(要旨)

核抑止の犯罪性概念とはなにか:F・ボイルの主張の位置づけをめぐって

 本稿は、フランシス・A・ボイル(Francis A. Boyle)著「核抑止のパラドックスと国際法との関連性」(浦田賢治 編著『核抑止の理論:国際法からの挑戦』(日本評論社、2011年)に所収、以下「核抑止論文」)で示された核兵器の使用・威嚇にかかる法的主張を抽出し、これを紹介・分析したうえで、国際法の観点からなされてきた議論状況においての位置づけを探ることを目的としている。

 そのために、まず、「核抑止論文」の抽出作業を行い、ボイルのいう「核抑止の犯罪性」という概念、さらにはこれにかかるボイルの法的主張は、ニュルンベルク原則および米国(アメリカ)の軍事マニュアル(Field Manual)に照らして、核兵器の使用ないしは「核兵器を用いた威嚇としての核抑止政策」を検討し、そこから、ニュルンベルク原則に内包する国際犯罪(平和に対する罪、人道に対する罪、戦争犯罪)として、特に「未完の犯罪」(inchoate crimes)の観点から、核抑止政策の問題点を評価することによって定式化されたものであるとした。

 次いで、核兵器の使用・威嚇についての議論状況との関係につき、シュワルツェンバーガー(G. Schwarzenberger)とウィーラマントリー(C.G. Weeramantry)の見解を手がかりにしてボイルの主張の明確化を試みた。

 核兵器の使用・威嚇についての代表的国際法学説であるシュワルツェンバーガーの見解(核兵器の「使用」に関しては、国際法の実定法を根拠として、その一般的違法性を認める一方で、単なる自衛とは異なる核攻撃に対しての「復仇」の合法性の観点から、「製造」・「所有」の合法性、ないしは、そこから導きだされた「核抑止」の合法性を容認するもの)と対比すると明らかなように、ボイルの主張の特徴は、相互確証破壊を前提としたアメリカの核抑止政策が文民に対して正当化されない方法で核兵器が用いられるものであることから、核兵器の「使用」のみならず、その「準備行動」をも違法であると推論することにある。そして、このような主張は、国際司法裁判所(ICJ)による「核兵器の威嚇又は使用の合法性に関する勧告的意見」における個別意見で示されたウィーラマントリーの核違法論と親和性を有するもので、いくつかの限定を付しつつも、ボイルの主張をウィーラマントリーの見解との関係で理解して、今後の研究に関連づけていくのが適切であるとした。

 以上の結論を示したのち、「核抑止論文」の初出から四半世紀の時間が経過していることに鑑み、今日の議論状況との関連性につき、軍事マニュアルの解釈を用いた核兵器政策違法論(モクスレイ(C.J. Moxley)の見解)との関係、ボイルの核兵器保有の定義と「一般的抑止」との関係、ニュルンベルク原則と国際刑事裁判所(ICC)との関係の三点から若干の指摘を行い、今後の展望を明らかにした。 


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