インタビュー『毎日新聞』2014年4月27日

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「千差万別の「痛み」救えるか 著者『JR上野駅公園口』」

『毎日新聞』2014年4月27日

「私の場合、物語は必ず『痛み』の中から立ち上がるんです」。2006年、東京・上野公園のホームレスの 人々を取材した。元は出稼ぎで、東北出身者が多いと知った。その際、一人の男性が両手で三角屋根を作ってみせ、「ある人には、ない人の気持ちは分からない よ」と言った。「家」すなわち帰る場所。「拒絶を感じて返す言葉がなかった。私自身、崩壊した家庭で育ち、家出もしたけれど……」

彼らの痛みを心に抱えながら時間はたち、11年に東日本大震災。直後から原発周辺に通い、翌年からは福島県南相馬市の臨時災害ラジオ局の番組でパーソナリティーを務め、地元の人の話に耳を傾けてきた。津波や原発事故で避難を余儀なくされた人と、上野公園のホームレス--。両者の痛みをつなぐ小説の着想を得た。それは、死者も生者も混然一体の世界になった。

主人公の男は1933年、現在の南相馬市生まれ。63年、出稼ぎのため上野駅に降り立つ。<東京オリンピックで使う競技場の建設工事の土方として働いた。オリンピックの競技は何一つ見なかった……>。60年生まれの息子は21歳で先立ってしまう。男はやがて上野公園でホームレスになる。男は現在、既に死んでいるようだが、しきりに公園をさまよい、来し方を思う。男の生年は天皇陛下、息子のそれは皇太子殿下と同じだ。物語に流れる2本の川の断絶はあまりに深い。

息子に親、妻、仲間たちの死に満ちた物語は、聞こえの良い言葉も、安直な救いも徹底的に拒絶する。むしろ、「3・11」「故郷の喪失」など と、かぎ括弧でくくってしまう言説が暴力だと教えてくれる。痛みに苦しむのは千差万別の個人なのだと。「『一人』を救い出すのが、作家と小説の仕事だと思 うのです」。読む者はそっと背中を押されると同時に、傍観者ではいられなくなるだろう。

物語は、津波のシーンまでしか描かれていない。だが私たちは、直後に原発事故が起こり、次の東京五輪開催が決まったと知っている。また使い捨てられる人を生むのでは? 「私は、たった一人でも仮設住宅で観戦する人がいたとしたら、オリンピックは失敗だと思います」

「文・鶴谷真」