国際法の研究にあたって、実定法の解釈から直接には導き出せないような事象について、どのように認識し解決法を提示していくのかは、その方法論を含め、重要な問題であると考えられる。このような課題に取り組むにあたり、たとえば非ヨーロッパ的な視点から意識的に現行規範を批判する立場に集中的に耳を傾けることは、問題点の複眼的な認識、あるいは現行の国際法体系の相対化という側面において、1つの方法として有益であろう。この点、国際司法裁判所(ICJ)元判事のウィーラマントリー(C.G. Weeramantry、「ウィラマントリー」、「ヴィラマントリー」とも表記される)による一連の言説は、現代国際法ないしは国際法学が抱える構造的な問題点を把握、あるいは模索するうえで示唆に富んでいる。
以上の点に鑑み、本稿は、ウィーラマントリーの論文「平和の道具としての国際法」(「平和の道具論文」)の概要を紹介しつつ、そこから、ウィーラマントリーの言説の鍵となる国際法の「普遍化」(Universalising)という概念について若干の分析を試みることを目的としている。
本稿では、まず、「平和の道具論文」において17項目にわたってリスト化された国際法の弱点領域についてのウィーラマントリーの提言の内容(①「国際法を多文化に広げること」、②「平和のための人権を確立すること」、③「回復よりも予防を強調すること」、④「公平な貿易を確保すること」、⑤「権利よりも義務を強調すること」、⑥「武器取引を抑制すること」、⑦「世代間の権利を保護すること」、⑧「植民地期を通じて行われた不正を是正すること」、⑨「国家の平等を確保すること」、⑩「早期警告と紛争処理のための制度を構築すること」、⑪「教育を通じて世界秩序における個人の利益を刺激すること」、⑫「共同体主義的な思考様式に向かって世界共同体を動かすこと」、⑬「欠乏からの自由を確保すること」、⑭「持続的開発の概念を発展させること」、⑮「核兵器および大量破壊兵器を廃絶すること」、⑯「麻薬取引を規制すること」、⑰「対世的義務の概念を発展させること」)を要約・整理した。
次いで、これらの提言の基礎を為す国際法の「普遍化」概念について、ウィーラマントリー自身の定義、これに他の論者によってなされた論評とをあわせて考察した。
国際法の「普遍化」にかかるウィーラマントリーの主張は、①世界共同体を構成する最小単位の個人に、その理解が得られる国際法の体系を構築するべきという視点を出発点とするものであって(国際法の正当性・正統性の問題)、そのためには、②教育カリキュラムの平和教育に国際法教育を取り入れることが重視される(平和教育のあり方、あるいは国際法の教育的側面に関する問題)。次いで、③その実現方法として、世界の諸文化等を国際法の体系に取り入れる「多元主義」的アプローチがあり、その内容は、平和に関わる世界の文化、哲学的伝統、あるいは宗教規範の共通点を抽出すること、ヨーロッパ的な伝統とは異なる法概念を導入すること、ないしは他の学問領域の成果を受容すること等を通して、現代国際法が拠って立つ基本原則を問い直すことである(国際法学の方法論の問題)。
「多元主義」的アプローチの手法は、少なくとも国際法を論じる際の方法論の1つとして参照の価値があるだろう。中国、インド、あるいはイスラム諸国等、確固とした独自の法的伝統・文化を持つ国々の発言力が増加すると予測される今世紀においては、国家実行に基づく実証主義的な手法によっても、そう遠くない将来に国際文書の表現等でウィーラマントリーの説く価値判断のいくつかを再認識することができると思われる。