LGBT理解増進法をめぐる課題

塩安九十九 

2023年6月「LGBT理解増進法」が成立した。この法律は、国や自治体、企業、学校に対して、性的指向やジェンダーアイデンティティの多様性に関する理解の増進を求める法律である。基本理念は「性的指向やジェンダーアイデンティティを理由とする不当な差別はあってはならない」とし、政府、企業、学校に以下のことを求める。

​ なお、企業、学校に求められることはすべて努力義務であって義務ではない。また、差別の定義や差別による罰則規定などはない。

問題点

 この法律は、成立の土壇場で大きな変更があった。「全ての国民の安心に留意する」という文言が入ったのである。LGBTQが多数派にとって脅威であるかのような前提を感じさせる。つまり、多数派の安心を脅かさない範囲でならマイノリティの人権を認めても良い、と言っているようなものである。理解増進どころか、抑圧や差別を肯定し、これまでの前進を後退させかねないような色合いを強く帯びるものになってしまった。これは「自称女性の男性が女性スペースに入ってくるのを阻止しなければならない」といった、トランスジェンダーに対する間違ったイメージ(偏見)を拡散し、差別を煽る人々の考え方に影響されたものである。

 内容の変更は複数個所にわたり、例えば「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ教育」という部分では、LGBTQの存在に否定的な家庭や地域住民から学校教育への介入の危惧もある。また「民間の団体の自発的な活動の推進」という文言が削除されたことは差別や偏見と戦い、長年重要な役割を果たしてきたLGBTQ団体や当事者を無視しているようで残念だ。実際、この法律の成立過程において、十分に当事者の声は聴かれていない。

現実的に捉えて活用していく

 一方で、LGBTQに関する国の法律ができたこと自体は喜ばしいと評価する人もいる。今後基本計画ができ、実際に地方自治体で政策が実施される時に、本当に理解が増進するように各現場が取り組んでいけばいいというものだ。どのような解釈があったとしても、「差別はあってはならない」と明記されている法律であることには変わりない。あるいは、障害者運動に関わる人によると、障害者差別解消法ができた際は、差別がなくなるとは期待していなかったが、具体的に国が施策を行わなければならなくなったことは、障害者への対応の改善に良い効果があったという。また、これまで各地でLGBTQ施策を独自に推し進めてきた地方自治体が今後も法律を後押しと捉えて行政の改善に取り組んでくれるよう、各自が働きかけることが大事、とのことだ。

包括的差別禁止法が必要

 そもそも、多くの当事者やLGBTQコミュニティはSOGIに関して、障害者差別解消法のように差別を定義し、それを禁止する法律を求めていた。しかし性に関して日本の人権意識が低いため、理解増進という形になってしまった。人はひとつの属性にとどまらず、様々な側面を持って生きており、誰もがマジョリティでありマイノリティだ。SNSでもヘイトやデマが野放しになっている現在、いつ誰に人権侵害が起きても不思議ではない。あらゆる立場のすべての人が救済されるように、包括的差別禁止法が必要だ。そしてそれを公正に取り扱い、救済を可能にする第三者機関も早急に設置されるべきだ。

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