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cosα法のせん断応力測定機能と統合することで,モールの応力円は可視化ツールから応力状態を推定する解析ツールへと拡張された。
モールの応力円リバースは、複数方向から実測した垂直応力σとせん断応力τを用いて主応力を推定する特許技術(特許第7513234号)です。本ページでは、cosα法との相性の良さ、多方向測定による誤差相殺、円フィッティングによる精度向上など、この手法の“技術的な仕組み”を中級者向けに解説します。
[0255]モールの応力円リバース(MSCR)の技術的な仕組み
MSCRは、cosα法で得られる多方向の垂直応力・せん断応力から、同一位置の応力状態を再構成する方法です。
本来、法線照射によって応力状態を推定できれば、そこで応力測定は完結します。しかし実際には、応力に対応する信号が応力以外の信号に埋もれ、そのままでは推定が困難です。
そこで、X線を特定方向に傾け、その方向への投影によって応力信号を増幅し、方向別の応力を求めます。
このようにして得られる値が応力状態の方向別の投影であるなら、複数方向の測定値を組み合わせ、元の応力状態を再構成することは自然な流れです。MSCRは、この流れに沿って、方向別の応力から応力状態へ戻る方法です。
■ 1.cosα法からMSCRまでの信号処理
処理は、回折環上の角度αに対する処理と、試料面内の測定方向φに対する処理の二段階に分かれます。
【回折環上の信号から、方向別の応力を求める】
X線を試料面の法線方向から入射すると、面内の応力状態に対応する方向変化は、回折環上の二次成分として現れます。しかし、実測信号には応力以外の成分も含まれるため、応力由来の成分が十分な強さで得られるとは限りません。
そこで、X線を測定方向へ傾けます。これにより、応力情報が回折環上の一次成分にも現れ、法線入射の場合より取り出しやすくなります。
回折環上の角度αとα+180°のひずみについて、対向差分を求めます。
D(α) = {ε(α) − ε(α+180°)} / 2
この処理は、零次・二次などの偶数次成分を相殺し、一次・三次などの奇数次成分を残します。
続いて、残った信号に含まれる一次成分を、cosα・sinαを基底とする最小二乗法で推定し、その測定方向に対応する垂直応力とせん断応力を求めます。
対向差分だけで、応力以外の成分がすべて除かれるわけではありません。残った成分が応力算出に及ぼす影響は、信号の状態や解析区間によって変わります。
【多方向の応力から、応力状態を再構成する】
次に、同じ測定位置で試料面内の測定方向φを変え、方向別の垂直応力・せん断応力を取得します。
測定方向φとφ+180°の値を平均し、方向反転で符号が変わる成分を相殺します。その後、方向別データに共通する平均成分と二次の方向変化を最小二乗法で推定し、応力状態を再構成します。
・cosα法:回折環上の角度αに対して処理し、一つの測定方向の垂直応力・せん断応力を求める。
・MSCR:試料面内の測定方向φに対して処理し、同一位置の応力状態と測定値の整合性を求める。
■ 2.cosα法で垂直応力とせん断応力を取得する
cosα法では、二次元検出器によってデバイ環を取得し、回折角の変化からひずみを求めます。
一回の測定によって、測定方向φに対応する次の組が得られます。
(σφ, τφ)
σφは垂直応力、τφは対応するせん断応力です。
MSCRでは、この垂直応力とせん断応力の両方を用います。
■ 3.同じ位置を多方向から測定する
同一位置について、測定方向φを変えて測定します。
例えば、全周360°を45°刻みで測定する場合は、次の8方向です。
φ = 0°、45°、90°、135°、180°、225°、270°、315°
必要な測定方向数は一律ではありません。試料の状態と、応力以外の信号成分の次数・強度を考慮し、サンプリング定理に基づいて2~32方向から選定します。
方向数だけでなく、測定方向の配置と、180°対向方向の組が含まれているかが重要です。
8方向を対向平均する場合、平均前は8方向、平均後は4組になります。
■ 4.180°対向方向の測定値を平均する
面内の応力状態に対応する垂直応力とせん断応力は、測定方向を180°反転しても同じ値になります。
σ(φ+180°) = σ(φ)
τ(φ+180°) = τ(φ)
MSCRでは、対向する測定値をそれぞれ平均します。
対向平均後の垂直応力:
σ̄(φ) = {σ(φ) + σ(φ+180°)} / 2
対向平均後のせん断応力:
τ̄(φ) = {τ(φ) + τ(φ+180°)} / 2
この平均によって、測定方向φに対して180°反転で符号が変わる奇数次成分が相殺されます。
3軸のせん断応力成分τxz、τyzによる寄与のうち、この反転関係を満たす成分も相殺の対象となります。
回折環上の対向差分は偶数次成分を相殺し、測定方向の対向平均は奇数次成分を相殺する処理です。
■ 5.測定結果をσ–τ平面上に配置する
各測定方向の垂直応力とせん断応力を、横軸σ、縦軸τの平面上に配置します。
対向平均後の各点は、次の組で表されます。
(σ̄(φ), τ̄(φ))
測定点を測定方向の順に結ぶことで形成される多角形を、三島の測定多角形(MSP)と呼びます。
理想的な測定値は、方向角に対応する位置で同一のモール円上に並びます。実測では、誤差や応力以外の成分によって、その位置からずれる場合があります。
MSPは、そのずれや方向依存性を可視化します。
■ 6.垂直応力とせん断応力の共通係数を推定する
面内の応力状態に対応する方向別の垂直応力とせん断応力は、次式で表されます。
推定垂直応力:
σ̂(φ) = Kcenter + Kσ cos(2φ) + Kτ sin(2φ)
推定せん断応力:
τ̂(φ) = −Kσ sin(2φ) + Kτ cos(2φ)
各係数の意味は次のとおりです。
・Kcenter:面内の平均応力。モール円の中心。
・Kσ:垂直応力のcos(2φ)成分に対応する共通係数。
・Kτ:垂直応力のsin(2φ)成分に対応する共通係数。
垂直応力とせん断応力は、同じ二つの係数Kσ、Kτを用いて表されます。
MSCRでは、各測定方向の実測値と推定値との差を用い、共通係数を最小二乗法で求めます。
単に測定点から円までの距離を小さくするのではなく、測定方向φと、垂直応力・せん断応力の位相関係を含めて推定します。
■ 7.モールの応力円を再構成する
推定した係数から、モール円の中心Cと半径Rを求めます。
C = Kcenter
R = √(Kσ² + Kτ²)
モール円は、次式で表されます。
(σ − C)² + τ² = R²
この円は、各方向の垂直応力とせん断応力を、一つの応力状態として表したものです。
■ 8.主応力と主応力方向を求める
中心Cと半径Rから、面内の最大主応力σ₁と最小主応力σ₂を求めます。
最大主応力:
σ₁ = C + R
最小主応力:
σ₂ = C − R
主応力差:
σ₁ − σ₂ = 2R
面内最大せん断応力:
τmax = R
第6節の符号規約における最大主応力方向βは、次式で求めます。
β = atan2(Kτ, Kσ) / 2
atan2は、二つの係数の符号から象限も含めて角度を求める関数です。
βは測定方向φ=0°からの角度で、180°周期です。最小主応力方向は、それと直交する方向になります。
R=0では面内の垂直応力が全方向で等しくなり、主応力方向は一意に定まりません。
■ 9.方向別の残差から整合性を評価する
各測定方向について、実測値とその方向の推定値との差を求めます。
垂直応力の残差:
rσ(φ) = σ̄(φ) − σ̂(φ)
せん断応力の残差:
rτ(φ) = τ̄(φ) − τ̂(φ)
この方向別残差を用いて、次の点を確認します。
・多方向の測定値を、一つの応力状態で説明できるか。
・特定方向だけに大きなずれがないか。
・垂直応力とせん断応力の位相関係が整合しているか。
また、対向平均前の測定値を比較することで、180°反転で符号が変わる成分の有無を確認します。
方向別残差は、円までの最短距離とは異なります。測定点が円上にあっても、その測定方向に対応する位置からずれていれば、方向別残差が生じます。
回折環上のひずみ信号を解析した際の残差と、MSCRで応力状態を再構成した際の残差は、評価する段階が異なります。
両者を区別して確認することで、信号解析と多方向測定のそれぞれの整合性を検討できます。
■ 10.MSCRによる誤差低減の作用
MSCRによる誤差低減は、次の三つに分けられます。
【180°反転で符号が変わる成分の相殺】
対向方向の測定値を平均することで、符号が反転する成分を相殺します。
【特定方向に偏った誤差の影響低減】
多方向のデータを統合することで、特定方向の測定値だけが結果に及ぼす影響を抑えます。低減率は、誤差の方向・分布と主応力方向との関係によって変わります。
【独立したランダム誤差の統計的低減】
複数の測定値を用いることで、独立したランダム誤差を統計的に低減します。低減の程度は、誤差の独立性や大きさ、求める量によって異なります。
測定方向数だけで一律の精度向上率を示すのではなく、誤差低減の作用と、実測値の整合性を併せて評価します。
■ 11.MSCRによって得られる情報
・面内の最大主応力と最小主応力。
・主応力方向。
・主応力差。
・面内最大せん断応力。
・面内の平均応力。
・任意方向の垂直応力とせん断応力。
・MSPによる測定値の方向依存性。
・方向別残差による、実測値と再構成した応力状態との整合性。
cosα法で方向別の応力を求め、MSCRで多方向の応力から応力状態を再構成する。さらに、その応力状態と実測値の整合性を確認する。これがMSCRの基本的な仕組みです。
この計算方向の反転が、「モールの応力円リバース」の名称の由来です。
最大主応力 σ1
最小主応力 σ2
主応力差 σ1−σ2
最大せん断応力 τmax
平均応力 C
任意方向の垂直応力
任意方向のせん断応力
測定点とモール円との残差
MSCRにおける応力状態の再構成は、次の三つの処理で構成されます。
average(ϕ,ϕ+180)
の測定値を平均し、方向反転によって符号が変わる成分を相殺または低減します。
cos2ϕ,sin2ϕ
に対する共通係数を、多方向の測定結果から推定します。
得られた中心、半径および位相から、モールの応力円と主応力状態を再構成します。
cosα法によって、各測定方向の垂直応力とせん断応力を取得します。
MSCRでは、複数方向の測定結果に対して180°対向平均を行い、測定方向φに対する二次成分を抽出します。
その係数からモール円の中心、半径および位相を求め、主応力、主応力方向、主応力差および最大せん断応力を算出します。
測定点群と推定されたモール円との整合性から、測定結果の妥当性も評価できます。