「東南アジアろうLGBTQ会議2021」は、東南アジアのろう者かつLGBTQ(以下ろうLGBTQ)当事者によるプレゼンテーションを通して、議論・情報交換をし、情報格差を解消するとともに、同じ悩みを持つろうLGBTQ当事者との交流を図ることを目的として開かれた。

 フィリピン、タイ、ベトナム、マレーシア、ラオス、韓国、日本の7か国が参加。オンライン形式で各国の講演者が、国内のろうLGBTQの状況や活動についてプレゼンテーションを実施。また、4か国でオンラインシンポジウムを開催し、今後の「東南アジアろうLGBTQ会議」に向けて意見を共有。互いの国が抱える課題について理解し、共有を深めた。 

フィリピン共和国

 PINOY DEAF RAINBOW(PDR)の代表のディズニ・アンジュリカ氏と、ろうレズビアン団体DDU(デフダイク連合会)のエムジェイ・セニドウザ氏が話してくれました。

「PINOY」はフィリピン人、「DEAF」はろう者、「RAINBOW」は虹(LGBTQの象徴として使われます)の意味です。DDUの最初のDはDEAF(ろう者)、次のDはDYKE(ダイク)、レズビアンとしてのアイデンティティを強く表した言葉です。

 PDRは、アジア全体で最初に設立された公的なろうLGBTQの団体です。LAGABLAB(聴者LGBTQ団体)の組織の中の一つで、フィリピンろうあ連盟とも連携しています。PDRでは、SOGIE(ソジ…性自認や性的指向などのこと)教育やHIV/AIDS教育などを進め、ろう文化などもあわせて学習しています。また、ろうコミュニティでの啓発なども含めて様々な活動を進めています。

 フィリピンには手話言語法(2018年公布)があり、フィリピン手話は公的な言語の一つとして認められていますし、手話に対する差別は禁じられています。しかし、大半の学校では、ろうLGBTQを受け入れていません。フィリピン文化の中の強いジェンダーバイアス(性差別または性的偏見。男女の役割について差別や偏見を生み出す無意識の固定観念)のために、多くの家族はろうLGBTQを受け入れることが難しいです。宗教も、集まりに参加させないなどのかたちで、ろうLGBTQを差別する場合があります。同性婚もまだ認められていません。聴者LGBTQ団体と共に、SOGIE平等法の制定を求めていますが、まだ実現していません。

 PDRの傘下には、ろうトランスのグループ、ろうレズビアンのグループ、ろうクィアのグループなどがあります。DDUはその一つです。

 ろうレズビアンのセニドウザ氏は、ジェンダーバイアスの強いフィリピン文化の中でカミングアウトが難しいという問題を抱えています。「トムボーイ」などと言われることもあります。(「トムボーイ」とは、男装している女性などの意味で、日本で言えば「おなべ」に近い意味。)

 

ラオス人民民主共和国

 ラオスではろうLGBTQの団体はまだなく、ゲイのChongyee(チョンギー)氏、レズビアンのSouksakhone(スクサコーン)氏が、ラオスろう協会のPhaivan(パイワン)氏、Ladtayar(ラタヤー)氏のサポートのもとに、それぞれの経験を中心に話してくれました。

動画は25:40~

ラオスでは、ろう学校は小学部〜中学部までで、高等部、大学はないそうです。ラオスのろうLGBTQの人々が何人くらいいるのかなど、全体的なことはまだわかっていません。

 チョンギー氏の場合、ろう学校(中等部)を卒業後、両親の手伝いをしています。ろう学校の時、女子と一緒にいることが多く、好きになる相手は男性でした。こっそり女装したこともあります。けれどもLGBTQについては誰も教えてくれず、「ゲイ」という言葉を初めて知ったのは、卒業後、ろう友達に誘われてディスコに行った時、そこにいた聴者の男性(オネエっぽい人だった)からでした。

 ゲイであることを自覚した後の友達は聴者の方が多いけど、筆談の文章がうまく通じず、そんなには多くないです。両親にはカミングアウトできていないし、まだまだ先になりそうです。ゲイやレズビアンのろう者たちが孤立せず、協力し合えるようになりたいと思っています。また、ろう者も高等教育を受け、仕事の範囲も広がることが必要だと思っています。

 スクサコーン氏の場合は、今、ろう学校の生徒でありながら仕事もしています。ろう学校の時は、女子といるよりも、男子と一緒にスポーツなどをしている方が楽しかったです。男子から好きだと言われてもあまりうれしくなかったけれども、女子から好きだと言われると幸せな気持ちでした。お化粧や「女の子の服」を着るのは嫌でした。 「レズビアン」ということについては、Facebookで知りました。今、ストレートの友達は少なく、ろうLGBTQの友達が多いです。

 聴者LGBTQとは、筆談が通じず、友達は少ないです。でも、頑張って手話を教えたり、文章を教えてもらったりする中で親しくなれ、甘い会話ができるようになって幸せです。親や親戚たち、また一部のろう者は、私に女らしくなれと怒り、髪を長く伸ばしてスカートをはくように言います。私の気持ちを尊重してくれません。将来ろうLGBTQのための団体を設立するのが夢です。社会がろうLGBTQのことを理解し、ろうLGBTQの人々が社会参加していくお手伝いがしたいです。

タイ王国


 カォクン・タンティピシックン氏と、ヌブダオ・オンガピチャート氏がお話してくれました。ヌブダオ氏は、トランスジェンダー女性で、タイのろうLGBTQ団体のリーダーです。

タイでは国内に、 約400万人ほどのLGBTQがいることがわかっています。 人口の約6%です。 これは世界で4番目に多いと言われています。 タイの約400万人ほどのLGBTQのうち、 ろうLGBQの総数は、300人強です。タイではLGBTQは、以前はとても難しい状況でした。仕事の機会も与えてもらえませんでした。 様々な壁があり、抑圧されていました。 

 学校では数校で受け入れ拒否がありました。 制服の制限もありました。 自由に自分を見せることができません。 しかし、今は少しずつ変わりつつあります。 いくつかの学校では受け入れるようになり、身に付けるものも自由になりました。 LGBQQの人々の意志を尊重してくれるようになりました。(タイでは、2015年に「ジェンダー平等法」が施行され、出生時の性別とは異なる外見を持つことによる差別が禁止されている。しかし、性的指向には触れられていない。)

 今はまだ同性婚は認められていません。身分証の性別変更もできません。養子を受け入れることも認められていません。LGBTQ団体が団結して LGBTQの生活や同性婚に関する法律草案を提出しました。 その法案が国会で審議されました。 しかし、まだ正式には認められていません。

 ヌブダオ氏の場合、幼い頃はセーラームーンや日本のアニメをテレビで見るのが大好きな男の子でした。女の子が好む遊びやおもちゃが好きでした。友達も女の子ばかりで、いつも女の子に囲まれていました。

小学校は聴者の学校で、中学からろう学校に変わり、手話を覚えました。そのろう学校では、時々聴者の生徒と一緒に学ぶプログラムがあり、その中でLGBTQのことを学びました。その当時は自分はゲイだと思っていました。

やがて大学に入り、いろいろ学ぶ中で、男性から美しい女性に変わりたいと思い、女性らしい服を着るようになり、性別適合などの手術を受けました。家族には隠していたのですが、バレてしまいました。でも、何度も謝ると最後には認めてくれ、本当にうれしいです。

 ろう者の多くはホルモン療法について知らないことが多いです。女性/男性ホルモン錠剤について 聴者は情報がありますが、ろう者にはその情報がなかなか入ってきません。それはタイ語の読み書きを学ぶ機会が限られてしまっているからです。

 アクセシビリティ(障害者が他の人と同じように物理的環境、輸送機関、情報通信及びその他の施設・サービスを利用できること)が大切なポイントだと思います。自らの力で、平等な世の中を実現していきたいです。

マレーシア


 バンデラス・リー氏がマレーシアのろうLGBTQについてお話してくれました。


動画は22:14~


 マレーシアの場合、LGBTQたちを守る法律がありません。例えば警察が街の中でLGBTQの人を見かけたら 暴力を振るったりするなど人権が守られていません。(マレーシアでは同性愛は犯罪とされる。2011年、国連人権理事会において、SOGIに関するものとしては初の国連決議である「決議17/19」が採択された。が、マレーシアはこれに反対している。)

 LGBTQたちは、隠れてサウナやディスコなどに集まったりしています。ろうLGBTQは、必要な時には聴者LGBTQグループの専門的カウンセリングを受けたりしています。ろうLGBTQは聴者LGBTQと交流を持ちたいと思っても、文章が不得手なろう者も多く、聴者の側もあまり手話を覚えようとせず、困難です。

 家族とのコミュニケーションも困難です。ろうLGBTQと聴者の両親が互いに コミュニケーションを取ろうとしても、たくさん会話があるわけではありません。手話を少し知ってる家族もいると思いますが、大抵は手話を全く知りません。 なのでろうLGBTQたちは、自分の気持ちを伝えたくても なかなか伝えきれずにいます。

 中には、家族から中には異性との結婚を強要され、仕方なく結婚する人もいます。

 また、LGBTQの専門用語手話がありません。仕方なく指文字になるのですが そのせいでいろんなところで制限が生じてしまいます。DEAFLGBTQというタイトルで、ろうLGBTQの人たちの動画を配信しています。これはFacebookやYouTubeでも見られます。デフクィア国際映画フェステイバルに参加したり、いろいろな交流も進めています。

大韓民国


 韓国ろうLGBTQ設立準備委員会メンバーのウ・ジャン氏の話です。

 韓国ろうLGBTQ設立準備委員会とは、ろう者としての自尊心を持つ 性的少数者の集まりです。 ただの楽しく 交流するための集まりではなく、本格的な人権団体としての活動を目的として設立しました。

 聴者社会では、すでに人権団体や 性的少数派の団体はいくつかあり、長く活動しているにもかかわらず、 ろう者はそこに参加することができず、疎外されてしまいます。 なぜならコミュニケーションが難しいからです。 だから、手話通訳者を呼んで、ろう者と手話通訳者、聴者が一緒に活動ができるようにすることも目的の一つです。

 2019年12月に初めて集まり、性的少数者に関連した新しい韓国手話の単語を作ることから始めました。集まって討論していくと、「ゲイ」ならゲイについて、深く知る必要性を感じました。イベントに参加したり、人権団体を長く携わった人や、性的少数派の活動の経験者の方たちを講師に招いて、いろいろな情報と知識を得ました。手話通訳センターにインタビューしたり仲間たちと討論を重ね、手話を作成したあと、 ろう社会からいろんな人(ろう協会の人、大学教授、デフファミリー)を呼び、韓国ろうLGBTや性的少数派について説明しました。またこれらの人たちに、作成した手話がおかしくないかどうか、チェックしてもらいました。 

 様々なアドバイスを受けたあと、再度、準備委員会で話し合い、手話を決めていき、 本も作成しました。 1年に一度、その手話が適しているかどうかを話し合います。 もし、適していなければ、その手話をそのまま使用し、 適していない場合、その手話をまた変更する予定でいます。

 本の他にバッジも作っています。バッジと本のマークについて説明します。 「虹」という手話は、韓国手話では、やや弧を描くような動きで表しています(日本手話の「虹」に近い)。 でも、本当は、虹は円になっていて下の部分が隠れて見えないだけです。性的少数派は隠れているということと重ねて、隠れている部分も含めて円をかく表現をマークに決めました。関心があれば是非、HPを開いてください。スポンサーになっていただけたら本とバッジをお送り致します。

ベトナム社会主義共和国

 ろうゲイのLong Nguyen(ロング グェン)氏と、ろうレズビアン、パンセクシャルのリン・ディン氏が、交互にお話してくれました。

動画は16:31~

 ベトナム手話は、北と南で違います。(以前は国が南北に分けられていた) 中央ベトナムでは、手話は北と南の混合型になります。ベトナムの伝統衣装のアオザイも季節に合わせて色を変えたりしますが、北と南では季節が違うので、アオザイなども変わってきます。

​ ろう教育については、教育学を専攻したろう者は多数いて 卒業後はベトナム各地に散らばっています。 およそ40人のろう教師がいます。 多くはろう児に教えています。 残念ながら教育学以外の専攻を学ぶのは難しいです。

 ベトナムにいるLGBTQ+人口はおよそ300万人です。そのうちろうLGBTQ+は100人います。昔は自分の性自認なども カミングアウト出来ていませんでした。 もしカミングアウトすると周りの人々から敬遠され 傷つけられることを恐れ 自分を隠してきた歴史があります。

 isee(The Institute for Studies of Society, Economy and Environment)というベトナムのLGBTQ+のための社会経済環境研究所が2007年の7月に設立され、2008年11月にはICSというベトナムのLGBTQ+についての情報を発信する情報接続共有センターがiseeの協力のもと設立され 連携をとっています。この二つの設立で大きく変わりました。

それまでに隠れて生きてきた人たちが この団体に参加して いろいろ学ぶようになりました。 2012年、同性婚を認めてもらうことを目標と決め、 そのための賛同署名を集めることを決め、 ベトナム全土から集まった署名は 政府に提出しました。 要望は残念ながら通りませんでした。

 でも、その後政府は検討し、ついに2015年には案として 同性婚式を挙げることや 同性同士の同棲を受け入れます。 まだ法的な同性婚は認められでいませんが、もしLGBTQ+の人たちを取り巻く環境に変化が現れてきて、 教育などの生活の質が大きく向上したときには、法律が大きく変わるかもと期待しています。改善は少しずつですが進んでいます。

 一方、2012年に結婚式をあげたゲイカップルがいました。これは違法だと警察により、罰金が科せられましたが、二人は罰金を払って式をあげました。また、有名なデザイナーのゲイカップルが、同性婚のできる外国で結婚し、結婚証明書を手に入れ ベトナムに戻って披露しました。あらゆる歌手や俳優たちもこれをサポートし、こうしたことの積み重ねが少しずつ変化をもたらしてきています。

 年齢層が高い人はいまだに考えが保守的で、LGBTQ+の存在は恥であるものとされ、異性との結婚を強要したり迫害したりしてきました。でも、若い人たちはLGBTQ+の存在を尊重したり、少しずつではありますが 理解が深まってきているといえます。

 LGBTQ+の専門用語の手話は、ロング氏とリン氏で話し合って、新しい手話を作っています。ベトナムろうLGBTQ若者の集まりで訓練プログラムを実施したり、LGBTQ+手話専門用語を教えたり、国際的な交流を進めたりしています。

4か国パネルディスカッション

 フィリピン、マレーシア、ベトナム、日本で、オンラインシンポジウムを開催し、今後の「東南アジアろうLGBTQ会議」に向けて意見を共有しました。互いの国が抱える課題について理解・共有を深めることができました。

動画は25:51~

助成元:独立行政法人国際交流基金アジアセンターアジア・文化創造協働「東南アジアろうLGBTQ会議2021」