃもにゃと言うが、はっきりとは聞き取れない。もしかしたら、言葉にするつもりはなかったのかもしれなかった。

「随分と嫌われたものだ」

孫堅がなおも笑うと、白鸞は閉じかけていた瞼をぱちりと開ける。

「おまえは…群れる虎の長としてはふさわしいのだろう。だが、群れにうさぎを招くことはできない」

酩酊状態にしてははっきりとそう言うので、孫堅は目を瞠った。ともすれば器ではないという罵りにも聞こえるそれを面白そうに聞き流し、気さくな様子で腕を組んだ。

「誰ならできる。権か?」

短く問われ、白鸞は遠くにいる孫権を一瞥した。

「あれは虎として生まれ、虎として育てられたうさぎだ」

声の響きに侮蔑の色はなかったが、その言葉に、孫堅は少しだけ眉を顰めた。

「おまえさん、暗いなぁ」

口を開きかけた孫堅の耳に、韓当がぼやくのが聞こえてくる。白鸞はフンと鼻を鳴らし、韓当へと視線を移した。孫堅は気を取り直す。この若造に飲ませられるだけ飲ませろと言ったのは自分で、きちんと飲ませたのは韓当と程普なのだ。ここで自分が機嫌を損ねるのでは、あまりに白鸞の言う通りのような気がした。

「なんかもっと明るい話題はないのか?そうだなぁ、どうすれば俺は目立てるのか、とか」

「なにをいっている…それはうらやむべき素質だ」

「むぅ…そういえば、無名もそんなこと言ってたなぁ」

どうやらようやく口が緩くなってきた様子の白鸞に気づいて、三人の男達は少し楽しさを感じ始めた。

「程普のことは、怖くはないか?」

「…おだやかでやさしいと思っていたが、酒をのませてくる…」

「周瑜はどうだ」

「あれは人というより仙にちかい。うまく人のふりをしているとおもう」

「尚香」

「かたくなで、少しおそろしい」

「黄蓋は?」

「いずれわたしも、あのくらいまで育つ」

聞けば答える白鸞に次々と人を評させ、返ってくる言葉に微笑んだり感心したりをしていたが、黄蓋についての答えに、孫堅と韓当は思わず吹き出してしまう。白鸞はもともとの仏頂面をさらに顰めて、話は終わりだ、と口を引き結んでしまった。

「すまんすまん、そうだよなぁ、まだまだこれからだぞ」

「孫策様も孫権様も、小さな赤子からあそこまで大きくなられたのだしな」

「それを言ったら黄蓋だって、昔は赤子だったはずだぞ」

そんな事をする必要はないのに、機嫌を損ねた幼児をあやすように、孫呉の礎を担った三人は白鸞を宥めた。ところが当の白鸞はもう、眠りに落ちるぎりぎりの位置に居るようで、むすっと腕を組んで目を閉じてしまった。これはそろそろ解放してやるか、と孫堅が紫鸞を呼ぶ横で、韓当はふと、

「無名のことはどう思うんだ?」

と尋ねてみた。うっすらと目を開けた白鸞は、一度首を傾げる。

「紫鸞殿だ」

程普が助け舟を出すと、白鸞の口はぼんやりとその名を繰り返す。

「紫鸞はしんだ。……朱和も」

視線と一緒に床に落ちた言葉に、孫堅も振り返った。三人に見守られ、白鸞はのっそりと再び卓に肘をついて、力無く寄りかかる。

はやく、らくになりたい。

ため息が形を得たその言葉に、三人は顔を見合わせる。

「こりゃぁ、ほんとに聞いちゃだめだったやつですなぁ」

「お前が聞いたのだぞ」

「まぁ、聞かなかったことにしておこう」

こそこそと話をする彼らの耳に、ついに白鸞の寝息が聞こえてきた頃、紫鸞が姿を見せた。綺麗に酔い潰れている白鸞を見て少し驚き、我が子を見るように白鸞を見ている三人に少し安心した。

「かなり強かったので、かなり飲ませてしまった。明日は使い物にならないだろう」

粛々と告げられる程普の言葉に、紫鸞は白鸞に少し同情した。紫鸞も以前に通った道だ。この国の者達は、新入りは一度は潰さないと気が済まないものらしい。

「全部忘れていると良いが」

程普のその言葉に、一体どんな話をしたのやらと思いながらも、紫鸞はかがんで、男たちが白鸞をその背に乗せた。

白鸞を背負って帰るのは、紫鸞にとってなんでもなかった。重いわけでも暴れるわけでもなく、ぐったりとあたたかい身体を、ずり落ちたりひどく揺らしたりしないようにだけ気をつけて歩いた。去り際、程普が小さな壺を差し出してきて、念の為持って行けと告げた。首を傾げる紫鸞に、程普の後ろから韓当が顔を出して、白鸞がその壺を赤ん坊だと思ってあやしていたと告げられる。寄越せと言うとお前には任せられないと渋ったそうで、もし途中で目を覚まして、探し始めでもしたら大変だ、と、二人は穏やかに笑っていた。もう彼らは白鸞の敵ではなく、正しく仲間で、もしかしたら父や祖父のつもりなのかもしれなかった。空の壺が一つ増えるくらいどうということもなかったので、紫鸞は礼を言って、壺を体にくくりつけてもらった。

果たして、白鸞は寝台に降ろされる時に一度目を覚まし、壺を探した。深く酔った人間のしつこさと面倒臭さを、きっと韓当も程普も知っていたのだろう。紫鸞はすぐに壺を渡してやり、水差しを持ってきたり、元化に声をかけたりなどして細々と世話を焼いた。その間、白鸞はずっと、寝台に座って壺を抱いていた。あやしていたと聞いていたが、身体を揺らすでも声をかけるでもなく、壺を抱いてじっと床を見ていたので、紫鸞は白鸞に水の入った杯を差し出しながら声をかけた。白鸞は水を受け取らず、じっと壺を抱いていた。

「…ははおやは、いないそうだ」

床を見たまま、ぽつりとこぼされた言葉に、紫鸞は一瞬首を傾げたが、すぐに壺のーーー白鸞の抱いている赤ん坊のことだと思い至った。おそらく、赤ん坊の事をあれこれ尋ねた白鸞に、韓当や程普が相手をしてくれたのだろう。なんだかんだと面倒見の良い者が揃っている。紫鸞は少し微笑ましい気持ちになって、そうか、と静かに相槌を打った。

「あす、わたしが弔おう。こどもたちが眠るばしょがある」

そう言われ、ここちよく酔っていた紫鸞の頭は、瞬きの間に冴えた。白鸞はその小さな壺を、赤ん坊の亡骸だと思っている。硬く冷たいそれを、ただじっと抱いていたのはそのためだ。壺を持って行けと言った彼らは、知っていたのだ。白鸞が何故壺を抱いていたのかを。その目で見たのだ。白鸞が物言わぬ壺に、やさしく頬を寄せるのを。

「そうすれば、さみしくないからな」

白鸞はそう囁いて、壺と一緒にごろんと横になって、それからすぐに眠ってしまった。紫鸞はしばらく動けずにいたが、いつの間にか部屋を訪れていた元化が、そっと白鸞の腕から壺を抜き取って、枕元に置いた。

「はい、これ、二日酔いの薬です」

元化は容赦無く紫鸞を促し、水と薬の準備をして、軽く白鸞の様子を観察した。

「白鸞どのが記憶をなくす質かどうかわかりませんが、覚えていたとして、起き抜けに暴れるというようなことはないというか、できないと思います。起きたらお水をたくさん飲ませて、先ほど渡した薬を飲んでもらってくださいね」

すらすらとそう言い、それから一言二言追加して、元化は部屋を出ていった。紫鸞は慌てて礼を言って、持ったままだった水をとりあえず自分で飲んだ。それから、白鸞の隣に寝転んだ。


翌朝、紫鸞は、すぐ近くから聞こえた息を詰める音で目を覚ました。身を起こすと、案の定、隣で白鸞が、拳を固く握りながら丸くなっている。大丈夫かと静かに声をかけながら寝台を降りて、水を用意し、元化が用意してくれてあった丸薬を手にとって、もう一度白鸞に声をかけてみた。白鸞はもともと白い顔を青くしながらのっそりと起き上がり、緩慢な所作でまず水を飲んだ。それから丸薬をじっと見つめるので、元化の作った二日酔いの薬だと告げると、しばらく匂いを嗅いだりじっと見たりした後、おとなしく口に入れた。白鸞はしばらくそのまま座っていたが、またいくらか水を飲むと横になった。

「?…なんだこれは」

寝転んだ枕元には、小さな壺が置いてあった。紫鸞は瞬きを一つして、前の夜に元化に言われた通り、気分が悪くなった時のために持って行けと程普に持たされたと告げる。それを聞き、白鸞は思いっきり顔を顰めた。そのまま眠るのかと、紫鸞が衝立を動かして寝台を影に入れてやると、白鸞はパッと目を開いて起き上がり、しまったと言うように額を抑えて唸って、それからもう一度顔を上げる。

「ここは…お前の部屋か」

言いながらあたりを見回すと、再び横になり、今度こそそのまま眠ってしまった。常ならば浅く眠る白鸞だが、流石にぐっすり眠っているようで(もしかしたら気を失っているだけなのかもしれないが)、紫鸞は白鸞の近くに腰掛け、その乾いた頬を撫でた。子供のようにふくふくとはしていないその頬は、それでも柔らかく、暖かかった。


数日後、すっかり酒の抜けた白鸞は、持って帰ってきた小さな壺を返しに行かねばならなかった。壺の出所を知らない紫鸞は、程普と韓当から渡されたとしか言えず、白鸞は、一番会いたくない二人の所へ足を運ばなければならなかった。自らの失態は、自ら処理しなければならない。不機嫌を丸出しにしながらとりあえず程普の屋敷を訪ねると、幸か不幸か韓当が茶を飲んでいた。顔を合わせた途端に親しげに挨拶をしてくる韓当に、かろうじて舌打ちではなく挨拶を返し、持ってきた壺を礼を添えて押し付けると、

「おや」

と少し意外そうな顔をするので、白鸞は少しだけ身構えた。

「忘れちゃったか」

「…何をだ」

「ほほう、どの辺まで覚えてるんだ?」

楽しそうに尋ねてくる韓当にとにかく壺を押し付けると、白鸞は別れを告げる。実際、記憶はひどく曖昧で、何を話したかなど覚えていなかった。その事実が、白鸞の不安を大きくしていく。感じるべきが羞恥なのか後悔なのか、恐怖なのかもわからない。

「良い女は甘寧に群がるって話も忘れたか?」

「な、なんの話だ!?」

戦々恐々とする耳に入ってきた言葉に、白鸞は反射的に声を荒げた。何事にも、限度はある。にこにこと話を続ける韓当に、とうとう怒りを口にしようとした白鸞の肩を、騒ぎを聞きつけてやってきた程普が叩いた。

「そのような話はしていない」

「ははは。だいぶ飲んでたが、無事だったようで何よりだ」

勢いを削がれ、白鸞は恨めしげに二人を見た。

「…騙し討ちのように容赦無く飲まされたことは覚えているぞ」

いつものように不機嫌な顔で、いつものように睨みつけてくる白鸞を見て、程普と韓当は相合を崩した。

「やっぱりふてぶてしい奴だなぁ」

尚も笑っている韓当に一際鋭い視線を送り、

「もう会うことも無いだろう…原因はそちらとはいえ、世話になった」

低く唸るようにそう言い捨てて、白鸞は二人に背を向けた。

「まぁそう言わず、またな」

「いつでも顔を見せに来い」

投げられた言葉を、白鸞の背はきちんと拾っていて、そして、彼は向けられる厚意を無碍にすることができない。一度歩を止め、忌々しげに振り返ると、きちんと一度頭を下げた。そしてその次の瞬間にはもう、その場から消えた。韓当と程普は、それでもしばらく、白鸞を見送った。それから顔を見合わせて、次は黄蓋にも引き合わせよう、と頷き合った。それは、孫呉のためというよりは、ただ、身内の若者を食事に誘う大人達のものだった。




〜おわり〜